第1話
デスゲーム――それは一種の都市伝説になっている。
VRMMOでログアウト不能になりゲームの中での死が現実世界での死でもあるという、Web小説とかでよくある話が今あたしの目の前で現実のものとなっていた。
Angel In Onlineをプレイしていたあたし――ベルザ――は仲間と共にユニークモンスターを倒したのだけど、その後で誰かがエンジェルクエストをクリアしたのだ。
エンジェルクエストはAngel In Onlineのグランドクエストではないかと言われていたのだけど、誰かがエンジェルクエスト・Startをクリアしたことにより正式にグランドクエストに認定された。
そこまでは良かったんだけど、グランドクエストに認定されたことによりシステムの一部が変更されたのだ。
それがログアウト不能・ゲームの死が現実の死、つまりデスゲームの始まりだった。
他にもシステムの一部が変更されていたけど、今のあたしにはそれどころではなかった。
「うそ・・・これってデスゲーム・・・?」
あたしの茫然の呟きに仲間もただただ驚いていた。
「マジか・・・俺達、今デスゲームの中に居るのか・・・」
「うおぉう! マジでログアウトボタンが無ぇぞ!」
「デスゲームか・・・。これは気を引き締めなければ・・・」
男達――ケインズ、カイドウ、ザックが興奮冷めやらぬ感じで呟いている。
あれ? 不安と言うより喜んでいる・・・?
分かってるのかな? 今さっきみたいに一か八かで戦うことが無謀になるということが。
「ねぇ、デスゲームって何・・・? 何が起こってるの・・・?」
仲間の1人のサーヤが不安そうに尋ねてくる。
そうだった! サーヤはあたしの現実の友達でVRMMOは初心者だ。
デスゲームも何もゲームそのものの知識が少ないのだ。
「サーヤ、王都まで戻ってから説明するから、今は無事に王都まで戻ることを優先して。
唯ちゃん悪いけど先頭お願いね。貴方達も戻るわよ!」
あたしはもう1人の仲間の唯ちゃんに戻るための準備をお願いする。
唯ちゃんは武闘士で気配探知の職スキルを持っている。
今はなるべく戦闘をしないで戻りたいので、唯ちゃんに周りの気配を探りながら進むことをお願いしたのだ。
「うん、任せて」
唯ちゃんもあたしの考えを読んでくれたのか、迷わず先頭に立って周りに気を配り始める。
だが男達は、戻ることを良しとしなかった。
「ちょっと待て! 何で戻るんだよ。
せっかくロックゴーレムを倒したのに何もしないで帰るなんてありえないだろ」
「そうだぜ、何の為にユニークボスを倒したと思ってるんだよ。
戻るのは鉄鉱石や宝石を採掘してからにしようぜ」
ケインズやカイドウは心外そうな顔をしてこちらを見てくる。
ザックも言葉を発しはしないが同じような顔をしている。
「貴方達状況が分かっているの? 今はデスゲームなんだよ?
普段の平常心ならともかく、今の浮ついた心でまともな戦闘が出来ると思っているの?」
そう、例えデスゲームでもこの後の落ち着きを取り戻し普段通りのプレイをすれば、後れを取ることはまず無い。
と言うか、普段通り行動できなければデスゲームの中では生きていけない。
だけど今は世界がデスゲームに切り替わったことにより、気持ちの変化が付いてきていないのだ。
「成せば成る!」
「ふざけないで!! あたし達はともかく、初心者のサーヤが居るのよ! 彼女を巻き込んでまで貴方達のお遊びに付き合うほど命を賭けるつもりはないのよ!」
いつものカイドウの熱血漢に酔ったセリフに、あたしは思わず怒鳴り返してしまう。
デスゲームの事を理解しているあたし達はまだいい。けど何も知らないサーヤは今のままにしておけない。
「・・・そうだな。サーヤは初心者だったな。
よし、王都に戻ろう。その後で今後の方針を決めようか。鉄鉱石なんかは惜しいが仕方がない」
ここにきてケインズがリーダーっぽい発言をしてくれる。
普段からこうならまだいいんだけど。
「ちぇ~、しょうがねぇな~」
「カイドウ、鉄鉱石は逃げない。また来ればいいさ。ロックゴーレムのドロップ品が手に入ったんだ。今回はそれで良しとしよう」
渋るカイドウにザックがたしなめる。
そこからはあたし達の行動は早かった。
先頭を唯ちゃんと盾持ちの戦士であるケインズ、中盤にあたしとサーヤ、殿に盗賊のザックと戦士のカイドウの隊列で白霊山の麓から王都まで脇目も振らず一直線に進んでいった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「うそ・・・デスゲームって・・・
あたし達死んじゃうの? どうやったらゲームをやめること出来るの?」
王都に戻ってからあたし達は宿屋の1階の食堂で今後の事を話し合っていた。
冒険者ギルドはデスゲームの影響か、大勢の人が溢れていて席を確保できなかった。
そしてまずは初心者のサーヤにデスゲームの事を話したのだ。
「HPが0にならなければ死ぬことは無いわ。どうやったらゲームを出られるかだけど・・・
グランドクエストのクリア、つまりさっきのアナウンスの通りならエンジェルクエストをクリアすれば現実世界に帰ることが出来ると思うわ」
エンジェルクエスト――このAngel In Onlineの世界に居ると言われる26の王を倒し、又は認めてもらった証を手に入れて神に至る道を探すと言われているクエストだ。
今はその1人をクリアしたから残り25人の王をクリアしなければならない。
「当然俺達もエンジェルクエストの攻略を目指す。みんなも異論はないな?」
ケインズがさも当然のようにあたし達に同意を求めてくる。
「だから待ってってば。
・・・あたしはエンジェルクエストの攻略には賛成よ。自分がどこまで出来るのかは分からないけど、脱出する手段がそれしかなければ少しずつでも前に進みたいわ。
けどサーヤは初心者でデスゲームの覚悟はあたし達と違うの」
デスゲームの今、男たちはかなり興奮している。
その気持ちは分からないわけではない。実際あたしも今の状況に心が躍ってないとは言い切れない。
Web小説のようなシチュエーションを体験してる。自分が主人公になった気分でいるのだ。
けどこれは作られた物語じゃない。あたしは主人公じゃない。判断を間違うと死んでしまうのだ。
「ベルザはいろいろ心配し過ぎじゃないのか? サーヤだってゲームから出たいんだから俺達と行動してクエストクリアに協力した方が得だろ? な?」
「う、うん。みんながそのエンジェルクエストのクリアを目指すなら、あたしも一緒に居たい」
カイドウが半ば強引にサーヤに賛同させる。
あたしにはカイドウが、男たちが勢いだけでしか物事を考えてないのかと思えてならない。
「ねぇ、本当にいいの? ここで生産職に転向しても誰も文句は言わないわよ」
「ううん、大丈夫。ベルちゃんや唯ちゃんやみんなが居るんだもん」
あたしの心配をよそにサーヤは健気にも前を向こうとしていた。
「唯は俺達と一緒にエンジェルクエストの攻略に異論はないな?」
「無いわ。お姉ちゃんたちも攻略に向かうだろうし、唯だけデスゲームの恐怖に覚えて隠れる気はさらさらないわ。
むしろ1番にエンジェルクエストを攻略してお姉ちゃんたちを見返してあげるわ」
唯ちゃんは余ほどお姉ちゃんに対抗意識を燃やしているのか、デスゲームですら競争の材料にしてしまっている。
これが悪い方向に向かなければいいんだけど・・・
「おお~、頼もしいセリフだな。
よし、それじゃあ俺達も早速エンジェルクエストの攻略に向けて進むわけだが・・・
まぁ、取り敢えずは情報を集めて王の居所を突き止めるところからだな」
「ちょっといい? あたしに提案があるんだけど」
あたしはみんなにクエスト攻略の提案を話す。
この提案は普通の攻略の仕方と違って少々異論が残るものだけど。
案の定みんなはあまりいい顔をしなかった。
「う~ん・・・俺達個別の臨時PTの出張か~」
「ベルザ、それに意味はあるのか?」
「唯はPTの連携強化の為に、今はバラバラになるのは避けた方がいいと思うんだけど」
「俺は賛成だな。俺様のカッコいいところを他のPTにも見せてやるぜ」
「あたしはよく分からないから、ベルちゃんに任せるわ」
ケインズ、ザック、唯ちゃんはあたしの提案に疑問を感じている。
カイドウは相変わらずの熱血バカであまり物事をよく考えていないみたい。
サーヤはもともとゲーム知識が少ないので反論はない。
あたしの提案はケインズの言った通り、PTは解散するわけじゃないけど、それぞれ他のPTへ臨時メンバーとして参加してくることだ。
これはあたしなりの考えだけど、デスゲームの所為で今後臨時PTを組むことが難しくなると思うのだ。
今はまだゲーム開始3日目でみんなまだ手探りの状態だ。
けどデスゲームになった今ではお互いの命を預けるためにPT内の強化が必須になる。
そうすると臨時PTが組むのが難しくなってくが、今ならまだすんなりと臨時PTを組むことが出来るはずだ。
今臨時PTを組むメリットは、他のPTの連携の仕方や他の職業の特性を知ることと、今のうちに知り合いを多く作ることだ。
他のPTの連携や職業の特性を知ることは、デスゲームを生き残るために戦闘を有利にする。
そして知り合いを多く作ることは、ゲーム後半での他のプレイヤーとの繋がりが重要になってくるからだ。
お互い協力体制を取り合ってボスに挑むのも然り、情報を取引するのも然り。
いつどこでどんな縁があるか分からないけど、その縁を広げるのにも今が最適だとあたしは判断したのだ。
あたしはそのことをみんなに説明する。
「なるほどね~。確かに1つのPTにこだわってると思考が固まってしまうもんね。
他の連携を知るのもいい事なのかも」
「ふむ、情報もまた力だからな。他の友人知人を増やすのも力になる、か」
唯ちゃんとケインズはあたしの提案に理解を示してくれる。
ザックも言葉には出さないが頷いてくれていた。
実はみんなには言っていないけど、もう1つの理由があったりする。
もしこのPTが駄目になった時の逃げ道を見つけておくことだ。
男たちは馬鹿ばかりだけど、なんだかんだでこのPTが好きだ。
けど、万が一にメンバーの死亡や喧嘩別れでPTを解散しなければならなくなった時、伝手があるのとないのではデスゲームでの生存率が変わってくる。
それはあたしだけでなくサーヤ、唯ちゃん、男達も伝手を頼ることが出来るのだ。
「よし、ベルザの提案を採用しよう。
お互い有益な情報を持ってこれるようにしようじゃないか」
臨時PTの出張期間は約10日間。
出来る限り夜はこの宿に集まること。
当然のことながら臨時PTだからと言って、その場限りのいい加減な事をしない事。
これらことを決めて、今日は気を落ち着けるためにそのまま宿に泊まることにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハイヒール!」
「エリアヒール!」
あたしの掛けた治癒魔法がロックベルのHPを回復する。
それと同時におーちゃんの範囲回復魔法があたりに広がる。
「リープスラッシュ!」
治癒魔法から間をおかずに、すぐさま無属性魔法の力の刃がロックベルの対峙しているロックタートルを切り刻む。
ロックベルも剣スキル戦技・スクエアを放ちロックタートルを攻撃する。
戦技と魔法の両方を受けたロックタートルはHPを0にし光の粒子となって消滅する。
「ふぅー、流石にロックタートルはやりずらいな」
「岩だけに硬いからな~。だけど経験値はいい稼ぎだと思うぜ」
「ですね~。硬いだけで動きが鈍いから攻撃当て放題だもんね~」
ロックベル、リック、おーちゃんがそれぞれロックタートルの対峙した感想を言う。
ロックタートルは名前の通り岩の甲羅を背負った亀で、王都から北のメガル採掘場に生息しているモンスターだ。
あたしは今臨時出張メンバーとしてロックベルのPTにお邪魔している。
ロックベル達は白霊山の麓の採掘場に経験値稼ぎに行こうとしていて、冒険者ギルドで臨時メンバーを探していた。
そこへあたしが声を掛けたというわけ。
デスゲーム開始から10日が過ぎて今ではAI-On内はだいぶ落ち着いている。
落ち着いてると言っても、もともと大騒ぎしていたわけではなく、デスゲームに興奮していた大多数がやっと冷静さを取り戻したことなんだけどね。
あの日の計画通り、あたし達は他のPTの臨時メンバーとしてあちこちに出張していた。
今日はその最終日で、ロックベル達とメガル採掘場に来ていた。
PTリーダーで騎士のロックベル。
軽薄そうな侍のリック。
盾なしの両手斧を装備した攻撃寄りの騎士のブラッシュ。
サブリーダーの盗剣士の景虎。
眼鏡をかけた魔導師の七海。
間延びした口調の司祭のブルーオーシャン(おーちゃん)。
そしてあたしを加えた7人のPTとなっている。
ちなみにあたしもこの10日間の内に累計Lvが30を超えたので、上級職の巫女に転職している。
せっかくの詠唱破棄スキルがあるので、それを最大限に活用できるよう四属性魔法も使える巫女に転職したのだ。
「ベルザ、さっきは回復助かったよ。
しかし詠唱破棄のスキルは便利だな。治癒魔法がバンバン飛んでくるなんて僧侶にはハマりスキルじゃないのか?」
「まさに~神速の癒し手だね~」
さっきはみんなのHPが危なかったのでおーちゃんが範囲回復を掛けたが、呪文を唱えてる間に前衛をしているロックベルのHPが1割を切ったので、あたしがすかさず治癒魔法を唱えたのだ。
「ベルはLoWの時から回復役としては優秀だったからな。呪文詠唱の時間を考慮した治癒魔法は正に神業だったよ」
「景虎、それいい過ぎよ。あたしほどの腕の人はLoWには沢山いたよ」
「お前は相変わらず自己評価が低いな」
景虎は笑いながら言ってくる。
PTを組んでから気が付いたんだけど、何と景虎はあたしがプレイしていた「Lord of World Online」でPTを組んでいたあの影虎だったのだ。
景虎もAI-Onをプレイするとは言っていたけど、名前が微妙に違うので別人かと思っていたら向こうから声を掛けてきたというわけだ。
「はーい、雑談はもう少し落ち着いた場所でしましょうね。
ロック、まだここで経験値稼ぎをする? それとももう切り上げる?」
まったくの無警戒ではないが、雑談をしているといざという時の対応に反応が遅れてしまう。七海はそれをあたし達に注意をし、気を引き締めるように言ったのだ。
「そうだな、今日は少し早いが切り上げるか。
ベルザのお蔭で危なげなく経験値を稼げたし、欲張って粘ると何が起こるか分からないからな」
今の時間は夕方の4時過ぎ頃だ。今日は朝からずっとメガル採掘場に籠っていたので流石に精神的疲労が溜まっている。
ロックベルはそれを考慮して今日は早めに切り上げた。
あたし達はそのまま何の問題もなく王都にたどり着く。
臨時メンバーのあたしは王都に着いてからそのまま別れた。
もちろん別れ際にフレンド登録をした。