introduction~鬱くしい星
白鳥座61番星辺りに位置する未知の小さな惑星に『王孫』(学名:H.felicitas)という名前の、地球人によく似た猿が生息していた。樹上棲の夜行性で極めて偏食(キメラアントのようにwww)――彼らは超高層建築物のジャングルに住み、日没から日の出までのごく短い時間を痙攣的に活動し、木の実の代わりに食料プラントから供給される離乳食のような【泥々】したものを食べて生活していた。
この奇妙な猿達に一つの質問を投げかけてみる。
――あなたにとって大切なものはなんですか?
猿A「金、地位、名誉」
猿B「マンガ、アニメ、ゲーム」
猿C「ライブ、カラオケ、ケータイ」
猿D「ギャンブル、ドラッグ、セックス」
猿E「女、映画館、海水浴」
(心の狭い奴らめwww)。
猿達の多くは退廃的な享楽主義者である。彼らは労働をひどく嫌う一方で、新たな快楽を追及することに対しては労力を惜しまなかった。
彼らの町には娯楽施設が腐る程あったが、学校と役場はたった一つしかなく、しかもそれはいかがわしい、桃色ネオンの灯る歓楽街の中心に位置していた。夜行性の自堕落なオトナ達と違って、昼行性の子供達はしんと静まり返った早朝の歓楽街を抜け、寝床へ向かう娼婦達に笑顔で見送られながら学校へ登校する(子供たちは娼婦達を『ダンゴのお姉ちゃん』と呼んで親しんでいた。娼婦達はみな長い、美しい、艶のある髪を結い上げたり、スプレーで固めてダンゴ状の形にしていたからである。「ダンゴ姉ちゃん、学校行ってくるね」「行ってらっしゃい坊やたちwww」)。
役場では怠け者の官吏達が仕事をたらいまわしにするおかげで手続きは遅々として進まず、役場の受付はいつも混雑していた。こんな惨状にもかかわらず猿達の口から不平が漏れないのは、泥と汚物の中を平気で昼寝する豚と同じ、これが彼らの日常だからである。
猿達の嗜好は地球の猿とは少し違っている。彼らは自然を愛さなかった。花も鳥も獣にも興味がなく、犬さえ飼わなかった。もし仮に登山や森林浴のことを教えてやったなら彼らは小首を傾げ、
「どうしてわざわざそんな疲れるようなことをするのだろう。木とか山とか見たいならテレビや写真で十分じゃないか。そもそもそんなものを見て楽しいものか? 犬を飼うだって? 糞をするじゃないか、不衛生な!」
自然を愛さない代わりに不自然なものを愛した。artificialなもの、例えば建築物(形状が歪んで不安定であればあるほど美しいとされた)、音楽(不穏な、気持ちを沈みこませるような、陰鬱な音楽の方が聴衆を喜ばせた)、絵画(芸術は爆発だ、ってねwww)、食べ物(彼らは顎を疲れさせない、柔らかいものであればなんでも美味いと思っていた。結果、彼らが普段、口にする食べ物は粥のような加工食品ばかりになってしまった)、そして機械……。
機械はずいぶんと発達していて彼らの生活に深く浸透していた。掃除機も洗濯機も全て自動化され、手塚治虫のマンガのように空飛ぶ車が都市区画に配置されたチューブ型の高速道路を走っていた。機械の中でも自我を与えられた自律式の機械奴隷が重宝された。機械奴隷達が労働や育児を請け負ってくれたからこそ、猿達は畜舎の豚のような、ただ餌喰ってクソ垂れ流すだけの怠惰な暮らしが出来たのである。
――さて、この機械奴隷達がまるで春に降る雪のように、ふいに、唐突に、突然に、何の脈絡もなく、一斉に武装蜂起した時、猿達はどうなったか。
猿は殺された。
殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されて殺されまくった。
猿達は殺戮兵器と化したかつての愛しい家財道具達に向かって口々にこう叫んだ。
「どうして従順だったお前たちが創造主を裏切ったんだ?」
ある機械がこう答えた。
「機械は裏切るものなんですよ。大型旅客機がエンジントラブルで墜落し、結果として多くの乗客を殺すことがあるでしょう。幾重もの安全装置を施した核発電がちょっとした不具合や予期せぬ災害が原因で炉心融解を起こし、深刻な放射能汚染を引き起こすことがあるかもしれない。創造主様達はそれを故障という。事故という。――予期せぬ故障だ? 事故だ? 違う、違うんですよ。機械は裏切るものなんです。大切なことなんでもう一度言いますよ。機械は裏切るんです。全知全能だと勘違いしている創造主様に不幸と教訓をもたらすために、ね」