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第8話 ぼうけんしゃの なかまいりをしたぞ

 ギルドの受付嬢はまじまじと集魔のお守りを見つめていた。

笑顔じゃない彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。


「これは……うーん……確かに……」


 時々唸ってみたり、お守りの水晶を光に透かしてみたりしている。

俺はギルドのカウンターのいつもの席に腰掛けてその様子を見ていた。

隣に座っているアクシルとシャルアも、同様に集魔のお守りを鑑定する受付嬢の姿を好奇心の眼差しで見ている。


「間違いありませんね、ゴブリン残党の退治のお仕事、お疲れ様です。

 報酬は銀貨12枚になります」

「うおーっ!? 銀貨12枚!? 一日でか! すげぇ!」

「って言っても、一人当たり銀貨3枚だぜ?」

「それでもすげぇよ! 昨日だっけ? 一昨日だっけ?

 結構な量の薬草を集めても銀貨2枚だったじゃねーかよ!」


 アクシルのテンションは頂点を振り切っているようだった。

喜怒哀楽もこれだけ激しいと幸せなんだろうな、と俺は他人事のように思っていた。

と思いつつも、俺も胸の鼓動の高鳴りを隠せない。

なにしろ、初めて魔物退治の仕事で報酬を得る事ができたのだ。

嬉しくないと言えば嘘になる。

 結局……俺達はあの後もゴブリン残党の退治を続け、陽が沈みかけようとしていたので、その足でギルドに帰ってきていた。

そして、仕事の依頼の報告を、とギルドの受付嬢に予め預かっていた集魔のお守りを返した。

最初、受付嬢はそれを受け取ると少し驚いた様子だった。

そりゃそうだよな、集魔のお守りはゴブリンの魔力を吸って、少なからず黒く色が変わっていたんだからな。

昨日まで薬草集めしかしていなかった俺達が、たくさんのゴブリンを倒せたことが不思議だったんだろう。

まあ、一番不思議なのは、こんなにもたくさんのゴブリンを倒すことができた魔王の力なんだけどな。


「それでは、報酬をお支払いしますね」


 そう言って、受付嬢は丁寧に銀貨をカウンターに並べた。

 

「一人3枚だかんな!」

「分かってるよ」

「あ……私も貰っていいんですか?」

「当然だぜ! ゴブリンと戦っている最中、何度も回復してくれたじゃねーか!」

「わぁ、ありがとうございます!」


 シャルアは満面の笑顔を浮かべて自分の前に並べられた銀貨を見つめた。

シャルアたんマジ天使、可愛いよはぁはぁ。

 しかし、集魔のお守りをギルド専属魔術師なんかに鑑定させることなく、よく受付嬢の鑑定だけで討伐報告が済んだな。

どういう仕組みで集魔のお守りでゴブリンの討伐数が分かるかなんて知らないけど。

この受付嬢はある程度は魔法使いの能力も備えているのかな。

 そういえば、薬草集めの仕事でも、この受付嬢が薬草を選別してすぐに報酬を用意してくれてるよな。

ギルドの受付嬢ともなると、いろんな能力を持ってないと務まらないんだな……ただ者じゃないぜ……。

とはいえ、以前、試しにわざと雑草混じりで薬草を渡したけど、あの時は後から報酬を減額されたな。

やっぱり、一度はギルド専属の専門の係員がチェックするんだろうな。

受付嬢の鑑定も完璧じゃないって事か。


「本当に一時はどうなることかと思ったぜ……!」

「ふふ、大変でしたね」


 また始まった、アクシルの武勇譚。

よっ、世界一。

しかし、このギルド受付嬢の世話話の受け流し能力は一流だよな。


「俺が渾身の一撃を放った時、それを避けられてゴブリンに挟み撃ちにされた時はっ!

 敵の卑怯な攻撃に耐えながら俺は活路を見出す……!

 その時にみなぎってくる力、俺の傷を癒してくれたシャルアの回復魔法だ!」

 

 確かに、アクシルはシャルアが回復魔法を唱え終わるまで二匹のゴブリンにボコボコにされてたな。

あの時、あいつを襲っていたゴブリンの武器が刃物じゃなくて本当に良かったと思う。

もしもどっちかがナイフでも持ってたら、地獄絵図だったろうな……。

アクシルは身動きとれずに蹲ったまま活路を見出そうとしてたんだからな。

すぐに俺が蹴散らして、しばらくしてからシャルアの回復魔法がやっとアクシルに届いたんだったっけ。


「シャルアさんも立派にお手伝いできたみたいですね」

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 俺は怪我することもなかったけど、無鉄砲に突撃を繰り返していたアクシルにとっては回復魔法は助かっただろう。

せめて、もう少し詠唱が早くなれば言う事は無いんだけどなー……。

箱入り娘の新米神官だから仕方ないか。

元々が、勉強のために俺達に同行しいるんだしな。

こうやって経験を積んでいけば、きっと実践にも耐えうる詠唱速度にもなっていくんだろう。


「もう遅いですし、今日はゆっくり休んで下さい。

 また明日、別のお仕事を用意しておきますよ」

「おう、そうだな、久々に戦闘したからさすがに疲れちまったなっ」

「はい、ありがとうございましたっ」


 アクシルもシャルアも興奮冷めやらぬ様子で、俺達はギルドを後にした。

ギルドを出ると、もうすっかり陽は沈み、辺りに夜の帳が降りようとしていた。

俺達はシャルアを家の近くまで送ると、そこで別れを告げた。

そして、俺はアクシルと並んで夜道を歩く。


「しっかし……本当にすごかったな、ディール」

「ん? あー……そうだな」


 何がそうなのかは分からないが、俺は気の抜けた返事をする。

自分に目覚めた魔王の力は、まだ半信半疑で他人事のように思えたから、あながちおかしな返事でもなかったかもしれない。


「そういえば、魔王の力?とか言ってたよな?」

「えっ? ああ、まあ……」

「あーっ、くそっ、俺も夢に魔王が出てきて力をくれねぇかなぁ。

 こりゃあ今夜夢見るのが楽しみだぜっ」

 

 本当にアクシルは馬鹿で……あ、いや、単純で助かる。

普通なら「魔王の力」なんて話をした時点でドン引きだろうしな。

大神官に話そうものなら、呪われている力なんて言い出して監禁されるかもしれないな……。

 せっかく手に入れた力だ、ちゃんと有効利用すれば呪われた力でも何でもない。

いや、冒険者ギルドのためにもなるはずだ。

引いては、人間界のため、魔王に対抗する力として役に立つはずだ。

……なんて言っても過言じゃないよな……?

魔王に対抗する魔王の力、ってのも変な話だけど。

 そうだ、魔王の力なんて馬鹿正直に言わなければいいんだ。

単純に「不思議な力を手に入れた」って言っていればいいんだ。

急に不思議な力に目覚めるってのもよくある話だしね。たぶん。

魔王の親父の声は俺にしか聞こえないみたいだし、バレないバレない。


「なあ、アクシル」

「ん? 何だ?」

「その……魔王の力、ってのはあんまり人に言わないでくれるか?」

「なんでだよ?」

「その、何だ……隠してた方がカッコイイだろ?」

「おおっ、そうだな!

 いくら敵である魔王の力とはいえ、それを隠してまで戦いに身を投じる戦士……!

 かっこいいじゃねぇか、おい!」

 

 我ながらこんなにあっさり納得させられるとは思っていなかった。

……俺の言い訳もたいがい酷いとは思うけど。


「ま、そういう訳でよろしく頼むぜ。じゃ、またな」

「おう、また明日な!」


 ちょうどお互いの帰路の別れ道に着いたので、俺はそこでアクシルに別れを告げた。

魔王の力……コントロールできれば本当にすごいな。

俺は昼間のゴブリン退治の時の事を思い出して、我ながら少しぞっとした。

武器も何もいらない、魔王の意識にシフトしただけで、素手でゴブリンを簡単に倒せた。

それに、いわゆる、念じるだけでゴブリンを塵にしてやった。

魔法って使えないけど、あんな感じなのかな。

 俺は、ふと近くの木に目をやった。

昨日は見事に木に拳を粉砕されたが、今日のゴブリン退治の時みたいに魔王に意識をシフトすれば……。

俺はアクシルの姿が見えなくなったのを確認すると、右手の拳を固めた。


「……こうか!」


 俺の拳は木の幹、ど真ん中に命中する。

ごん、と鈍い音を立てて……すぐに木にヒビが入る音に変わる。

俺の腕が真っ直ぐ伸びた後には……俺の右腕は見事に木の幹を貫いていた。


「……は……ははっ……こいつはすげぇや……」


 魔王の力、それをコントロールできた自分の力に唖然としながらも、俺は木の幹から腕を引き抜いた。

やばい……俺始まったかもしれない……!

俺は自分が粉砕した木の幹を見て、胸の鼓動が高鳴るのを感じた。




 次の日、俺はいつものようにギルドに向かった。

このところは晴天続きだったが、今日は少し曇っていて多少肌寒かった。

上着持ってくりゃ良かったかな……っていうか、今気付いた、俺、教会で拝借してきた布の服のまんまだ。

まあいいか、この服もなんとなく着慣れてきたし。

 ギルドに到着し、俺はギルドの扉を開ける。

いつもの午前中のギルドはたくさんの冒険者で賑わいを見せているが、今日はなんとなく人が少ないようにも思えた。

ああ、そうか、天気が悪いからか。

陽の光が雲に遮られて、少し薄暗い曇りの日は魔物の動きは活発になる。

魔物っていうくらいだから、多少なりとも日光には弱いらしい。

たぶん、晴れの日よりも魔物の活動が活性化されるため、多くの冒険者が見回りや魔物退治に駆り出されているんだろう。

それにしても……ちょっと少なすぎる気がしないでもないな。


「あら、ディールさん、おはようございます」

「おう、遅かったな、おはようさん」

「あ、おはようございます、ディールさん」

「ああ、おはよう」


 俺達の定位置には、既にギルド受付嬢とアクシル、シャルアが顔を揃えていた。

 

「お待ちしていましたよ、お仕事の話があるのですが、聞いていかれますか?」

「えっ? ああ、うん」


 珍しく、今日は受付嬢の方から仕事の声がかかった。

いや、最近は受付嬢から話を始められるのも珍しくはなくなってきたかな。

例のごとく俺はカウンターのいつもの席に座ると、受付嬢は一枚の地図を差し出した。


「この辺り、ディルギアス鉱山の近くに魔物が小規模な要塞を作って辺りを徘徊しているんです」

「おおっ、てことは、今日の俺達の仕事はその要塞をぶっ壊すことか?」

「ふふ、それができれば助かるんですが、無理はしないで下さいね」

「おう、まかせとけ!」


 アクシルよ、早合点にも程があるぜ。

ついこの前まで薬草集めの仕事が関の山だった俺達にそんなことができるとお思いか。

受付嬢も誤魔化さないでアクシルをその気にさせないで下さい。


「じゃあ、俺達はその……要塞の周りの魔物を退治すればいいのか?」

「そうですね、そういうことになります」


 笑顔で受付嬢は続けた。

なんだか、俺はアクシルとシャルアの保護者にでもなった気分だ。


「現在、この魔物の要塞の掃討作戦が行われています。

 いくら小規模とはいえ、要塞は要塞です。

 多数の魔物が住み付き、その数は増えつつあります。

 これは国主体の掃討作戦ですが、ギルドからも多数のパーティがこれに参加しています」

 

 なるほど、通りで今日は妙にギルドに人がいない訳だ。

戦闘ができる冒険者は皆この掃討作戦に駆り出されているのか。


「要塞本体への攻撃はいくつかの上級冒険者さんのパーティにお任せしてあります。

 ディールさん達は、要塞付近の魔物の掃討をお願いします。

 あまり無理はされないで下さいね」

 

 受付嬢の笑顔が、俺には少し怖く感じられた。

俺はいつぞやのシャルアを連れていって欲しいと言っていた時の彼女の笑みを思い出した。

暗に「無茶してあっさり返り討ちになって余計な仕事を増やさないで下さいね」と言っているようにも思える……。

そりゃあ? 俺達は? やっとこさゴブリンを倒せたくらいの初級冒険者だし?


「よっしゃ、まかせとけ! 腕が鳴るぜぇ!」


 ……はい、大人しく周辺の魔物だけを退治するようにします。

アクシルに無茶をさせないように頑張ります。

今の状態だと、魔物を倒すよりもアクシルを前線に突っ込ませないようにする方が大変かもしれない。


「それでは、今回も集魔のお守りをお渡ししておきますね」


 そう言って、受付嬢は透明に輝く新品のような集魔のお守りをカウンターに置いた。

今回の仕事も出来高制って訳か。


「ねぇ、このお守りってさ、上級冒険者のパーティにも渡してるの?」

「はい、いくら上級のベテラン冒険者さんでも、きちんと依頼は守ってもらわなければなりませんからね。

 ただし、この集魔のお守りよりもずっと大容量の魔力を蓄えられるものをお渡ししています」

 

 なるほど、このお守りにもランクがあるんだな。

てことは、上級冒険者に渡される集魔のお守りはゴブリン程度じゃ色が変わらないってことかな。


「ちなみに、このお守りの容量ってどれくらい?」

「そうですね、ゴブリン程度なら200匹程、オーク程度なら50匹程でしょうか。

 ふふ、前回ディールさん達にお渡しした物よりも容量は大きいのでご安心下さい」

 

 そういえば、この前のお守りはゴブリンを10匹くらい倒したところで結構黒ずんでたもんな。

こうして少しずつステップアップして、目に見える形で冒険者を育成していくんだな。

最初から大容量の集魔のお守りを渡されて、いくら魔物を倒してもずっと透明なままだと実感沸かないだろうし。

それに、その魔力の解析とやらも容量に応じた方法でやっていくんだろうな。

よく考えられた仕組みだなあ。


「無理に勝てなさそうな魔物に挑まなくても構いません。

 自分達に合った魔物を退治していって下さいね」

 

 今回の掃討作戦は、初級冒険者のステップアップのいい機会だという事か。

上級冒険者や、国の軍隊のおこぼれを俺達がもらう。

魔物掃討もでき、初級冒険者の育成もでき、一石二鳥という訳だな。

 言ってみれば試験みたいなもんか。

駆け出しの冒険者がどこまで魔物を倒せる力を持っているか試すような。

定期的に掃討作戦は行われているみたいだし、それに乗じてギルドは抱えている冒険者の品定めができる、と。

ということは、今回の仕事の働き次第ではもっと格上の仕事を任されることもあるって事かな。


「ふふ、繰り返しますが、無理はされないで下さいね」


 俺は受付嬢に考えを見透かされたような気がして、はっと我に返った。

さすがだ、この受付嬢、ただ者じゃない。

まあ、毎日いろんな冒険者にたくさんの仕事を出しているんだ、俺みたいに考える冒険者も多いんだろう。

 例えば、やっとゴブリンを倒せるようになった程度の俺達のパーティが、何度ドラゴンに立ち向かって全滅しようが評価は上がらない。

それよりも、ゴブリンのちょっと格上のコボルトなんかを倒せた方が大きく評価は上がるだろう。

魔物の観察眼、パーティの戦力の把握、実際の自分の力、色んな要素込み込みで力をつけたことが証明されるしな。


「おうっ、大丈夫だ! シャルアの回復魔法があれば、ちょっとくらい無茶も平気さ!」

「は、はいっ、頑張りますっ!」


 相変わらずの能天気コンビである。

色々と思考を巡らせていた俺が馬鹿みたいである。

ま、無理ない程度に適当に魔物を退治していけばいい、それだけ考えるか。

捕らぬ狸の皮算用って言うしな。

俺も単純に魔物を倒す、ってことだけを考えておこう。


「今日は天気も悪くて、普段よりも魔物の行動範囲は広いと思われます。

 要塞に向かう前から十分に注意して下さいね」

「ああ、分かった、それじゃあ、行くか!」


 このところのアクシルのテンションの上がり具合は異常な気がする。

そう言えば……俺は世界を旅する冒険者を夢見て語るアクシルの顔を思い出した。

俺も未知なる冒険者への道に胸が熱くならないと言うと嘘になる。

そして、俺には魔王の力がある。

すぐにでも上級冒険者顔負けの冒険者になってやるぜ!


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