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第3話 まおうのおやじが またでてきたぞ

 日差しはぽかぽかと暖かい。

目の前に広がる平原はどこまでも広がり、吹き抜ける風が心地良い。

昼寝には絶好の天気と気候だが、俺は昼寝をしにここに来た訳じゃない。


「おーっし、この辺りだったっけ?」


 アクシルはそう言って、草原の上に風呂敷を広げた。

だいたいいつも薬草集めの仕事をやる時は風呂敷だ。

いつ運悪く魔物にやられるとも限らないから、リュックなんて勿体無くて持ち歩けない。

……もっとも、俺達がゴブリンも倒せない初級冒険者だからだろうけど。


「はぁ~、しかしいい天気だなぁ。このまま昼寝でもしたいぜ」


 俺は振り返ると、そこには草原の上で大の字になって寝転がっているアクシルの姿があった。

 

「別に昼寝するのはいいけど、その分、報酬は少なくなるぜ?」

「へいへい、働きゃいいんだろ~、働きゃ」


 こうして俺とアクシルは薬草集めを始めた。

どんな薬草を集めればいいかはもう覚えている。

毎日のようにこんな仕事しかしてないからな。

そういう意味じゃ、俺達は薬草集めの上級者かもしれない。

誰にでも集められそうな初歩的な薬草に限るけど。


「しっかし、いつになったら他の仕事できるようになるんだろうな~」


 アクシルは手際よく薬草を摘み取り、風呂敷に並べている。

上級冒険者なんかはこんな仕事はしないだろうし、ある意味、この手際の良さは他の冒険者に賞賛をもらえるかもしれない。

薬草を調合して作られるポーションは上級冒険者も使ってるだろうし。


「どうなんだろうな……。

 でも冒険者は皆、最初はこんな雑用の仕事ばっかりなんだよな」

「そうでもないんじゃねぇか?

 才能ある奴は最初からオーク討伐とかやってんじゃねぇの?」


 才能……か。確かに俺もアクシルも冒険者としての才能は無い。

俺の親父は馬車の送迎の仕事やってるし、アクシルの親父さんは宿屋だったっけか。

魔法使いなんかの家系の息子だったら、生まれながら魔法が使えてもおかしくはないよな。


「こんなことしてて冒険者としての力はつくのかねぇ……。

 俺は早くオークでもコボルトでも薙ぎ倒す戦士になりてぇぜ」

 

 そう言っているアクシルの顔は、まさに夢見る少年のように純粋だった。

夢を語るアクシルはいつも、どこか輝いて見える。


「色んな魔物と戦ってよ、時には傷ついて旅先の宿にやっかいになったりしてよ。

 あぁ~、いいなぁ、早く世界中を旅する冒険者になりてぇぜ!」

 

 魔物……魔物?

俺はその言葉に記憶を手繰り寄せた。

 

「あ、そういえば変な夢を見たんだ」

「ん? さっき生き返る時にでもか?」

「ああ。ええと、なんだったかな……。

 魔王?の親父?が出てきて、いきなり『力をやろう』とか言ってたな」

「はっはっは、面白れぇ夢だな」

「でもなんか……妙にリアルな夢だったな~」


 今でも確かに覚えている、あの凍えるような、血の気の引くような寒さだけは。

 

「じゃあさ、そのもらった力ってのを見せてくれよ」

「俺にもどうやるのか分かんねぇよ~」

「例えばさ、魔法が使えるようになったとか」


 魔法……魔法か。

転生したら魔法が使えるようになったなんてよくある話だもんな。たぶん。

俺は薬草を集める手を休め、試しに炎の球を出してみようと意識を集中してみた。


「む……むむむ……! ファイアーボール!」

「うぎゃあ、熱いぃ」


 俺のかざした右手の先で、アクシルは笑いながら熱がってみせた。

 

「ま、そんな訳ないですよねー」

「そうだな~」


 俺は再び薬草を集める作業に戻る。

 

「魔法じゃないとすれば……そうだな、すげぇ馬鹿力を手に入れたとか?」


 力……腕力か。

目覚めると不思議な力が沸いてきたなんてよくある話だもんな。たぶん。

俺は立ち上がり、右手を強く握ってみた。

……なんとなく、力が沸き上がってきた気がした。

そして、近くにあった岩に視線を移す。


「……そりゃああ!」


 俺は岩に思い切り拳を放った。

ごっ、という鈍い音を立てて、砕けたのは俺の拳の方だった。


「っくうぅ~……」


 あまりの痛さに俺は悶え苦しむ。

 

「馬鹿力でもねぇか。それじゃあ、他に何かあるかな」


 アクシルは俺の方を見向きもせずに薬草を集め続けている。

こいつ……からかってやがるな?

とも思ったが、そんなからかい方をアクシルはしない事は俺は知っていた。

二人で冗談で遊んでいるようなものだ。

こうでもしないと暇な薬草集めなんてやっていられない。


「ぴーん、と魔物が現れた事が分かる能力とか!

 ってあったら便利だよな~」

「そうだな、薬草集めにはな」


 まだ痛みの残る右手で、俺は薬草集めを再開した。

その時だった。


『ぴーん!』

「うわっ!?」


 突然、どこからともなく低い声が響いた。

 

「ん? どうした?」

「ど、どうしたも何も、いきなり変な声出すなよな」

「あ? 俺は何も言ってないぜ?」

「お前じゃなきゃ誰なんだよ」


 さっきの声で俺の胸はまだ少しドキドキしている。

アクシルは呆れ顔でこっちを見ていた。


『俺だ』

「っ!?」


 再びさっきの低い声が聞こえてきた。

アクシルじゃない、誰だっ……どこだっ!?

俺はきょろきょろと辺りを見回すが、アクシル以外には声を発する者は見当たらない。


『俺がお前に力をやった、って言ったの忘れたのか?』

「い、いやいや、ちょっと待って、誰? どこ?」

「おいおい、急にどうしたんだよ、突然。

 一人芝居か何かの練習か?」


 どうやら、聞こえてきた低い声はアクシルには聞こえていないようだった。

この声……思い出した、あの時の夢の声だ。


『思い出したか? そうだ、お前に力をやった魔王の親父だ』


 え、いや……待てよ、あれって夢じゃなかったのか?

俺は困惑して更に辺りを見渡した。


『俺はここにはいねぇよ。つーか、俺は死んだ魔王の親父って言わなかったか?』

「い……言ってたけどよ……。どういうことだ?」

「言ってた? 俺が何か言ってたか?」


 アクシルは薬草を集める手を休め、訳が分からないという風に俺の方を見つめていた。

やばい、明らかに変な人を見る目だ。


『はっはっは、心配すんな、俺の声はお前にしか届いちゃいねぇ。

 それに、お前も喋らなくても、俺と話をする意識をすれば言葉にせずとも俺と話せる』

 

 こいつと……この魔王の親父と話をする意識をする……?

俺はまだ高鳴る胸の鼓動を抑えながら、魔王の親父と話をするように意識を集中した。


『……こ、こうか……?』

『上出来だ』


 どうやら、俺の思考は魔王の親父に届いたようだ。

なんか一瞬にして安堵感を得て、俺は大きく息を吐いた。

まだ何が起こって、どういう状況かは分からないけど……。


「おい、大丈夫か? 何か変なモンでも食ったのか?」


 ふと我に返ると、アクシルが心配そうに俺を見ていた。

 

「あ……ああ、大丈夫、何でもない……。

 ほら、そうだ、いつか披露しようと思ってる一人芝居の練習だ」

 

 俺は慌てて言い訳をする。

自分でもひどい言い訳だとは分かっていたけど、これ以上、相方に変な目で見られるのは嫌だし、心配もかけたくはない。

どっちにしろ、この魔王の親父の声はアクシルには聞こえないみたいだもんな。

俺もそうだけど、余計に混乱するだけだ。


「お、そいつは面白そうだな! 急にびっくりする演技か!?」


 アクシルは顔を輝かせて楽しそうに俺を見つめる。

……こいつがバカで……あ、いや、単純で良かった。

でも、本当に魔王の親父は俺に話しかけてきたのか?

ただの幻聴か? それとも夢の続きか……?


『はっはっは、悪いな、驚かせちまってよ』


 またあの声が聞こえてくる。

少し落ち着いて聞いてみると、確かに声は耳から聞こえてくるんじゃなくて、頭の中で響いているみたいに感じる。


『全くだぜ……。おかげで相方に変な目で見られちまったじゃないか』

『くっくっく、そのまま一人芝居の練習をして俺にも見せてくれよ』


 俺は魔王の親父とやらに毒づいてみせた。

ちゃんと会話は成り立っている……やばい、本当に俺はおかしくなっちまったのか?


『あー、そうだ、さっきそのお前の相方が言ってたよな、魔物が現れた事が分かる能力とか、ってな。

 実際にお前にもその能力は既に備わってるんだぜ?』

『えっ? ど、どうやるんだよ』

『こうして俺と話ができるってことだ』

『いや、だから、それがどう関係あるんだ?』

『つまり、俺と話ができるってことは、近くに魔物がいる証拠だ』

『はぁ?』


 俺は呆れてみせたが、思わず立ち上がり、辺りを見回してみた。

近くに魔物がいるなんて言われたら、それが嘘でも思わず確認をしてしまうのも仕方が無い。

つい午前中もゴブリンにやられちまったし……。

 陽の光を浴びて風にたなびく草原。

辺りには、のどかな小鳥のさえずりや草のなびく音が響いている。

午前中はアクシルと冗談話で盛り上がり過ぎちゃって、ゴブリンが襲ってくるまで気付かなかったけど……。

所々に起伏や岩陰がある程度で、この辺りでは身を隠すことは比較的難しい。

こんなところに魔物が隠れてるなんて……。


「……いた……」

「ん?」


 少し離れたところにある岩陰に、何か動く影が見えた。

 

「おい、アクシル……あれって……」

「何だ?」


 俺は半ば呆然としながら、その岩陰を指差した。

 

「……おい、ちょ、あれって……!」


 アクシルは摘んでいた途中の薬草をばらばらと落とし、立ち上がった。

その様子を見て、岩陰に居た何かの影はぴくりと動きを止めた。

隠れているのがバレたのに気付いたのか……?

っていうか……魔物が現れた事が分かる能力……本当に俺に身に付いたのか?


「ゴブリンじゃねぇか!? おい、逃げるぞ!」


 本人にしてみればわざとではないのだろうが、大袈裟に驚いてみせてアクシルは慌てて風呂敷に薬草を包んだ。

その声に俺も我に返り、自分の風呂敷を慌てて包む。

今までまともに戦ってゴブリンに勝てたことはない。

俺達は本能的にその場から逃げ出した。


「ディール、よく気付いたな、お手柄だぜ!」


 俺も何で気付けたか分からない。

あ……そうだ、あの魔王の親父さんに教えてもらったんだった。

とすれば……あれは単なる幻聴じゃない?

それとも、単なる虫の知らせみたいなもんか……?

 何はともあれ、ゴブリンに襲われる前に逃げることができたんだ、こうして採集途中だった薬草も持ち帰る事ができた。

俺は全力で走って逃げながら、魔王の親父さんに感謝した。

それと共に、一度、診療所か教会で呪いか何かにかかっていないか診てもらおうかとも思った。


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