最終話 ねんがんの まおうのちからを てにいれたぞ
陽は高く昇り、暖かな光を地上へ投げかけている。
暑くもなく、寒くもなく、まさに絶好の薬草集め日和だ。
俺は手際良く薬草を集め、風呂敷に並べていた。
薬草集めの相方であるアクシルはいない。
あいつは今日は別の冒険者パーティとゴブリンの巣掃討の仕事に行っている。
俺もパーティに誘われたが、今日は断った。
『くっくっく、お前も一緒に行けばよかったのによ』
「……うるせぇな。あんた、エクリアに封印されたんじゃなかったのかよ」
封印された筈の魔王の親父とゆっくり話すためだ。
家やギルドで魔王の親父と脳内会話をするよりは、なんとなく外で会話した方が不自然に見えないだろうと思い、俺は薬草集めの仕事を請けてティターニア平原へやってきていた。
手馴れた薬草集めをしていた方が、なんというか、落ち着く。
『封印はされたがよ、無くなったのは俺の力だけだ。
俺はてっきり意識ごと封印されると思ってたんだがよ』
「よし、じゃあ今からエクリアに封印してもらいに行くか」
『まあ待てよ、もう俺は脅威じゃねぇんだからいいじゃねぇか』
あの後……俺が魔王を倒して教会で生き返った後、再び魔王の親父の声が聞こえてきた時は俺は驚いた。
そしてすぐにエクリアに相談しようと思ったのだが、こうやって魔王の親父に説得されて未だにうやむやになっている。
『もう俺の力は存在しねぇ。大したもんだよ、あの女は』
「……やっぱ凄かったのな、エクリアは」
『凄ぇってもんじゃねぇぜ?
俺が前にやられた時は十数人がかりだぜ?
それも、どいつもこいつも一流の職業の冒険者パーティによ。
あの女は稀有の才能を持った神官だ、って事は俺が証明するよ』
「証明するっていうか、既に証明されたけどな」
『くっくっく、まあな』
「でよー……本当に無くなっちまったのか? あんたの力は」
『あ? それはお前が一番よく分かってんじゃねぇか?』
確かに、俺から魔王の力は失われた。
あれから何度か力を引き出そうとしてみたが、いくらやっても、あの頃のように魔王の力は引き出せなかった。
魔王の力を失った事は……まあ、正直に言えば残念だが。
それよりも、一番の不安は再び体を乗っ取られないか、ということだ。
『仮に、今の俺がお前の体を乗っ取ったとしても、今の力じゃ小山の大将もいいところだな』
「いいか? 絶対にやるなよ? 絶対にだぞ?」
『なんだ? そりゃあ振りか?』
「……いや、なんでもない」
『くっくっく、心配しなくても、少なくとも今のお前の体を乗っ取るなんて事はできねぇな。
あん時は、本当にお前の意思が俺の波長と一致したから偶然できたんだ。
こう言うのもなんだが、お前の体を乗っ取る事が出来たことが、俺自身が驚きだったんだぜ?』
ということは、あれか……あの時の俺は、それほど魔王の意思に近かったのか。
つまり、本来の俺が本当に魔王に目覚めようとしていたって事か……。
まあ、それも魔王の力が実際に操れたから、そこまでの意思が持てたんだろうけど。
「……てことは、なんだ、あんたは俺の体を乗っ取るために俺に力を与えたのではない、と?」
『最初に言っただろうが、俺の息子を一発ビシッと鍛え直してくれ、ってよ。
本当にそれだけだ。
もっとも、俺が直々に鍛え直す事になっちまったがな、くっくっく』
確かにそうだ。俺は魔王を倒したのかもしれないが、実際に倒したのは魔王の親父だ。
『まあ、確かに俺はひどい事をしたかもしれねぇけどよ、頭下げるなんて、これっぽっちも思ってねぇぜ?』
「あーあー、分かってるよ。魔物は罪悪感の欠片も感じる事はないもんな」
『くっくっく、そういうことだ』
俺が魔王の意識まで完全に封印して欲しいと思えないのは、この魔王の親父の気さくさがあるからだ。
いくら大きな過失があるにしても、どうにも憎めない。
そしてこいつは俺を口車に乗せるのが上手い。
伊達に何百年も魔王をやっていないという事か。
そしてなにより。
『魔物ってもんはよ、罪悪感や悲しみ、哀れむといった感情は無いが、怒りや復讐心、喜びって感情はあんのよ』
「へぇ~、魔物って喜ぶ事もあるのか」
『そうよ、まあ、何で喜ぶかは魔物によりけりだけどな。
ゴブリンなんかは光るモンを見つけたら喜んでそれを集めて回るし、オークなんかの好戦的な奴は戦うこと自体に喜びを覚えるな』
この魔王の親父の話が非常に興味深く、面白いのである。
俺の知的探求心と相まって、話のネタに尽きる事はない。
今回の事で様々なものに興味が沸いてきた俺にとって、膨大な量の魔王の知識は願ったり叶ったりだ。
そういう意味では、俺は『念願の魔王の力を手に入れた』ことになるな。
なんとなく19話で終わるというのが数字的に中途半端に感じたので、この20話で完結させることにしました。
ご意見ご感想、指摘に批評、なんでもいいので感想を頂けるとありがたいです。
思いつきで書き始めたものなのですが、最後まで読んで頂き、本当にありがとうございました。




