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第2話 ぎるどの おしごとをするぞ

 俺はいつものように教会の冒険者控え室に置いてある布の服に身を包んだ。

蘇生の後はもちろん裸だ、死んだ時の装備まで一緒に蘇生させてなんてくれない。

この冒険者控え室にある装備は、蘇生が済んだら自由に持っていって構わない。

教会が善意で用意してくれてるものだから、多少汚れてたり、サイズが違ってたりしても、そこは我慢だ。

素っ裸で町に出るよりは遥かにマシだしな。

 運が良ければ鉄の剣や槍なんかが置いてあったりもするけど……今回は無いみたいだな。

この部屋に置いてある支給品は早い者勝ちだしな、誰が何を持っていったとしても文句は言えない。

ほとんどが薄汚れた中古の布の服だったりするから、これを盗む奴なんてのもいない。

特にめぼしいものが見つからなかったので、俺は錆びたナイフを貰っていくことにした。

素手で教会を後にするよりはマシだ。


「神のご加護があらんことを」


 教会を出る時に、入り口の神官が十字を切って挨拶してくれた。

栗色の艶のある長い髪に、透き通るような白い肌。

教会の白いローブも相まって清楚感が半端ない。

どうしてこう神官には綺麗どころが揃っているんだろうな。

あの新米神官もそうだし、俺を罵声と共に蘇らせる毒舌神官も黙ってりゃ美人さんなのに。

できればジロジロと嘗め回すように見ていたいが、こんなところで警備兵に通報されるのも嫌なので、俺も十字を切ってそれを返し、その場を後にした。


 そもそも、なんでこんなシステムになっているかというと、教会で生き返らせてもらう人が後を絶たないからだ。

あの新米神官の祈りの言葉にもあった通り、世界は生命の神フィリスの力によって加護を受けている。

なんでも、ずっと昔の神話の世界から続く加護らしい。

その加護ってのは、神に仕える者は、そのフィリス神の力を借りて死んだ人間を生き返らせることができるって事だ。

 ただ、誰でもほいほい生き返らせられるのではなく、あくまで加護の対象は魔物によって死んだ者だけだ。

何だったかな、魔物の力によって汚された魂を浄化するのが元々の加護の力だったとかなんとか。

まあ確かに、誰でも蘇れるんだったら、世の中は寿命を過ぎたじーちゃんやばーちゃんで溢れ返っているだろうしな。


 太陽は空高く輝き、明るい日差しを地上に降り注いでいる。

まだ正午過ぎってところか。

俺は自宅に帰らずに、その足で冒険者ギルドに向かった。

どうせ今から帰ってもやることないし、また薬草集めでもやって小銭を稼いでおこう。

教会と冒険者ギルドは近いところにある。

どっちが先に作られたのかは知らないけど、快適ではある。

逆に言えば、快適だから冒険者は皆、無茶をして教会のお世話になっているのかもしれないが……。

 俺はギルドの建物の扉を開けると、見慣れた風景が目に映った。

昼間っからカウンターで酒をかっ食らっている者、熱心に依頼掲示板を眺める者、ギルドの受付嬢をナンパしている者。

……ナンパしている者……。


「いや~、間一髪だったぜ~、その時、ゴブリンのボスが俺目掛けて斧を振り下ろしてきやがったんだ」

「ふふ、そうですか」

「俺は、すかさず仲間をかばって、その斧を剣で受け止めた訳よ」

「ふふ、すごいですね」


 この受付嬢をナンパしているのが俺の相方だ。

短い銀髪に、褐色の肌、身長は高くもなく低くもなく、まあ、ありきたりな青年だ。

こいつは剣の腕よりも、ナンパスキルの方が圧倒的に高い。

成功率は低いが。


「あのゴブリンのボスの怪力は半端なくてよ~、受けた俺は吹っ飛ばされちまったんだ」

「ふふ、そうですか」

「でも、俺は慌てることなく、反撃とばかりにこの剣で一撃を食らわせたんだ!」

「ふふ、すごいですね」


 ……あいつは気付いているんだろうか、受付嬢にことごとく言葉の剣を受け流されている事に。

そして自分も生き返ったばかりで剣など持っていないという事に。

 

「それでも相手は倒れなくってよ~、俺は次の手を考えたんだ」

「ふふ、そうですか」

「それで、逃げようとして転んでやられたんだよな」

「そうそう、木の根っこに足を引っ掛けてな~。 え?」


 俺はナンパを続ける相方の話に割って入り、カウンターのそいつの隣に腰掛ける。


「なんだよディール、戻ってきてたんなら言えよな~」


 そいつは豪快にそう言うと、俺の背中をばんばんと叩いた。

こいつは俺の相方のアクシル。

俺が冒険者ギルドの仕事を始めてから、幾度と無く顔を合わせているうちに、いつの間にか相方に定着してしまった。

そりゃあ、お互い薬草集めなんかの冒険者ギルドとしては初歩的な仕事をいっつもやってりゃ嫌でも顔見知りになるしな。

まあ、こいつはこういった大っぴらで気兼ねすることない性格だから、最近はよく一緒にギルドの仕事をやっている。薬草集めの仕事ばっかりだけど。

この憎めない性格も嫌いじゃない。

力もスキルも俺と同じくらいだし、中級冒険者なんかと仕事をするよりは気は楽だ。


「あら、ディールさん、おかえりなさい。大変だったみたいですね」


 ギルドの受付嬢は笑顔で俺を迎えてくれた。

営業スマイルなんだろうけど、癒されるわ、ホント。


「ティターニア平原の薬草集めだったから、危なくはないと思って仕事に行ったんだけどな~」

「ふふ、でも、あそこ以外の薬草集めのお仕事はもっと大変ですよ」

「ねえ、もっとランクが下の薬草集めの仕事ってないの?」

「はい、ありません」


 受付嬢は笑顔を崩さない。さすがだ、プロだ。

こちらが不快になるであろう回答を見事に笑顔で誤魔化している。

……でも、もうちょっと言い方ってものがあるだろうけど……。

 

「なんだよディール、ビビってんのか~? さっきはたまたまゴブリンと鉢合わせになっただけだろ~?」

「さっき? ……ああ、そっか、その日のうちに蘇生してもらったのか」


 一度死んで蘇生してもらうために数日かかることもある。

生き返って、日付を確認したら一日過ぎていた、なんてザラだ。


「お前を運んでくるの大変だったんだぜ~」

「……ああ、思い出してきた、そうだ、俺も転んで、振り返ったらゴブリンが居て……。

 ん? アクシル、お前その後どうしたんだ?」

「へへっ、俺はお前を守りながらゴブリンと死闘を繰り広げたって訳よ!」

「ふふ、すごいですね」


 アクシルは再び受付嬢に目線を移すと、得意げに話を続けた。

蘇生に数日かかるというのも、生き返るには死体を教会に運ばないとならないからだ。

教会で魂を生き返らせることができても、肉体まで呼び戻してはくれない。

ということは、今回はアクシルが俺の死体を教会に運んでいってくれたのか?


「こっちの体力もギリギリ、こりゃあダメかなと思ったその時だった。

 他の冒険者が助太刀に来てくれて、なんとか難を逃れる事ができたんだ!」

「ふふ、そうですか」


「おーい、ティターニア平原の見回りの仕事の報酬を受け取りに来たんだが」


 その時、後ろから声が上がった。

振り返ると、そこには鉄の軽装備を纏った冒険者の姿があった。

まだ若いが、腰には鉄の剣を差していて、中級冒険者といった感じだ。


「あ、はい、ご苦労様です。午前中の分ですね、少々お待ち下さい」


 笑顔でアクシルの話を聞いていた受付嬢はてきぱきと資料を作り始める。

 

「はい、お待たせしました、ゴブリン討伐と、冒険者二名の遺体搬送の追加報酬を加えておきますね」

「おう、ありがとな、それじゃあ午後の分も行ってくるわ」

「はい、お願いします。お気をつけて」


 受付嬢の笑顔に見送られてその冒険者はギルドを後にした。

……冒険者二名の遺体搬送……ね……。


「……いや~、一時はどうなるかと思ったぜ」

「ふふ、そうですね」


 受付嬢は笑顔を崩さない。さすがだ、プロだ。

何事もなかったかのように、俺達の失態を咎めたりしない。

まあ……薬草集めの仕事の報酬で差っ引かれなきゃいいけど……。


「それで、どうするよ、もっかい薬草集め行くかぁ?」

「え? あぁ~……そうだな、結局、集めた薬草持って帰ってこれなかったしな」

「ティターニア平原の薬草集めのお仕事はまだ継続中ですので、このままお仕事を再開してもらっても構いませんよ」

「他に俺らでもできそうな仕事って今あるの?」

「はい、ありません」


 受付嬢は笑顔を崩さない。さすがだ、もう省略する。

 

「んじゃあ、行くかぁ!」


 アクシルはそう意気込んで立ち上がった。

お前の教会で支給された汚れた布の服姿が眩しいぜ。


「武器を支給しましょうか?」

「おう! 頼んだぜ!」


 アクシル、マジかっこいいぜ。

教会から何の武器も持ってこなかったのかよ。

 

「今は在庫が少ないので、こういったものしかありませんが、どうぞ」


 受付嬢はそう言って、アクシルに使い古された棍棒を手渡した。

至る所に傷があり、持ち手部分の布は所々に綻びがある。

結構大型の棍棒で、両手持ちしないと扱えそうにない。

歴戦の棍棒と言えば聞こえはいいが、つまりは中古品だ。

 

「よっしゃ、これがあればゴブリンなんて敵じゃないぜ!」

「ふふ、頑張ってください」


 アクシルは受け取った棍棒を高く掲げて品定めするように見ている。

……ここまで来ると、ちょっと受付嬢が嫌味ったらしく見えるが、本人が気に入っているようだから別にいいか。


「ディールさんも武器は必要ですか?」

「ん? あぁ、俺はいいよ、教会から持ってきた」


 錆び付いた護身用のナイフだけどな。

まあ、そもそもがティターニア平原での薬草集めの仕事だ。

さっきみたいに、よっぽど運が悪くないと魔物に遭遇するなんて事はほとんど無い。


「じゃ、行くか」

「おうよ!」


 俺は気合の入りすぎるアクシルがなんとなく恥ずかしくなりそそくさとギルドを出た。

外に出ると、まだ太陽は空高く輝いていた。

陽が沈むまでまだ時間はありそうだ。

さっきの冒険者がゴブリンを討伐してくれたみたいだし、今度はちゃんと薬草を持って帰れるだろうな。

また運悪くゴブリンに遭遇しなきゃいいけど。


「おっし、行くぜ、ディール!」


 ……俺は、能天気に意気込むアクシルが、なんとなくゴブリンを引き寄せる疫病神のように見えたが、気にしないことにした。


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