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第18話 まおうを やっつけたぞ

「ったく……なんとかと煙は高い所が好きってのは本当だったんだな」


 俺は螺旋状に上へと続く階段を一人歩いていた。

吹き抜けの塔の内部の広い空間に俺の足音だけが響き渡る。

体が自由にさえなれば、こっちのもんだ。

後は好きにできる。

 やっと最上階に到着し、無駄に派手な禍々しい装飾が施された大きな扉を俺は開ける。

中は先程の中庭並みの広さがあり、部屋の上部から天井は柱で支えられ、外からの風が吹き抜けている開放的な空間だ。

そしてその奥には、悪趣味な王座に座る影があった。

 こいつが……魔王か。

俺は魔王に向かって怯みもせず歩く。


「くっくっく、お前一人で乗り込んできたか。

 その勇気だけは褒めてやろう」

 

 俺はその言葉に一瞬たりとも足を止めず、魔王に向かって歩く。

 

「……おい、聞いているのか?」


 その魔王の言葉を聞いて、俺はひどく落胆したように溜息をついた。

 ……ひでぇ小物だ……。

 めんどくせぇ。

 

「……っ!?」


 俺は瞬時に魔王の目の前に現れ、このバカの頭を掴んでやった。

 どうやってこんな瞬間移動ができたのかは、俺にも分からない。

 

「随分と偉そうに気取ってるじゃねぇか、ああ?」

「……ひっ!? その声は……っ!?」

「ようやく気付いたか、バカが」


 ……これは俺の声か?

 

「なんで……親父が……!?」


 魔王の声は酷く怯えていた。


「俺はこいつの体を借りてお前に会いに来た、って訳よ」


 ……違う、これは俺の声じゃない……。

 俺の声に乗せて喋っている、魔王の親父の声だ……。

 

「な、何しに来たんだ……?」

「俺の生前の恥を潰しによ」


 俺は魔王の頭を、潰した。

 俺は魔王を倒した。

 

「信じらんねぇ」


 俺は呟いた。

 

「もう終わりかよ……。

 どれだけ堕落しきってたんだ、あのバカは」

 

 俺は血に濡れた魔王の頭を掴んだまま、王座から引きずり下ろし、放り投げた。

そして、血塗れの王座に腰を下ろす。


「ふん……あれだけ苦労したのに、あっけない最後だったぜ」


 ……違う……これは……俺じゃない……!

 

『おい! これはどういうことだ!?』


 俺はここにきて異変に気付き、魔王の親父に話しかける。

いや、俺は異変があることに気付けなかったんだ。

 

「どういうことも何も、魔王を倒したって事だ」

『そういう事を訊いているんじゃない!

 これは……まさか……。

 俺の体を乗っ取りやがったのか!?』

 

 俺は面白くて仕方が無いように、笑いを堪えて俯いた。

違う、これは俺が取った仕草じゃない。

俺の中の魔王の親父の行動だ。

 

「くっくっく……だから何だ?」

『な……!?』


 俺は王座に肘をついて頬杖をつき、足を組んだ。

俺がいくら足掻こうと、俺の体は動かない。

完全に俺と魔王の親父の立場が逆転している。


「まあ、そうだな、お前には感謝してるぜ。

 俺を魔王のところまで連れて行ってくれたんだからな」

『貴様……!?』

「いいじゃねぇか、このまま俺の力で闇の世界再建と洒落込もうぜ」


 その時、部屋の入口に二人の人影が現れた。

 

「ディール!?」

「ディール……さん……?」


 エクリアとシャルアだった。

二人とも純白だった神官服は血に塗れている。


「お、どうした? 二人とも。

 安心しな、魔王は倒したぜ」

 

 俺の言葉に、辺りに沈黙が降りる。

それを破ったのはエクリアだった。


「……そうか、お手柄だ、ご苦労だったな、ディール」

「おうよ」

「私が用があるのは、魔王、お前だ」


 そう言ってエクリアは俺に杖を向け、中空を繊細な動きでなぞる。

杖でなぞられた魔法陣は薄らと光を放ち始める。

 

「だから、俺が魔王を倒したって言ったろ?

 ほれ、そこに死体が転がっているはずだ」

 

 俺が放り投げた魔王の方へ身を屈めた時だ。

エクリアの中空に描かれた魔法陣から発せられた光が俺を包み込んだ。


「……こざかしい真似を……」


 俺は右腕を大きく振るい、光を跳ね除ける。

だが、光は止む事はなく、凄まじい力で俺を押さえ込むように浴びせ続けられる。


「どういうことだ? エクリア」

「見て分からんか?」

「そりゃあ、分かるさ。お前は俺を封印しようとしている。

 なぜだ?」

「……理由を知りたいか?」


 エクリアは俺に向けて杖を掲げたまま、静かにそう言った。

 

「ああ、知りたいさ。

 ディールは理由を聞きたがっていると思うぜ、くっくっく」

 

 もう完全に正体はバレている。

やっぱり、魔王の力なんて手に入れた俺は、封印される運命だったんだ……。


「……私が教会を通してギルドから依頼されたのは、ディールのお目付け役だ。

 ギルドからは『不可思議な力を持つ初級冒険者』としてディールを紹介された。

 初めてディールを見た時には酷く落胆したものだ。

 この少年のどこにそんな不可思議な力が秘められているのか、と。

 そして、なぜ私がその監視役にならねばならないのか、とな」

 

 俺は初めてエクリアに出会った時の彼女の表情を思い出した。

それはそうだ、彼女の実力があれば上級冒険者のパーティに潜り込むことなど簡単なことだ。

むしろ逆に上級冒険者の方から指名があってもいいはずだ。

俺はそんな彼女の実力とプライドを見てきている。

 

「そして、教会から依頼されたのは、魔王の封印だ。

 ……言っている事の意味が分かるか?」


 その魔王は……どっちの魔王だ?

 

「事無きを得ず、ディールの不可思議な力で魔王のところまで辿り着ければ、そのまま魔王を封印する。

 途中でディールが魔王になれば、その場で魔王を封印する。

 そして……ディールが魔王を倒せば、その後ディールを封印する。

 ディールの中の魔王を、それまでは薄らと感付いてはいたが、ここに来て確信に変わった」

 

 両方が封印の対象だったという訳か……。

俺はエクリアに、教会に泳がされていただけだったのか。

 

「くっくっく……合理的だな。

 もっとも、それは力が伴っていなければ絵空事に過ぎんが」

「これでも私は大神官を超える魔力を持っていると自負している。

 大神官のつまらん職務よりは、私は外の世界で自由に神に仕えていたいだけだ」

 

 エクリアの放つ光が、一層強くなった。己の力を誇示するかのように。


「……悪いな、お前は……前魔王の魂は、私の魂に代えても封印させてもらうぞ……!」

「お前の魂をかけて?

 くっくっく、やってみろ。

 傷ついたお前の、ながら信仰の力で何が出来る」

 

 俺は嘲笑うかのように、エクリアの放つ封印の力を全身で受けてみせた。

こんな状態のエクリアの力に、俺の力が負けるはずもない。

それが分かることが、悔しかった……。

今まで魔王の親父が俺の力を把握できていたように、俺もまた、魔王の親父の力は把握できていた。


「く……そ……!」


 エクリアは片膝をついた。

メフィストとの戦いで深手を負った彼女には、瞬間的な魔力も、永続的な魔力も、放つ事は不可能だ。

彼女の魂を削る封印の光の前でさえも、俺はこうして平然としていられる。

もはや持久戦……時間の問題だ……。


 その時だった。

 

「ディールさん!」


 シャルアの声が上がった。

見ると、すぐ傍に彼女は居た。


「お、おい、危ないから下がってろ!」

「分かっています、でも……でも……!」

「でもじゃねぇって! 下手したらお前が封印されちまうぞ!」

「私……あの時の事を謝りたくて……!」

「あ、あの時の事?」

「ディールさんが……封印されてしまうのなら……いつ謝ればいいんですか……!」


 シャルアの目からは大粒の涙が絶え間なくこぼれ落ちていた。

 

「あの時……ミノタウロスを退治した後、私はディールさんを避けるような事をしてしまって……。

 あの時……ディールさんから異様な魔力を感じてしまって……。

 あの時……それとは関係なく、血塗れのディールさんが怖くって……。

 ……私は……ひっく……私は……」

 

 シャルアの顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


「許してくれとは言いません……ひっ……ひっく……。

 でも、謝らせてください……!

 ごめんなさい……ごめんなさい、ディールさん……」

 

 シャルアは祈るように、その場にうずくまり泣きじゃくっていた。


「……は……ははっ……。

 そんなもん……今言うことじゃないぜ……」

 

 俺は遠くなる意識の中、右腕を動かした。

 

「……でも……俺もずっと気にしてたんだ」

「えっ?」


 俺はシャルアの頭を撫でようとした。

 しかし、その手は光に遮られ、シャルアには届かなかった。

 

「ありがとうな」


 俺は、俺の意思で、エクリアの封印の光に身をまかせた。

 

「ディール……さん……?

 ディールさん!?」

 

 

 

 そして俺は、光に飲み込まれた。


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