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第15話 まものしゃかいも たいへんそうだぞ


 それからエクリアは俺の力について追求はしてこなかった。

魔王城で初めてとなる戦闘の後、俺達はただ静かに薄暗い魔王城の通路を歩いていた。

見た目の隊列はエクリアが先頭だ。

だが、実質の先頭は俺だった。

 道が分かれていたり、二股になったりすると、エクリアは立ち止まるのではなく、それとなく足を遅めた。

その度に俺はそれとなく、魔物の魔力が感じられない方へと歩きを進める。

そうすると、自然と俺達の隊列は俺の選んだ道を進んでいく事になる。

 魔王城の通路は迷路のように入り組んでいる。

逆に言えば、魔物がいる通路を迂回することも簡単だ。

もっとも、これは普通の魔法使いにはできない、魔王の力を持った俺にしかできないやり方だろうが。

俺は極力、魔物のいない道を選んだ。

お預けを食らっているアクシルが魔物を見て、いつ暴走するか分からないしな。


『おうおう、また随分と暇そうな道を歩くじゃねぇか』


 魔王の親父の声だ。なんか久々に聞いた気がする。

 

『別に……どんな道を行こうと勝手だろ?』

『くっくっく……それはそうだ』

『けどよ……本当にこのまま魔王の所へ行って、倒しちまっていいのか?』

『何を今更。忘れたのか? 俺がお前に言った言葉をよ。

 ここ数十年、あいつはたるんでやがるんだ、一発びしっと渇を入れてやれよ』

 

 一発渇を入れるのと倒すのとでは随分違うぞ親父さん。

 

『あのな、俺が倒すってのは、ぶっちゃけ、魔王を殺すって事だぞ?』

『んなもん分かってるよ。俺の力を使って存分にぶち殺してやれ』


 魔物の、魔王の世界というものは、こういうものなのだろうか。

人間には生命を司るフィリス神の加護があり、いつでも生き返ることができるように、魔物の世界にも邪神なんかがいて、すぐに蘇生できるようなものなのか?


『……それはそうと、魔王の子孫繁栄ってどうやるの?』

『何だよお前、子孫繁栄をどうするかって? 言わせんな恥ずかしい』

『いや、あのな……』

『くっくっく、冗談だ。

 妙に知恵をつけてきたお前だ、いずれ訊いてくるだろうとは思っていたがな。

 魔物の子孫繁栄は人間のそれと同じだ。

 けどな、魔王の座は血筋とは関係無く継承されるんだ』

『は? 今の魔王はあんたの息子さんじゃ……』

『まあ待て、力も無しに魔物を統べる事なんてできるか?

 魔物の社会は権力じゃねぇ、力が全てだ。

 俺も先代の魔王から力を認められて魔王の座についたんだ』

 

 王族の世襲制とは違うのか。

王の継承は血筋の者が受け継ぐのではなく、あくまで力を持った者が受け継ぐ、と。

言われてみれば、力が全ての魔物社会ではもっともらしい話だ。

無駄に知恵を働かせて王位継承の争奪戦などやらないんだからな。


『けどな、俺はちょいと人間の社会に興味があってな。

 いわゆる世襲制ってやつに則って自分の実の息子に魔王を継承した訳よ。

 俺も最初は、あいつは俺の血を継いでそれなりの力を持っていると思ってたよ』

 

 なんとなく、俺の頭の中で魔王の親父の怒りが伝わってくる。

 

『けど、そりゃあ間違いだった。

 あの馬鹿息子は、ビビって城に引き篭もって取り巻きの魔物ばっかり揃えやがってよ。

 俺が魔王の頃は、魔物の大軍を率いて人間界に攻め入ったもんだ。

 もう500年くらい前の話になるがよ』

 

 さすがだ、魔王社会は長生きだ。

 

『俺の選択は間違っていた。

 俺はくだらねぇ自分の息子に魔王の座を譲るべきじゃなかったんだ。

 だからこうしてお前に俺の力をやって、俺の生き恥を……いや俺は死んでるけどよ、俺の醜態の始末をつけて欲しいんだよ』

『……自分でやれば?』

『できねぇからこうしてお前に頼んでんじゃねぇか』

『……じゃあ、なんで俺なんだ?』


 俺はあの時、魔王の親父から力を受け取った時からずっと訊きそびれていた答えを不意に求めた。

 

『くっくっく、いい質問だな。

 だが、的外れだ』

『は?』

『別に、お前が特別な訳じゃねぇ。

 俺は250年前にあの世に送られてきてから、数多くの死んだ人間に俺の力を与えて、俺の息子にケジメをつけさせようとしてたんだ』

 

 俺以外にも声かけてたのかよ、浮気者め。

 

『けどな、俺の力を使いこなしてここまで来たのはお前が初めてだぜ?

 他の奴等は自分が力を持ったからといって、すぐに権力争いに使おうとするわ、すぐに教会にバラして封印されるわ。

 疑って一度も俺の力を使わない奴もいたし、そのまま魔物に成り下がって、俺との約束を忘れちまう奴もいた。

 そんな奴らはすぐに力取り下げよ』

『なるほどな……じゃあよ……』


 俺は最近になって沸きあがってきていた疑問をぶつけた。

 

『俺が魔王を倒したら、俺のこの力は没収か?』

『くっくっく、もしも俺の息子、現魔王を倒したあかつきには、この力、くれてやるよ。

 そのまま人間界で崇められてもいい、お前が魔王の跡を継いでもいい、好きにしろ。

 俺はあのバカ息子がのうのうと魔王の座に居座っていることが気に食わねぇだけだ。

 あいつが死ねばそれ以外の事はどうでもいい』

 

 魔王の親父の言葉を鵜呑みにするわけにもいかないが……今はその言葉を信じるしかないか。

しかし、この魔王の親父、よほど自分の息子が憎たらしいと見える。


『よくあんたは自分の息子が死ねばいいなんて血も涙も無いような事を言えるな』

『あ? お前、魔物に悲しいとか、かわいそうとか、そういう感情があるとでも思ってんのか?

 力も無けりゃあ、いくら自分の息子だとしてもただのクズだ。

 魔物の社会はそんなもんよ』

 

 な、なるほどな……徹底した実力至上主義なのな……。

確かにそうでもなければ俺はこうして魔王の力を得てこんなところに居るはずもないか。


「おいディール、何を立ち止まっている?」


 突然のエクリアの声に俺の脳内会話は強制終了。

俺は我に返ると、目の前に十字に分かれた通路があった。


『くっくっく、お前はいつも俺との会話に夢中になりすぎだ。

 まあ、そのお前の知的探求は嫌いではないがな』

『……そりゃどうも……』

「いや、ちょっと考え事をしていて……」


 俺は魔王への返事と、エクリアの返事とを器用にやってのけようとした。

 

「考え事? ふん……。

 魔王城にまで来て考え事で足を止めるとはいい度胸だな」

 

 うそん、エクリアの逆鱗に触れちゃった?

 

「お前な、私達はここに遊びに来てるんじゃないんだ。

 なんなら今すぐ引き返してもいいんだぞ?

 お前達が戦意喪失したとギルドに報告してな」

「おいっ! 俺達が戦意喪失してるように見えるか!?」


 エクリアの言葉は敵意剥き出しだ。

それに簡単に乗るアクシルもアクシルだが。


「別に……ちょっと気になっていただけだ」

「何が?」


 しつこい女は嫌われますよ、エクリアさん。

 

「別に……その……シャルアのことだ」

「シャルア?」


 俺は咄嗟にそんな事を口にしていた。

実際にシャルアの事を考えて立ち止まっていた訳ではないが、やはり俺は心のどこかで気になっていたんだろう。

ある日突然いなくなってしまった仲間の事を。


「シャルア……ああ、あの新米娘か。

 ふっ……そういえばお前達に世話になったと言っていたな」

「お前、シャルアを知ってんのか?」

「ああ、私はあいつの上司だしな。

 もしかしたら途中で出会えるかもしれないな」

「え?」

「あの娘も魔王討伐で他の冒険者とここに来ている筈だ」


 あのおっちょこちょいのシャルアが? 魔王城に?

いくらなんでもスパルタ過ぎやしないか?

教会の方針が謎すぎる。


「正直に言うとな、蘇生もままならないあの新米は教会にいても邪魔なのだ。

 魔王討伐期間中は、それこそ冒険者やら国の兵士やらで教会は死体でごった返す。

 手際よく教会で蘇生ができるのならまだいいんだがな。

 あいつは棺桶を逆さにしてみたり、蘇生の祈りを噛み間違えたりと散々だ。

 そんな新米を教会に留めておくよりは、ただでさえ少ない戦闘できる神官として使った方が有益なのだ」

 

 言いたい放題だな……しかし、その言葉には説得力がある。

シャルアを庇う事はできない。


「なるほどな。それじゃあ、もしかしたらここでシャルアに会うかもしれねぇってことか」


 シャルアだって健気に頑張っているんだ!と反論したい俺の気持ちをよそに、アクシルは素っ気無い。

もしもシャルアとエクリアの立場が逆だったら、アクシルはそれはもう猛反論していた事だろう。

どこまでシャルアに興味が無いんだ、お前は。


「確か、上級冒険者パーティの第二神官として組み込まれていたはずだ。

 あいつ一人じゃ神官の仕事もこなせないからな」

 

 そう言うと、エクリアは顔を十字路に向けたまま、俺に急かすように目線だけを送った。

どこまで分かっているのかは知らないが、この神官、完全に俺の能力を見透かしているな……。

俺は黙って十字路を左に曲がった。

こっちの方向に、強い魔力を持った魔物の気配を感じる。

他に下級から中級クラスの魔力を持った魔物はいない。

そしてこの強い魔力はおそらく……。


『なあ、親父さんよ、この先にいる魔物って……』

『くっくっく、そうだ、四天王だ』


 そういえば、魔王の親父は俺に力を与えた時にそんな事を言っていた。

 

『あのバカ息子が揃えたにしては腕の立つ奴らだ。

 あのビビリは四天王を集めたはいいが、全部を魔王城に固めてやがる。

 でも、安心しろ、お前が倒すのは一匹で構わねぇ。

 あのアホはご丁寧に自分に続く通路それぞれに一匹ずつ配置してやがる』

 

 ひどい言われようである。

だがしかし、俺は現魔王に肩入れしてやる義理もない。


『でもまあ、気をつけな、お前が通ってきた道は一番魔物の配置が少ない道だ。

 あのバカはそういった守りの薄い通路に一番強い四天王を置いてやがる。

 もしかしたら、あのバカよりも強いかもしれんな、くっくっく』

 

 なんだか今から倒しに行こうとしている魔王が、ものすごいバカな奴に思えてきた。

いや実際にバカなのかもしれないが……しかし、まがりなりとも魔王だ。

せいぜい普段の会話で魔王のことをバカと言ってしまわないように気をつけよう。


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