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第14話 まおうのしろで たたかうぞ

 魔王城の目の前まで来ると、妙に寒気を感じた。

空を見上げると、魔王城の一帯だけ厚い雲に覆われている。

多くの魔物は日の光に弱いもんな、何かしらの力で常に雲を発生させて陽の光を遮っているのだろう。

しかし、この寒気は天候のせいか、それともこの城の発する不気味な雰囲気のせいかは分からない。

 目の前には開きっぱなしの大きな門。

あのジャイアントミノタウロスも悠々と入れるような規格外の大きさだ。

門の周辺は酷く崩れていて、軍の先兵か本陣かが打ち破った形跡が見てとれる。


「くっ……! 腕が疼くぜ……!」


 破壊されている門の奥の魔王城の入り口を見つめ、アクシルはメイスを構えていた。

その足は「本人曰く」武者震いをしている。


「ふん、帰るなら今のうちだぞ?」

「だ、だ、誰がここまで来てっ!」


 その様子を見てかいないでか、エクリアは突き放すように言ったが、アクシルは必死とも言える形相で食い下がる。

しかし、彼の足はその言葉で更に大きく震え上がる。

そりゃ、ゴブリンの巣や遠目の戦場とは違うもんな、仕方ないか。


「……まあいい、一度痛い目でも見たら気も変わるだろう。

 行くぞ。震えた足で転んでも知らんぞ」

 

 エクリアはアクシルの意思を汲み取る事なく、俺達に背を向けて歩き始める。

その様子にアクシルは強引に震えを止まらせるように自分の足を叩き、大きく息を吸って気持ちを落ち着かせる。


「お……おっし……」


 彼にしては珍しく自分の気持ちを抑え込むようにして、どうやらうまく落ち着いたようだ。

今までなら、ここからいつもの無謀な突撃をかましていてもおかしくはない。

あ、そうか、エクリアがパーティにいるからか。

アクシル、お前は年上のお姉さんが大好きだったな。

醜態を晒したくない気持ちが、なんとか自我を制御しているんだな。

さすがだぜアクシル。の下心。

 俺はというと……特に怖い訳でもなかった。

要塞掃討作戦の時は、初めての戦場を目の当たりにして震え上がっていたものの、どうやらあのミノタウロスを倒したことで何かが吹っ切れてしまったようだ。

恐怖といったものは感じられない……むしろ、妙な心地良さというか……。

これが百戦錬磨の戦士が味わう戦場の心地良い感覚というやつなんだろうか。


「ふん、まあ、安心しろ。しばらくは魔物は出てこないはずだ」


 エクリアは俺達の方へ首だけ向けるとそう言った。

彼女もやはり魔物の魔力を感じることができるのだろうか。

確かに付近には魔物の魔力は感じられない。


「……らしいぜ、行くぞ、アクシル」

「お、おうっ!」


 俺はアクシルを促すと、エクリアの後を追った。

魔王城の入口は、城門と同様に激しく破壊されていた。

おそらくは軍の本陣だろう。先兵がここまでするとは思えない。

俺達はエクリアを先頭に魔王城に侵入する。

 魔王城に入ると、そこにはエントランスが広がっていた。

ここも戦闘の爪跡が生々しく刻まれている。

 しかし……不気味な静けさだ。本当に軍の本陣が突入をかけているとは思えない。

様子だけを見ていると、既に魔王は退治されたようにも思える。


「……随分と静かだけど、本当に軍の本陣って進軍中なの?」

「ああ、そのようだな」


 そっけなく返事をすると、エクリアは魔王城のエントランスの隅の扉を開く。

すると、壁も床も天井も古めかしい石造りの洞窟の様な通路が現れた。

その奥は深く闇に閉ざされている。


「私から離れるなよ」


 そう言って、エクリアは前方に手をかざすと、魔法の光の球が中空に浮かび上がった。

シャルアが苦労していたライトの魔法だ。


「おおっ、これがライトの魔法かっ」


 アクシルの感嘆の声を無視するかのように、エクリアは一人通路を進み始める。

だからエクリアさん早いって。

俺とアクシルは慌てて彼女の後を追う。

 ライトの魔法で照らされた通路は思ったよりも広かった。

幅は大人が5人くらい手を広げても余りある程、天井はあの二階建民家サイズのジャイアントミノタウロスが身を屈めれば通れる程か。

そんな、人間には広すぎる通路に俺達の足音だけが静かに響き渡る。


「さっき静かとは言ったが、この城には邪悪な魔力が漂っている」


 歩きながらエクリアは続けた。

 

「どうやっているのかは知らないが、どうも、その魔力で全体を防音しているらしい。

 なぜ城全体に防音効果を敷いているのかは知らん。

 大群で攻め込んだ時に、連携をとらせないようにするためかもしれんな」

 

 小手先のカラクリなのかもしれないが、大群で攻める国の本陣にしてみれば厄介なのかもしれないな。

 

「それに、この内部では風の精霊の魔法を利用した連絡網が使えない。

 現在どういった状況なのかは私にも分からない」

「え? それじゃあ、もしかしたら、もう魔王は倒されてるかもしれないってこと?」

「ふっ……それは無いな。

 魔王が討伐されたとなれば、この城の邪悪な魔力も散り、魔法の連絡網も復帰しているはずだ」

 

 出会ってから初めてエクリアは笑った気がした。

お、こりゃこっちのペースだぞ。


「じゃあ、国の軍の本陣が魔王を倒したらすぐに分かるってことか」

「おそらく……魔王を倒せるとしたら、冒険者だろうな」


 意外な答えが返ってくる。

 

「国の軍の大きな仕事は、魔王討伐への道を作ることだ。

 もちろん、国の精鋭部隊は魔王を見つけたら挑む事もあるかもしれんが……所詮は軍の所属だ。

 自由に魔王城を移動することもできないし、上層部の指示に従えば魔王を目の前にして撤退も有り得る」

「魔王を前にして撤退なんて俺はしないぜ!」

「ふん、だから所詮は軍の所属というわけだ」


 おいアクシル、お前のせいでエクリアさんご機嫌斜めになっちゃったじゃないか。

 

「つまりは、規則でがっちがちな国の軍よりも、自由な冒険者の方が魔王を見つけやすいってこと?」

「そういうことだ。先の250年前の魔王も冒険者が倒したらしい」

「でもさ、魔物の魔力を辿れば、魔王なんてすぐ見つかるんじゃないの?」


 歩きながらエクリアは驚いたように俺の方を見た。

やば、何か地雷踏んだか?


「ほう、お前は魔力探知ができるのか?」

「え? ええ……まあ……少しだけなら……」

「おう、そうだぜ、ディールは魔物を探知する魔……」

「あー最近になって魔法というのを少しだけかじるようになりましてね、ははは」


 俺は慌ててアクシルの言葉を遮った。

俺の魔王の力は黙っておくようにと言っていたはずだぞアクシルめ。

こんなところで魔王の力などと言い出すと一悶着あるに違いない。

ましてや、このエクリアさんだ、なんの躊躇いも無く俺達をここに置いて帰りかねない。


「ふっ、そうか。だが、この城に入った時から気付かなかったか?

 魔力探知もここでは無意味だ、邪悪な魔力で妨害されている」

 

 俺は魔物の魔力を詮索する。

城に入る前と同じように……どこに魔物がいるか手に取るように分かる。

答えは簡単、これが魔王の力だからだ。


「あ、確かに……魔力を探知できませんね……」


 と俺はしらばっくれる。

てことは……この先に魔物が居るなんて言わない方がいいな。


「そういうことだ。簡単に魔王は見つけられない。

 それなら、自由に探索できる冒険者の方が魔王を発見しやすいのだ、私達の様にな」

 

 先頭を歩くエクリアは立ち止まった。

 

「そういえば自己紹介もしていなかったな。

 私は神官のエクリアだ。お前達、冒険者二人のパーティとして組み込まれた。

 一応は魔王討伐の遊撃部隊として教会の方からも任されたが……」

 

 エクリアはライトの魔法の光源を天井に投げつけた。

一瞬にして光が広がり、辺りの通路が照らされる。


「お前達が魔王討伐に相応しいかどうかは、ここで判断することにする」

「なっ!?」


 驚愕の表情を見せるアクシルとは裏腹に、エクリアは口元に笑みを浮かべていた。

なるほど、実力を見せろという訳かい。

しかし、よく魔物が居る事に気付いたな。

それこそ、魔力とはまた違う、別の第六感的な戦士が感じるような気配ってやつか?

 俺達の目の前にはライトの魔法に照らされた魔物の姿があった。

突然、光が天井に移り、大きく広がったことに魔物は驚き止っている。

数は……オーク3匹にリザード2匹、ヘルハウンド4匹にゾンビが2匹か。

明らかに中級冒険者が相手にする魔物だ。


「私はここで見学させてもらう。

 もっとも、私は神官だから戦えはしないのだけどな」

 

 視線をエクリアに戻すと、彼女は壁を背にして腕を組んでいた。

口元には意地悪そうな笑み。

この余裕から見ても、おそらくは彼女一人でもこの魔物の群れは倒せるのだろう。

もしくは、簡単に逃げられる方法か魔法でも知っているかだ。


「へっ、や、やってやるぜ!」

「待てアクシル、俺がやる」


 まだ魔王城に入って初めての戦闘だ。

こんなところでアクシルに勢いをつけられて暴走されてはたまらない。

俺は以前の教訓を踏まえた上でアクシルを制した。


「で、でもよっ!」

「まかせておけ」

「……お、おう……」


 俺は睨みをきかせると、アクシルは素直に頷く。

そして、その目線をエクリアに向ける。


「驚いてライトの魔法を切らさないでくれよな」


 一瞬、エクリアは怪訝そうな顔を見せた気がしたが、俺はそのまま目線を魔物の群れに向ける。

さて、どう料理したものか。

魔王の力にも慣れてきたもので、今なら腕を一振りするだけで魔物の群れを全滅させられる自信はある。

しかし、それをやってしまうとギルド受付嬢のように怪しまれるのは間違いない。

となれば、面倒でも一匹づつ片付けるか。

 俺は腰の片手剣を抜いた。

これはミノタウロスを倒した時の報酬で買った物だ。

まあ、ただのカモフラージュなんだけどな。


「いくぞ」


 俺は静かに、誰にともなく呟いた。

魔物は一瞬怯んだようにも見えた。

が、群れの中から一匹のヘルハウンドが俺めがけて飛び出してきた。

見た目はただの犬だが、大きさは二周りほども大きい。

そしてなにより、この鋭い牙と獰猛さだ、ヘルハウンドの名前は伊達じゃない。

 俺は飛び掛ってきたヘルハウンドを避けるでもなく、手にした剣を大きく振り下ろす。

剣の前にヘルハウンドは真っ二つに裂け、俺の両隣を突撃の勢いのまま通り過ぎていく。

そして、地面に着地する前に塵となって消えた。


「来いよ」


 俺は魔物の群れを挑発するように、剣を肩に担いでみせた。

その様子に反応した残りのヘルハウンド3匹が一斉に俺に襲い掛かる。

ヘルハウンドってのは、気が短い魔物なのかもしれないな。

そして……単純だ。

 俺は立て続けに飛び掛ってくるヘルハウンドを次々と斬り付ける。

その勢いに乗じて、オークとリザードも襲い掛かってきていた。

ついでと言わんばかりに俺は軽く斬り付ける。

俺の横を通り過ぎて、塵になっていく魔物。

 襲い掛かってきた最後の魔物が塵に還るのを見届けると、俺は剣を鞘に収め、エクリアの方を振り返った。

エクリアは驚きの表情で俺を見ていた。

仕方ないか、初級冒険者として俺の事は……。


「があぁあ……!」


 ゾンビの叫びと共に、俺の後頭部に何か当たった気がした。

そうか、動きの遅いゾンビは魔物の一斉攻撃に追いつけなかったか。

俺は両手を裏拳の要領で振り上げた。確かな手応え。

ゾンビは俺の裏拳を食らい、そのまま倒れこんで地面に吸い込まれるようにして塵になった。


「お、おい、ディール、大丈夫か!?

 思いっきりゾンビの攻撃を食らったように見えたけど!?」

「ん? ああ、大丈夫だ」


 驚愕の表情を浮かべる二人。


「……ふっ、面白い」


 やがてエクリアは、再びどこか意地悪そうな笑みを浮かべた。

それに俺もにやりと笑って返した。


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