第13話 あたらしいなかまは つめたいぞ
俺とアクシルは、午前中に立ち寄ったギルドに指示された通り、城下町の駐屯所に来ていた。
駐屯所は国の直属の機関とはいえ、要は、派出所のようなものだ。
城下町の警備兵の詰め所であったり、街中の喧嘩の仲裁所であったりと、城下町の治安維持を主とした機関だ。
昨日、突然に魔王討伐の仕事を請ける事になったが、具体的にどうすればいいのかは聞かされていなかった。
そもそも、俺は魔王がどこに居るかなんて知らない。
まあ、魔王の親父に訊けばすぐに分かる事なんだろうが。
それで午前中にギルドに立ち寄ると、この城下町の駐屯所を紹介されたという訳だ。
駐屯所の建物としては、石造りの二階建と思われるそう大きくない建物だ。
建物外壁の中央真ん中に、国の紋章が大きく描かれている。
入口には一人の兵士が見張りとして立っていた。
「すみません」
「なんだ?」
俺はその駐屯所の入り口に立っている兵士に話しかける。
国の紋章の入った鉄の鎧を身に纏っている、大柄の男の兵士だ。
「ギルドの仕事で、ここに来るように言われたんですが……」
「ギルドの仕事?」
訝しげに兵士は俺を見つめる。
その視線に俺は少したじろいだが、逆にアクシルは胸を張って一歩前へ出てきた。
「おう、俺はアクシル、こっちはディールだ。
俺達はギルドから魔王討伐の仕事をまかされたんだ!」
アクシル、もう少し言葉を選べ。
俺達は決して魔王討伐を一身に任された訳じゃない。
アクシルの唐突な自己紹介に俺は恐縮したが、兵士は豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは、なら先にそう言えよ。紹介状は?」
ここはアクシルの猪突猛進さに感謝か。
俺はギルドで預かった紹介状を兵士に手渡した。
兵士はそれを受け取り、中身を確認する。
「お前達は、ディールとアクシル、冒険者ギルドで魔王討伐の仕事を請けてここに来た。
間違いはないな?」
「おう!」
兵士の問いかけにアクシルが威勢の良い返事をすると、兵士はまた豪快に笑う。
「はっはっは、頼もしいな。
中に別の常駐兵士がいる。そいつにこの紹介状を渡してこい」
そう言って兵士は紹介状を俺に返した。
ギルドから話は通っているのだろう。
もしかしたら、こういった形で次々と魔王討伐に参加する冒険者はここへやってくる仕組みになっているのかもしれない。
とりあえずは門前払いをされることなく、俺達は駐屯所へ立入る許可をもらうことができた。
駐屯所の建物に入ると、そこには一人の兵士と、一人の神官が居た。
机の上で書類関係の仕事をしていたらしく、椅子に座っていた兵士は走らせていたペンを止め、俺達の方を見る。
「ん? 何の用だ?」
「えっと、ギルドからの……」
「魔王討伐の仕事をうけてここに来た!」
俺の言葉を遮るように、まるで子供のようにアクシルは大声でそう言い放った。
同行している俺としては恥ずかしい事この上ないが、彼のやり方が確かに早いようにも思え、俺はそのまま黙っていた。
「こりゃまた威勢のいい冒険者なこって。
どれ、紹介状見せてみ」
再び紹介状を催促され、俺はその兵士にそれを渡す。
また随分と軽い感じの兵士だな。
入口の兵士の様に鉄の鎧を着込んでいるわけではないが、国の紋章の入った軽鎧を身に纏っている。
行政官などではなく、恐らくは兵士の一人だろう。
国の兵士とはいえ、みんながみんな堅物という訳でもないんだな。
兵士は紹介状に目を通すと、次第に口元に笑みを浮かべる。
「なるほどな。エクリアさんよ、やっとこさ待ち人が来たようだぜ」
「なんだと?」
駐屯所に居たもう一人の神官は、端整な眉をぴくりと上げた。
兵士は紹介状を指に挟んで、エクリアと呼んだ傍の神官に差し出した。
神官はそれを受け取ると、上品な手つきで紹介状を広げ、目を走らせる。
少し吊り上がった切れ長の目に、宝石の様に輝く薄青の瞳。
細身で背はすらりと高く、女性用の神官のローブを優美に着こなしている。
少し冷徹さすら感じられる雰囲気を醸し出すその女性の神官に、俺は心当たりがあった。
「はぁ……なぜ私がこんな下っ端連中の子守など……」
神官、エクリアは大きく溜息をつくと、さっそく毒づいてみせた。
彼女は俺を何度か蘇生してくれた、あの毒舌神官だ。
酷い時には、『生命を司るフィリスの神の元、その魂をここに呼戻さんという訳だからさっさと起きろこのクズが』と言って俺を蘇生させてくれたもんだ。
本当にそんな神への信仰でよく神官になれたよな……。
というか、その毒舌さえなければ本当に美人さんなのに。
「まあいい、話は分かった。ついて来い」
そう言ってエクリアは後ろを振り返ると、建物の奥の方へ歩いていった。
俺達には全然話は飲み込めないのだが、アクシルも前のめりにエクレアの後について行っていたので俺もその後を追う。
エクリアが扉を開けると、そこには地下へと続く階段があった。
「暗いから転ぶなよ」
エクリアなりの精一杯の優しさなのだろう。
それならライトの魔法の一つでも出してくれよ。
俺とアクシルは足元に注意しながら階段を降りる。
しかし、俺達は魔王討伐に行くはずだ、なぜ駐屯所の地下へ……?
「あの、すみません、どこへ行くんですか?」
「なんだ? 転送陣のことも知らないのか?」
「テンソウジン? なんだそりゃ?」
アクシルの能天気な言葉に、エクリアは大きく溜息をついた。
「まあいい、お前達は初級の冒険者だしな、知らないのも当然か」
そう前置きし、エクリアは続けた。
「魔王討伐の本陣突入は五日前から始まっている。
まずは現地、魔王城周辺の魔物の掃討だ。
これは国の軍の先兵が既に完了させている。
そしてそこに宿営地を築き、転送の魔方陣を展開させている。
この駐屯所の地下と繋がる転送陣をな」
「ってことは、ここから一気に魔王城へ?」
「そうだ」
エクリアはあっさりと答えた。
俺はてっきり魔王城まで国の軍と行軍するものだとばかり思っていた。
これから何日も野宿を繰り返し魔王城へと向かうのか、と覚悟はしていた。
魔王城がそんなに近くにあるはずもないし。
「ちなみに、魔王城へはどれくらいの距離が?」
「順調に馬で行けば十日は難くないな」
馬で……十日……。
これが団体様の行軍であれば……考えたくない。
軍に仕官する心意気があれば、どうって事はないのだろうが、生憎と俺は冒険者だ。
「ふん、心配するな、そういった仕事は冒険者ではない、国の仕事だ。
軍の先兵は一ヶ月前に出発し、七日前に宿営地建設を完成させたらしい。
私も詳しい事までは知らないがな」
「へぇ~、そんなに前から魔王討伐の準備は進んでたのか」
アクシルはまた能天気にそう言ってのけた。
お前、せめてもう少し労うくらいしろよ。
「ふん……お前らのような根性も座っていない冒険者は先兵から参加してもらいたいものなのだがな。
ギルドからの依頼、国からの援護要請だ、仕方が無い。
ありがたく思えよ、魔王城までの行程が省けるのだからな」
そう毒づきながら、エクリアは階段を降りた先の地下室の扉を開いた。
地下室へ入ると、部屋は壁に掛けてある松明に照らされ、階段の通路よりは明るかった。
そして部屋の中央には大きな魔王陣が描かれていた。
「これが転送陣……」
「そうだ。中央に来てじっとしていろ」
俺とアクシルは地面に描かれた薄らと光を放つ魔方陣からエクリアに視線を移す。
彼女は既に魔方陣の中央で腰に手を当てて俺達を待っていた。
「早くしろ、置いていくぞ」
俺とアクシルは慌ててエクリアの元へ向かう。
そんな俺達をお構いなしに、彼女は魔法の詠唱を始める。
エクリアさん早過ぎっす、もうちょっと落ち着いて欲しいっす。
こりゃ、うかうかしていると本当に置いてかれちまうな。
俺とアクシルはエクリアの近く、魔方陣の一番内側に描かれている円の内側に入る。
この転送陣とやらの雰囲気だと、この円の内側にいれば大丈夫……そうな感じはする。
エクリアさんはそんな俺の観察を待ってはくれない。
「……地の精霊よ、我らを導け」
えらいあっさりとした詠唱だな。
もしかしたら、詠唱ってやつは魔法の一種の飾りみたいなものなのだろうか。
エクリアの蘇生の祈りも魔法の一つなんだろうが、余計な言葉も混じっていたりもするし。
などと思っていると、魔方陣から少しずつ光が生まれ、俺達を包み込んだ。
「うおっ!? なんだこれ!?」
「騒ぐな。黙ってじっとしていろ」
やがて魔方陣から生まれた光は、真昼の太陽のように強い光を放った。
俺はその光に耐えかねて目を閉じる。
一瞬、気が遠くなるのを感じたが、すぐに意識は我へと返る。
気がつくと光は次第に収まっていき、次に広がっていたのは全く別の景色だった。
地面はいつの間にかむき出しの地面になっていた。
だが、描かれている魔法陣は、おそらく……同じものなのだろう。
辺りを見回すと、俺達がいるのは薄暗い天蓋の中のようだった。
「う……うおお!? すげぇ! どうやったんだ?」
「うるさい、黙ってついて来い」
興奮するアクシルを尻目に、エクリアは天蓋の出口へ歩いて行く。
それに続いて俺達は天蓋の外へ出ると、眩しい日差しが視界を遮る。
転送陣で強い光に襲われたせいか、陽の光にもすぐに慣れ、視界は回復する。
すると……遠目には不気味な城があった。
「これが……魔王の城……?」
「そうだ」
俺が驚きで声を失うと、エクリアは淡々と答えた。
ここから歩いて5分程度の距離だろうか。
城は静かに、しかし見る者に恐怖を与える異様な雰囲気を放っている。
魔王城にだけ陽の光は届いていないように思える程、暗く冷たい様相を呈している。
先日の要塞掃討作戦の戦場の様な派手さはないが、確実に見る者の恐怖を掻き立てている。
「魔王城は堪能したか? 行くぞ」
初めての魔王城を前に立ち尽くす俺とアクシルを急かすように、エクリアは何の警戒もせずに歩き出した。
俺達は慌ててその後を追う。
「そ、そんなにあっさり魔王城まで?」
「何のために軍の先兵が宿営地まで設けていると思っている?
この周辺の魔物は討伐済みだ。
既に魔王城への侵攻は始まっている」
なんというか……エクリアは物事を早く進めすぎて、俺に考える時間を与えてはくれない。
そういえば、合った時から毒づいてたな……。
彼女にしてみれば、さっさと仕事を済ませたいのだろう。
でも、仕事って、魔王討伐だよな……?
「俺達の仕事って魔王討伐……なんだよな?」
「はぁ? 何を言っている?
私はともかく、お前達に魔王が倒せるとでも?」
エクリアは足を止め、ひどい呆れ顔で振り返った。
「ふん……もしも魔王に出会えれば倒せるかもしれんな」
そして俺の方を見ると一瞬、意地悪そうな笑みを浮かべる。
この顔は……少なからず俺の事を知っているな……。
あのギルド受付嬢がどんな形で俺達を魔王討伐に推薦したのかは分からないが。
「おうよ! どっからでもかかって来いよ、魔王!」
アクシルは歩きながらぶんぶんとメイスを振り回す。
どう考えても魔王の方から俺達にかかってくるとは思えないから安心しろ、アクシル。
俺はそんなアクシルを尻目に魔物の魔力の詮索をしてみた。
俺達の付近には魔物の気配は感じられない。魔物は確実に魔王城に数多くいる。
しかも並の魔力じゃない……あのジャイアントミノタウロスの比ではない強力な魔力が、そりゃもうわんさか……。
俺には魔物の魔力を察知する能力があるんだ。
お望み通り魔王に出会ってやろうじゃないか、ええ? エクリアさんよ、驚いて鼻を明かすんじゃないぜ?
と、俺は心の中でだけ呟いた。




