第12話 まおうたいじの しごとがきたぞ
あの日から……俺がギルドにジャイアントミノタウロスを倒した報告をした日から、数日が過ぎようとしていた。
最初の頃は掃討作戦の後片付けとばかりに魔物の残党狩りの仕事をもらえた。
あの日の翌日に蘇生を終えたアクシルと共に、俺は無難にその仕事をこなしていった。
もちろん掃討作戦の時の報酬は山分けだ。
アクシルの、報酬の金貨を目の当たりにした時の顔が今でも忘れられない。
あいつは揶揄するのではなく、本当に時が止まったかのように呆然とした顔のまま金貨の山を見つめていた。
その後の喜びようと言ったら……。俺の背中に青あざができたくらいだ。
当然これでアクシルの気が大きくならない事はなく、残党狩りの気合の入れようと言ったらなかった。
アクシルの血走る、鬼気迫る眼を俺が何度収めたことか。
そうして、冒険者への道を駆け上がれると思っていた。
掃討作戦で大きすぎる手柄も上げた。
もっと格上の仕事が来ると思っていた。
「……なあ、ディール、なんで俺達またこんなことやってんの?」
アクシルは薬草を選り分けながら、そう呟いた。
「……なんでだろうな」
俺は薬草を手際よく摘み取りながら、そう呟いた。
多少雲は出ているものの、今日も天気はいい。
心地よい風がここティターニア平原に吹いている。
小鳥のさえずり、風に吹かれる草原の音、心地よい昼下がり。
そう、俺達は再び薬草集めの仕事をしていた。もう三日目か。
掃討作戦後の残党狩りの仕事が終わると、俺達には一切の戦闘の仕事は来なくなった。
その掃討作戦で平和になった訳ではない。
もちろん、多少は落ち着いて魔物の活動は抑えられたのかもしれない。
しかし、完全に抑えられた筈もなく、他の冒険者は洞窟の魔物退治や、迷い込んできたワイバーン退治などの仕事をしている。
ギルドの活動は相変わらずだ。俺達を置いて行ったままで。
「俺達じゃ、まだまだ力不足ってことなのかなぁ……」
アクシルにしては珍しく弱音を吐いていた。
力不足という事はないはずだ。
力のバランスが悪いことは否めないが。
「でも、おかしくね? ちょっと前は腕試しみたいにゴブリンの巣の討伐の仕事もらえたよな?
ギルドに何度きいても『今はお二人にお願いできるお仕事がありません』だぜ?
他の冒険者はゴブリン退治の仕事なんかもまかされてるのによ~」
思い当たる節はたくさんあった。
……いや、思い当たる節しかない。
あれこれ詮索するのやめよう、簡単に考えて3つだ。
一つ、俺とアクシルの実力が違いすぎるパーティに丁度いい仕事が無い。
二つ、ギルドが俺の魔王の力を怪しんで使いたがらない。
三つ、俺がでしゃばりすぎると、他の冒険者の面子も財布の中身も潰してしまう。
どの理由かは分からないし、全部の理由かもしれない。
このままじゃ、俺はともかくアクシルに悪い。
なんだかんだで、アクシルも実力はつけてきた。
彼は報酬の一部で戦士用のメイスを買っていた。
ギルドで貰った棍棒がよほど気に入っていたのだろう。
そのおかげもあってか、彼一人ででもゴブリンやコボルトに苦戦することもなくなっていた。
ともすれば、オークとも互角に渡り合えるようにまで急成長していた。
もちろん、その様子は要塞掃討作戦の残党狩りの仕事の時だったんだが。
それ以降は彼の自慢のメイスは背中に背負われたままだ。
このまま俺のせいで彼の冒険者の道を閉ざしてしまうのはこの上なく心苦しい。
まさか、適当に吐いた嘘が真実になる日を迎えるようになるとは……。
……アクシルを相方とするのは今日までかな……。
仏頂面で薬草を集めるアクシルを見て、俺はそう思った。
……そして変化はもう一つ。
「それともなんだ、シャルアがいないと危なっかしくて仕事くれねぇのかなぁ。
どうしたんだろうなぁ、もう神官の社会勉強は完了ってか?」
シャルアの姿は、ここにはなかった。
俺は、あえてギルドにシャルアの事は訊かなかった。
アクシルは何度かギルド受付嬢にシャルアの事を訊いていたが、その場で適当にはぐらかされていた。
掃討作戦以来、俺は彼女の姿を見ていない。
だけど……あの怯えた目をした彼女の姿は今でもはっきりと覚えている。
「……どうなんだろうな……」
俺は誰にともなく呟いた。
日暮れ時、辺りは暖かな光に包まれ、人々は帰路についている。
長く伸びた影が、時折ちらちらとギルドの窓に差し込む陽の光を遮る。
ギルド内は一日の疲れを酒で癒す者、仕事の報告を待つ者、談笑で盛り上がる者、様々な冒険者であふれ返っていた。
ギルドでは一番忙しい時間帯だ。
仕事を終えた冒険者が、陽が落ちると共に一斉に帰ってくる。
どの受付でも忙しそうに仕事完了の手続きが行われている。
そんな忙しそうなギルド受付員が多い中、俺達の目の前にいるいつもの受付嬢は笑顔で、ただ俺達を見つめている。
もはや俺達の専属の受付嬢と言っても過言じゃないな。
まあ、そんな事は今はどうでもいい。
「……ええっと……つまり……」
「はい、明日から魔王討伐にお二人も参加して頂きたいのです」
「いや、だからその……なんで……俺達が?」
「理由が必要ですか?」
受付嬢はにこりと俺に微笑む。
突然だ、あまりに突然だ。
アクシルに至っては目が点になったまま動かない。全く状況を把握できていないのだろう。
「それでは、ご説明しますね」
「お……おう……」
訊きたい事は山ほどあったが……とりあえずは説明を受けてからにしよう。
もしかしたら、魔王城討伐って言っても、俺達は入り口待機で警備する仕事かもしれないしな……。
「この度、国の魔王討伐作戦が本格的に動き始めました。
魔王と言えばご存知かとは思いますが、この国の魔物を統べる諸悪の根源です。
少し意外かもしれませんが、魔王討伐は非常に長期に渡り定期的に行われているのです」
確かに意外だ。魔王を倒せば世界に平和が戻りました、ではないのか。
あ、そうか、魔王にも親父さんがいるもんな。
昔から代々と魔王討伐の戦いは続いているのか。
「現魔王はスルバーナル高地に居城を構え、数多の魔物を統べています。
前魔王は250年前に討伐され、その時はガルデニア山地に居城を構えていたのです。
魔物の子孫繁栄などはよく分かっていません。
それが魔王となれば尚更です。
分かっているのは、魔王を倒しても、しばらくするとその子孫が再び魔王として世に出てくるという事だけです」
魔王の子孫繁栄か……今度魔王の親父に訊いてみよう。
もしかしたら、この長年に渡る魔王と人間との闘いに終止符が打てる答えが得られるかもしれない。
いや、そんな事を教えてくれる訳ないか。
「魔王との戦いの歴史については、興味がおありでしたら文献などを調べてみて下さい。
私もそこまで詳しいことは分かりませんので。
ふふ、とはいえ、出発が明日なのでそんな暇はありませんね」
受付嬢は笑ってみせたが、目は笑ってはいない。
……確信犯だ。俺は敢えて質問をぶつける。
「じゃあ、なんでもっと早く教えてくれなかったの?
魔王討伐なんて、それこそもっと前から計画されてたんだよね?」
「申し訳ありません、国の方もだいぶ急ぎの救援が必要だったらしく、ギルドの方へも追加要請が下りたのはつい最近の事でして。
こちらも人選等を整えた結果、ディールさん達にお知らせするのが遅くなってしまいました」
なんともそれっぽく誤魔化される。
どこが本当なのか嘘なのかも分からない。この受付嬢、相変わらずただ者じゃない。
「……まさかとは思うけど、俺の……」
俺は小声で呟く様に言うと、受付嬢を見る。
「国の魔王討伐作戦決行の真意は分かりません。
ディールさん達は、国の軍部の指示を仰いで下さい。
ギルドの方からも話は既に通してあります」
受付嬢はにこにこと笑顔を浮かべている。
これ以上の詮索はするな、と。
俺は大きく溜息をついた。
やめだ、あれこれ詮索するのはもう疲れた。
集魔のお守りからギルドの仕組みを考えていた頃はあんなに楽しかったのにな。
俺が魔王の力を手に入れ、それを隠し始めてからは何を考えるのにも疲れる。
そりゃ、嘘を吐き続けているのだ。
他人はどうかは分からないが、少なくとも俺には苦痛しかない。
……やっぱり、後ろめたいからか……。
「……お……」
ふと、アクシルから小さな声が漏れた。
「おおおおお!? マジか!?」
アクシルは両手を握り締めてガッツポーズをしたまま立ち上がった。
「マジで俺達、魔王退治に行けるのか!?」
こんなに興奮するアクシルは久しぶりに見た気がする。
そしてアクシルは悶える様な声を上げながら俺の背中をばんばんと叩く。
「くぅ~っ! ついに俺達も上級冒険者の仲間入りって訳だ……!」
いや、そう思うにはまだ早いと思うぞ、アクシルよ。
いくら魔王討伐に参加できるとはいえ、俺達が直接魔王を倒しに行くと決まった訳じゃない。
さっきも思ったが、国の軍の指示で俺達の仕事は入口警備という暇なものになるかもしれない。
そこで、はっと我に返ったようにアクシルの動きが止まる。
「……そうか、最近俺達に仕事が来なかったのは、もしかしてこのためか!?
俺達の魔王討伐という重大な使命のために、俺達の暇だったここ数日は戦士達の束の間の休息だったという事かっ!」
なんとも都合の良い解釈である。
束の間の休息の後に燃え上がる闘志、アクシルやっぱかっこいいぜ。
お前の次の行動は見えている。
俺が思った通り、アクシルはメイスを掲げると、悦に入った表情で虚空を見つめた。
「やってやる……やってやるぜ!
魔王よ、顔を洗って待っていろ!」
首じゃなくて顔を洗えと言う辺りがアクシルらしい。
魔王も顔は洗うのかな。今度、魔王の親父に訊いてみよう。
そんなアクシルを受付嬢は笑顔で見つめていた。
それを見て……俺は気付いた。
屁理屈ばかり考える俺と、真っ直ぐすぎる直球のアクシル。
そういう意味では、俺達はバランスは取れているのかもしれない。
さっきまで俺を悩ませていた理屈は、アクシルを見てどこへやら。
考えることすら馬鹿げているように思えた。
俺達は魔王討伐に行くだけだ。
例え何が待ち構えていようと、それだけだ。
俺は苦笑交じりに受付嬢を見た。
彼女はただただ笑顔で、それに応えてくれた。
分かった事は、彼女は『アクシル付きで』俺を魔王討伐に推薦してくれたのだ。
俺に無駄な詮索はさせないように。
そうと分かれば答えは一つ。
「よっし……明日から頑張ろうぜ、アクシル」
「おうよ!」
俺は意思を確かめ合う様に、アクシルとお互いの拳をぶつけた。
もちろん、俺の拳が砕けそうになる程、アクシルは手加減していなかったのは言うまでもない。




