第11話 まおうのちからを うたがわれたぞ
今日も雨。
風も出てきたらしく、時折鋭い風の音が窓の外から聞こえてくる。
昨日の掃討作戦に不満を持つかのように吹き付ける雨風。
「ディールさん?」
「え? ああ、うん?」
突然の声に俺は妙な声を上げる。
昨日の掃討作戦の後、俺達は雨の降る中、城下町へと帰ってきた。
アクシルの蘇生をシャルアに頼み、俺はそのまま帰路へついた。
そして今日、さすがにあの血塗れの布の服を着る訳にも行かず、家にあった適当な服を着てギルドへ赴いた。
今日はアクシルとシャルアはいない。
もしかしたら、またシャルアは蘇生に手間取っているのかもしれない。
今日の天気じゃ顔面日光浴は避けられそうだけど。
「どうかしました? 大丈夫ですか?」
少し心配そうに受付嬢が声をかけてくる。
「いや、別に……雨だなー、って思って」
「ふふ、そうですね」
そうだ、この受付嬢はどうでもいい事や訳が分からない武勇談には耐性があるんだった。
まあ、実際に別に何かあるって訳でもなく、俺はただただ窓の外の降りしきる雨を見ていただけだったが。
「それで」
受付嬢は切り出した。
「……これはどうされたんですか?」
目線を窓の外から受付嬢に移すと、そこには集魔のお守り。
「うーん……他の冒険者が倒した魔物の魔力も吸収されたんじゃないかな……」
なんとなくシラを切ってみせた俺の目線の先には、真っ黒に染まった集魔のお守り。
「基本的にはそんなことはありません」
受付嬢の笑顔が妙に怖い……。
「そ、そうなの? えっと……なんで?」
しばらくの間降りる沈黙。
そして、受付嬢は大きく溜息をついた。
その顔はいつもの、そしてさっきまで浮かべていた笑顔ではなかった。
「今日はアクシルさんもシャルアさんも見えてませんし、きちんとお話をしましょうか」
「……ああ」
なんとなく、その場の空気は重苦しかった。
「まず、この集魔のお守りについてですが、先程も言いましたように、他の冒険者が倒した魔力を吸収することは基本的にありません。
ギルドでお渡ししているこのお守りには、そのパーティが倒した魔物の魔力しか吸収できないように細工がしてあります。
具体的には、冒険者の方にお渡しした集魔のお守りは、返却された後に一度解析されます。
そして、その解析したものを基に報酬をお支払いしています。
小容量の集魔のお守りの解析なら私にもできますので、すぐに報酬のお支払いの手続きはできるのですが」
ということは、俺の予想は当たっていたということか。
やっぱりこのギルド受付嬢は簡単な集魔のお守りの解析もできるんだな。
他のギルド受付の人はどうなんだろう、と聞きたかったが、止めた。
「そして解析が済むと、一度この集魔のお守りの魔力を全て抜いてまっさらな状態に戻すのです。
そのままの状態では些細な魔力でも吸収してしまい、すぐに黒くなってしまいます。
そこでギルド専属魔術師が冒険者パーティの魔力の波長を基に、そのパーティが倒した魔物の魔力しか吸収しないように細工をしているのです」
なるほど……冒険者に渡される集魔のお守りは、同じであっても、全て別々のその細工とやらが施してあるのか。
確かにそうでもしないと、上級冒険者の近くをうろうろするだけで魔力が吸収されちゃうもんな。
「ふふ、ディールさんは理解力もあり、聞き上手ですから、もっと細かいことまでお教えしたいのですが。
それは、またの機会です」
受付嬢に笑顔が戻ったのは一瞬だった。
それはすぐに疑惑のような、怒ったような、厳しい顔になる。
「それを踏まえて、です。改めて聞きます。
これはどうされたんですか?」
受付嬢は、悪い事をした子供を問い詰めるような優しさもあるが、それとは違う強い意志で俺に訊いた。
俺は思わずカウンターに置かれた集魔のお守りに視線を泳がす。
お守りの水晶は、どす黒く染まっている。
そりゃあ……あんな魔物を倒したんですもの……この程度のお守りじゃあ容量オーバーにもなりますよねー……。
ギルドに来る前からこんな事になるのではないだろうかとは思っていたが……。
このまま報告しなければ次から仕事はもらえなくなるだろうし、予想はしつつも俺は素直に報告はした。
そりゃ、数日前までゴブリンを必死に倒していた俺ら初級冒険者だ。
突然、規格外の魔物を倒してきたのだ。疑わない方の管理能力の方が疑われる。
ましてや、そんな細工ができる集魔のお守りだ、おそらく俺が倒した魔物のことも察しがついているだろう。
というか、既に解析済みなのだろう。
「……だから、その……ジャイアントミノタウロス?を俺が倒した……」
完全に俺は叱られている立場だ。どうしてこうなった。
戦況を覆したジャイアントミノタウロスを倒したのに、なんで俺はこんなにも肩身が狭いのだろう。
「どうやって?」
答えは簡単だ。後ろめたいからだ。
ここで魔王の力の話を持ち出したところで、到底信じてもらえるはずもない。
いやでも、ミノタウロスを倒したという事実は変わらないから、むしろ納得してもらえるか?
違う、俺が恐れているのは、この魔王の力を封印されてしまわないかという事だ。
別に封印されても構わない。
……というのは嘘になるが、問題は「俺ごと」封印されてしまわないかという事だ。
そもそも現存している魔王の力を使った、などと言えば異端の力、いや、敵対勢力の力として見なされかねない。
いくら俺が魔王の力をギルドのために、国のために、人間に使いたいと思っていても、そんなのは関係ない。
思考一つで簡単にジャイアントミノタウロスを倒したのだ。
普通の人にしてみれば恐怖の対象でしかない。
……そう、恐怖の対象でしか、無いのだ。
「……ふう……。仕方ないですね」
ふと受付嬢は根競べに負けたように息をついた。
その声に俺は我に帰る。
「今回はディールさんが『前線で弱ったジャイアントミノタウロスに止めを刺した』ということにしておきましょう。
前線でディールさんの姿を見たという情報が他の冒険者さんや国の兵士の方から上がっています。
……それ以上は難しいでしょう」
そう言いながら、難しい顔つきのまま受付嬢は資料を作り始めた。
「はい、それでは今回の掃討作戦の参加と特別報酬、金貨80枚です。お確かめ下さいね」
「え?」
カウンターに布袋に入った金貨がどさりと置かれた。
その音は聞いた事はあるが、俺には聞き慣れない、間違いない金貨の音だった。
「え? ええっ? あのミノタウロスってこんなに報酬でかかったの!?」
「あまり大きな声で言わない方がいいですよ。
冒険者ギルドには職業を盗賊として登録されてる方も多いですし」
「え……ええと……金貨80枚って言ったら……ええと……」
「銀貨で言えば800枚、銅貨で言えば8000枚ですね」
咄嗟の、それも驚愕の数字に計算が追いつかなかった俺に、受付嬢がすかさず換算した額を言ってくれる。
薬草集めの仕事で銀貨2枚だから……あの一匹で約一年半分……。
「ふふ、通常のサイズのミノタウロスでしたら、一匹辺り金貨2枚程度なんですけどね。
あの規格外のサイズ、しかもあの戦況下でしたから、それ相応の追加報酬になっています。
余談ですが、あのミノタウロスが出てくる事は国も予想外だったらしく、完全撤退命令が出ていたんですよ」
俺はそんなすげぇ魔物を倒しちまってたのか……。
……あんなに簡単だったのに……。
「それと」
受付嬢の顔が急に厳しいものになる。
「この報酬は今回だけです」
一瞬、時が止まったように感じ、そして動き始める。
「ふふ、ディールさん程の洞察力をお持ちでしたら……お分かりですよね?」
受付嬢は笑顔に戻っていたが、その目は笑ってはいなかった。
そりゃあ……分かっている……。
理由はさっき考えていた通りだ。
『訳の分からない強大な力』を裏付けの無いままギルドが戦力として使うとは思えない。
きちんと力の説明をしない限り、俺には薬草集めの仕事しかさせてくれないだろう。
再び掃討作戦の仕事がギルドに来たところで、仮に『訳の分からない強大な力』が暴発でもしようものなら、その責任は国ではなくギルドに負わされる。
もしも俺がギルド責任者だったら、俺みたいな『訳の分からない強大な力』を持った冒険者に大規模な戦闘の仕事に参加させようとは思わないね。
……責任者がアクシルだったら別だろうが。
強大な力を持った冒険者と、『訳の分からない』強大な力を持った冒険者は全くの別物だ。
「……仕方無い……」
俺はこのまま冒険者を引退するなど考えられない。
俺は、まだこのギルドで働きたいのだ、冒険者として。
魔王の力だとしても……ギルドのために、国のために、そして何より俺自身のために。
アクシルではないが、やっぱり冒険者は俺の夢なのだ。
「……誰にも言わないと約束してくれるか?」
「……はい」
俺が神妙な面持ちで呟くと、受付嬢は顔を近づけてきた。
……むむっ、小じわ……いや、そんなことはどうでもいい。
これでダメだったら諦めるしかない。ダメ元だ。
俺は昨日から考えておいた言い訳を始めた。
「……実は」
「……実は……?」
「俺……勇者の末裔なんだ」
「ふふ、そうですか」
一瞬にして受付嬢はいつもの受け流し体制に入る。
いかん、普段のアクシルの猛追で完全に耐性がついてる。
「そりゃよ、いきなりこんな事を言っても信じてもらえる訳が無いのは分かってる」
「ふふ、そうですね」
「でもさ、俺はアクシルじゃない」
俺は真摯な眼差しで受付嬢を見つめる。
その眼差しに、ゆっくりと受付嬢の笑顔が崩れる。
「そのうち……少しずつ正体はバラそうとは思ってたんだ」
「……なぜ隠していたのですか?」
よし、受付嬢の第一防壁は外れた。
「だってさ、俺は勇者の末裔かもしれないが、勇者じゃない。
自分の力に最初から気付いてたら、薬草集めなんてやってないぜ?」
「ふむ……」
「しかも、勇者の末裔とはいえ、直系じゃない。
勇者の直系の末裔は確か国の軍隊に組み込まれてるんだったよな?」
「……確かに……」
実はかまをかけてみただけなのだが、正直当たるとは思っていなかった。
ここで違うと言われれば、直系は別の国だったか、などとシラを切る予定だった。
「要は、俺は勇者の落ちこぼれってわけだ。
小さい頃は両親から『お前は勇者の血を引いてるのにねえ』なんて言われてたのは薄らと覚えている。
両親も諦めてたんだろうな。他の勇者の末裔の幼少期はどうなのか知らないけど。
あまりに才能を開花させない俺を見ているうちに、いつの間にか俺の家では『勇者』は禁句になっていった。
それで、最近になって、やっと戦闘の仕事をやるようになってきて……やっと自分の勇者の力が開花して、改めて俺が勇者の血を引いていることに気付いたんだ」
「なるほど……」
自分で言うのもなんだが、物凄く恥ずかしい。
アクシルはよく毎日こんなこと喋っていられたな。
あいつの場合は真実を脚色してたんだけど。
「薬草集めの仕事ばかりやってる俺を見て、きっと俺の両親も俺は勇者の落ちこぼれだと思って何も言わなかったんだろうな。
勇者ってだけで崇められても、実力が伴ってなければ恥ずかしいだけだもんな」
「……じゃあ……」
反撃上等、かかって来い受付嬢よ。
「なぜ、アクシルさんにはその事はお話せずに?」
もっともらしい、理に適った指摘だ。
アクシルならば「俺の相方は勇者の末裔なんだぜ!?」と吹聴して回るに違いない。
ともすれば的違いな質問だが、確実に俺の身近を狙うところが、この受付嬢ただ者じゃない。
「アクシルにこの話をしたところで、俺が勇者の末裔だと言い触らすのは目に見えてるだろ?
それを鵜呑みにされて、いきなり国の軍隊になんて行くのは嫌だったし」
「……そうですか……」
受付嬢の気のない返事。だがしかし、それは予想済み。
「いや……アクシルが親友だからだよ」
俺の中では羞恥の極みだが、頑張れ、俺。
「いつの間にかギルドで仲良くなって、自分の将来の冒険者像を無邪気に語るあいつを見てたらさ……。
俺一人、あいつを残して階段を駆け上がる事もできなくなってね……。
俺は勇者の落ちこぼれだ。俺も俺なりにあいつと一緒に成長したかったんだ。
仮に俺の血筋で俺が早く階段を登るにしても。
いや、それなら俺が手助けして、あいつを成長させてやりたかった。
……おこがましい話だけどな」
「…………」
「だからせめて……そうだな、あいつが一人でオークを倒せるくらいにまでなったら、全部話すつもりだった。
そこからは、それぞれの力量をわきまえた道を歩こうって。
……もっとも、俺自身がこんなに早く、一気に勇者の力を開花させるとは思ってなかったけど」
受付嬢は真剣な眼差しで俺を見ている。負けるな、俺。
「……ディールさんの気持ちは分かりました。納得にも値するものです。
一つ妙な事をお聞きしますが」
俺は正直笑い飛ばされるとでも思ったが、納得してくれたようで良かった。
ん? 妙な事?
「装備はどうされたのですか?」
そんな質問が来るとは思ってはいなかった。
現実的である。さすがである。
感心している場合じゃない、考えろ、俺。
「ちゃんとした装備もなければ、勇者とはいえジャイアントミノタウロスを倒すことは難しいとは思われますが」
「……あまり言いたくないんだけど、現地調達したんだ。
倒れている冒険者や兵士の物を借りてね。いや、盗んだと言うべきか……。
相手はジャイアントミノタウロスだ、何本もの剣を折り、何本もの斧を砕かれた。
そりゃもう……アクシルじゃないけど、死闘だったさ。
それに免じて……とは言わないけど、死体漁りもいい所の俺の所業は見逃してくれないか?」
俺は半ば懇願の目を向ける。
そうだ、いろんな意味での懇願だ……早く納得してくれ……。
それを察してかいないでか、受付嬢は大きく息をついた。
「……ふう……。分かりました。
にわかには信じられませんが、ディールさんの言い分は分かりました」
言い分って何だよ。まるで俺が悪い事したみたいじゃないか。
いや、確かに思いっきり嘘はついてるけど……。
「装備の事に関しても、倒れた冒険者の物の所有権は基本的にはその者にはありません。
確か、国の軍でも同様の見識がされていたかと思います。
報酬から引くことなどはしませんのでご安心下さい」
受付嬢の笑顔がいつものものに戻った気がする。
俺は内心で大きく息をついた。
「ふふ、ディールさんの先程のお話も秘密にしておきますので安心して下さい。
ギルド組合長には私の方から口添えだけしておきます。
ディールさんの今後の進退にまでは口出しはできませんが、私なりに善処させて頂きます」
よっしゃ勝ったどー!
「うん、ありがとう」
心の声をは裏腹に、俺は必死に冷静さを保ってそう返した。
しかし、手強い相手だったぜ……まさか装備の事を突っ込まれるとは思わなかった。
「それでは、大金をこうして置いておくのもよろしくありませんので、気をつけてお持ち帰り下さい」
「ん? お、おう」
最後、少しだけ動揺はするものの、俺は金貨の入った袋をいかにも余裕ありげに手にした。
こんな大金を手にする緊張と、さっきの嘘がバレてはいないかという恐怖を必死にこらえて。
俺は震える足も気合で制御しながら、堂々とギルドを後にした。
こういった妙なところにも魔力を使ったのかもしれない、ギルドを出ると俺はどっと疲れに襲われた。
これなら……ジャイアントミノタウロスを倒す方がよっぽど楽だぜ……。
『くっくっく、そんなことをしなくても、お前は魔王の力を持っているのにな』
そんな魔王の親父の声が聞こえてきそうだった。
当然、こんなところに魔物が居る訳もなく、俺の精神的疲労の賜物だろうけど。
明日からちょっと不安だけど……まあ、なるようになるさ。




