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破の回 四

 美術館のスタッフルームで、男と女が立っていた。

 男は全体的に線が細く、頼りなさそうな雰囲気を漂わせている。身に纏うのは黒のスーツとズボンだが、その風貌故スーツを着ているというよりもスーツに着られているという印象が先行してしまう。

 対する女の方は、身に纏う雰囲気が高貴で、立っているだけで美しい絵画の様に見える。手には白い杖が握られており、纏うドレスはシルクで仕立て上げられた特注品である。

「終わったよ、市華」

 柔らかい笑みを浮かべ、男は女に声をかける。女は声がした方に顔を向け、男と同じように優しく微笑む、

「幸太郎さん。また、作品が出来上がったのね」

「あぁ。これで来月に行う展覧会の作品が出来上がったよ」

「じゃぁ、お家に帰ったらすぐに連絡をしないといけませんね」

「そうだね。早く日取りを決めないと」

 そういって、男は床に視線を移す。

 そこには、必死に出口へ向かおうとする者やその場で首を押さえる者、恐怖している者や泣いている者など様々な石像が部屋中にある。

「さて。閉館後に運び出してもらうように手配しないと」

 優しく微笑む男は、クロッツを取り出し通話を始める。

「ですね」

 女も男の笑みに答えるように微笑む。その姿、まさに聖母の様。

 ゆったりとした足取りで、二人は部屋を後にした。



「はいこれ、調べた経歴。奥さんの分も調べておいたよ」

「助かる」

 手渡された二枚の紙を受け取る。

「南雲幸太郎、二〇七七年生まれ。芸術系の専門学校卒業後に彫刻家として活動開始、その三年後に現在の妻と結婚。今年になって芸術家としての頭角を現し始めたってところか」

 見れば成績・運動・芸術的センスはどれも平均的で、誰にでもわけ隔てなく接する事が出来る性格の持ち主。家も中流家庭で、これだけ見ると本当に普通の人間だ。

「そんな奴が、何でこんなご令嬢と結婚できたんだか」

 市華の経歴に目を通して、本当にそう思える。

「南雲市華、旧姓東雲(しののめ)市華。第三次大戦で兵器開発の先頭に立ち、企業として一躍その名を日本中に知らしめた『東雲グループ』の一人娘。目は生まれた時から見えておらず、南雲とは高校時代に知り合いそれから交流を持つようになった」

「彼が芸術家として食い潰れなかったのは、彼女のおかげって訳。普通だったら、借金まみれかホームレスまっしぐらさ。まぁ今じゃ東雲グループは買収されちゃって、市華さんはただの庶民になっちゃったけどね」

「成程な」

 経歴を見ても、怪しい部分はない。むしろこれでもかと言うくらい普通だ。

「それが出回ってる情報。本題は、こっち」

 手渡された紙束を受け取り内容を確認してみると、そこに記されていたのは驚愕せざるを得ない内容だった。

「正直な話、あの夫婦にこんな情報があったなんてビックリ」

「あぁ、俺自身でも驚いてるよ。だがこいつは、チョイと予想外だ」

 書類を渡し、しばし目を閉じて黙考。目を開け言葉を発しようとしたところで、スリアが先に口を開いた。

「準備、出来てるんでしょ? なら直ぐに転送するから」

「お、おぉ」

 眼を閉じ、その瞬間を待つ。

「そいじゃカウント始めるよ。一〇…………五、四、三、二、一、転送!」

 一瞬訪れた浮遊感の後に目を開けると、庭の広い一軒家が視界いっぱいに広がる。リビングと思わしき場所に明かりがともっていることから、中にあの夫妻がいる事が分かる。

『こちらオルスリア。聞こえてる?』

「こちらエリアス。感度良好、問題なしだ」

『了解。目の前に見えるお家が南雲夫妻の家だよ。まだ霊具の反応は出てないから、気をつけてね』

「了解した」

『そっちが交戦状態になったら椎奈を派遣するから。それと、今回の現場は住宅密集地。くれぐれも家一軒ブッ壊すようなことはしないでね』

「……善処しよう」

『今の間がすっごい不安だけど、グダグダしてる暇はないね。ではこれより、霊具奪還を開始する』

 その合図とともに、南雲亭の裏手へと可能な限り音を立てずに移動し辺りを確認すると、運よく裏手には壁とドアのみ。誰もいないことを確認し塀を乗り越え侵入、外壁まで移動し、小声でスリアに言を投げる。

「スリア、一六番の使用を要請する」

『要請を受諾。転送を開始するよ』

「了解」

 左手人差指に付けている指輪の、アメジストの様な色をした鉱石が光り輝く。それを確認した俺が腕を前につきだすと、少し先に鉱石の光が幾何学的な模様を描いていき、作り出されたそれは魔法陣の様なもの。

「その名知らしめし三〇の霊具、我との盟約により、その姿を現せ!第一六番霊具、スルーズ・ワルキューレ、現界!」

 その陣の中央に右手を突っ込んでみると、何かを掴む。引き抜くと、稲妻を彷彿とさせる刀身をした剣が手に握られていた。

 この剣に特別な伝説などはなく大昔にどっかの金持ちが家宝として大切に保管していた物なのだが、大戦中の霊具開発者の目にとまり、穴埋め要因として付け加えられた。

 さらにこいつは、使用者の体内に流れる電気信号を読み取り、用途に合わせた行動をとってくれるという優れモノなのだ。

「さぁ、いきますかね」

 切っ先を上に向け剣をクルクル回していると、この家の頭上に暗雲が立ち込める。ある程度雲が集まったのを確認したところで壁から少し離れ剣を振り下ろすと、この家めがけて雷が落ちてきた。

「うおっ!?」

 そんなコイツの能力は、電撃の操作。電気関連なら何でも操る事が出来る並外れた能力を持っている。現にコイツの刀身から、微かではあるが青白い電気がほとばしっている。

 あまりにも強い光に、思わず目をつぶってしまう。しばらく目がチカチカとしていたが、やがてそれもすぐに取れた。しかしそんな俺の耳に甲高い声が矢継ぎ早に繰り出され、また目をつぶってしまう。

 恐らくこの家の電気系統は、今ので一時的にダウンしたはずだ。

『ねぇいきなり約束破るようなことしないでくれるかな!』

「どこもおかしい所はないだろうが、スリア」

『突発的に起きた雷のどこがおかしくないって言うのよ! どう考えたって異常気象でしょ!』

「あー、それなら」

 まだかすかに残っていた雲をかき集め、目に付いた家に適当に落としていく。

「これで大丈夫だろ」

『んな訳あるかぁあああああああああ!!』

「だーもう、一々文句付けんなよ」

『覚えておきなさいよ……!』

 裏手のドアまで姿勢を低くして移動し確認すると、オートロックが主流な現代では珍しく鍵を使って開けるタイプのドアだった。ドアを開けてみようとするが鍵がかかっていた。ドアの隙間を見ると、運よく剣の幅よりほんの少し広いくらい。

 鍵の位置を確認したところですぐさま電気を刀身に集中させ、少したつと剣を持つ左腕に熱が伝わってくる。刀身は白く光り、根元がやや赤く光を放つ。それを確認した俺は、鍵のある場所まで一気に突き刺す。一瞬の突っかかりの後、刃は奥へと侵入していった。

 鉄は火だけでなく電気でも熱する事ができるのは周知の事実、今のは刀身に電気を集中させそれを行ったにすぎないだけの話だ。

 剣を引き抜き帯電状態を解除。ドアを開け中へ侵入してみると、二〇畳ほどの広さがある部屋に石像がいたるところに置かれていた。そして丁度俺の真正面に、これまたドアが存在している。壊さないように歩みを進めながらドアノブを確認してみると、こちらから鍵をかけるタイプのものだった。

「コイツは重畳」

 なるべく静かに鍵を開け、部屋を脱出した先にあったのは、恐らく廊下と思われる場所。その証拠に、俺の目の前には玄関と思わしき場所が映っている。右に視点をずらすと、硝子戸がある。おそらく、あの先に南雲夫妻がいる。

「こちらエリアス。そろそろ敵と接触する、椎奈の派遣を頼んだ」

『要請を受諾。霊具の交換は必要?』

「敵の情報による。敵のデータはあるか?」

 硝子戸のすぐ近くまで移動し、スリアの応答を待つ。

『まだ確認できてない。恐らく交戦状態になってから初めて現れることになるかな』

「了解した。なら、このまま行くことにする。敵の情報が出次第、こっちに通信してくれ」

『はいは~い』

 通信が遮断されたと同時に、ドアを蹴り開けて侵入。どうやらここはリビングらしい。

「よぉ、南雲。数時間ぶりだな」

「え、エリアスさん? あの、何故ここに……」

 どうやらコイツは、俺がいる事を把握できていない様子だった。南雲の左側にいた市華も、俺の声を聞いて不審げに首を傾げた。

「エリアスさん……? あぁ、確か展示会でお会いした方でしたよね」

「うれしいねぇ、覚えておいてもらって。今日お邪魔したのは、ちょいと聞きたい事があるからさ」

「では、お茶をお出ししませんと」

「あぁ、いらねぇよ。直ぐに終わる」

 南雲の視線は、ずっと俺の持つ剣に注がれている。恐らく、直感ではあるがアイツは気付いてるんだろう。

「率直に聞く。南雲幸太郎、アンタの隣にいるその女は誰だ?」

「誰って、家内の市華に決まってるじゃないですか。おっしゃる意味が良く分からないんですが……」

 さも分からないと言った表情で南雲は語る。

「知らねぇ訳ねぇだろ? なぜならアンタの女は、

南雲市華は、去年の九月に交通事故で死んだ(・・・)んだよ」

「……は?」

 告げられた言葉に南雲は目を見開き、南雲夫人は座ったまま人形のように動かなくなった。

「な、何を言ってるんですかエリアスさん。そんな訳ないでしょう。だって、だって市華はここに居るじゃないですか! 出鱈目を言うのはよして下さいよ」

 明らかな動揺。どうやら、あの情報は本当だったみたいだ。

「南雲 市華は去年九月の夜、アンタと美術館からの帰りに通行人とぶつかって道路に飛び出しちまい、そこに運悪く通行してきた居眠り運転のトラックに轢かれて病院に搬送、医師の手当てもむなしく死亡したんだよ」

「そんなことはない! そんなのは嘘だ、きっと誰かがでっちあげた、出鱈目に過ぎないんだ! だって現に市華はここにいる、死んでなどいないじゃないですか!」

「違ぇよ」

 剣先を南雲に向ける。

「アンタの妻はあの日に死んだ、傍にいるソイツはただの化け物だ。もぅ……人間じゃないんだよ」

「黙れぇえええええええええええ!」

 南雲が、大きく吠える。あぁ分かるよその気持ち。だがその方法は、死んだ奴を蘇らせるのは、俺がどうこう言えた義理じゃねぇがやっちゃならねぇことなんだ。

「お前も否定するのか……市華を否定するのか! 許さない、許さないぞ!」

「お前『も』? どう言う事だ」

 その問いに答えず、変わりに南雲夫人は突如として立ち上がった。そしてゆったりとした動作で、自分の目を覆っていた布を取り外す。

『……!? エル、今すぐその部屋から出て!』

「っ、とりあえず了解した!」

 踵を返して部屋から出る。左にステップし壁に体を預け、スリアから通信を待つ。

『エル、今回はちょっとだけ厄介な相手だよ』

「敵の情報、分かったんだな」

『うん。あの人、市華さんに取り憑いてるのは第十一番霊具、『蛇女の魔眼(メドゥーサ・アイ)』。能力は、視認した物体を瞬時に石に変えるって感じかな』

「……そうなっと、直ぐに対処できるものがあるな」

『そうだね。一旦十六番を回収した後すぐにデータ送るから、コードの入力をお願い』

「了解した」

 手から感触が消えた後にもう一度、スリアからの通信が入る。

『そいじゃいくよ。霊具番号第三番、特級霊具[八咫鏡(やたのかがみ)]。能力の第一、第二拘束を解除して、転送!』

 何処からともなく現れた光が渦を巻き、鉱石へと収束していく。それは徐々に俺の左手を覆っていき、しまいには肘から下が光で隠れた。

「第一、第二拘束の解除確認。コード“全て映し世に見せたまへ”、霊具番号第三、特級霊具[八咫鏡]……現界!」

 集まっていた光は円を描き形を作っていく。やがてそれは、八角形の盾となって左手に装備される。その表面は鏡の様になっており、金で出来た枠には細かな彫刻が施されている。

 八咫鏡は、古くからこの国日本に伝わる神器の一つ。記述があいまいなこれが霊具化した際に与えられた能力は、第一拘束解除で指定した場所への移動、第二拘束解除であらゆる攻撃を反射する能力だった。

『エル、限定解除二つしたから残りの使用回数三回、そこんところ注意しといてね』

「了解した」

 俺が使う霊具には、使用回数が設けられている。その回数は六回。これの理由として、戦闘向きの霊具が多数使用されると、人の眼に触れる可能性や周囲に多大な被害を及ぼす可能性が出てきてしまう。それを回避する為に回数制限を設け、可及的速やかな解決をさせる事を目的とし、政府が俺らの組織の設立時からこれを提示してきた。この使用回数を破った場合は政府から厳重な処罰が下されるらしい。

 更に特例として、特級霊具は限定解除した回数だけ使用回数を潰すように設定された。これの理由は、限定解除した時の力が通常の霊具と同じくらい強力な為なんだとか。

「それとスリア、九番の使用を許可してくれ。字面だけだが、一一番は蛇をモチーフにした奴なんだろ?」

『……へぇ、成程。確かにそうだね。いいよ、九番の使用を許可してあげる』

「助かる」

 左手を突き出して、呪を唱える。方陣から取り出したのは、一振りの両刃剣だった。その名は、天蝿斫剣(あめのはばきりのつるぎ)。スサノオが八岐大蛇(やまたのおろち)を倒した際に使われたコイツが霊具として与えられた能力は、見た目が蛇、トカゲ、竜、又それに類似するものだった場合は一撃で殺害する力。

「さぁ市華! アイツを石像に変えてしまえぇええええ!」

 扉とその周りの壁を破壊して、奴はこちらへやってくる。直ぐに八咫鏡で視界を覆い、目を合わせないようにする。

 奴のモチーフは十中八九メドゥーサ。原本での能力は見たモノの石化。恐らくだが、南雲はこの能力を利用して多くの人々を石像に変え、自分の作品としてきたはずだ。だとしたら、この鏡で自身の姿を見た奴がどうなるかは自明の理だろう。

 視線を下に落として見ると、人の胴ほどある蛇の体が目に付く。となると一一番は今、半人半蛇の怪物になっている訳だ。

「冗談じゃねぇよ……」

 こんな姿にしてまで生かそうと考えた奴の思考が少しばかり理解できてしまう自分に、嫌気がさす。同時に思い出すのは、あの日の記憶。まだ俺が駆け出しだった頃の記憶と一人の女性の笑顔が、高速で脳裏をよぎっていく。

「あんな真似、二度と繰り返すもんかよっ……!」

 鏡を頭上に持ってきて腰を落とし、一気に床を蹴る。間合いに入ったところで剣を右斜め上へと振り上げそこで見えたのは、石化した奴の胴体。一一番を通り過ぎたところで振り返ってみると石化の波はまだ止まらず、やがて体全体が石と化した。

「これで、仕舞いだ」

 少しの間の後で指を鳴らすと、石化した一一番はばらばらに砕け散った。



「ふぅ……終わったか」

 画面に映っていた一一番の反応が途絶えた。どうやらエルが倒したらしい。

「後はコアの転送を待つだけ、か。となるとちょっと暇だな」

 丁度いいか、と思いマグカップに入っているロリポップキャンディーを取り出し、包装紙を取り外そうと手をかけた。

 その時だった。

 画面に一つ、霊具の反応が確認される。それは先程一一番が破壊されたのと全く同じ場所からでていた。

「ちょっと、これって一体」

 反応が確認された物のナンバリングは、私を驚愕させた。

「……どうなってんのよ、どうしてそれがそこにあんのよ!」

 画面に表示されたそれのデータに目を通した時、私はその内容に納得がいった。

「そりゃそうでしょうね、なら見つかんない訳よ!」

 これは急いで連絡しないと、エルが危ない!

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