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破の回 三

 翌日。

 集まった大量のマスコミと観覧客で、展覧会の会場はごった返していた。

 中にはいくつもの彫刻が展示されており、それを見た奴らは決まって同じ感想を漏らす。

 ――表情が素晴らしい、と。

 正直言って、そんな感想を漏らす奴らの気がしれない。他者が苦しむ様を見て悦に浸れるその感性は、命のやり取りをしてきた俺からすれば考えることができない。

 立ち止まり、目下にある像を見る。つけられたタイトルは『這い逃げる青年』。その名の通り、若い男性が地を這って逃げるさまを作り上げたものだった。

(もしこれが本当に人だったと知れば、見てるやつらは何を思うんだろうな)

 そんな考えが、ふと頭をよぎる。恐らくそういう奴らは、決まって作者を非難するのだろう。

 本当にくだらない、そう思ってため息を吐くと、後ろから声をかけられる。

「そちらの像が、お気に召しましたかな?」

 振り向くとそこにいたのは、スーツを着た線の細い男だった。

 短く切りそろえられた黒髪に中性的な顔立ち。身長は高いわけではなく、俺より少し低い。恐らく一七〇前後だろう。

「あぁすいません、少し貴方が気になったもので。私は南雲幸太郎、この展覧会の主催者です」

 差し出された名刺を受け取り、また像に向き直る。

「随分と、よくできてると思ったんだ。特に、表情がな」

「一番力を入れている部分ですから。いかに現実的な表情にできるかで、作品の良し悪しが決まってしまいます」

「画竜点睛、か?」

「えぇ」

 首だけをそちらに向け、俺は言葉を発する。

「自己紹介が遅れたな。俺はエリアス・相賀、しがない公務員さ」

「エリアスさん、ですね。よろしかったら、館内をご案内しますが」

「遠慮しておく。連れを外で待たせてるんでな」

「そうですか」

 南雲が次の言葉を発しようとした時、後ろから彼を呼ぶ声がする。見てみれば、白い杖を持った女性がフラフラとした足取りでこちらにゆっくりと近づいてくる。南雲が女性の姿を捉えると、駆け足でそちらへと向かった。

市華(いちか)、どうかしたのか?」

「館長が、幸太郎さんを探していたので」

「そうか、悪いことをしたね」

 近づいたところで、女性の全体像が把握できた。肩甲骨辺りまで伸び色素の薄い髪、陶磁器の様な美しい肌。ただ目を引くのは、彼女の目を覆うように巻かれた黒い布。手に持つ杖とその布から、彼女が盲目であると判断できた。

「その女性は?」

 俺に気付いた南雲は、女性の肩を持ち俺の方へと向きなおす。

「家内です。市華、こちらはエリアス・相賀さんだ」

「南雲市華です」

 丁寧に頭を下げた女性、市華の動作にどことなく育ちの良さが感じられた。着ている服もそこいらで売っている既製品とは異なり、よい素材が使われているのだと、そういったことに疎い俺でも感じることができた。

「どうぞ心行くまで、主人の作品を見ていってくださいね」

 そう言って柔らかく微笑んだ途端、訳もなく背筋が凍りつく。 原因不明の出来事に頭が混乱し、我を忘れて周りを見渡す。

「どうか、なさいましたか?」

 南雲の声で我に返り、急いで取り繕う。

 軽く言葉を交わした後、南雲夫妻は博物館の奥へと向かっていった。

 奴らの姿が消えたところで小型インカムを取り出し、耳に装着。スイッチを入れ、スリアに通信をつなぐ。

「こちらエリアス」

『こちらオルスリア。もしかして、当たり引いた?』

「今んとこ分からねぇってのが妥当だ。データはあるか?」

『用意には、ちょっと時間かかるかも』

「あ? なんかやらかしたのか?」

『君が昨日壊したビルの修復で手間取ってんのよ! それに、存在不明の一二番の捜索とか回収した霊具の解析とかその他諸々でこっちは手がいっぱいなの!』

 耳に響く甲高い罵声に、思わず顔をしかめる。

「それについては悪いと思ってるがよ、なんか、嫌な臭いがすんだ」

『………………一時間。一時間だけ待ってて。その間に全部調べ上げるから』

「なら俺がそっちに出向く。正直もう見たくなくてな」

『了解。それじゃ、約一時間後に私の部屋に来て頂戴』

「あぁ」

 そう言って、俺はその場を後にする。そして会場を出ようとしたその瞬間、心臓を握り潰されるような感覚に襲われる。

「ッ!?」

 急いで振り向くと視界に映るのは老若男女様々な人々。誰しもが行き交う広場を見渡せど、俺を見ている(・・・・)人物を見つけることはできなかった。

 嫌な汗が背を伝う。

 先程の感覚。まるで、初めて南雲夫人の笑顔を目の当たりにした時に感じたモノに近い。だが彼女は盲目である故、俺を見る事は不可能なはず。そうなると、あのとき感じたモノは彼等以外の観衆から発せられたはずだ。

(いずれにしろ、霊具が絡んでいるなら回収するだけだ)

 そして踵を返し、俺は会場を後にした。

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