序の回 四
穴の淵はチリチリと赤く光を放ち、炭化した臭いが鉄の臭いに微かに混じった。
途端、上から殺気を感知する。前はトラップだらけの階段、右は壁、避けるにはエレベータの踊り場になっている左か廊下が続く後ろ。
勢いよく後方に飛びのきながら、自分がいた場所を注意深く観察。そこには、無数の糸が降り注いでいる。それを伝うようにしてやってきたのは、小型犬程の大きさがある蜘蛛。それも一匹や二匹ではなく、大量に現れる。
「スリア、敵襲だ。相手は柴犬くらいの蜘蛛」
『了解だけど、どの道二十六番は回収するよ。あんな危険なものこれ以上振り回されたら、情報規制で三日は眠れなくなっちゃうよ』
「それは分かっている。戻した後は十九番の使用許可を頼む」
『了解』
手元からロッド・スルトが消える。またも左手を突き出し、俺は呪を唱えた。
方陣から取り出したのは、打撃部分がビームで構成された両手持ちのハンマー。名を、ミョルニル。
「ハッ!」
北欧神話でトールが振るったとされる[ミョルニル]は、投擲しても必ず戻ってくると伝えられている。そのハンマーが霊具化されると、俺が付けている指輪の位置を把握して手元に戻って来る仕組みとなった。大きさを自由に変更できるという伝承は、打撃部分をビームにすることで再現された。出力を調整すれば、蟻一匹から象一頭を潰せるまでに変更可能だ。
ミョルニルを投擲し大群の半分を破壊すると、俺の手元に戻って来る。
「何とも面倒だが、これも仕事なんだよな……」
肩に柄の部分を乗せて様子をうかがっていると、最前列に居た数匹が飛びかかってくる。
腰を使って右下から左上へとハンマーを振り上げ、襲ってきた敵を撃破。そのままの体勢から前へミョルニルを放り投げる。するとブーメランのように、半数の敵を潰しながらこちらへ戻ってきたので右手で受け取る。
どれ程敵は減ったかと思い見てみると。
「オイオイこいつは……あんまり笑えないぞ」
総量は先程と変わらず、それどころか、若干増えている気もする。
「だぁああああ、こりゃかなり面倒なことになったなぁ」
また飛びかかってくる子蜘蛛を叩き潰し、打撃部分の出力を上げ、柄の部分を右腰部分に添えて敵中心部まで駆け出す。
「ぶっ潰れな!」
真ん中よりやや手前で右足をつかって減速、完全に停止すると右足の踵を軸にしてその場で回転。止まってみると、敵の大多数がその場でスクラップになっている。
ふと、自分の上方に複数の気配を察知する。見れば、大量の子蜘蛛が落下してきた。
「本っっっ当にふざけんな!」
その場から後ろへ大きく跳躍しながら、ハンマーを投げて応戦。しかし、減った分よりも多くの子蜘蛛が現れてしまった。
これでは敵との根比べ。先にエネルギーが尽きた方が、間違いなく狩られる。
それと言うのも、霊具が一日に使用できる回数を六回と限定されているからである。
理由としては、戦闘向きの霊具一つ一つが強力で、戦闘が長引く事は先ずないとされている。しかしそれが多数使用されるという事は長期戦になることを意味し、それに伴って人の眼に触れる可能性や周囲に被害を及ぼす可能性が出てきてしまう。そしていずれ、世間に俺達の組織や霊具の事が知れ渡り、この日本は大パニックに陥る。
それを回避する為に使用回数に制限を設け、可及的速やかな解決をさせる事を目的とし、政府が俺らの組織の設立時からこれを提示してきた。この使用回数を破った場合は政府から厳重な処罰が下されるらしい。
今日俺が使った霊具は第二十九番、第十番、第二十六番、第十九番の四つ。残されている回数は二回で、その間にこの蜘蛛を出している親玉を片づけなければならない。
「スリア、仕事増やすが勘弁な!」
敵陣のど真ん中に突っ込んでいきつつ打撃部分の出力を大きくし、軽く跳躍しておもいっきり床にハンマーを叩きつけた。