序の回 三
右の視界に砂嵐が起こり、収まると視野がはっきりとしてくる。そしてそこに映り込んだのは、階段に張り巡らされた無数の細いレーザー。それはさながら、蜘蛛の巣のようだった。となるとこのレーザーは、蜘蛛の糸か。
「成程、こいつぁ危ないな」
『どう? 右目に不快感はない?』
「あぁ、大丈夫だ。にしても、この霊具は結構便利だな」
『太古の昔に、ホルスの眼は全てを見抜く真実の瞳って言われてたみたい。だから霊具化する際に、相手の心拍数や脳神経の情報を覗いて嘘を見破ったり、仕掛けられた罠を見破ったりする風に組まれたって記録が残ってた』
「成程な」
『偽物でもそれ位なんだから、本物はもっとすごいんだろうね~』
「……ちょっと待て、これ贋作なのか!?」
『あぁごめん、言い忘れてた』
「忘れてたじゃねぇよ……」
心の中で思いつく限りの悪態をつき、ため息を漏らす。
しかしどうこう言ったところで、状況は変わらない。気持ちを切り替え、口を開く。
「スリア、もう一つ霊具の使用許可を出して欲しい」
『二十九番?』
「いや、二十六番だ」
そう言うと、向こうから嫌そうな声が聞こえてくる。
『良いけどさ、威力調整しっかりしてね? 情報統制したり緘口令敷くのは私なんだからさ』
「あぁ、勿論だ」
もう一度左手を突き出し、言葉を唱える。
「その名知らしめし三十の霊具、我との盟約により、その姿を現せ! 第二十六番霊具、ロッド・スルト、現界!」
方陣の中に手を入れ引き抜くと、俺の右手には先端に赤く大きな鉱石がついた一本の杖。鉱石のやや下には、トリガーがついた持ち手がついている。これと似たようなものを、以前映像で確認した事がある。
(名はたしか……レイジ〇グ・ハート、だったか?)
まぁ、そんな感じだ。
この第二十六番霊具 [ロッド・スルト] の能力は、鉱石から火球を放つという単純なモノ。しかしその威力はとてつもなく強烈。壁抜きや物体破壊など、これにとっては朝飯前。その気になれば、核弾頭をも凌ぐ威力を持った攻撃が可能だ。
元は厄災の魔神スルトが振るっていたとされる、全てを燃やしつくす杖らしい。
鉱石を真上に向け左手で持ち手をつかみ、杖の下部分を右手でしっかりと握る。
右目には天井が透けて見え、最上階と思われる天井まで確認できた。成程、こんな効力まであるのか。ありがたいかぎりだ。
「上三枚分天井を貫きたい。必要出力を計算してくれ」
“了解。天井の材質……コンクリート、鉄筋と判別。厚さ計測中……一五〇mmと推定”
耳につけた小型イヤホンマイクから、機械的な声が流れる。
“必要出力、三〇%前後と推測。検証中……検証完了。必要最大出力、ニ八、六四%。必要エネルギー充填開始”
鉱石が光を放ち、徐々に周囲の気温が上昇していく。
“必要出力分のエネルギー。充填完了。随時発射可能です”
「了解した。ブラスト・バーナー、発射!」
上に向けた鉱石は真っ白な光を放ち、天井を貫く。光は収縮していき、消えるときっちり天井三枚に大きな円状に穴が開いた。