序の回 一
ビルが立ち並ぶ無人のコンクリートジャングルを駆け抜ける影一つ。
白のワイシャツに黒のスーツズボン、黒のロングジャケットという全身を黒尽くめの男が、淡い紫の光を伴いひた走る。
手入れのされていない黒髪から覗かせるのは、右目を覆う眼帯。男の左手人差し指にはめられた指輪には、アメジストの様な鉱石が怪しい光を放つ。
『―――その次の角を右、そしたら三〇〇m先に居るはずだよ』
「了解した」
耳につけた通信機越しに聞こえる声に従い、男は角を曲がる。
「あいつか」
目の前には鳥の形をした何かがいる。体を鈍色に光らせているそれは、確かに鳥類の形をしているが、どこか歪だ。
目を凝らしてみれば、鳥の体を形成しているのは鉄屑やガラクタ、中には大型の電化製品も混じっている。所々が赤茶けているのは、恐らくその部分の部品が錆びているからだろう。
そして特徴的なのは、その右目。他の部位が鈍い色なのに対し、そこだけは赤く光を放っている。
そんな動く廃材品の塊が体を動かす度に、ガラスを引っ掻いたような不快な音が響く。
刹那、鳥類の視線が男を捉える。コンプレッサのエンジンをかけた音が響き渡り、金属の擦れる音を口と思わしき部位から吐きだす。
「こちらエリアス・相賀。ターゲットを捕捉したぞ」
『了解。それじゃ、あれの使用を解禁するよ』
男――エリアス・相賀は左手を前につきだし、言葉を発する。
「その名知らしめし三十の霊具、我との盟約に従い、その姿を現せ!」
鳥は鋼の翼をはためかせ、エリアスへと勢いよく突進を試みる。
石が強く光を放つと、エリアスの前に幾何学模様で描かれた方陣が出現する。その姿は、さながら魔方陣の様。
「第二十九番霊具、火車切、現界!」
鳥が目の前に迫る中、エリアスは右手をその魔方陣の中心へと入れ、引き抜くと一本の太刀がその手に握られている。
その太刀が姿を現した途端、エリアスの周囲の温度が急上昇する。熱の発生源は右手に握られているもの。刀身からは陽炎が立ち上り、周囲の風景を揺らめかせている。
手に持ったそれを鳥目掛けて振り下ろすと、接した片翼がバターを切った様に切断される。バランスを保てなくなった鳥は、体勢を崩しながら男の後ろへ通り過ぎて行った。
悲鳴のような駆動音が辺りに響き渡る中、エリアスは振り返りながら太刀を構え直す。一気に距離を詰め残っている翼を切断し、一つ大きく跳躍して上半身と下半身も切断する。辺りに瓦礫や鉄屑が散らばる。
しかしそれもつかの間。赤く光を放つ球体がゆっくりと宙に浮かぶ。恐らくあれは右目の部分。それがひときわ強く輝いたかと思えば、地に落ちているガラクタがすぐに元の姿を形成していった。
バックステップで距離を取りながら、通信機の向こう側に居る相手にエリアスは問いかける。
「おい、コイツはどこ攻撃すれば大人しくなるんだ?」
『んー、それがさ。対象の右目から強いエネルギー反応を感知してる訳よ。どんな感じ?』
「随分分かりやすい場所にあるんだな。こちらでも確認できてる。多分そうだ」
『じゃ、そこ攻撃してね~』
軽い声とともに、通信は途切れる。
ある程度距離を開けたところで足を止め、一つため息を漏らし火車切を構える。エリアスが駆け出すと、鳥は翼を広げ高速で迫った。
「ふっ!」
二つの影が交差する中、エリアスは太刀を横に振りぬくが、それは空を切る。倒せる自信があった一撃は、鳥が遥か上空へと急に進路を変更した為に空振りとなった。
(今の攻撃を回避しただと……?)
驚愕するエリアス。振りぬいたままの態勢で空を見上げてみれば、敵の姿は高層ビルのさらに上。その姿が米粒大くらいに確認できる位置にいる。
ビルの壁を蹴って空へ向かう事も考えたエリアスだが、この大ぶりの太刀では空中でまともに攻撃を当てる事が出来ないと思考。地上で決着を付ける事にし、野球のバッターの様に構えで待ち構える。そんな中、この状況を好機と踏んだ鳥は、エリアスに向かって急降下する。
ぐんぐん速度を上げる機械鳥。その速さはマッハの域に達していた。エリアスは鳥が間合いに入ったことを確認し、火車切を振り上げる。
両者が接触する瞬間、鳥はまたも進路を変更。体を旋回させ勢いそのままにエリアスの右横を通り過ぎて行き、瞬く間に姿を捉えられなくなる。
動揺を見せるエリアス。しかしそれをすぐにおさめ、これまでの行動を振り返る。
(おかしい……今の攻撃も当たっていたはず。倒されて当然の攻撃だ。それをあいつは回避した。さっきの攻撃も含めて二回もやられちゃぁ、導き出される結論つったら、一つしかないよな)
通信機のスイッチを入れ、先程のオペレーターに繋ぐ。
「なぁ。今回のターゲットの能力の詳細、教えてくれ」
『えっと…………見えないものを見れるようにしたり、敵の脳内にいきかう電気信号を判別して、行動を先読みする能力があるよ』
「それは視界の外にも有効なのか?」
『ううん、視界の中だけに有効だけど、何かあった?』
「いや。大丈夫だ。手間かけた」
通信を切断し、しばし目を伏せ熟考。目を開け、深く息を吸い込むエリアス。
前方に、風を切りこちらに向かう物体を捉える。居合の様な格好で走り出したエリアスと鳥が、交錯する。火車切を降りぬくと、鳥はそれを回避するように左へと進路を変更する。
すれ違う瞬間、エリアスはその場で体を回転させる。そしてその勢いのまま、火車切を前方に放り投げる。
右翼を切断する火車切。落とされた翼を確認するために機械鳥は視線を右に向ける。その時、機械鳥の顔面に火車切が突き刺さる。
またも姿勢を保てなくなった鳥は地面に体を打ち付け、転がっていく。そして二〇〇mほど進んだところで、動きを止めた。
しばしの沈黙。鳥は形をゆっくりと崩していき、体を構成していた鉄屑は地面に落ちて、塵となって消え去った。その場に残ったのは、朧気に光る球体だけ。エリアスはそれに近づき、左手を球体に向かって突き出す。
「対象の核確認。転送、開始」
球体が石の中に吸い込まれると、ややあってから通信が入る。
『回収お疲れ様。今こっちに転送されてきたよ。今からエルを本部に送るから、人目につかないところに行ってくれるかな』
エリアスの手から火車切は消えさり、辺りには人の姿がちらほらと見え始める。
「了解した。すぐに移動する」
人ごみの中くぐりぬける様に、エリアスはゆったりとした足取りで進んでいく。
路地裏に辿り着いたエリアスの影はゆったりと薄らいでいき、やがて完全にその場から消えた。
そんな様子を見ていた一羽のカラスが、雲ひとつない空の彼方へ飛び去って行った。
――霊具。
それは、第三次世界大戦中に開発された武具の事。
国連加盟国の神話や伝記等により、古来から伝わる武具を機械工学で形を与えた近代兵器。それこそが霊具。
これは、そんな霊具を回収する一人の男の物語である――。