#5
……ん。
鼻をつく……カビに近いナニカのいやな臭い。壁はヒビが模様かってくらい入っている。相当古いアパートのようだ。
二階にあがってすぐの一番手前が201号室。電気は点いていないが店屋物の丼がドアの前に置いてある。
狭い廊下。俺たちはそのまま奥を目指す。
202号室は空いているっぽい。引っ越した人用のガス会社のパンフがドアノブに引っかかっている……で、その奥が203号室でおしまい。
アパート自体がL字型になっているため廊下の行き止まりがドア。その手前に洗濯機があった。
「あれかな……?」
電気は消えているようだ。
アッツが洗濯機の底を漁る。
「ある?」
と、俺も反対側から底を漁る……と……お、これか?
皆に見せたあとアッツへと渡す。
「ノックって必要かな……なんか悪いことしてるみたい」
アッツの苦笑しながら鍵を鍵穴に挿そうとしたとき、【ポポン】さんが語気鋭く叫んだ。
「待って!」
「警察呼んだ方がいいかもしれない。」
【ポポン】さんが厳しい顔でそう言った。
「どういうこと?」
俺の問いに対する答えが、あまりにもプラス指向だった俺の心をたやすく砕く。
「この臭い……血だと思う」
そう言われると確かにこの臭い、気になるっちゃ気になる。っていうか血ってこんなに臭いものなのか?
「アタシ、元ナースだからね。嗅ぎ覚えあるの」
【ポポン】さんが大きく見えた。あ、いや、横にとか変な意味じゃなく……なんてボケてる場合じゃない。俺、動揺してる。だって血って……それ……最悪の光景が頭の中に浮かぶ……お、俺のせいか?
体の中で重心がすーっと遠退いてゆく雰囲気……貧血っぽい……って貧血の血って字は血のことじゃん……。
「あ、ちょっと!」
【ポポン】さんのたくましい手が俺の腕をつかむ。洗濯機の手前というかほとんど202号室前まで引っ張られると、俺のもう一方の腕を【チョコ☆ラヴ】さんが支えてくれて。
「ふらついているときは危ないから手すり側に行かないこと」
女性二人に両側から支えられるなんて……いつもの俺ならウハウハなのに、今は……ううう。
情けねぇ。
言葉で明確に表現されてからこの「血の匂い」ってやつがすげーノドに来る。気持ち悪いものが込み上げて来そうに……なったとき。
♪チャラッチャッチャラーチャッチャー チャチャチャ チャラーラ チャラーラ チャラーラ
メール着信。俺は携帯を取り出すとメールを開く。
『くらい』
気持ち悪さをこらえて読みあげる。
「これだけ……だ。メアドは一緒。今回はハンドルとか書いてない」
そう言いながらアッツのほうを見ると……あれ?
……若干、震えているような。
ガチガチガチ……アッツが握っている鍵がドアノブに細かくぶつかって出ている音。アッツはその震える手をもう一方の手で必死におさえこもうとしている。
気分が悪そうに見える。
「お、おい、お前もか」
吐く時は一緒よ、とか軽口を叩こうとしたとき。
♪チャラッチャッチャラーチャッチャー チャチャチャ チャラーラ チャ
まただ。
急いでメールを見る。
『くらい』
「……それしか書いてないよ。まさか暗いとかけて早く開けて電気つけろってことかな」
俺のその言葉に反応するようにまた着信。
♪チャラッチャッチャ
「『くらい』……同じ内容。おいおい、声、聞こえているっぽ」
そこまで言って、周囲の雰囲気がおかしいのにようやく俺も気付いた。
俺の腕をつかむ【チョコ☆ラヴ】さんの指に力が加わる。【ポポン】さんもあとずさったのか俺にぼんとぶつかる。
二人の顔は少し蒼白く……その視線の先を俺も追う。
アッツは、相変わらず鍵を鍵穴にカチャカチャやりながら挿し込めないでいる……
おいアッツ、なんて顔しているんだよ。アッツのこんな表情見たことない。あえて言葉にするならば、負の感情を凝縮して漉したような。
♪チャラッチャッチャラーチャッチャー チャチャチャ チャラーラ チャラーラ チャラーラ
その着信音に重なるように、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。救急車? いや、パトカーか?




