#18
陽が傾き、留置所を出た俺たちは黙って解散した。
俺はまだ、ぐちゃぐちゃした思考を持て余していた。
水彩絵の具のバケツのように様々な色が混ざってゆく俺の頭の中。
昔、ドドメ色と呼んでいたその濁った色は、思考の視界をまったくといっていいほど奪い去った。
何も考えられない。
思考が壁で囲まれているかのように、何を考えようとしても戻ってくる。
【CRY】の物語と、アッツの死と。
何度も腕時計を見るのに時間が頭に入ってこない。意味もなくポケットの中をまさぐりそして、【チョコ☆ラヴ】さんにハンカチを今日も返しそびれたことに気付いた。
こんなとき、誰かと一緒にいたら気が紛れるのだろうか……一瞬浮かぶ現実逃避。
そう。逃避でしかないことは分かっている。俺はアッツのそして【CRY】の物語を、物語の裏側を、しっかり受け止めなきゃいけないんだ。
なのに。
ナニ食ったかわからない夕飯のあと、くしゃみが出るくらいの長風呂をして。俺はベッドに転がった。
明日も仕事……って、仕事なんてできるのか?
疲れてはいるのに、妙に頭が冴えて眠れない。
いやそれは嘘。冴えてなんかいない。
頭の中で渦を巻く思考と断片的な記憶に振り回されて、脳を休めることができないだけ。
……整理しよう。はじめから……俺は、ベッドの上で正座した。なんとなく、そのほうが気持ちも考えもまとまる気がして。
アッツの話していたことをしょっぱなから脳内再生する。
こよみちゃんとの出会い、そして惚れたこと……自殺……じゃなくて他殺で……でもその犯人の【CRY】は、目の前で自殺した。そこでなぜ、生きているように見せかけて……最後の、作品……。
……作品……【CRY】はなぜ作品と言った?
それにフォトアルバムにあった手紙。アップしたのは【CRY】本人? それともアッツが?
最初にオフがあったのは土曜で……
カレンダーを見ると最初のオフからは……あれ、曜日、変だ。
あー!
カレンダー、まだ6月のままじゃん。すっかり忘れていた。なんか曜日がずれている気がしたんだよな。
日付なんてふだん携帯でしか見ないからさ。
照れ笑いしながらビリビリとカレンダーをめくる。
ん?
なんか膨らんでいる……8月の部分をちょっとだけめくってみる。
やっぱり膨らんで……手で触れて、そしてめくる。
……封筒が貼付けられている!
体中の毛穴が開き、俺は慌ててそれを剥がした。
封筒には封などしておらず中には折りたたまれた紙が数枚入っていた。
手紙……アッツの字!
震える手をなだめるように、俺はその手紙をいったん机の上に置いた。
『いろいろすまん。
お前には謝っても謝りきれない。
でも最近はオレの方からの貸しがけっこうたまっていたし、親友だろ。最期くらい甘えさせてくれ。』
一枚目の手紙にはそれだけしか書いていなかった。
親友って言葉のせいで、涙がにじんで視界がぼやける。
一昨日か。【CRY】のとこに行ったのが昨日。そしてその前日、アッツは何故か終電逃したーって行ってうちに来たんだ。
週末ならともかく、平日に。
この封筒を仕込んだとしたら、あの時以外に考えられない。
もう一度、一枚目を読み返す。
おい。
しかも最期ってなんだよ。一昨日、俺の部屋に泊まった日にはもう死ぬ覚悟が出来てたってのかよ。
どれほどの痛みを抱えていたって言うんだよ。
……手紙が濡れないよういったん顔と手とを拭いてから、二枚目を見る。
二枚目には、俺が留置所でアッツに聞かされた、こよみちゃんとの馴れ初めや別れについて書かれていた。三枚目は、英都のこととオフのこと。英都が自殺したことまで。あいつ、英都が死んでいるのわかっててあんな態度とってやがったのか!
だがまだわからない。なんであんな偽装をしたのか、そして逃げ出したのか。
その答えがあればいいと願いながら、俺は四枚目を読みはじめた。




