第三章:引き裂かれた言葉と、異邦人の涙
#純愛 #悲恋 #切ない #泣ける #バッドエンド #長野 #死別
鼻を突く消毒液の匂いで目が覚めた。保健室の白い天井が、まだ重い僕の瞳を迎え入れる。ベッドの傍らに、彼女が見えた。あかりだ。彼女はそこに立ち、僕がよく知っている、表紙の擦り切れた小さなノートを手に持っていた。それは僕の心臓そのものだった。世界に対する僕のすべての分析、そしてもちろん、彼女への想いが綴られた日記帳。
「あ、気がついたんだ」あかりはかすかな不安を湛えた声で言った。「バルコニーで倒れているのを見つけて……。それで、この本が隣に落ちていたから」
彼女は困惑したようにそのノートを見つめた。
「これ、何語? 全然読めなくて」
もちろん、彼女には分からない。それはインドネシア語だ。文法の書き間違いを恐れることなく、僕が僕自身でいられる唯一の言葉。そこには、彼女の吹奏楽の音色がどれほど美しいか、そしてたとえ僕の隣にいなくても、彼女がずっと幸せでいてほしいという願いを書き殴っていた。
突然、保健室のドアが乱暴に開いた。彼女の彼氏である健太が、二人の友人を連れて入ってきた。
「あかり、こんなところで何してるんだ? こんな荷物の世話なんてしてどうするんだよ」健太は隠そうともしない蔑みの視線を僕に向けた。「日本語すらまともに喋れない外人なんて、学校の迷惑なだけだ。分をわきまえてさっさと国に帰ればいいんだよ」
「でも、倒れてたんだよ、健太くん……」あかりがためらいがちに囁く。
「それで、これは何だ?」健太はあかりの手から日記帳を奪い取った。彼は乱暴にページをめくった。「なんだこのミミズが這ったような文字は。使い物にならないな」
「健太くん、やめて! それは彼の――」
「こいつみたいなのがいるから、学校のレベルが下がるんだよ!」健太が怒鳴る。憎しみに満ちた顔で、彼はノートのページを破り始めた。――ビリッ! ビリビリッ!
紙が破れるたびに、僕の心も一緒に引き裂かれるようだった。それは僕の十年の記憶だ。僕が一人ではないと感じられる、唯一の居場所だった。
「こんなのゴミだ。ゴミの居場所はここだろ」健太は破り捨てたノートの残骸を部屋の隅のゴミ箱に投げ捨てると、あかりの手を強引に引いた。「行くぞ。あいつの『貧乏人』の病気がうつったらどうする」
あかりが一瞬、僕の方を振り返った。そこには同情の眼差しがあったけれど、彼女に抗う勇気はなかった。彼らは去っていき、僕の熱よりも残酷な静寂が残された。
僕は震える体でベッドから降りた。這いつくばるようにしてゴミ箱へと向かう。震える手で、汚れ、無残に引き裂かれた紙の破片をかき集めた。インドネシア語で書いた「あかり、愛してる」という一文は二つに裂け、プラスチックごみの間に転がっていた。
人間は家がなくても生きていける。けれど、自分の世界――自分自身の思考――を他人の手で破壊されたとき、生きていくのはあまりにも困難だ。 僕は紙の破片を胸に抱きしめながら思った。
僕は冷たい保健室の床に膝をついた。叫びたかった。運命を呪いたかった。けれど、僕の声が誰にも理解されないことを知っていた。だから、僕は泣いた。声を押し殺し、傷ついた手で口を塞いで、嗚咽を漏らした。誰にも聞こえないように、全力で泣き声を抑え込み、静寂の中で体を激しく震わせた。
彼らに僕の泣き声を聞かせたくなかった。僕を壊したという満足感を与えたくなかった。点滅する蛍光灯の下で、僕は悟った。失ったのはノートだけではない。僕は、この世界における最後の「声」を失ったのだ。
きっと、その通りなのだろう。 堪えきれない涙の中で、僕は心の中で呟いた。僕のような異邦人にとって、悲しみさえも、他人の平穏を乱さないために隠し通さなければならない「邪魔者」に過ぎないのだ。
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




