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数日後、両家の両親の後押しもあって、二人は街の劇場へ出かけることになった。
馬車の中で向かい合って座るルカは、初日に増して表情が硬かった。背筋はまっすぐで、視線は正面か、せいぜい窓の外。問いかければきちんと答えるが、それ以上は続かない。
アナスタシアは何度か話題を探した。天候のこと、演目の評判、道中に見えた街路樹の話。どれも途切れ途切れで、会話は弾まなかった。
ふと、無意識に笑みを向ける。
するとルカは一瞬だけこちらを見て、すぐに顔をそらした。
その仕草が、胸に小さく刺さる。
アナスタシアは視線を落とし、膝の上で手袋を整えた。期待していたわけではない。それでも、理由のわからない拒絶のように感じてしまう。
劇場に着くころには、気持ちは少し沈んでいた。
馬車が止まり、御者が扉を開く。
先に降りたルカが、ためらいがちに手を差し出した。
アナスタシアはその手に自分の指先を重ね――そこで、はっとする。
汗ばんでいた。
驚くほど、はっきりと。
一瞬、視線が合う。ルカの耳元が、わずかに赤い。
「……失礼」
それだけを小さく口にして、彼はまた視線を逸らした。
そのとき、すとんと腑に落ちた。
距離を感じた理由も、会話が続かなかったことも、目をそらされたことも。
すべては拒絶ではなく、緊張だったのだと。
アナスタシアの胸に溜まっていたものが、ふわりとほどける。
自分でも驚くほど、気持ちが軽くなる。
彼はただ、不器用なだけなのかもしれない。
劇場の灯りに照らされながら、アナスタシアはもう一度、そっとルカを見上げた。
劇場の客席に並んで座ったものの、最初のうちはルカの動きはぎこちなかった。背もたれに触れるのも緊張しているようで、膝の上に置いた両手は微かに固く見えた。
アナスタシアもまた、視線のやり場に困りながら開演を待っていたが、やがて舞台が暗転し、音楽が流れ始めると、空気が少し変わった。
物語が進むにつれて、ルカの表情がほんのわずかにほぐれていくのが、横顔越しに伝わってきた。
切ない場面では目を伏せ、笑いの起きるやり取りには口元がゆるむ。
終幕近く、登場人物が別れを選ぶ場面では、その目がかすかに潤んでいるようにも見えた。
観劇のあと、劇場近くの静かなカフェへ移動するころには、アナスタシアの胸の内にあったこわばりも、すっかり薄れていた。
席につき、注文を済ませると、ルカが小さく口を開いた。
「……演目、お好きでしたか?」
その声にアナスタシアは目を見開いた。初対面ではあれほど硬かったのに、いまの彼は少しだけ、言葉を選びながらも自然に話している。
「はい。とても素敵でした。あなたは……?」
「ええ。特に、第二幕の終わりが好きでした。あの――別れを決める場面」
「……同じです。あそこ、胸が詰まりそうになりました」
共感の言葉が交わされると、ふたりの間の空気がふわりと緩んだ。ルカもほんの少し笑って見せる。
演目の感想はそこから自然に広がり、衣装の色使いや音楽の選曲にまで及んだ。
ふとしたとき、アナスタシアは気づく。
ルカはまだ不器用で、会話もたどたどしいけれど――目を逸らすことはもう、なかった。
そのことが、どうしようもなく嬉しかった。




