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この婚約に、恋の続きを込めて  作者: もちもちほっぺ


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16

癖の強い客人を玄関まで見送り、扉が閉まった瞬間。


ルカはくるりと振り返った。


隠そうとしても隠しきれていない。

顔が完全にうきうきしている。


「新婚旅行先、決まりましたね? アナスタシア」


声まで弾んでいた。


アナスタシアは思わず吹き出しそうになり、口元を押さえる。


「……まだ“決まった”わけでは」


「決まりです」


食い気味だった。


この一年、ふたりの間で何度も持ち上がっては流れていた話題だ。

旅行の行き先。


アナスタシアはどうしても遠慮が先に立つ。

実家の財政は立て直し中とはいえ、まだ余裕があるとは言えない。

贅沢な新婚旅行など、気が引けてしまう。


対するルカは、まったく譲らなかった。


「妻を贅沢させるのは夫の義務です」


真顔で言い切る男である。


そのたびに話は平行線をたどり、結局“保留”のまま今日に至っていた。


「隣国なら、理由も立ちます」


ルカは理路整然と続ける。


「招待を受けた公式訪問。

ついでに滞在するだけです」


“ついで”の規模が大きすぎるのは明らかだった。


アナスタシアはため息をつきながらも、笑ってしまう。


「……本当に行く気満々なのね」


「もちろんです」


一切の迷いがない。


その真っ直ぐな顔を見ていると、反論の言葉が弱くなる。


アナスタシアは少しだけ視線を逸らし、考えるふりをする。


「……あまり派手にならないなら」


ルカの目が輝いた。


「控えめに、です」


その“控えめ”が信用ならない。


「本当に?」


「本当にです」


即答だった。


嘘をついている顔ではない。

ただ、基準が違うだけで。


アナスタシアは小さく笑い、肩をすくめた。


「……わかりました」


その瞬間、ルカの表情がぱっと明るくなる。


子供のようだった。


「ありがとう、アナ」


礼を言う場面でもないのに、深々と頭を下げる。


その様子が可笑しくて、アナスタシアはとうとう声を上げて笑った。






出発を数日後に控えた午後。


執務室の隣にある私室は、ありえない光景になっていた。


床一面に広げられたトランク。

衣類は整然と畳まれているが、その量が異常だ。

旅というより移住である。


ルカは真剣な顔で、シャツの皺を丁寧に伸ばしている。


そこへ扉も叩かずバルドーが入ってきた。


一歩踏み込んだ瞬間、無言で立ち止まる。


「……何をしているんですか」


「見ればわかるだろう」


ルカは顔も上げない。


「荷造りだ」


「それは見ればわかります」


バルドーの視線は床のトランクに落ちる。


「問題は量です」


ルカは気にも留めない様子で、次の衣類を畳む。


「長旅だからな」


「新婚旅行です。遠征ではありません」


静かに釘を刺す。


「現地で買えます。半分にしてください」


「無理だ」


即答だった。


バルドーはこめかみを押さえる。


ルカは引き出しを開け、小さな布包みを取り出した。

慎重に開き、中身を確認する。


刺繍入りのハンカチ。


一年ほど前、アナスタシアから贈られたものだ。


端に控えめな模様が入っているだけの、上品な品。

ルカはそれを両手で持ち、数秒見つめたあと、丁寧に畳んでトランクの中央に置いた。


宝物の扱いだった。


バルドーは無言で見ている。


「……それも持っていくんですか」


「当然だ」


ルカは真顔で答える。


「旅行中に必要だろう」


「何にです」


「精神的支柱だ」


バルドーの目が凍る。


一切の感情を排した視線だった。


ルカはようやく顔を上げ、気づく。


「……何だ」


「別に」


淡々と答える。


「あなたが幸せそうで何よりです」


一拍。


ルカはじっとバルドーを見つめる。


「自分の恋が進展しないから文句を言っているんだな」


沈黙。


空気が止まる。


バルドーの表情が完全に固まった。


図星である。


ルカは満足そうにトランクを閉める。


「準備は順調だ」


バルドーは何も言わない。


ただ凍てついた目で、トランクの中央に収まった刺繍入りハンカチを見つめていた。


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