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この婚約に、恋の続きを込めて  作者: もちもちほっぺ


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16/20

14

先日の騒動への礼と詫びを兼ねて、アナスタシアとミレイユはタバサを食事に誘った。


選んだのは大通りから一本入った場所にある、小さな隠れ家レストラン。

看板は控えめだが、扉を開けると温かい灯りと香ばしい匂いが迎えてくれる。


「気取らないで大丈夫よ」とアナスタシアは言ったが、


店内に足を踏み入れた瞬間、タバサの背筋はぴんと伸びた。


磨かれたカトラリー。

真っ白なリネンのナプキン。

静かに流れる弦楽。


「……やっぱり場違いじゃない?」


小声で呟きながら、椅子に浅く腰かける。


「そんなことないわ」


ミレイユが自然に笑ってメニューを広げた。


「ここはね、このお魚のパイ包みが絶品なのよ。タバサ、今日はエールじゃなくて白ワインにしてみない?」


メニューを見つめていたタバサは、気取った文字の羅列に目を泳がせている。


「……読めない」


「大丈夫よ、私たちに任せて」


そのやり取りに、アナスタシアがくすりと笑う。

以前なら距離があった三人の席に、今は気負いがない。


料理が運ばれてくる。


黄金色に焼き上げられたパイをナイフで割ると、白身魚と香草の香りがふわりと立ちのぼった。


タバサは恐る恐る口に運び――目を見開く。


「なにこれ……」


飲み込むのを忘れたように、もぐもぐと咀嚼する。


「お魚なのに……お菓子みたい。溶ける」


ソースをパンで拭い、もう一口。

表情が完全に子供のそれになっていた。


「うま……すご……これ毎日食べたい……」


「毎日は無理よ」


ミレイユが笑う。


白ワインを一口飲んだタバサは、さらに固まった。


「ぶどうなのにぶどうじゃない……」


「それがワインよ」


三人の笑い声がテーブルに広がる。


しばらく食事に夢中になったあと、タバサがふと思い出したように言った。


「そういえばさ」


ナイフを置き、身を乗り出す。


タバサがなにか言いかけたところで、ミレイユがぴくりと眉を動かす。


「タバサ」


その声音には、ほんのわずかに侍女としての響きが戻っていた。

子爵令嬢の前での口調としては、確かに砕けすぎている。


注意しかけた、その瞬間。


「いいのよ」


アナスタシアが穏やかに笑って割って入る。


「今さら気にしないで」


タバサは一瞬きょとんとして、それから困ったように頭をかいた。


「いや、でもさすがに……」


「覚えてる?」


アナスタシアが少し身を乗り出す。


「前に、無理して敬語を使おうとして――」


ミレイユが思い出して、口元を押さえる。


「……舌、噛んだのよ」


「あれは事故!」


タバサが真っ赤になって抗議する。


「“ごきげんようでございますお嬢様”って言おうとして“ごきぇっ”ってなっただけ!」


再び沈黙。


そして、また笑いが弾ける。


「だから無理しなくていいの」


アナスタシアはやわらかく言った。


「あなたが話しやすい言い方で話してくれた方が、私は嬉しいわ」


その言葉に、タバサは一瞬だけ目を丸くする。


それから、照れ隠しのようにワインを一口飲んだ。


「……ほんと変な貴族だよね」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


ミレイユはため息をつきながらも、どこか安心したように微笑んでいた。


「それで、なんの話?」


「あの高飛車なお嬢様とハゲ……あ、いや、ゴドフロワさん。本当にいなくなっちゃったね」


アナスタシアとミレイユが顔を見合わせる。


「実はね……」


アナスタシアが声を落とした。


「社交界では“駆け落ち”って言われているけれど……」


一拍置く。


「連れ去られたんじゃないの。逆よ」


「逆?」


「レティシア様が主導でゴドフロワさんを連れ回してるらしいの」


沈黙。


「新天地で商売を広げて、彼の才能をさらに開花させているって……」


タバサは口を半開きにしたまま固まった。


「……え?」


「完全に主導権はあちららしいわ」


ミレイユが補足する。


「やっぱりあの人、ただの駆け落ちじゃないと思ってた」


タバサは腕を組み、うんうんと頷いた。


「店で飲んでた時から変だったもん」


「変?」


「レティシア様、ゴドフロワさん見てさ」


声を潜めて真似する。


『磨けば光る泥団子みたいで可愛らしいわ』


静寂。


アナスタシアとミレイユが同時に顔を上げる。


「……泥団子?」


ふたりはゆっくりと視線を合わせた。


タバサだけが真剣な顔で頷いている。


「うん、泥団子」


テーブルの上で、三秒の沈黙。


次の瞬間、三人同時に吹き出した。


笑い声が小さなレストランに溶け、温かな空気の中に広がっていく。

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