10
教会の内部は、ひっそりと静まり返っていた。
古い木の匂い、湿った石の冷たさ、差し込む光の粒が静かに舞う。
「ミレイユ……?」
アナスタシアが呼びかけると、どこかから、かすれた声がかえった。
「……ここ、です」
音のした方へと駆け寄る。
崩れかけた聖壇の裏、めくれた床板の隙間に――ミレイユがいた。
片足を挟まれたまま、埃だらけの姿で身を寄せている。
傍らには、蓋の割れた小さな缶――錆びたタイムカプセルが転がっていた。
「ミレイユ!」
アナスタシアは迷わず彼女に駆け寄り、ひざをついて抱きしめた。
そのとたん、
「……ぐうぅ……」
「……きゅるる」
鳴ったのは床板ではなく、お腹だった。
「……っ!」
アナスタシアが思わず目を見開くと、ミレイユがばつの悪そうに、でもどこか安心した顔で笑っていた。
「……ごめんなさい、なんだかいろいろ、お腹の方が先に返事してしまって」
「もう……!」
アナスタシアはほとんど泣きそうな笑顔で、ポケットに忍ばせておいた、小さなパンを取り出す。
「ちゃんと用意してきたの。ほら、食べて」
「……いただきます」
ミレイユがパンを受け取るその横で、ルカが静かに上着を脱ぎ、彼女の肩にそっとかけた。
そして、床板に手をかけ、てきぱきと外していく。
「足、大丈夫?」
「たぶん……軽い捻挫だけです」
やがてミレイユが救い出され、崩れた木屑の中からタイムカプセルの中身がちらちらと見えた。
絵、メモ、小さなおもちゃ。
あの日の断片が、今もそこに残っていた。
ミレイユはアナスタシアの隣で、小さくつぶやいた。
「……ふたりに、思い出してほしかったの」
アナスタシアは、はっとしてミレイユの顔を見る。
「わたしたち……?」
「アナ様と、ルカ様と、私と……バルドー様。あの夏、4人で毎日遊んでたの。絵を描いたり、かくれんぼしたり、お花で遊んだり」
アナスタシアの胸の奥に、ふと風が吹き抜けた。
花の香り。草の匂い。木陰の光。
そして――誰かに手渡した、白い花冠。
「……私、花冠を……」
「ルカ様と交換したんですよ。お互いに少し照れて、でもすごく嬉しそうで」
ルカがそっと目を伏せる。
その横顔には、懐かしさとわずかな戸惑いが浮かんでいた。
「でも私、そのあと、熱を出して……全部、忘れてしまっていたのね」
アナスタシアの声は、震えていた。
「ええ。でも、ルカ様は覚えていらしたんです。ずっと、ずっと」
ミレイユはパンを抱えながら、ルカの方を見た。
「だから……あの日からずっと、私に“内緒だよ”って口止めしてました。『あのころの自分はすこし恥ずかしいから』って」
アナスタシアがルカを見つめる。
ルカは、彼女の目をまっすぐに見返した。
「幼い頃の僕は……今よりもっと臆病で、引っ込み思案でした。あの夏の思い出だけが、勇気になった。ずっと、あなたのことを想っていました。いつか胸を張って、迎えに行ける自分になるまで、待とうと決めていたんです」
教会の窓から射し込んだ朝の光が、三人の姿をやさしく包んでいた。
アナスタシアは、言葉を返さず、ただ静かにうなずいた。




