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第5話 知佳の視線

 通路はさらに細くなる。


 天井も低い。


 さっきの崩落の影響か、配管が剥き出しで、時折蒸気が漏れていた。



 歩きづらい。

 息が詰まる。


朱音あかね、次」


 悠真ゆうまが、短く、朱音の名を呼ぶ。



 条件反射のように、朱音は端末を確認する。


「この先で二手に分かれる。左は遠回り、右は近いけど多分見張りがいる」

「近い方で」


 迷うことなく、悠真は即答する。

 彼女がいる。

 理由は、それだけで、十分だった。



「オレが先に行く」


 それだけを言い、悠真は前を向く。


 いつも通り。

 危険な側を取る。

 安全な道など、作ればいい。


「了解。三十秒待って。合図出す」


 頷く背中。

 彼女の声だけを聞いているみたいに、悠真は振り向かない。


 後ろにいるのが、朱音だから。



 それを、知佳ちかは見ていた。


 違う。

 見ているのは、悠真の背じゃない。


 目の前にいる朱音だ。


 さっき、掴まれた腕。

 必死な顔。

 安堵した表情。


 何度も、頭の中で再生される。


 ――仕事だ。


 分かっている。

 守られたことに意味なんてない。


 たまたまだ。


 役割の結果だ。


 そう思わなければ、立っていられない。


 それなのに。


 どうして、視線が離れない。


 離してしまえば、二度と戻れない気がした。



「班長」


 低く、短い声。

 悠真だ。


 いつの間にか、こちらを見ている。


「……なに?」

「いや?」


 それだけを言って、悠真はまた、前を向く。


 ―― 分かっている顔だった。


 全部。


 ―― 何を?


 悠真は、何も言わない。


 ―― ……言わない?



 そんな知佳の押し問答に、

 悠真は、誰にも聞こえない音で、

 舌打ちをする。


 ―― なんで。



 こんな時に。

 そう思うと同時に、

 こんな時だからこそ、

 辿り着いてしまうものもある、と

 悠真は知っている。



 ここにいる誰よりも先に、知ってしまっている。



「よし、行ける」


 朱音の声が飛ぶ。

 すべてを言い切る前に、悠真が動く。


 撃ち、崩し、道を開ける。

 精確で、反撃の隙を与えない。


 早くて、最短。

 いつも通りの、圧倒的制圧だ。


 彼女がいるから出来る動き。


 悠真に迷う隙がない。


 そこに自分が割って入る余地は、もう無い。


 彼女の指示があるからこそ、

 踏み込める距離。


 彼女だからこその、

 悠真の動きだ。



 ―― 信頼だ


 ―― それは、重たいくらいの


 知佳は、そこでやっと気づく。


 自分も同じ顔をしている可能性に。





「……はは」


 笑ってしまう。

 こんなところで。


 ―― 自分は、何を思っているんだ。


 笑うしか、誤魔化す方法が、見当たらない。



「班長?」


 さらり、とこんな場所なのに、自分に振り返った朱音の髪が、軽やかに揺れる。



 崩れそうになる、仕事の顔を

 伸ばしそうになった手を、

 グッ、と握りしめる。


「なんでもない。さすがだね」


 それが誰に向けた言葉か、

 自分でも分からない。



 けれど、本当は、たった一人に向けていたこと、悠真は気づいていた。


 ―― 先に気づいたのは、自分だったはずなのに。

 ―― 自分だけだった、はずなのに。



 悠真の視線の意味を、知佳は知らない。


 短く息をはいた知佳の表情が変わる。


 その顔を、仕草を、変化を

 悠真が見ていたことにも、

 知佳は気がつかない。


 ほんの一拍。

 すぐに、いつもの笑顔を浮かべた知佳の

 胸の内も、

 悠真の胸の内も、

 ひどく重たい。



「距離、ニ百」

「了解」



 朱音の指示に、

 足音を抑えて進む。



 この先、もう少しで合流ポイントだ。


 任務は成功する。


 きっと、帰れる。


 そう思った瞬間。


 ほんの少しの違和感が走る。


 帰れる、じゃない。

 帰りたい、だ。


 そう思った瞬間、

 胸の奥が、妙に熱くなった。



 ―― どこへ?

 ―― 誰の、



 もう、答えは出かけている。



 ―― 「班長」



 その声は、誰のものか。



 けれど、

 答えが出るより先に、

 次の角がやってきていた。





お読みいただきありがとうございます。

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