表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4話 触れた温度

 搬入口を抜けて、細い通路に入る。

 照明は途切れ途切れで、床には水が溜まっている。


 静かすぎる。


「嫌な感じする……」


 理由は説明できない。

 けれど、間違えたことは一度もなかった。




 ぽつりと零れた朱音あかねの声に、前を歩く悠真ゆうまが「同感」と短く返す。


 最後尾。


 知佳ちかは、後ろの気配を探りながら進んでいた。


 いつも通りだ。


 変わらない配置。

 変わらない役割。


 なのに、さっきから妙に、胸が落ち着かない。




 理由は分かっている。

 視線が、前に行く。

 三嶋。

 その背中は、

 小さくて、

 頼りなく見えるはずなのに。

 目を離してはいけないと、本能が告げていた。



 さっきから何度も、あの背中が、正解を導きだしている。

 ―― いつもなら、帰る、場所にいる、背中


「……参ったな」


 小さく、自分にだけ聞こえる声。


 その一瞬だった。

 足元の水面が揺れる。

 ほんの少しの違和感。


 ―― 気づくのが、遅れた

 ―― 班長として、致命的なほどに。



「知佳さん、止まれ!!」


 悠真の、鋭い声。


 同時に、床が崩れる。


 ―― 踏み抜いた


 体が、落ちる、その感覚が走る。

 しまった、次に来るのは衝撃だと、覚悟した。


 けれど。


「掴んで!!」


 伸びてきたのは、細い腕。


 ―― 悠真とは明らかに違う、細い腕で


 どうして身体が動いたのか、

 きっと本人にも分かっていない。




 伸ばされた手を反射で取る。


 同時に思う。


 ―― その腕じゃ、と。


 けれど、グン、と引かれた力は思っていたよりも強い力で。


 悠真がもう片側から身体を引き上げ、三人まとめて床へと転がり込んだ。


 呼吸が、荒れる。


 ほんの数秒。


 それだけで終わった。


「大丈夫ですか!?」


 真っ先に覗き込んできたのは、三嶋だった。

 三嶋の、いまにも泣きだしそうな、顔。


「怪我、ないですか!?」


 その言葉に、一瞬、知佳の返事が遅れた。


 ―― 守るはずだった。


 それだけは、疑ったことがなかったのに。



 ―― 落ちるなんて、ヘマをするはずじゃ、無かった。



 ―― なのに。

 ―― それなのに。


 ―― 掴まれていた。

 ―― 助けられた。


「……大丈夫」


 やっと出た知佳の声は、情けないほど掠れていた。


 三嶋の肩が、はっきりと落ちる。


 安堵。


 それを見て、彼の胸の奥を、何かが、ぎゅっと締め付ける。


「……っ」


 誰よりも先に、立ち上がった悠真が、

 小さく舌打ちする。


「班長、珍しいミス」


 フォローのつもりなのか、

 それとも事実を刻んでいるのか、

 分からない声音。


 責める響きはない。

 ただの事実確認だ。


 そんなバディの声に、知佳は苦く笑った。


「ほんとだね。三嶋、助かった。ありがとう」


 朱音が、丸い目を、さらに目を丸くする。

 言われ慣れていない顔。


「い、いえ! 当たり前です!」


 ―― 必死だ。

 必死に、当然だと言おうとしている。


 ―― 違うのに

 ―― 違うよ、三嶋


 当然じゃない。

 こんな現場では、当然じゃない。


 ―― 君に、助けられた。


 守られた。


 その事実が、静かに、深く沈んでいく。



 ―― 『班長』


 イヤホン越しでも、ずっと。

 お互いに、仕事で。

 自分だって、今日の今日まで、そうだったじゃないか。


 ―― 仲間だから、守るのは、当然のこと、なのに


 覚えてしまった。


 この手を離したら、もう帰れないかもしれない感覚を。


 掴んでしまった。

 あの、細腕を。


 ―― そんなはずがないと、何度も打ち消しても。



 そんな馬鹿なことを、思ってしまった。


「行こう」


 誤魔化すように、前を向く。


 役目はまだ終わっていない。


 けれどもう。


 どこかが、変わってしまった気がしていた。



 きっと、もう、昨日までと同じではいられない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ