第3話 君がいるから
ダクトを抜けた先は、整備の手がまだ入っていない階層だった。
灯りは最低限。
階層プレートは、もちろんついていない。
壁も、なにもかが、むき出しで。
やけに静かで――嫌な感じがする。
一つでも判断を誤れば、全員がここにいた意味を失う。
存外に、そう言われている気がする。
「朱音」
前を歩く悠真が、名前を呼ぶ。
―― いつもより少し低く、声が、固い。
最低限の、呼吸。
「現在地」
「えっと……待って」
端末に表示された簡易マップと、通ってきた道、それから、プランBの着地点までの距離。
過去に見た構造図を重ねていく。
一度見たものは忘れない。
―― 違う
朱音は、忘れられない。
忘れたくても、消えてくれない。
「この先十字。右は崩落の可能性高い。左」
返答までの時間は、2秒もかからない。
―― 即答か
そんな朱音の回答に、悠真は一瞬も迷わず左へと曲がる。
疑わない。
確認もしない。
ただ、従う。
もし間違っていたら、自分が死ぬと分かっていても。
その背中が言う。
――お前の言葉なら、帰れる
胸が、熱くなる。
なんだか、泣きそうだ。
こみ上げそうになる何かを抑えこみながら、朱音が前を見据えれば、後ろから、くく、と微かな笑い声がした。
「相変わらずだね」
班長だ。
場の緊張感がどこかに吹き飛んでしまいそうなほど、穏やかな声。
「僕の出番、ある?」
冗談めかした声音。
けれど本心でもある。
―― 自分は、彼女を守るハズ、だったんだけど。
そんな事を思いながら、目の前の小さな背中を見やる。
―― 違う。
いつも、この子の「声」に守られている、のか。
ふいに、そんな考えが、知佳の脳裏をよぎった。
守る役目のはずなのに、もう守られている。
それが始まりだと、このときの自分はまだ知らない。
そんな現状に、こんな場所で気づくだなんて。
自分の視野の狭さに、知佳はほんの少し、自分へ苦笑いを浮かべた。
けれど。
相棒の足音が、変わる。
それを合図に朱音の先に、悠真へと視線を戻す。
悠真が止まった。
ス、と音もなく拳を上げる。
―― 敵か。
近づいてくる気配が、ある。
「何人」
「三……いや四」
息を吸う。
「真正面は避けたい。朱音、この先は」
「搬入口がまだ生きてるはず。そこ抜ければ裏通路に出れる」
朱音の即答に、悠真の沈黙は、ほんの一拍。
「了解」
その言葉と同時に、悠真の身体が動く。
速い。
迷いがない。
撃たせない。
―― 撃たれる前に、終わらせる。
銃声は最小限。
―― きっと、全弾が命中している。
「っはぁ……」
朱音が、いつの間にか止めていた息が戻る頃には、道は開いていた。
「クリア」
悠真は短く言い、振り返る。
「行けるぞ、朱音」
悠真から、朱音に手が差し出される。
なんてことないみたいに。
―― 当たり前みたいに。
「両手だせ」
悠真の言葉に、朱音が両手を差し出す。
―― 三嶋も、疑うことも、なく。
朱音が出した両手を、悠真は掴んだ直後、強く引き寄せ、身体を持ち上げる。
「ッ!!」
驚きの声を飲み込みつつ、朱音は悠真の腕の中で、大人しくしている。
―― 倒れた敵を、朱音が通るのは、自分たちほど経験がない朱音には、確かに厳しい。
判断力。
戦闘能力。
悠真は確かに、強い。
自分のバディだ。
背中を預けられる相手で、頼りになる。
知佳はその様子を、ほんの少し離れた位置から見ていた。
頼もしい。
誇らしい。
そして。
―― 羨ましい
そう、思った。
それは、一瞬の言葉。
―― 違う
これは役割だ。
彼が前に出て、自分が最後尾で守る。
三嶋が不慣れなのは、自分だってよく分かっている。
―― 優しい子であるとも、分かっている。
だから、さっきのは、それでいい。
それが一番、合理的だ。
なのに。
視線はどうしても、二人の繋がった手に向いてしまう。
「班長?」
三嶋に呼ばれて、我に返る。
「……なんでもない。行こう」
いつもと同じ、声色で。
いつもと同じ、笑顔で。
歩き出す。
胸の奥に残った小さな違和感に、まだ名前はない。
けれど確かに、
そこにあった。
小さな、何かが。
手を握りしめた知佳も
朱音の手をひく悠真も
知佳を見やる朱音も、
この場にいた誰もが立つ、
彼らの足元の、
さらに奥深く。
大地の奥で、
まだ眠る何かが、
かすかに呼吸をしている。
―― " 、 "
その音に、
誰も気づくことは、なかった。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価をいただけると嬉しいです。




