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第2話 班長とバディ


朱音あかね


 名前を呼ばれて、上を見上げれば、先にダクトに入っていた悠真が、ダクトの縁に座り、こちらを見ている。


「え」

「オレは大丈夫だから、とにかくオレの手、掴め」

「え、いや、でも」


 ダクトに手が届かないほどに身長が低いわけでもない。

 問題は、筋力だ。


「どした? ほら」


 伸ばしかけていた朱音の手を、悠真が追う。


「の、登れるかどうか……」


 そう言い淀んだ朱音に、「ん」と悠真が短く手をあげろ、と朱音にジェスチャーを送る。


「悠真、落ちない?」

「んなミスしねぇよ。持ち上げたら、鏡の上の縁に足かけろ」

「割れない、よね」

「大丈夫だって」


 クックッ、と笑って、悠真はもう一度、「ほら」と手を振る。


 ―― 大丈夫な気がしてきた


 そんな悠真の言動に、謎の安心感を覚えて、言われたとおり、両手を悠真へと伸ばす。


 目が合った。

 悠真が、ふ、と小さく笑ったあと、朱音の腕をグッ、と掴む。


 その直後、グンっ、と勢いよく、身体が上へと引き上げられた。



「おわっ?!」

「わっ?!」


 ぐん、と視界が真っ暗になるのと同時に、頭の後ろをグ、と抑え込まれる。


「って」

「っ?!」

「悠真?! 三嶋?!!」


 倒れ込んだ、と分かった直後に、抱きとめられている事実にも行き着いて、「ゆう?!」と朱音が顔をあげかけた瞬間に、悠真の腕がさらに強くなる。


知佳ちかさん、大丈夫。ちょっとだけ待って」


 そう言って、まだ下のエリアにいる知佳に声をかけた悠真に、知佳は「分かった」と短い返事だけで答える。


「悠真」

「悪い、痛かっただろ」


 普段の軽口とは違い、掴んだままだった朱音の腕をそっとおろして、手首をゆるりと掴み直しながら、朱音を抱きしめたままの悠真が問いかける。


「え、いや、だ、大丈夫……」

「悪い。こんなに軽いと思ってなくて。手加減はしたつもりだったんだけど」


 目に見えて、しゅん、とした悠真に、「本当に大丈夫だから」と悠真を見上げれば、「お前の大丈夫は信用してない」と悠真が笑う。


「ま。でも、大丈夫そうだな」


 ポン、と抱きとめていた片手で、朱音の頭を軽く撫でたあと、するり、と離れた悠真が、「知佳さん、お待たせー」と下にいる知佳へ声をかける。



 掴まれた手首は、離されていないまま。

 悠真は、「こっち」と朱音を自分のほうへと引き寄せる。


 ひょこ、とダクトの縁にかかったのは、知佳の手だ。

 その様子に、「知佳さん」と声をかけた悠真が、手を伸ばし、するり、と上がってきた知佳が、悠真の手をとった。



 特務の二人みたいにうまく登れるわけがないと、ジタバタしていた自分とは大違いだ、と、朱音はその光景を記憶しながら思う。


 ―― それに、

 ―― ここは、金属の匂いと、埃の味がする。


 きょろ、と興味深く周りを見ていた朱音は、自分に注がれる悠真の視線にも、悠真に掴まれたままの自分の手首を見や知佳の視線にも、気づく気配はない。


「じゃ、行くか」


 そう言って、腰を落として進み始めた悠真の背を追う。

 ―― 確かに歩きにくい。

 中腰で歩くことになるけど、比較的安全なルートだ、とルート決めの際に、悠真が言っていた意味を現場で体験しながら、前を行く悠真の背中を見失わないように、朱音もまた必死に手足を動かす。


 ―― さっきまでのことが、まだ身体の中に残っている。


 倒れかけたこと。

 引っぱりあげられたこと。

 抱き寄せられたこと。

 近かったこと。


 ぶん、ぶん、と頭を振る。

 違う。

 いまはそれどころじゃない。


「朱音、平気か」


 前から悠真の声が飛ぶ。

 振り返る気配はない。

 けれど、声がきちんと届く距離だ。


「へーき」


 その答えが、自分にとっての精一杯の強がりだと、分かってるくせに。


「ならいい」


 たったそれだけなのに。


 見なくても分かる。

 悠真が、どんな顔で言っているのか。


 たった4文字の短い返事。


 ―― それだけでいいらしい。


 後ろから、衣擦れの音が続く。

 班長だ。


 最後尾。

 追手が来たら、最初に向き合う場所。


 守られている。

 そんなこと、分かっている。

 ―― 分かっているけど


 それでも。


 いつか置いていかれる気がして、怖い。


 ―― このふたりが、そんなことはしないと

  わかっているのに。


 指先が、冷たくなっていくのが分かる。



「……ちゃんと、役に立たないと」


 朱音はひとり、小さく呟く。

 誰かに守られるだけなんて、嫌だった。



 ―― 私だって、特務班だ。

 ―― 情報部だけど……


 そんな事を思いながら、朱音はきゅっ、と手を握りしめる。



(いまの、現在位置はここ)


 地図を思い出しているわけじゃない。

 ただ、最新図を"見た"から。

 だから、

 いま、地図を見ているみたいに、

 朱音の脳内に思い浮かぶ。



「次、角 左」

「おう」



 頭の中の引き出しを、開いたまま、

 先頭の悠真へ、道順を伝える。



 先へ進む。

 必ず帰るために。



 ―― 自分がいる意味を、証明するために。



 けれど

 彼女の静かな決意の向こう側で、


 大地の奥で、何かが軋む。



 ―― "     "



 大地の奥の、奥深くの声は、


 まだ、誰にも、届いていない。






お読みいただきありがとうございます。

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