第10話 叱責
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縦穴は、確かにあった。
朱音の示した場所に、
確かにそこに。
警戒を怠らぬまま、悠真が先に降りる。
多少の補助があれば、朱音でも降りられるであろう高さだった。
悠真が素早く安全を確認する。
―― 手があがる。
―― 合図がでた。
「三嶋、いける?」
「……大丈夫かと、思います」
ほんの一瞬だけ、朱音の足が止まるものの、
すぐに、穴の中へと降りていった。
とさっ、と最小限の音で、知佳が最後に縦穴へと降りる。
―― 降りる瞬間に見えた背中に、違和感があった。
「三嶋……?」
そこにいる、小さな背中が、揺れる。
「大丈夫か」
壁に手をついている。
―― 息が、荒い。
「……大丈夫、です」
朱音は先に言った。
知佳にこれ以上を言わせないために。
おぼつかないまま、足を一歩踏み出す。
ぐらり、と
踏み出したところで、視界が大きく揺れた。
―― あ、まずい。
そう思った時にはもう、身体が傾いでいた。
異変に気づいた悠真が、かけてくるものの、間に合わない。
「朱音!」
腕が掴まれる。
強い力。
ぐん、と引き寄せられる。
今度は、自分からじゃない。
―― 班長に、支えられた
不謹慎だけれど、
そんなことを、思ってしまった。
「ばか」
低い声が落ちる。
聞いたことのない、温度。
「無理するなって言っただろ」
怒っている。
とてもよく、分かる。
なのに。
それなのに、
―― 嬉しい、だなんて、
どうかしてる。
抱きとめられたまま、きゅ、と班長の服の裾を掴んだ。
「でも、出ました」
ちゃんと。
みんなで、帰れる道。
そう言いたかった。
「だからって」
知佳こ言葉が止まる。
続きが出てこない。
怒鳴りたいわけではない。
責めたいわけでもない。
ただ。
―― 怖かった。
―― 遅かったらどうしようと。
―― 間に合わなかったら、と。
喉の奥が、ジリジリと焼けてしまいそうだ。
知佳は目を閉じる。
息を整える。
いまの俺は、誰だ。
―― 特務の、班長だろ。
班長に戻れ。
戻れ。
「……よくやった」
絞り出したのは、
それだった。
このまま、想いのままに、抱きしめたい衝動を、
必死に飲み込んで。
朱音の頭に、手を置く。
軽く、頭を撫でた。
「でも次は、
僕にも少し頼りなさい」
それは、命令じゃない。
―― 願いだった。
朱音は、目を瞬く。
怒られると思った。
なのに。
優しい。
胸が、ぎゅっとする。
「はい……」
小さな返事。
そのまま、力が抜ける。
けれど、手は、離せないままだ。
少しだけ、離れた場所で、
ジッ、と堪えていた悠真が小さく舌打ちをして、
朱音の横に並んだ。
「ほら行くぞ。帰るまでが仕事だろ」
強すぎない力で、朱音の肩を悠真が引く。
「うん、あとちょっと、頑張らないと」
「頑張りすぎんな、お前だけは」
ぺし、と朱音の鼻先を軽くはじいて、悠真は笑う。
いつもとは、違う笑顔で。
けれど、
いまは、少しだけ
悠真のそんな気遣いが、助かる。
―― そう、思ってしまった。
気持ちを切り替え、顎をひく。
「よし、行こうか」
「はい」
「すぐそこが、整備ラインだった。念のため、警戒のままで」
「了解」
止めてしまっていた歩を踏み出す。
整備ラインの灯りが見える。
帰れる。
本当に。
そう思った瞬間、
ようやく、身体が震えた。




