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第1話 始まりは現場から

お読みいただきありがとうございます!


『大丈夫だって。今回は三嶋のいるところは全く眼中に入ってなかったみたいだし、いるとしてもにゃんこ様くらいじゃん?』


 イヤホン越しに聞こえてきた同僚の言葉に、朱音あかねが、ふはっ、と笑いを吹き出した。


 少し強張っていた彼女の指先から、ほんの少しだけ力が抜ける。


 声が聞こえるだけで、いつもの場所と繋がっている気がしていた。


「よしっ」


 そう言って立ち上がった、彼女、三嶋みしま朱音あかねは、トレジャーハントを生業とする

 秘宝探査発掘所、通称・秘探所の特殊任務隊情報部特殊任務班に所属している。


 とはいえ。

 普段、彼女は頻繁に現場に出る人間、というわけではない。


 一年のほとんどは、本部の奥。

 モニターと、地図と、データの海の中に沈んでいる。


 同じチームの誰かが迷わないための目になり、皆が帰ってくるための道を探す。

 それが、朱音の仕事だ。

 ―― だから

 こうして実際に現場に立っている今は、朱音にとっては、ちょっとどころじゃなく、完全な異常事態だった。


 割合で言えば、

 九割が内勤、残りの一割が外。


 その一割の中でも、命の危険がある状況なんて、ほとんどない。


 それなのに今日は違う。


 耳に届いた音が、その事実を嫌というほど丁寧に朱音に異常な事態を教えてくる。


「あれ、確実に銃声だったよね……」


 乾いた連続音。

 一発、二発、なんて可愛い数じゃない。


「……こわ」


 比較的安全な場所にいる。

 そう言われている。


 けれど、“比較的”が、どこまで保証してくれるのかは、誰も教えてくれない。


 インカムの向こうでは、変わらない調子の声が続いている。


『モノ自体は回収できたんだけどね。退路が塞がれてるみたいなんだ。だからプランBへ移るから三嶋は──おっと』


 軽い。

 本当に、信じられないくらいに。

 ついさっきまで銃声が鳴っていたはずなのに、まるで天気の話でもしているみたいな声色。


「やっぱり特務の人たちっておかしい……」


 これは最大級の賛辞だ。

 異常な場所で、いつも通りでいられる人たち。


 だから、帰ってくる。


 だから、待っていられる。


 ──私の仕事は、その“帰り”を途切れさせないことだ。


 小さく息を吸って、吐く。

 震えている膝を、叱る。


「足手まといにはならない……うん、極力」


 ヒーローじゃない。


 銃弾を弾けるわけでも、瓦礫を拳で砕けるわけでもない。


 でも。

 自分がいなければ、帰れなくなる仲間がいる。

 それだけは、嫌だった。


「今日は、何が何でもホームに帰る」


 朱音はそう、自分に言い聞かせる。


 みんなで必ず帰る。


 そのために、私はここにいるのだから。



 ◆◆◆◆



 退路プランB――女子トイレ

 元有名企業の建築、所持ビルの一つで、表通りから一番遠い場所。


 それが、退路プランB――女子トイレ、の一番奥。


 洗面台の上に立っていた鳥飼とりがい悠真ゆうまが、外したダクトの蓋を片手にこちらを振り向いた。


「お、ようやく来た」

悠真ゆうま

「ちょっと待て。よし、抜けた」


 悠真の声音は驚くほど軽い。

 ついさっきまで銃声の中にいたとは思えない。


「この状況なら地上は危ねぇな。朱音がいるなら深い層通っても迷わねぇし」


 悠真が、なんてことないだろ、とばかりに言う。


「大丈夫って、わたし、現場慣れはしてないんですけど……」

「は? 本部で毎回オレらを連れ帰してんの誰だと思ってんの」

「それは環境が整ってるからであって!」

「やってることは同じだろ」

「違う!」


 食い気味に返した朱音を見て、悠真は小さく笑った。

 呆れているようで、でも、どこか安心した顔。


「大丈夫だ。朱音がいるなら、帰れる」


 じ、と朱音のことを見つめたあと、さらりとそんなことを言い、もう次の動きに移っている。


 信頼なのか、雑なのか、ずるい。

 そんな二人の空気を、少し離れたところから見ていた人が小さく息を漏らした。


「三嶋、そこは心配されておこう?」


 柔らかい声。

 振り向かなくても分かる。


 和南わなみ知佳ちか


 特殊任務隊特殊任務班の班長。


 一見、いつもと変わらぬ穏やかな顔。

 けれど視線は、退路と崩れ方と敵の侵入経路、全部を同時に計算している目だ。


「すみません……。久しぶりの現場で、ちょっとビクビクしてました」


「それでいいんだよ。三嶋は情報部なんだから、これで慣れてたら、その方がおかしい」


 即答だった。

 その言葉に、少しだけ呼吸が落ちる。


 ──ドォンッ!!


 さっきより近い。

 天井が鳴る。

 崩れる。

 朱音がそう直感した直後。


「わっ」


 足が、滑った。


 次の瞬間。


 世界が引き寄せられた。


 腕。

 背中。

 布越しの体温。


「危なっ」


 耳元で、声がした。

 痛みは来ない。

 代わりに、鼓動がやけに近い。


「へ……?」


 ゆっくり目を開ける。


 そこにあったのは、真剣な顔をした班長だった。


「三嶋、大丈夫かい?」


 耳が、一気に熱を持つ。

 けれど。

 それより先に、彼の髪と肩についた白い粉が、朱音あかねの目に入った。

 ヒュ、と息が鳴る。

 庇った。

 理解した瞬間、焦りが勝つ。


「班長、怪我は……っ?!」


 思わずぎゅっ、と掴んだ腕は、思っていた以上に硬い。

 そんな朱音に、彼は少しだけ驚いた顔をしてから、いつもの困った笑みに戻る。


「まったく君は……。僕は大丈夫。少しは自分の心配をしなさい」


 そう言いながら、和南が朱音の髪に触れ、ついてしまった粉塵をさらりと払う。


「ほら、白くなってる」


 近い。

 思考が追いつかないくらい。


「三嶋?どうした?顔が赤いか?」


 彼の目に、責める色はない。

 ただ純粋に、部下の体調を心配する目だ。


「だ、大丈夫です……!」


 朱音の声が裏返る。

 ―― 恥ずかしい。

 そんな声を、胸の内で叫んだ直後。


 ドォンッ!

 ―― どこからかまた、爆発音が響く。


 音と衝撃に、朱音の肩が跳ねる。


 けれど。


「大丈夫」


 耳に届いた、和南の落ち着いた声。

 少し強く引き寄せられる腕。


 それだけで、呼吸が整ってしまう。

 ―― 守られている。

 ――その安堵に、朱音は目を閉じかけた。


 そのとき。


 ほんの一瞬だけ。


 誰かの声が、耳の奥で触れた気がした。


 ――まだ


 それは、聞き取れたとは言えないほど、淡い。

 ただの気のせいだと言われれば、それまでの。


 けれど。


 なぜか胸の奥に、小さな波紋だけが、小さく痕を残す。



「……おい」


 低く、短い声が降ってくる。

 見上げると、いつの間にかあがっていたのだろうか。

 天井に空いたダクト部分から悠真がこちらを見ている。

 さっきまでの空気の軽さはない。



「無事ならさっさと来い。時間、ねぇんだよ」


 ぶっきらぼうに言って、悠真は先に視線を外す。



 ――触んなよ


 言えるはずがない。

 言ってしまえば、自分の立場が崩れる。



 それでも。

 視線だけは、奪われたまま戻らない。

 喉まで出かかった言葉を、悠真は必死に噛み砕いて飲み込む。


 けれど視線は、視線だけは、朱音がちゃんと立てているかを確認してから逸れた。


 先に行く。

 けれど、置いていかない。

 これは、特務班の彼らのいつも通りだ。


「行こうか」


 和南の声に、朱音が頷く。

 和南の腕は、自然と離れる。


 離れたのに、さっきよりも、近い気がした。





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