第9話「教会の召喚状」
カイの体が光った翌日。
学院に、白燐教の使者が訪れた。
「学院長、お話があります」
「白燐教の方が、何のご用ですか」
「カイ・レイナーという生徒について」
学院長は眉をひそめた。
「あの新入生が、何か?」
「彼を、教会の保護下に置きたいのです」
* * *
「保護?」
「はい。彼には、特別な力が宿っている可能性があります」
「特別な力......」
「詳しくは申し上げられませんが、教会として彼を守る必要があるのです」
学院長は考え込んだ。
「急な話ですね」
「事態は、一刻を争います」
「しかし、彼は本学院の生徒です。勝手に引き渡すわけには......」
「もちろん、強制ではありません。本人の同意を得た上で、ということです」
「......分かりました。本人に伝えましょう」
* * *
その日の昼休み。
カイは、教務課から呼び出しを受けた。
「カイ・レイナー君、白燐教から君に用があるそうだ」
「白燐教......?」
「応接室で待っている。行ってきなさい」
「......分かりました」
カイは、嫌な予感を覚えながら応接室に向かった。
* * *
応接室には、ベルナールが待っていた。
「カイ君、久しぶりだね」
「......ベルナールさん」
「そんな警戒しないでくれ。今日は、君に良い話を持ってきたんだ」
「良い話?」
「ああ。教会の保護を受けないか、という提案だ」
「保護......」
「昨日、授業中に体が光っただろう?」
カイは息を呑んだ。
「なぜ、それを......」
「教会には、様々な情報が集まるのさ」
* * *
「あの光は、君の中に眠る力が目覚め始めた証だ」
「眠る力......」
「勇者の加護、と呼ばれるものだ」
「勇者......」
「放っておけば、加護は制御できなくなる。周囲に被害が出るかもしれない」
「......」
「だから、教会の保護下で、加護を制御する訓練を受けてほしい」
ベルナールは、穏やかに微笑んだ。
「悪い話ではないだろう?」
* * *
カイは、しばらく黙っていた。
そして──
「お断りします」
「おや」
「僕は、誰かの保護なんて受けたくありません」
「でも、加護が暴走したら......」
「それでも、です」
カイは、ベルナールの目を真っ直ぐ見た。
「僕は、自分の力で生きていきます。誰かに依存するつもりはありません」
「......」
「教会の保護は、要りません」
* * *
ベルナールの表情が、わずかに曇った。
「......そうか。残念だ」
「失礼します」
カイは立ち上がろうとした。
「待ちなさい」
ベルナールの声が、冷たくなった。
「君には、選択の余地がないんだよ」
「......何ですと」
「加護が暴走すれば、君は危険人物と見なされる」
「......」
「学院にいることも、許されなくなるかもしれない」
「脅しですか」
「忠告だよ。君のためを思って言っているんだ」
* * *
「僕のため?」
カイは、静かに言った。
「あなたたちは、僕を利用したいだけでしょう」
「......」
「勇者という名の、道具にしたいんですよね」
「誤解だ」
「違います。あなたの目を見れば分かります」
「......」
「僕は、道具になるつもりはありません」
カイは部屋を出ようとした。
「これ以上は、お話しすることはありません」
* * *
「カイ君」
ベルナールの声が追いかけてきた。
「君が拒否しても、教会は諦めない」
「......」
「いずれ、君は我々を必要とする時が来る」
「来ません」
「そう言い切れるかな」
「言い切れます」
カイは振り向かずに答えた。
「僕には、頼れる人がいますから」
* * *
応接室を出たカイは、すぐにルークに連絡した。
『教会が、保護を申し出てきました』
「予想通りだな」
『断りましたけど、諦めてない感じでした』
「当然だ。教会は、簡単には引き下がらない」
『どうすればいいですか』
「今すぐ来い。対策を話し合う」
『分かりました』
* * *
秘密の稽古場所に、三人が集まった。
「状況を整理しよう」
ルークは言った。
「教会は、カイを保護下に置こうとしている」
「加護が目覚め始めたからですね」
「ああ。彼らにとって、勇者は貴重な存在だ」
「でも、僕は断りました」
「断っても、諦めないだろう」
「じゃあ、どうすれば......」
「対抗手段を用意する」
* * *
「対抗手段?」
「ああ。教会に対抗できる、法的な盾だ」
「法的な盾......」
「カイ、お前と俺の間には契約がある」
「はい。秘密保持の契約ですよね」
「それを、拡張する」
「拡張?」
「お前の身柄に関する条項を追加する」
「どういうことですか」
「俺がお前の『後見人』になる、という契約だ」
* * *
「後見人......?」
「そうだ。貴族が平民の後見人になることは、法的に認められている」
「......」
「俺が後見人になれば、お前の身柄に関する決定権は俺にある」
「つまり......」
「教会がお前を引き取ろうとしても、俺の許可なしには無理、ということだ」
カイは目を見開いた。
「そんなことが......」
「できる。法律を読み込んだ」
* * *
「でも、待ってください」
サラが口を挟んだ。
「それって、カイがルークの所有物になる、みたいなことじゃ......」
「違う」
ルークは首を振った。
「後見人は、保護者であって所有者ではない。カイの意思を尊重する義務がある」
「......」
「俺はカイの意思に反することはしない。それは約束する」
「本当に?」
「ああ。契約にも、そう明記する」
* * *
カイは、ルークを見つめた。
「ルーク......」
「何だ」
「そこまでしてくれるんですか」
「当然だ。お前は俺の生徒だ」
「......」
「俺が守る。それは、最初から決めていた」
カイの目が、潤んだ。
「ありがとうございます......」
「礼はいい。それより、契約の内容を確認するぞ」
* * *
ルークは、契約書の草案を取り出した。
「これが、後見契約の内容だ」
「見せてください」
カイが読み上げる。
「『ルーク・ウィザリア・ギルバートは、カイ・レイナーの後見人となる』......」
「続きは」
「『後見人は、被後見人の身柄、教育、生活に関する決定権を持つ』......」
「ここが重要だ」
「『ただし、被後見人の意思に反する決定を行うことはできない』......」
「これで、俺がお前を支配することはできない」
* * *
「さらに続きがある」
「『後見関係は、双方の合意によってのみ解消できる』......」
「つまり、俺が勝手に契約を破棄することもできない」
「......」
「どうだ。これなら、お前の自由は守られる」
カイは、契約書を見つめた。
「......信じます」
「いいのか」
「はい。ルークを、信じます」
「そうか」
「契約を、結びます」
* * *
契約は、その場で結ばれた。
「これで、俺はカイの後見人だ」
「はい」
「教会が何を言ってきても、俺の許可なしにはお前に手を出せない」
「ありがとうございます」
「礼はいい。だが──」
ルークは真剣な顔になった。
「これで終わりではない」
「どういうことですか」
「教会は、法的手段がダメなら、別の方法を使ってくる」
* * *
「別の方法?」
「例えば、俺を排除しようとするかもしれない」
「排除......」
「後見人がいなくなれば、お前に対する権利も消える」
「そんな......」
「だから、俺も身を守る必要がある」
「どうやって?」
「サラ、お前にも頼みがある」
「何?」
「俺の動向を、監視してくれ」
* * *
「監視?」
「ああ。俺に何かあった時、すぐに対応できるように」
「......分かったわ」
「それと、教会の動きも探ってくれ」
「教会の動き?」
「彼らが何を計画しているか、知る必要がある」
「......任せて」
「頼んだ」
ルークはカイを見た。
「カイ、お前も気をつけろ」
「はい」
「教会だけじゃない。派閥も、まだ動いている」
「分かってます」
「三人で、協力して乗り越えよう」
* * *
翌日。
教会に、契約の写しが送られた。
「何だと......」
ベルナールは、書類を見て顔をしかめた。
「ギルバートが、カイの後見人に......」
「これでは、手が出せません」
「......巧妙だな」
「どうされますか」
「焦る必要はない」
ベルナールは書類を置いた。
「後見契約は、永遠ではない」
* * *
「永遠ではない?」
「後見人が信用を失えば、契約は解除される」
「......」
「ギルバートの評判を落とせばいい」
「どうやって?」
「彼に、問題を起こさせる」
「問題?」
「例えば──」
ベルナールは、意味深に微笑んだ。
「貴族として、あるまじき行為をさせる、とか」
* * *
数日後。
ルークは、奇妙な噂を耳にした。
「ギルバートが、平民を買収しているらしい」
「何?」
「あの平民──カイ・レイナーを、金で囲っているとか」
「馬鹿な......」
噂は、学院中に広まっていた。
* * *
「これは、教会の仕業か......」
ルークは、状況を分析した。
「俺の評判を落として、後見契約を解除させようとしている」
「ひどい......」
カイが憤った。
「嘘の噂を流すなんて」
「教会にとって、真実は関係ない。結果だけが重要なんだ」
「どうすればいいですか」
「噂を打ち消す必要がある」
* * *
「打ち消す?」
「ああ。俺とお前の関係が、金銭的なものではないことを証明する」
「どうやって?」
「後見契約の内容を、公開する」
「公開......?」
「そうだ。契約には、金銭の授受に関する条項はない」
「確かに......」
「これを公開すれば、買収の噂は嘘だと証明できる」
「なるほど」
「早速、手を打つ」
* * *
ルークは、契約書の写しを学院の掲示板に貼り出した。
「これが、俺とカイの後見契約の全文だ」
生徒たちが集まってきた。
「何だ、これ......」
「後見契約?」
「金銭の授受は......ないな」
「じゃあ、買収の噂は......」
「嘘だったのか」
噂は、すぐに収束した。
* * *
「うまくいったな」
「はい。ルークの判断、的確でした」
「だが、これで終わりではない」
「......」
「教会は、次の手を考えているはずだ」
「何をしてくるんでしょう」
「分からない。だが、警戒は怠るな」
「はい」
* * *
その夜。
ルークは、自室で考え込んでいた。
「教会、派閥、そして物語の補正......」
敵が多すぎる。
「だが、負けるわけにはいかない」
カイを守ること。自分の生存を確保すること。
そのためには、あらゆる手段を講じなければならない。
「......疲れたな」
ふと、弱音が漏れた。
「前世では、こんなに頑張ったことなかったのに」
* * *
「でも」
ルークは自分に言い聞かせた。
「今は、守るべきものがある」
カイ。サラ。そして──
「普通に生きたい、という願い」
それを叶えるために、戦い続ける。
「絶対に、諦めない」
ルークは、決意を新たにした。
* * *
翌朝。
カイからの通信があった。
『ルーク、大変です』
「何があった」
『教会から、正式な召喚状が届きました』
「召喚状?」
『僕を、教会本部に呼び出すって......』
ルークの表情が、険しくなった。
「......来たか」
* * *
次回予告
* * *
教会の召喚状に、ルークたちはどう対応するのか。
学院の地下では、封印の脈動が強まる。
そしてサラは、真相に踏み込み始める──
第10話「地下の脈動」
「封印が......揺らいでいる」
「何かが、目覚めようとしている」
闇の気配が、忍び寄る──




