第8話「ざまぁ不成立」
決闘の結果は、瞬く間に学院中に広まった。
「ギルバート侯爵家の嫡男と、平民の新入生が引き分け......」
「信じられない」
「あの天才ギルバートが、平民と互角だなんて......」
生徒たちの反応は、複雑だった。
* * *
貴族たちは、困惑していた。
「これは......どういうことだ」
「ギルバートが、手を抜いたのか?」
「いや、あの戦いは本気に見えたが......」
「じゃあ、あの平民が本当に強いのか?」
「馬鹿な。平民が侯爵家の嫡男と互角など......」
彼らの常識が、揺らいでいた。
* * *
一方、平民の生徒たちは──
「カイ、すごい!」
「本当に引き分けだったんだ!」
「ギルバートと互角に戦うなんて......」
カイは、寮の仲間たちに囲まれていた。
「いや、僕一人の力じゃ......」
「謙遜するなよ!」
「お前は、俺たちの希望だ!」
「平民でも、貴族に負けないって証明してくれた!」
カイは、複雑な表情を浮かべた。
「そんな大げさな......」
* * *
「おい、聞いたか」
「ああ。あの決闘の話だろ」
「ギルバートと平民が引き分けって......」
「なんか、スッキリしないな」
「だよな。ギルバートが勝つと思ってたのに」
「いや、俺は平民が勝つと思ってた」
「どっちにしろ、引き分けは微妙だ」
「盛り上がりに欠けるっていうか......」
学院内の空気は、どこか物足りない様子だった。
* * *
ルークは、その反応を観察していた。
「......思った通りだ」
「何がですか?」
カイが尋ねた。
「観衆の反応だ。引き分けに、不満を感じている」
「不満?」
「ああ。彼らが期待していたのは、どちらかの『勝利』だ」
「......」
「特に、俺が負ける展開を期待していた者が多い」
「それって......」
「『ざまぁ』だ」
* * *
「ざまぁ?」
「傲慢な貴族が、平民に叩き潰される。その爽快感を、彼らは求めていた」
「......」
「だが、引き分けでは、その欲求は満たされない」
「なるほど......」
「結果として、観衆は消化不良を起こしている」
ルークは窓の外を見た。
「物語の『補正』が、軋み始めている」
「補正?」
「......いや、何でもない」
* * *
その夜、ルークは自室で考えていた。
「ざまぁが成立しなかった......」
これは、計画通りだ。
だが、その代償として──
「物語の補正が、別の形で発動する可能性がある」
原作では、ルークがカイに敗北することで、読者のカタルシスが満たされた。
だが、引き分けでは、そのカタルシスは発生しない。
「補正は、別の方法でカタルシスを生み出そうとするはずだ」
つまり──
「俺か、カイに、別の災厄が降りかかる」
* * *
「どんな災厄だ......」
考えられる可能性は、いくつかある。
一つ目。俺が、別の相手に敗北する。
二つ目。カイが、別の困難に直面する。
三つ目。俺たちの関係が、破綻する。
「どれも、避けなければならない」
だが、補正は予測が難しい。
どんな形で発動するか、分からない。
「警戒を怠らないようにしなければ......」
* * *
翌日。
ルークは、不穏な空気を感じていた。
「何かおかしい......」
周囲の視線が、いつもと違う。
敵意──いや、それだけではない。
期待、好奇、そして──
「悪意だ」
誰かが、何かを企んでいる。
* * *
「ギルバート様」
声をかけられた。
振り向くと、見知らぬ上級生が立っていた。
「何か用か」
「実は、お願いがあるのですが」
「願い?」
「決闘を、申し込みたいのです」
「......何?」
「ギルバート様と、一対一で戦いたい」
* * *
ルークは眉をひそめた。
「理由は」
「あの決闘を見て、感銘を受けました」
「感銘?」
「平民と引き分けるほどの実力──それを、自分の目で確かめたい」
「......」
「勝負していただけませんか」
ルークは、相手を観察した。
上級生。体格は良い。目つきは鋭い。
だが──
「断る」
「な、なぜですか」
「理由はない。俺は、無駄な戦いはしない」
「無駄な......」
「他を当たれ」
ルークは背を向けた。
* * *
「待ってください」
上級生が追いすがった。
「お願いします。一度だけでも」
「しつこいぞ」
「逃げるのですか?」
「......何だと」
「平民と引き分けた程度で、上級生から逃げるのですか」
ルークの目が、冷たく光った。
「挑発のつもりか」
「いいえ。事実を述べただけです」
「......」
「ギルバート侯爵家の嫡男が、決闘から逃げた──そんな噂が立てば、家名に傷がつきますよ」
* * *
ルークは、相手の意図を読んだ。
「誰に頼まれた」
「......何のことですか」
「とぼけるな。お前の背後に、誰かいるはずだ」
「......」
「マルクスか? それとも、別の派閥か?」
上級生の表情が、わずかに強張った。
「やはりか」
「......」
「お前は、俺を罠に嵌めようとしている」
「罠など......」
「もういい。消えろ」
ルークは冷たく言い放った。
「二度と俺に近づくな」
* * *
上級生は、悔しそうに去っていった。
「......やはり、動き出したか」
マルクスたちは、諦めていない。
決闘で引き分けに持ち込まれた悔しさを、別の形で晴らそうとしている。
「次々と、挑戦者を送り込んでくるだろう」
俺が応じれば、消耗する。
応じなければ、「逃げた」と噂される。
「厄介な状況だ......」
* * *
その日の放課後。
三人は秘密の場所で会った。
「挑戦が来たか」
サラが言った。
「ああ。断ったが、今後も続くだろう」
「派閥の仕業ね」
「間違いない」
「どうする?」
「応じるつもりはない。だが、噂対策は必要だ」
* * *
「噂対策?」
カイが尋ねた。
「ああ。『ルークは決闘から逃げている』──そんな噂が広まれば、立場が悪くなる」
「......」
「だから、噂を打ち消す必要がある」
「どうやって?」
「別の形で、実力を示す」
「別の形?」
「例えば──授業での成績だ」
ルークは説明した。
「俺が授業で圧倒的な成績を残せば、『逃げている』という噂は説得力を失う」
* * *
「なるほど......」
サラが頷いた。
「実力があるなら、逃げる必要がない──そう思わせるわけね」
「そうだ」
「でも、それって今までもやってたんじゃ......」
「ああ。だが、これからはもっと派手にやる」
「派手に?」
「授業の成績だけじゃない。模擬戦でも、訓練でも、圧倒的な差を見せつける」
「......」
「誰もが認める実力者になれば、些細な噂など問題にならない」
* * *
「でも」
カイが言った。
「ルークが目立つと、余計に狙われるんじゃ......」
「その通りだ」
「じゃあ......」
「だから、お前も強くなれ」
「え?」
「俺一人が目立つと、確かに狙われる。だが、お前も同じくらい強くなれば──」
「分散される、ということですか」
「ああ。敵の注意を、俺とお前で分散させる」
「......」
「そのためにも、お前はもっと強くならなければならない」
* * *
「分かりました」
カイは頷いた。
「もっと強くなります」
「いい返事だ」
「でも、どうやって?」
「今まで通りだ。訓練を続ける」
「はい」
「それと、もう一つ」
「何ですか?」
「グループ練習を、もっと活用しろ」
「グループ練習?」
「ああ。お前の仲間を、もっと強くするんだ」
* * *
「仲間を?」
「そうだ。お前一人が強くなっても、限界がある」
「......」
「だが、仲間も一緒に強くなれば、全体の戦力が上がる」
「なるほど......」
「お前が教わったことを、仲間にも教えろ」
「僕が、教える......?」
「そうだ。お前は、もう教えられる立場だ」
カイは、少し戸惑った。
「でも、僕なんかが......」
「自信を持て。お前は十分成長した」
* * *
「分かりました」
カイは決意した。
「僕も、仲間に教えます」
「いい心がけだ」
「ルークから教わったこと、全部伝えます」
「全部じゃなくていい。基礎だけで十分だ」
「はい」
「それから、一つ注意がある」
「何ですか?」
「俺の名前は、出すな」
「......」
「お前が独自に編み出した技術だ、ということにしておけ」
「分かりました」
* * *
数日後。
カイは、グループ練習で仲間たちに指導を始めた。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
「どうした、カイ」
「今日から、新しい練習方法を試したいんだ」
「新しい練習?」
「ああ。俺が最近気づいたことがあって......」
カイは、ルークから教わった基礎──呼吸、姿勢、魔力循環──を、自分の言葉で説明した。
「へえ......そんなことがあるのか」
「試してみようぜ」
仲間たちは、素直に従った。
* * *
「こうか?」
「そうだ。もう少し腰を落として」
「難しいな......」
「最初はみんなそうだ。慣れれば楽になる」
カイは、一人一人に丁寧に指導した。
「カイ、分かりやすいな」
「教えるの、上手いじゃん」
「いや、俺なんて......」
「謙遜すんなよ。お前、本当にすごいぞ」
カイは、仲間たちの言葉に照れ笑いを浮かべた。
* * *
一週間後。
グループ練習の成果は、目に見えて現れた。
「みんな、動きが良くなったな」
「カイのおかげだよ」
「あの練習法、効果あるな」
「俺も、授業で褒められた」
「俺も!」
仲間たちの成長が、カイの自信につながった。
「よし、もっと頑張ろう」
「おう!」
* * *
その様子を、マルクスたちは監視していた。
「あの平民のグループ、やけに強くなっていないか」
「確かに......」
「何かあるな」
「調べますか」
「ああ。あの平民の動向を、もっと詳しく探れ」
「分かりました」
* * *
一方、教会も動いていた。
「カイ・レイナーの成長、報告があります」
「どうだった」
「予想以上の伸びです。そして──」
「そして?」
「彼の周囲にいる者たちも、成長しています」
ベルナールは、興味深そうに頷いた。
「彼には、人を導く力があるようだね」
「勇者の資質......でしょうか」
「可能性は高い」
「どうされますか」
「引き続き、観察を続ける。そして──」
ベルナールは微笑んだ。
「彼の加護が目覚める、その瞬間を待つ」
* * *
ある日の授業中。
突然、異変が起きた。
「......!」
カイの体が、微かに光った。
「な、何だ......?」
周囲の生徒たちが驚く。
「カイ、大丈夫か」
「あ、ああ......」
光はすぐに消えた。
「何だったんだ、今の......」
カイ自身も、分からなかった。
* * *
その夜、カイはルークに報告した。
「授業中に、体が光ったんです」
『光った?』
「はい。一瞬だけですけど......」
『......』
「何か、心当たりありますか」
『......お前、最近何か変わったことはないか』
「変わったこと......」
カイは考えた。
「特に思い当たらないですけど......」
『そうか......』
ルークの声が、少し緊張しているように聞こえた。
* * *
「ルーク、何か知ってるんですか」
『......可能性の話だ』
「可能性?」
『お前の中に、何かが眠っているのかもしれない』
「何かって......」
『今は、何とも言えない。だが、注意しておけ』
「注意?」
『自分の体に、異変を感じたらすぐに報告しろ』
「分かりました」
『それと、教会には近づくな』
「......はい」
* * *
ルークは、通信を切った後、考え込んだ。
「カイの体が光った......」
これは──
「加護の発現か」
原作で、カイには『聖剣の加護』があった。
それが、目覚め始めている。
「予想より早い......」
本来なら、もっと後のはずだ。
「俺がカイを鍛えたことで、成長が加速している」
その結果、加護の発現も早まっている。
「......これは、良いことなのか悪いことなのか」
* * *
良い面。
カイが強くなる。世界を救う力が、早く手に入る。
悪い面。
教会が、カイに執着する理由が増える。
そして──
「物語の補正が、さらに強くなる」
カイが強くなればなるほど、「ざまぁ」の対象である俺への圧力も増す。
「均衡が、崩れ始めている」
ルークは、窓の外を見た。
月が、不気味な色に染まっていた。
* * *
次回予告
* * *
カイの異変に気づいた教会が、動き出す。
白燐教がカイを「保護」しようとする中、ルークは契約を盾に抵抗する。
そして、三人の関係に新たな試練が──
第9話「教会の召喚状」
「カイ・レイナーを、教会の保護下に置く」
「それは、許さない」
信仰と自由の、戦いが始まる──




