第7話「引き分けの剣筋」
決闘中断から三日が経った。
学院は、まだ騒然としていた。
「闘技場の調査が続いているらしい」
「地下から出てきた光、結局何だったんだ?」
「分からない。教官たちも、困惑してるみたいだ」
生徒たちの間で、噂が飛び交っていた。
* * *
ルーク、カイ、サラの三人は、秘密の稽古場所で会っていた。
「決闘は、再開されるのか」
サラが尋ねた。
「教務課に確認した」
ルークは答えた。
「闘技場の修復が完了次第、再開するらしい」
「いつ頃?」
「早くて三日後。遅くても一週間以内だ」
「そう......」
サラは安堵したような、不安そうな表情を見せた。
「じゃあ、まだ時間はあるのね」
「ああ。この時間を、無駄にするわけにはいかない」
* * *
「カイ」
ルークはカイに向き直った。
「決闘の続きに向けて、新しい技術を教える」
「新しい技術?」
「ああ。『負けない剣』だ」
「負けない剣......」
カイは首を傾げた。
「勝つ剣じゃなくて?」
「違う。俺たちの目標は引き分けだ。勝つ必要はない」
「......」
「だが、負けてもいけない。だから、『負けない剣』を身につける」
「具体的には、どんな剣なんですか」
「今から教える」
* * *
ルークは剣を構えた。
「まず、見本を見せる」
「はい」
「サラ、攻撃してくれ」
「分かったわ」
サラが斬りかかった。
鋭い連撃。上段、中段、下段。
だが、ルークは全てを受け止めた。
防御のみ。一切、反撃しない。
「......これが、負けない剣?」
カイは目を見開いた。
「そうだ」
ルークは剣を下ろした。
「攻撃を完全に防ぎ、かつ反撃しない。これが基本だ」
* * *
「でも、それだと......」
「勝てない、と言いたいか」
「はい」
「その通りだ。この剣は、勝つための剣ではない」
ルークは説明した。
「だが、考えてみろ。俺たちの目標は何だ」
「引き分け......」
「そうだ。引き分けには、勝つ必要がない。負けなければいい」
「......」
「だから、攻撃よりも防御に特化する。完璧な防御を続ければ、相手も一方的に勝つことはできない」
カイは、ルークの言葉を噛み締めた。
「なるほど......」
* * *
「もう一つ、利点がある」
ルークは続けた。
「この剣は、体力を温存できる」
「体力?」
「攻撃には、体力を使う。だが、防御は最小限の動きで済む」
「......」
「長期戦になれば、攻撃側が先に疲れる。そうすれば、引き分けはほぼ確実だ」
「すごい......」
サラが感心した。
「そこまで計算してたのね」
「当然だ。引き分けを実現するには、あらゆる手段を講じる」
* * *
「では、実際にやってみろ」
ルークが剣を構えた。
「俺が攻撃する。お前は、防御だけで凌げ」
「分かりました」
カイも剣を構えた。
「行くぞ」
ルークが動いた。
「っ!」
鋭い斬撃。カイは咄嗟に受けた。
「いい。次」
連続攻撃。カイは必死に防いだ。
「肩に力が入りすぎている。もっと脱力しろ」
「は、はい......」
「剣を握りすぎるな。衝撃を受け流すんだ」
「受け流す......」
* * *
訓練は続いた。
「違う。もっと体を使え」
「はい......」
「腕だけで防ぐな。全身で受けろ」
「全身で......」
「足を使え。位置を調整して、最小限の動きで防げ」
「......」
カイは、ルークの言葉を一つ一つ実践した。
何度も失敗し、何度もやり直した。
「......くそっ」
「焦るな。一歩一歩だ」
「でも......」
「お前は着実に上達している。自分を信じろ」
* * *
数時間後。
「今日はここまでだ」
ルークは剣を下ろした。
「お疲れ様」
サラが水を差し出した。
「ありがとうございます......」
カイは、床に座り込んだ。
「疲れた......」
「当然だ。防御は、思っているより難しい」
「はい......実感しました」
「だが、コツは掴めたか」
「......少しだけ」
「それでいい。明日も続きをやる」
* * *
「ルーク」
カイが、ルークを見上げた。
「何だ」
「......ありがとうございます」
「何の礼だ」
「こんなに、熱心に教えてくれて」
「......」
「最初は、利用されてるだけだと思ってました」
「......」
「でも、今は違います」
カイの目が、真っ直ぐにルークを見つめていた。
「ルークは、本当に僕のことを考えてくれてる」
「......」
「それが分かるんです。だから、感謝したくて」
* * *
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「......勘違いするな」
「え?」
「俺がお前を鍛えているのは、自分のためだ」
「でも......」
「お前が強くなれば、俺の計画が成功する。それだけだ」
「......」
「感謝される筋合いはない」
カイは、ルークの顔をじっと見つめた。
「嘘ですね」
「......何?」
「ルーク、嘘ついてます」
* * *
「嘘をついている証拠があるのか」
「証拠はないです」
「なら──」
「でも、分かります」
カイは立ち上がった。
「ルークの目を見れば、分かるんです」
「......」
「冷たいこと言ってても、目は優しい」
「......」
「素直じゃないだけですよね」
ルークは、言葉に詰まった。
この少年は──
「......勝手に言ってろ」
「はい、勝手に言います」
カイは微笑んだ。
「僕、ルークのこと信じてますから」
* * *
サラは、二人のやり取りを見守っていた。
「いいコンビね」
「何がだ」
「あなたたち。師弟というより、友達みたい」
「友達?」
「そう。素直になれない年上と、真っ直ぐな年下」
「......」
「お似合いよ」
「からかうな」
「からかってないわ。本心よ」
サラは、ルークの肩を叩いた。
「もう少し、素直になってもいいと思うわよ」
「......」
「カイは、あなたを信じてる。その信頼に、応えてあげなさい」
* * *
翌日も、訓練は続いた。
「よし、今日は応用編だ」
「応用?」
「防御しながら、相手の隙を作る技術を教える」
「隙を作る......?」
「そうだ。純粋な防御だけでは、相手は全力で攻め続ける」
「......」
「だが、反撃の気配を見せれば、相手は警戒する。攻撃の手が緩む」
「なるほど......」
「つまり、反撃しそうな動きを見せながら、実際には反撃しない」
「フェイントですか」
「そうだ。防御のフェイント」
* * *
「見本を見せる」
ルークは剣を構えた。
「サラ、攻撃してくれ」
「分かったわ」
サラが斬りかかる。
ルークは防御しながら──
「っ!」
サラが後退した。
「今の......」
「気づいたか」
「反撃が来ると思った」
「だが、実際には来なかっただろう」
「......ええ」
「これが、防御のフェイントだ。反撃の気配を見せて、相手を警戒させる」
カイは感心した。
「すごい......」
* * *
「やってみろ」
「はい」
カイは剣を構えた。
ルークが攻撃する。
カイは防御しながら──
「......」
反撃の気配を見せようとした。
だが──
「駄目だ。分かりやすすぎる」
「えっ......」
「フェイントは、自然でなければならない。わざとらしいと、逆効果だ」
「......」
「もっと自然に。相手が『来る』と思うような動きを」
「難しいです......」
「難しいが、できるようになれ」
* * *
何度も、何度も繰り返した。
「今のは、まだ不自然だ」
「くっ......」
「もう一度」
「はい......」
「そうだ、その動き。もう少し鋭く」
「......」
「惜しい。タイミングがずれた」
「......」
「よし、今のは良かった」
「本当ですか!?」
「ああ。その感覚を覚えておけ」
* * *
三日後。
闘技場の修復が完了した。
「明日、決闘を再開する」
教務課から通知が届いた。
「いよいよね」
サラが言った。
「ああ」
ルークは頷いた。
「準備は整った」
「カイは?」
「......上出来だ」
ルークはカイを見た。
「お前の『負けない剣』は、十分なレベルに達した」
「本当ですか」
「ああ。明日、それを証明しろ」
* * *
「一つ、聞いてもいいですか」
「何だ」
「ルークは......僕のこと、どう思ってますか」
「......」
「師匠と弟子? それとも、駒?」
「......」
「僕は、ルークのこと、友達だと思ってます」
「......」
「勝手にそう思ってるだけですけど」
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「......俺も」
「え?」
「俺も......お前のことは、認めている」
「認めてる......」
「友達かどうかは分からない。だが、お前は......俺にとって、大切な存在だ」
* * *
カイの目が、潤んだ。
「ルーク......」
「泣くな。気持ち悪い」
「泣いてないです......」
「嘘つけ。目が潤んでるぞ」
「......えへへ」
カイは、涙を拭った。
「嬉しいです。ルークにそう言ってもらえて」
「......」
「明日、絶対に引き分けに持ち込みます」
「ああ。頼んだ」
「はい!」
* * *
決闘再開の日。
闘技場には、再び多くの観客が集まっていた。
「今度こそ、決着がつくのか」
「また何か起きるんじゃないか?」
「さあ......」
不安と期待が入り混じる空気の中、ルークとカイは闘技場に入った。
「よし」
ルークは深呼吸した。
「行くぞ」
「はい」
カイも覚悟を決めた。
「やります」
* * *
サラが審判席に立った。
「これより、中断された決闘を再開します」
彼女の声が響いた。
「前回の得点は一対一の同点。ここから続きを行います」
観客が息を呑んだ。
「両者、準備はいいですか」
「ああ」
「はい」
「では──始め!」
* * *
今度は、ルークが先に動いた。
「はっ!」
鋭い斬撃。
カイは──防御した。
「......!」
反撃しない。
「おや」
ルークは目を細めた。
「守りに入るか」
「はい」
カイは静かに答えた。
「負けない剣で、行きます」
「......面白い」
ルークは攻撃を続けた。
* * *
連続攻撃。上段、中段、下段。
カイは全てを防いだ。
「いい守りだ」
「ありがとうございます」
「だが──」
ルークの動きが加速した。
「これはどうだ!」
「っ!」
鋭い突き。カイは辛うじて躱した。
「まだまだ!」
さらに連撃。カイは必死に防ぐ。
観客がどよめいた。
「あの平民、よく凌いでるぞ......」
「ギルバートの攻撃を、防ぎ切ってる......」
* * *
「やるな」
ルークは認めた。
「お前の防御、本物だ」
「ありがとうございます......!」
「だが、守ってばかりでは勝てないぞ」
「勝つ必要はありません」
「......ほう」
「僕の目標は、引き分けです」
「大した度胸だ」
ルークは微笑んだ。
「なら、俺も本気で行く」
「......!」
ルークの気迫が、一段階上がった。
* * *
「っ......!」
カイは、プレッシャーを感じた。
これが、ルークの本気──
いや、まだ本気じゃない。
でも、今までより明らかに強い。
「負けない......!」
カイは、防御に集中した。
全ての攻撃を、受け止める。
受け流す。躱す。逸らす。
「......!」
ルークの剣が、カイの頬を掠めた。
「危なかった......」
「まだだ」
ルークの攻撃が続く。
* * *
戦いは、膠着状態に入った。
ルークが攻め、カイが守る。
何度攻撃しても、カイは崩れない。
「......驚いたわ」
サラは呟いた。
「カイ、本当に強くなったのね」
二人の戦いは、まさに互角だった。
攻撃側と防御側という差はあるが、どちらも相手を崩せない。
「このまま行けば......」
引き分けだ。
* * *
だが、その時──
「っ......」
カイの動きが、わずかに鈍った。
疲労だ。
「お疲れか」
ルークは見逃さなかった。
「チャンスだ」
鋭い攻撃。カイは防いだが──
「くっ......!」
体勢が崩れた。
「終わりだ」
ルークの剣が、カイの首筋に突きつけられた。
* * *
──と、思われた瞬間。
「......!」
カイが動いた。
防御のフェイント。
「なっ......!」
ルークは一瞬、反撃を警戒して動きが止まった。
その隙に、カイは体勢を立て直した。
「......やるな」
「ありがとうございます」
「今のは、教えた通りだ」
「はい。ルークのおかげです」
観客が騒然とした。
「今の......!」
「ギルバートが、一瞬止まった......!」
「あの平民、何をした......!?」
* * *
戦いは、さらに続いた。
だが、両者とも決定打を与えられない。
時間が過ぎていく。
「......そろそろ、時間ね」
サラは判断した。
証明戦には、時間制限がある。
制限時間内に勝敗がつかなければ、審判の判定となる。
「あと一分......」
* * *
最後の一分。
ルークとカイは、激しく剣を交えた。
「はあっ!」
「っ!」
互いに攻撃し、互いに防御した。
どちらも、引かない。
「時間です」
サラが告げた。
「そこまで!」
二人は、同時に剣を下ろした。
* * *
「......終わったか」
ルークは息を整えた。
「はい......」
カイも、肩で息をしていた。
「お疲れ」
「お疲れ様です......」
二人は、互いを見つめた。
そして──
「やったな」
「はい......やりました」
言葉は少ないが、互いの健闘を称え合った。
* * *
サラが、判定を告げる時が来た。
「両者、中央へ」
ルークとカイが、サラの前に立った。
観客が、固唾を呑んで見守っている。
「判定を下します」
サラは深呼吸した。
「この戦いは──」
* * *
「引き分けです」
サラの声が、闘技場に響いた。
「両者の実力は拮抗しており、優劣をつけることはできません。よって、この決闘は引き分けとします」
観客がざわめいた。
「引き分け......!」
「ギルバートと平民が、引き分け......!」
「信じられない......」
* * *
「やった......」
カイは、膝から崩れ落ちた。
「やった......引き分けだ......」
「よくやった」
ルークが、カイに手を差し伸べた。
「お前は、約束を守った」
「ルークのおかげです......」
「違う。お前の努力の結果だ」
カイは、ルークの手を取って立ち上がった。
「ありがとうございます......」
「礼を言うのは、俺の方だ」
ルークは、小さく微笑んだ。
「ありがとう、カイ」
* * *
観客席では、様々な反応があった。
「まさか、本当に引き分けとは......」
「あの平民、いつの間にあんなに強く......」
「ギルバートは手を抜いていたのでは?」
「いや、真剣に戦っていたように見えたが......」
そして、マルクスたちは──
「くそっ......」
マルクスは、悔しそうに拳を握りしめた。
「計画が、狂った......」
* * *
一方、教会のベルナールは──
「面白い」
彼は、穏やかに微笑んでいた。
「あの少年、本当に興味深い」
「どうされますか」
「計画を変更する必要があるな」
「変更?」
「強引に引き込むのは、得策ではないようだ」
「では......」
「もう少し、様子を見よう。彼の加護が目覚めるのを、待つ」
「分かりました」
* * *
決闘が終わった夜。
ルーク、カイ、サラの三人は、秘密の場所で祝杯を上げていた。
「お疲れ様」
サラがグラスを掲げた。
「お疲れ様です」
カイも続いた。
「ああ」
ルークも、グラスを合わせた。
「うまくいったな」
「はい。ルークの計画通りです」
「計画だけじゃない。お前の努力があってこそだ」
「......えへへ」
カイは照れくさそうに笑った。
* * *
「でも」
サラが言った。
「これで終わりじゃないわね」
「ああ」
ルークは頷いた。
「派閥も教会も、諦めていない」
「......」
「それに、地下の異変も気になる」
「あの光、何だったの」
「分からない。だが、嫌な予感がする」
ルークは窓の外を見た。
「これから、もっと厄介なことが起きるかもしれない」
「......」
「だが、俺たちなら乗り越えられる」
ルークは、カイとサラを見た。
「三人で、な」
「はい」
「ええ」
三人は、固い絆で結ばれていた。
* * *
次回予告
* * *
決闘は引き分けに終わったが、観衆の反応は複雑だった。
期待された「ざまぁ」が成立せず、物語の補正が軋み始める。
そして、新たな試練が三人を待ち受ける──
第8話「ざまぁ不成立」
「これは......おかしい」
「観衆が期待したものと、違う結果になった」
物語が、歪み始める──




