第5話「派閥の圧」
その日、ルークは貴族用の食堂で昼食を取っていた。
一人で、静かに。
いつもの日常。
だが──
「ギルバート様」
声をかけられた。
見上げると、数人の貴族子弟が立っていた。
その中心にいるのは──
「マルクス・クレイン」
「お久しぶりです、ギルバート様」
マルクスは丁寧に一礼した。
「少々、お時間をいただけますか」
「......何の用だ」
「大切なお話があるのです。どうか、こちらへ」
拒否する雰囲気ではなかった。
周囲の視線が、こちらに集まっている。
「......いいだろう」
ルークは立ち上がった。
* * *
連れていかれたのは、学院の一角にある応接室だった。
「失礼します」
マルクスが扉を開けると、中には既に数人の貴族が待っていた。
見知った顔ばかりだ。
子爵家、男爵家の子弟たち。そして──
「アルベルト・ランカスター」
カイとの模擬戦で引き分けた男が、不機嫌そうな顔で座っていた。
「ギルバート様、どうぞお掛けください」
マルクスが椅子を勧める。
ルークは、警戒しながら腰を下ろした。
「それで、話とは何だ」
「単刀直入に申し上げます」
マルクスは、にこやかな表情のまま言った。
「ギルバート様。あなたは、道を踏み外しておられる」
* * *
「道を踏み外す?」
「はい」
マルクスは頷いた。
「ギルバート侯爵家の嫡男ともあろう方が、平民と親しくされている。これは、許されることではありません」
「......」
「特に、あのカイ・レイナーという少年。彼を鍛えているという噂が、学院中に広まっております」
「噂は噂だ。証拠があるのか」
「証拠は必要ありません」
マルクスは肩をすくめた。
「事実がどうあれ、噂が立てば評判は落ちます」
「俺の評判など、どうでもいい」
「それは、ギルバート家の評判に関わることです」
マルクスの目が、鋭く光った。
「あなた個人の問題ではないのですよ」
* * *
「何が言いたい」
「簡単なことです」
マルクスは立ち上がった。
「ギルバート様には、本来のお姿に戻っていただきたい」
「本来の姿?」
「傲慢で、自尊心が高く、平民を見下す。それが、ギルバート侯爵家の嫡男としてふさわしい姿です」
「......」
「平民と馴れ合うなど、あってはならないことです」
アルベルトが口を挟んだ。
「そうだ。あの平民、調子に乗りすぎている」
「......」
「俺と引き分けるなど、身の程知らずも甚だしい」
「それは、お前が弱かっただけだろう」
アルベルトの顔が、怒りに染まった。
「何だと......!」
* * *
「落ち着いてください、アルベルト様」
マルクスが制した。
「今は、そういう話ではありません」
「......くっ」
アルベルトは、不満そうに黙った。
「ギルバート様」
マルクスはルークに向き直った。
「我々は、あなたの味方です」
「味方?」
「はい。ギルバート侯爵家を守りたいと思っております」
「......」
「そのためには、あなたに正しい道を歩んでいただく必要があります」
「正しい道とは」
「平民と縁を切り、貴族としての威厳を保つことです」
マルクスは、にこやかに微笑んだ。
「それが、皆のためなのです」
* * *
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「断る」
「......何ですと?」
「俺は、誰の指図も受けない」
「ギルバート様......」
「お前たちの言う『正しい道』など、知ったことではない」
ルークは立ち上がった。
「俺は、俺のやり方で生きる」
「お待ちください」
マルクスが手を伸ばした。
「このままでは、ギルバート家に傷がつきます」
「傷?」
「はい。平民と馴れ合う嫡男──そんな噂が広まれば、侯爵家の威信は地に落ちます」
「......」
「それでもいいのですか?」
* * *
ルークは、マルクスを見下ろした。
「お前、俺を脅しているのか」
「脅し? とんでもない」
マルクスは首を振った。
「忠告です。あなたのためを思って申し上げているのです」
「俺のため? 嘘をつくな」
「......」
「お前たちの目的は、俺を自分たちの派閥に取り込むことだろう」
マルクスの表情が、わずかに強張った。
「ギルバート侯爵家の名声を利用して、自分たちの地位を上げたい。違うか」
「......」
「だが、残念だったな。俺は、誰の駒にもならない」
ルークは部屋を出ようとした。
「お待ちを」
マルクスの声が追いかけてきた。
「このままでは、我々も黙っていられません」
* * *
ルークは足を止めた。
「どういう意味だ」
「あなたが協力してくださらないなら、別の方法を取らざるを得ない」
「別の方法?」
「例えば──」
マルクスは、意味深に微笑んだ。
「あの平民の少年を、直接排除するとか」
ルークの目が、冷たく光った。
「......カイに手を出すな」
「おや、怖い顔ですね」
「警告だ。カイに手を出せば、お前たちを潰す」
「潰す? 我々を?」
「ああ。全員だ」
* * *
部屋の空気が、凍りついた。
マルクスたちは、ルークの殺気を肌で感じていた。
「......ギルバート様」
「何だ」
「あなたは、本気でそうおっしゃっているのですか」
「ああ。本気だ」
ルークは振り返った。
「カイは、俺の生徒だ。誰であろうと、手を出すことは許さない」
「......」
「それだけは、覚えておけ」
ルークは部屋を出て行った。
残された貴族たちは、しばらく呆然としていた。
* * *
「......何だ、あれは」
アルベルトが呟いた。
「ギルバートの奴、変だ」
「ええ......」
マルクスは、難しい顔をしていた。
「入学前の評判と、まるで違う」
「傲慢で自尊心が高い、はずだったんだろう?」
「はい。だが、実際は──」
「平民を庇っている」
「......」
「おかしいぞ。何か、裏がある」
マルクスは腕を組んだ。
「調べる必要がありそうですね」
* * *
一方、ルークは廊下を歩いていた。
「......やりすぎたか」
先ほどの発言を、後悔していた。
カイを庇うことで、余計に疑惑を招いてしまった。
「だが、黙っているわけにはいかなかった」
カイに手を出す、とマルクスは言った。
それは、看過できない。
「あいつらを止めなければ......」
だが、正面から対立すれば、状況は悪化する。
「別の方法を考える必要がある」
ルークは、作戦を練り始めた。
* * *
その夜。
ルーク、カイ、サラの三人は、秘密の稽古場所で集まっていた。
「派閥が、本格的に動き出した」
ルークは状況を説明した。
「彼ら、カイに手を出すつもりなの?」
サラが険しい顔をした。
「可能性はある。俺が拒否したことで、報復に出るかもしれない」
「......」
「カイ、しばらくは一人で行動するな」
「分かりました」
カイは頷いた。
「でも、授業や寮では......」
「できる限り、人目のある場所にいろ。一人になるな」
「はい」
* * *
「サラ、お前にも頼みがある」
「何?」
「カイを監視してくれ」
「監視?」
「いい意味でだ。カイに危険が迫った時、すぐに対応できるように」
サラは頷いた。
「分かったわ。任せて」
「ありがとう」
「......」
「どうした」
「いえ」
サラは、ルークを見つめた。
「あなた、本当にカイのこと大切にしてるのね」
「......何のことだ」
「とぼけなくていいわ。さっきの話、聞いてれば分かる」
「......」
「派閥に逆らってまで、カイを守ろうとしてる」
* * *
「誤解するな」
ルークは言った。
「俺がカイを守るのは、自分のためだ」
「自分のため?」
「カイが潰されたら、決闘の計画が破綻する」
「......」
「引き分けを実現するには、カイが必要だ。それだけだ」
サラは、しばらくルークを見つめていた。
「......そう」
「何だ、その顔は」
「いいえ、何でも」
サラは小さく笑った。
「そういうことにしておくわ」
「......」
ルークは、居心地悪そうに目を逸らした。
* * *
「それより」
ルークは話題を変えた。
「派閥への対策を考える必要がある」
「対策?」
「ああ。あいつらを黙らせる方法だ」
「どうやって?」
「正面から対立するのは得策ではない。彼らを刺激せず、かつ俺たちの安全を確保する」
「難しいわね」
「一つ、案がある」
ルークは言った。
「演技をする」
「演技?」
* * *
「あいつらが求めているのは、『傲慢な貴族』としての俺だ」
ルークは説明した。
「なら、その役を演じてやればいい」
「でも、それって......」
カイが口を挟んだ。
「カイとの関係を隠すってことですよね」
「ああ。表向きは」
「......」
「公の場では、俺はお前を無視する。貴族らしく、傲慢に振る舞う」
「そうすれば、派閥の連中も納得する?」
「完全に納得はしないだろう。だが、疑惑は薄まる」
サラが頷いた。
「演技で時間を稼ぐ、ということね」
「そうだ。決闘まで、あと三週間。それまで持てばいい」
* * *
「でも」
カイが言った。
「ルークが僕を無視したら、周りはどう思うんでしょう」
「どう思うとは」
「僕を見下してる、って思われるんじゃ......」
「それがどうした」
「いや、だって......」
「カイ」
ルークはカイを見た。
「俺たちの目的は何だ」
「......決闘で引き分けること、です」
「そうだ。そのためには、多少の犠牲は必要だ」
「犠牲......」
「お前が周囲にどう思われようと、最終目標を達成すれば問題ない」
「......」
「一時的な評判より、長期的な利益を優先しろ」
* * *
カイは、しばらく黙っていた。
そして──
「分かりました」
「いいのか」
「はい。ルークの判断に従います」
「......」
「でも、一つだけ」
「何だ」
「ルークが演技でも、僕は信じてますから」
「......」
「公の場で無視されても、本当は僕のことを考えてくれてる。それが分かってるから、大丈夫です」
ルークは、カイの真っ直ぐな目を見た。
「......お前は」
「はい?」
「本当に、人を信じるのが得意だな」
「えへへ......」
* * *
翌日から、ルークは演技を始めた。
「おい、そこの平民」
授業中、カイに声をかける。
「お前、俺の進路を塞ぐな。目障りだ」
「......」
カイは黙って道を譲った。
周囲の生徒たちが、ひそひそと囁き合う。
「やっぱり、ギルバートは傲慢だな......」
「平民を見下してる......」
「さすが侯爵家の嫡男......」
演技は、うまくいっていた。
* * *
廊下で、マルクスたちと擦れ違った。
「ギルバート様」
「何だ」
「本日は、随分と貴族らしいお姿ですね」
「当然だろう。俺は侯爵家の嫡男だぞ」
「はい。それが本来のお姿です」
マルクスは、満足げに頷いた。
「あの平民とは、もう関わらないのですか」
「関わる理由がない」
「それは良かった。我々も安心しました」
「......」
「では、失礼します」
マルクスたちは去っていった。
ルークは、内心で舌打ちした。
「うまくいきすぎている......」
逆に、疑われるかもしれない。
* * *
放課後。
サラがルークに近づいてきた。
「演技、なかなか上手ね」
「そうか」
「でも、やりすぎないように」
「どういう意味だ」
「カイの表情、見た?」
ルークは、サラの言葉に眉をひそめた。
「表情?」
「公の場で無視されて、傷ついてたわよ」
「......」
「分かってると言っても、やっぱり辛いものは辛いのよ」
「......そうか」
「ちゃんと、フォローしてあげて」
* * *
その夜。
ルークは魔力通信でカイに連絡した。
『今日の演技、問題なかったか』
「......はい」
カイの声が、少し沈んでいた。
『どうした。元気がないな』
「いえ、大丈夫です」
『嘘をつくな』
「......」
『サラから聞いた。お前、傷ついていたと』
「......」
『すまなかった』
「え?」
『俺の演技が、お前を傷つけた。謝る』
* * *
「いえ、違います」
カイは慌てて言った。
「ルークが悪いんじゃないです」
『だが──』
「分かってます。演技だって。でも......」
『でも?』
「......やっぱり、ちょっとだけ寂しかったです」
『......』
「馬鹿ですよね。分かってるのに」
『馬鹿じゃない』
ルークは言った。
『人間なら、当然の感情だ』
「......」
『俺は、お前を傷つける気はない。それだけは、覚えておけ』
「......はい」
『明日の稽古で、埋め合わせをする』
「埋め合わせ?」
『お前の好きなメニューで練習しよう』
「本当ですか!」
カイの声に、明るさが戻った。
* * *
翌日の稽古。
「今日は、お前の希望通りにする」
「じゃあ......組み手がしたいです」
「組み手か」
「はい。サラさんとじゃなくて、ルークと」
ルークは少し驚いた。
「俺とか。実力差があるぞ」
「分かってます。でも、一度やってみたいんです」
「......いいだろう」
ルークは剣を構えた。
「来い」
* * *
カイが突進した。
「はあっ!」
渾身の斬撃。
ルークは軽々と受け止めた。
「遅い」
「くっ......!」
カイは連続攻撃を繰り出した。
だが、全てルークに防がれた。
「もっと速く」
「はい......!」
カイは必死に攻めた。
だが、ルークには届かない。
「......やっぱり、全然敵わないですね」
「当然だ。俺は天才だからな」
「天才......」
「だが、お前も伸びている」
「え?」
「一ヶ月前のお前なら、俺に一太刀も入れられなかった」
「......」
「今は、少なくとも攻撃の形にはなっている」
* * *
「それって、褒めてくれてるんですか?」
「事実を述べているだけだ」
「......そうですか」
カイは嬉しそうに笑った。
「ルークに褒められると、嬉しいです」
「......」
「もっと強くなって、いつか本気のルークと戦えるようになりたいです」
「大きな目標だな」
「でも、不可能じゃないですよね」
「......ああ。不可能じゃない」
ルークは、カイの目を見た。
「お前なら、いつかできるようになる」
「本当ですか!」
「ああ。保証する」
* * *
サラが近づいてきた。
「いい雰囲気ね」
「サラさん」
「カイ、昨日より元気になったみたいね」
「はい。ルークのおかげです」
「そう。よかったわ」
サラはルークを見た。
「あなたも、ちゃんとフォローできたようね」
「......当然だ」
「素直じゃないわね」
「うるさい」
サラはくすくす笑った。
「でも、本当によかった。仲直りできて」
「仲直りも何も、喧嘩していたわけではない」
「はいはい」
* * *
その頃、マルクスたちは──
「ギルバートの動きを報告しろ」
「はい。最近は、平民との接触が減っています」
「減っている?」
「公の場では、平民を無視しています。以前とは態度が変わりました」
マルクスは考え込んだ。
「......おかしいな」
「何がですか」
「急に態度が変わるなど、あり得るか?」
「我々の警告が効いたのでは」
「だが、あの時のギルバートは......」
マルクスは、先日の会話を思い出した。
ルークの冷たい目。殺気を帯びた声。
「あれは、演技ではなかった」
「では、今の態度が演技?」
「......可能性はある」
* * *
「どうしますか」
「引き続き、監視を続けろ」
マルクスは立ち上がった。
「そして、あの平民──カイ・レイナーも調べろ」
「平民を?」
「ああ。ギルバートがあれほど執着する理由が、必ずある」
「分かりました」
「それと」
マルクスは窓の外を見た。
「教会が、あの平民に興味を持っているらしいな」
「はい。勇者候補として、注目しているとか」
「面白い」
「何か考えが?」
「教会を利用できるかもしれない」
* * *
「教会を?」
「ああ。我々と教会の利害は、一致する部分がある」
「どういうことですか」
「教会は、カイ・レイナーを手に入れたい」
「はい」
「我々は、ギルバートを自分たちの派閥に取り込みたい」
「......」
「カイ・レイナーがいなくなれば、ギルバートは動機を失う」
「なるほど......」
「教会がカイを引き取れば、我々は邪魔者を排除でき、教会は欲しいものを手に入れる」
マルクスは不敵に笑った。
「Win-Winだ」
* * *
数日後。
カイは、再び教会のベルナールに呼び止められた。
「カイ・レイナー君」
「......ベルナールさん」
「覚えていてくれたか。嬉しいよ」
「何のご用ですか」
「前回の話の続きをしたくてね」
「お断りします」
「そう言わずに」
ベルナールは穏やかに微笑んだ。
「今回は、少し違う提案があるんだ」
「違う提案?」
「ああ。君に、とても良い話だよ」
* * *
「良い話?」
「君、最近苦労しているだろう」
「......」
「貴族たちに目をつけられて、大変そうだね」
カイは警戒した。
「どうして、そんなことを......」
「教会には、様々な情報が集まるのさ」
「......」
「君を守ってあげることができるよ」
「守る?」
「そう。教会の庇護下に入れば、貴族たちも手出しできなくなる」
「......」
「どうだい? 悪い話じゃないだろう」
* * *
カイは、ベルナールの目を見た。
穏やかな笑顔の裏に、何か別のものが透けて見える。
「......お断りします」
「なぜだい?」
「あなたの目的が、僕を助けることじゃないからです」
「......」
「あなたは、僕を『勇者』として利用したいだけですよね」
ベルナールの笑顔が、わずかに硬くなった。
「利用、とは心外だな」
「違いますか」
「我々は、君を助けたいだけだよ」
「なら、何も求めないでください」
「......」
「僕は、誰かの道具になるつもりはありません」
カイは踵を返した。
「失礼します」
* * *
ベルナールは、カイの背中を見送った。
「......なかなか、骨のある少年だね」
傍らに立っていた若い神官が言った。
「どうされますか」
「焦る必要はない」
ベルナールは微笑んだ。
「彼の加護は、まだ完全に目覚めていない」
「......」
「目覚めた時、彼は我々を必要とする」
「それまで待つと?」
「いや」
ベルナールは首を振った。
「少し、目覚めを早めてみようか」
「どうやって?」
「ストレスを与えるのさ」
* * *
「ストレス?」
「加護は、強い感情に反応して目覚める」
ベルナールは説明した。
「恐怖、怒り、悲しみ──そういった感情が、加護を刺激する」
「では......」
「彼に、少しばかり困難を与えてみよう」
「具体的には」
「貴族たちが、彼を追い詰めてくれるさ」
ベルナールは、マルクスたちのことを考えていた。
「我々は、手を汚す必要がない。見ているだけでいい」
「なるほど......」
「彼が追い詰められ、絶望した時──加護は目覚める」
「そして、その時我々が助けを差し伸べる」
「その通り」
ベルナールは満足げに頷いた。
「完璧な計画だ」
* * *
その夜。
カイは、ルークに報告した。
『教会が、また接触してきました』
「またか......」
『今度は、庇護を申し出てきました』
「庇護?」
『貴族から守ってやる、って』
「......なるほど」
『断りました。でも、あの人、諦めてない感じでした』
「当然だ。教会は、簡単には諦めない」
『どうすればいいですか』
「今まで通りでいい。接触してきても、断り続けろ」
『分かりました』
「それと」
ルークは言った。
「教会と派閥が、手を組む可能性がある」
『え?』
「お前を挟み撃ちにするかもしれない。警戒しろ」
* * *
翌日。
ルークは、学院で不穏な空気を感じていた。
「何かおかしい......」
貴族たちの視線が、いつもと違う。
何かを企んでいる気配。
「......マルクスか」
あいつが、何か仕掛けてくる。
そう直感した時──
「ギルバート様」
声をかけられた。
振り向くと、マルクスが立っていた。
「少々、お時間をいただけますか」
「何の用だ」
「重要なお話があるのです」
「重要?」
「はい。あの平民の少年について」
* * *
ルークの目が、わずかに細くなった。
「カイがどうした」
「実は、教会が彼に興味を持っているようでして」
「知っている」
「ほう。ご存知でしたか」
「それが、俺に何の関係がある」
「大いに関係があります」
マルクスは、にこやかに笑った。
「教会が動けば、あの平民は学院から消えます」
「......」
「そうなれば、ギルバート様も煩わしい噂から解放されますね」
「......」
「我々は、教会と協力することにしました」
「協力?」
「はい。あの平民を、教会に引き渡す。そのお手伝いを」
* * *
ルークは、マルクスを睨みつけた。
「それは、脅しか」
「とんでもない。提案です」
「提案?」
「ギルバート様が我々に協力してくだされば、あの平民には手を出しません」
「......」
「どうですか? 悪い話ではないでしょう」
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「断る」
「......何ですと」
「何度言われても、答えは同じだ」
「ギルバート様......」
「俺は、誰の駒にもならない。そして──」
ルークは、冷たい目でマルクスを見下ろした。
「カイに手を出せば、容赦しない。これは、最後の警告だ」
* * *
マルクスの表情が、険しくなった。
「......分かりました」
「何が分かった」
「ギルバート様は、我々と敵対する道を選ばれた」
「そういうことだ」
「後悔されますよ」
「しない」
「我々を敵に回すことが、どういう意味か──」
「お前たちなど、俺の敵ではない」
ルークは背を向けた。
「好きにしろ。だが、覚えておけ。俺に逆らえば、地獄を見ることになる」
そう言い残して、ルークは去っていった。
* * *
「......いい度胸だ」
マルクスは、ルークの背中を見送りながら呟いた。
「これで、遠慮は要らなくなった」
傍らの貴族が尋ねた。
「どうされますか」
「計画を進める」
「平民を?」
「ああ。教会と連携して、あの平民を追い詰める」
「しかし、ギルバート様が......」
「放っておけ」
マルクスは冷たく笑った。
「あいつも、いずれ分かる。俺たちを敵に回したことが、どれほど愚かだったか」
「......」
「戦争だ。ギルバートにも、あの平民にも」
* * *
夜、三人は秘密の場所で会合を開いた。
「状況は悪化している」
ルークは説明した。
「派閥と教会が、手を組もうとしている」
「私も、噂を聞いたわ」
サラが言った。
「マルクスたち、本気で動く気よ」
「......」
「カイを追い詰めて、教会に引き渡す計画らしいわ」
カイは青ざめた。
「そんな......」
「落ち着け」
ルークが言った。
「まだ、計画は実行されていない。時間はある」
「どうすれば......」
「先手を打つ」
* * *
「先手?」
「ああ。あいつらが動く前に、こちらから動く」
「具体的には?」
「決闘だ」
ルークは言った。
「俺とカイの決闘を、前倒しする」
「前倒し?」
「ああ。派閥が動くより先に、決闘を終わらせる」
「でも、まだ準備が......」
「間に合わせる」
ルークはカイを見た。
「カイ、お前の成長は予想以上だ。今なら、引き分けに持ち込める」
「本当ですか?」
「ああ。信じろ」
カイは、ルークの目を見た。
迷いのない、真っ直ぐな目。
「......分かりました。信じます」
* * *
「決闘の日程を決める」
ルークは言った。
「一週間後だ」
「一週間......」
「それまでに、最後の仕上げをする。覚悟しろ」
「はい」
「サラ、お前も手伝ってくれ」
「もちろんよ」
「派閥と教会の動きを監視しながら、カイの訓練を続ける。忙しくなるぞ」
「望むところよ」
三人は、決意を新たにした。
決闘まで、あと一週間。
全てが、動き出そうとしていた。
* * *
次回予告
* * *
決闘の日程が決まった。
ルークは引き分けに持ち込むための「合法手順」を仕込む。
だが、審判役に不穏な影が──
第6話「決闘の舞台装置」
「勝敗条件を、読み替える」
「それが、引き分けへの鍵だ」
運命を、編集する時が来た──




