第2話「拘束の恩寵」
教会の監禁施設。
カイは、暗い独房で一夜を過ごした。
「眠れなかった......」
「今日、儀式が行われる......」
「僕は、どうなるんだろう......」
扉が開いた。
「カイ・レイナー、時間だ」
「......」
「来い」
カイは、連行された。
儀式の間。
巨大な祭壇が、中央に設置されていた。
「ここが......」
「跪け」
カイは、祭壇の前に跪かされた。
「カイ・レイナー」
大司教が、姿を現した。
「これから、お前の加護を我々の道具にする」
「......」
「抵抗しても、無駄だ」
「分かっています」
「分かっているなら、話が早い」
「でも、一つ聞かせてください」
「何だ」
「なぜ、こんなことを」
「なぜ?」
大司教は、笑った。
「世界を救うためだ」
「救う......」
「深淵王が目覚めれば、世界は滅ぶ」
「それを防ぐには、深淵王を制御するしかない」
「制御? そんなこと、できるんですか」
「お前の加護があれば、可能だ」
「僕の......」
「お前の加護は、深淵に対抗できる唯一の力」
「それを、我々の意のままに操れるようにする」
「僕を、道具にする......」
「そうだ」
「僕の意志は、関係ないんですか」
「関係ない」
「お前は、世界を救うための道具だ」
「......」
カイは、拳を握りしめた。
「ルークは、そんなこと言わなかった」
「何?」
「ルークは、僕に選択させてくれた」
「僕の意志を、尊重してくれた」
「甘いことだ」
「甘い?」
「個人の意志など、世界の存続の前には無意味だ」
「そんなこと......」
「儀式を始める」
司祭たちが、詠唱を始めた。
「深淵を縛る光よ......」
「聖なる鎖となりて......」
「この者の力を、我らの意に従わせよ......」
「......!」
カイの体が、光に包まれ始めた。
「くっ......」
「抵抗するな。苦しむだけだ」
「これは......」
光が、カイの体に入り込んでいく。
「何が、起きている......」
「お前の加護に、鎖をつけている」
「鎖......」
「これで、お前の力は我々の支配下に置かれる」
「いやだ......」
「無駄だ」
「僕の力は......僕のものだ......」
「もうすぐ、お前のものではなくなる」
カイは、必死に抵抗した。
だが、儀式の力は強大だった。
「くっ......」
「諦めろ」
「諦めない......」
カイの心の中で、何かが軋んだ。
「......」
「僕は......誰だ......」
「......」
「僕の意志は......どこだ......」
「もう少しで、完成だ」
「......」
カイの目から、光が消えていく。
「僕は......」
「......」
その時。
カイの心の奥底で、声が聞こえた。
『カイ』
「......ルーク......?」
『お前は、自分で選べる』
『俺が、そう教えた』
「自分で......選ぶ......」
『諦めるな』
『お前は、道具じゃない』
『お前は、お前だ』
「僕は......」
カイの中で、何かが弾けた。
「僕は......カイ・レイナーだ......!」
「......!」
光が、爆発的に放出された。
「何だと......!」
「儀式が、妨害されている......!」
「あり得ない......!」
「僕は......道具じゃない......!」
カイの加護が、暴走し始めた。
「僕の力は......僕のものだ......!」
「抑え込め! 術式を強化しろ!」
司祭たちが、慌てて詠唱を続ける。
「深淵を縛る光よ......」
「聖なる鎖を、さらに強く......」
「......!」
だが、カイの抵抗は止まらなかった。
「僕は......自分で決める......!」
「誰かに......操られるのは......いやだ......!」
「くそっ......予想以上に、強い意志だ」
大司教が舌打ちした。
「だが、いずれ折れる」
「儀式を続けろ」
「はい」
儀式は、数時間に及んだ。
カイは、抵抗し続けた。
だが、体力には限界があった。
「くっ......」
「もう、限界だろう」
「諦めろ。お前の負けだ」
「......」
「大人しく、道具になれ」
「......」
カイの抵抗が、弱まっていく。
「......」
「よし、もう少しだ」
「......」
「カイ・レイナー」
「お前の加護は、今日から我々のものだ」
「......」
「世界を救うために、使わせてもらう」
「......」
カイは、答えなかった。
目が、虚ろになっていた。
「儀式、完了」
「ついに......」
大司教は、満足げに笑った。
「これで、深淵王を制御できる」
「世界は、我々の手の中だ」
「......」
カイは、独房に戻された。
「......」
彼は、何も言わなかった。
何も、感じないかのように。
一方。
ルークとサラの監禁されている場所。
「くそっ......」
「どうにかして、ここを出ないと」
「ルーク、落ち着いて」
「落ち着いていられるか」
「カイが、どうなっているか分からない」
「今頃、あの儀式が......」
「分かっているわ」
「だから、脱出方法を考えているの」
「方法......」
「あるのか」
「この施設、古い構造よ」
「古い?」
「地下通路があるはず」
「地下通路......」
「教会の古い施設には、必ず脱出路がある」
「なぜ知っている」
「王家の記録で見たことがある」
「さすがだな」
「問題は、どこにあるか」
「探すしかないわね」
「だが、監視がある」
「監視の隙を突くしかない」
「どうやって」
「考えがあるわ」
「聞かせてくれ」
「私が、騒ぎを起こす」
「騒ぎ?」
「体調が悪いふりをするの」
「看守が来たら、あなたが制圧して」
「単純だな」
「単純な方がいいわ」
「複雑な計画は、失敗しやすい」
「......分かった」
サラが、演技を始めた。
「うっ......」
「誰か......」
「助けて......」
「何だ、どうした」
看守が、様子を見に来た。
「体が......動かない......」
「ちっ、面倒な......」
看守が、鍵を開けた。
その瞬間。
「今だ!」
ルークが、看守を制圧した。
「くっ......!」
「静かにしろ」
「サラ、鍵を」
「分かったわ」
二人は、牢から脱出した。
「ここからどこへ」
「地下を探す」
「行こう」
通路を進んでいく。
「監視が、少ないわね」
「儀式に人員を取られているんだろう」
「好都合だ」
「あそこ」
「地下への階段が、見える」
「行こう」
地下に降りた。
「暗いな」
「でも、道はあるわ」
「進もう」
地下通路を進んでいく。
「この先、どこに繋がっている」
「分からない。でも、外には出られるはず」
「......」
「待って」
「どうした」
「誰かいる」
前方に、人影があった。
「誰だ」
「......」
「名乗れ」
「私は......教会の者です」
「敵か」
「いいえ。あなた方を、助けに来ました」
「助けに?」
「私は、大司教のやり方に反対しています」
「反対?」
「あんな儀式は、間違っている」
「カイ・レイナーを、道具にするなんて......」
「お前は......」
「私の名は、エレナ。司祭です」
「信用できるのか」
「信用していただくしかありません」
「サラ、どう思う」
「......嘘を言っているようには見えない」
「だが......」
「今は、協力を受けるしかないわ」
「分かった。案内してくれ」
「こちらです」
エレナが、先導した。
「カイは、どうなった」
「儀式は......完了しました」
「......」
「彼は、今......虚ろな状態です」
「虚ろ......」
「抵抗し続けた結果、心が傷ついています」
「くそっ......」
「早く、助け出さないと......」
「彼の居場所は」
「儀式の間の近くの独房です」
「案内できるか」
「できます。でも、危険です」
「構わない」
「カイを、助け出す」
「それが、俺の役目だ」
「ルーク......」
「サラ、お前は先に脱出しろ」
「何を言っているの」
「俺は、カイを救ってから行く」
「一人で行かせるわけないでしょう」
「危険だ」
「あなただけ危険な目に遭わせるの」
「私たちは、仲間よ」
「......」
「二人で行くわ」
「......分かった」
「エレナ、案内してくれ」
「分かりました」
「でも、本当に危険です」
「覚悟の上だ」
三人は、カイのいる独房へ向かった。
「ここです」
「カイ......」
独房の中。
カイは、座り込んでいた。
目は、何も映していないかのようだった。
「カイ......」
「ルーク......?」
「迎えに来た」
「迎え......」
「一緒に、逃げるぞ」
「逃げる......」
「立てるか」
「......分からない」
「俺が、支える」
ルークは、カイを抱え起こした。
「大丈夫だ」
「俺がいる」
「......」
「サラさん......」
「カイ、大丈夫よ」
「私たちが、守るわ」
「......」
「エレナ、脱出路は」
「こちらです」
「急ぎましょう」
だが、その時。
「見つけたぞ」
「脱走だ!」
「まずい......」
「見つかった」
「走れ!」
三人は、走り出した。
「追え! 逃がすな!」
「カイ・レイナーを、取り戻せ!」
「くそっ......」
「ルーク、こっちよ!」
「分かった!」
追手をかわしながら、通路を進む。
「もう少しで、出口です!」
「急げ!」
「そこだ! 止まれ!」
「止まるか!」
ルークが、追手を蹴散らした。
「出口が見えた!」
「行くぞ!」
「......」
外に出た。
「ここは......」
「施設の裏側よ」
「ここからなら、逃げられる」
だが。
「待て」
大司教が、立ちはだかっていた。
「どこへ行くつもりだ」
「通してもらう」
「無理だな」
「カイ・レイナーは、我々の道具だ」
「渡すわけにはいかない」
「カイは、道具じゃない」
「彼は、俺の弟子だ」
「俺が、守る」
「お前一人で、私を止められると思うか」
「やってみる」
「愚かな......」
大司教が、魔法を放った。
「はあっ!」
「くっ......!」
ルークが、剣で受け止める。
「ルーク!」
「俺に構うな! カイを連れて逃げろ!」
「でも......」
「今は、カイが優先だ!」
「......分かったわ」
サラが、カイを抱えて走り出した。
「逃がさない!」
「俺が相手だ!」
「邪魔をするか」
「カイを守る。それが、俺の役目だ」
「......」
「たとえ、命を賭けても」
「本気か」
「本気だ」
「お前は、何者だ」
「ルーク・ウィザリア・ギルバート」
「カイの、師匠だ」
激しい戦闘が始まった。
「はあっ!」
「くっ......」
大司教の魔法は、強力だった。
「お前では、私には勝てない」
「かもしれない」
「だが、時間は稼げる」
「その間に、カイは逃げる」
「無駄な抵抗を......」
「無駄じゃない」
「カイを救えるなら、無駄じゃない」
「......」
大司教の表情が、変わった。
「お前は......本気でそう思っているのか」
「当たり前だ」
「弟子のために、命を賭けると」
「カイは、ただの弟子じゃない」
「俺の......家族だ」
「家族......」
「血の繋がりはない」
「だが、家族だ」
「俺が、そう決めた」
「......」
大司教は、一瞬だけ動きを止めた。
「お前は......変わった人間だな」
「そうかもしれない」
「だが、私の目的は変わらない」
「深淵王を制御し、世界を救う」
「そのためには、カイ・レイナーが必要だ」
「世界を救う?」
「お前のやり方では、誰も救えない」
「何だと」
「カイを壊して、何が救えるんだ」
「犠牲は、必要だ」
「違う」
「犠牲なしで、救う方法がある」
「そんなもの、あるわけがない」
「ある」
「カイの力を、道具としてではなく」
「彼自身の意志で、使わせればいい」
「......」
「カイは、自分で世界を救おうとしていた」
「お前らが、邪魔をしなければ」
「彼は、自分の意志で戦っていた」
「......」
「お前らは、それを壊した」
「カイの意志を、踏みにじった」
「それで、何が救えるんだ」
大司教は、黙った。
「......」
「私は......」
「......間違っていたのか......」
「今からでも、遅くない」
「カイを、解放しろ」
「彼の加護から、鎖を外せ」
「......それは......」
「難しいのか」
「一度完了した儀式は、簡単には解除できない」
「......」
「だが、方法がないわけではない」
「教えろ」
「カイ自身が、鎖を拒絶すればいい」
「カイ自身が......」
「彼の意志が、鎖より強ければ」
「鎖は、自然に砕ける」
「......」
「カイの意志を、取り戻せばいいのか」
「そうだ」
「だが、今の彼は......」
「虚ろだ」
「心が、傷ついている」
「俺が、取り戻す」
「カイの意志を」
「カイの心を」
「俺が、取り戻す」
「......お前になら、できるかもしれない」
「彼は、お前を信頼していた」
「心の奥底では、まだお前の声が届くはずだ」
「分かった」
「行く」
「......」
大司教は、道を開けた。
「なぜ、通す」
「私も......考え直す必要があるかもしれない」
「......」
「行け。弟子を、救え」
ルークは、走り出した。
「サラ! カイ!」
「どこだ!」
「ルーク! こっちよ!」
「サラ!」
「カイは......」
「まだ、虚ろなままよ......」
「カイ」
ルークは、カイの前に跪いた。
「聞こえるか」
「......」
「カイ、俺だ。ルークだ」
「......ルーク......」
「そうだ。俺だ」
「お前を、迎えに来た」
「......」
「お前は、道具じゃない」
「お前は、カイ・レイナーだ」
「俺の、弟子だ」
「俺の、家族だ」
「家族......」
「そうだ」
「お前は、一人じゃない」
「俺たちが、いる」
カイの目に、少しだけ光が戻った。
「ルーク......」
「サラさん......」
「カイ、大丈夫よ」
「僕は......」
「道具に、されかけた......」
「でも......」
「まだ、僕は......」
「お前は、お前だ」
「誰にも、それは奪えない」
「お前の意志は、お前のものだ」
「僕の、意志......」
「そうだ」
「お前が決めろ」
「お前が、選べ」
カイの目に、涙が溢れた。
「ルーク......」
「僕は......」
「まだ、戦いたい......」
「自分の意志で......」
「なら、戦え」
「俺たちが、支える」
「お前は、一人じゃない」
「......はい」
カイは、立ち上がった。
「僕は......カイ・レイナーです」
「誰の道具でもない」
「自分で、決めます」
その時。
カイの体から、光が溢れ出した。
「......!」
「これは......」
「鎖が......砕けている......」
「カイの意志が、鎖を拒絶している......」
「すごい......」
光が収まった。
カイは、自由になった。
「加護が......戻った......」
「僕の、本当の力が......」
「やったな」
「はい......」
「ルークのおかげです」
「俺じゃない。お前の力だ」
「さあ、行くぞ」
「ここから、逃げないと」
「はい」
三人とエレナは、教会の施設から脱出した。
だが、これは──
新たな戦いの、始まりに過ぎなかった。
次回予告
教会から脱出した三人。
だが、追手は容赦なく迫る。
そして、ルークはある決断を下す──
第3話「脱獄計画」
「ここからは、本当の逃亡だ」
「俺たちは、もう戻れない」
逃亡の始まり──




