第4話「基礎の再構築」
サラが加わってから、稽古の質は格段に上がった。
「よし、今日から三人での訓練を始める」
ルークは、廃倉庫の中央に立っていた。
カイとサラが、向かい合って座っている。
「まず、基本的な役割分担を決める」
「役割分担?」
カイが首を傾げた。
「そうだ。俺は理論と技術の指導を担当する。サラは──」
「実戦形式の相手役ね」
サラが引き継いだ。
「私の方が、カイの実力に近い。だから、組み手の相手として適任」
「そういうことだ」
ルークは頷いた。
「俺がカイと組み手をすると、実力差がありすぎる。学びにならない」
「確かに......」
カイは苦笑した。
「ルークに勝てる気、全然しないですもん」
* * *
「では、早速始める」
ルークは壁際に下がった。
「カイ、サラと組み手をしろ。俺は見ている」
「は、はい」
「私も手加減はしないわよ」
サラは剣を構えた。
その構えは、無駄がなく美しい。剣術科首席の名は伊達ではない。
「よろしくお願いします」
カイも剣を構えた。
緊張が走る。
「始め」
ルークの合図と同時に、二人が動いた。
* * *
サラの剣が、鋭く閃いた。
「っ!」
カイは咄嵯に受ける。
「まだまだ」
サラは連続で斬りかかった。
上段、中段、下段──流れるような連撃。
カイは必死に防いだ。
「くっ......!」
だが、防戦一方だ。
攻撃に転じる隙がない。
「遅い」
サラの剣が、カイの首筋で止まった。
「一本」
「......くそっ」
カイは悔しそうに唇を噛んだ。
* * *
「もう一回、お願いします」
「いいわよ」
再び、二人が構える。
「始め」
今度は、カイが先に動いた。
「はあっ!」
渾身の斬撃。
だが──
「読めてるわ」
サラは軽々と躱した。
そしてカウンター。
「っ!」
カイは辛うじて受けたが、体勢を崩した。
「甘い」
サラの追撃が、カイの胴を捉えた。
「二本目」
* * *
「......駄目だ」
カイは膝をついた。
「全然、勝てない......」
「当然よ」
サラは剣を下ろした。
「私は剣術科の首席。あなたは入学して一ヶ月の新入生。実力差があって当然」
「でも......」
「落ち込む必要はないわ」
サラはカイに手を差し伸べた。
「あなた、入学時よりずっと上達してる。それは事実よ」
「......そうですか?」
「ええ。最初の頃とは、別人みたい」
カイはサラの手を取り、立ち上がった。
「ありがとうございます......」
* * *
「さて」
ルークが二人に近づいた。
「今の組み手を見て、問題点が分かった」
「問題点?」
「カイ、お前の弱点は三つある」
ルークは指を立てた。
「一つ目。呼吸が乱れている」
「呼吸......」
「組み手が始まった途端、息が上がっていた。緊張すると、呼吸が浅くなる癖がある」
カイは思い返した。
確かに、サラと向かい合った瞬間、胸が苦しくなっていた。
「二つ目。姿勢が崩れている」
「姿勢......」
「攻撃を受けるたびに、重心が後ろに下がっていた。だから、反撃に転じられない」
「確かに、押されっぱなしでした......」
「三つ目。魔力循環が途切れている」
「魔力......」
「お前は緊張すると、魔力の流れが止まる。だから、動きが鈍くなる」
* * *
カイは項垂れた。
「全部、僕の悪い癖ですね......」
「癖は直せる」
ルークは言った。
「今日から、基礎の再構築を始める」
「基礎の再構築?」
「呼吸、姿勢、魔力循環。この三つを、根本から叩き直す」
「......はい」
「辛い訓練になる。覚悟しろ」
カイは顔を上げた。
「覚悟します。強くなるためなら、何でもやります」
「よし。その意気だ」
ルークは微かに笑った。
「サラ、お前も付き合ってくれ」
「もちろんよ」
* * *
「まず、呼吸から始める」
ルークはカイの前に立った。
「目を閉じろ。息を深く吸え」
「......」
「腹に空気を溜めるイメージだ。胸で吸うな、腹で吸え」
「......」
カイは言われた通りにした。
「そのまま、三秒止めろ」
「......」
「ゆっくり吐け。六秒かけて」
「......はあ」
「それを繰り返せ。吸って三秒、止めて三秒、吐いて六秒」
カイはリズムを刻んだ。
吸う。止める。吐く。
吸う。止める。吐く。
「いい感じだ」
ルークの声が聞こえた。
「この呼吸法を、体に染み込ませろ。戦闘中でも、無意識にできるようになるまで」
* * *
「次は姿勢だ」
ルークはカイの体を手で直した。
「膝を軽く曲げろ。腰を落とせ。肩の力を抜け」
「こう......ですか」
「もう少し前傾。重心を、両足の間に置け」
「......」
「剣を構えろ。そのままの姿勢で」
カイは剣を構えた。
「どうだ。苦しくないか」
「......少し、きついです」
「当然だ。お前の体は、正しい姿勢に慣れていない」
「......」
「だが、これができれば、攻撃を受けても崩れなくなる」
「本当ですか?」
「ああ。試してみろ。サラ」
サラが前に出た。
「軽く押すわよ」
サラがカイの肩を押した。
「っ」
カイは、辛うじて姿勢を保った。
「おお......倒れない」
「それが正しい姿勢の効果だ」
* * *
「最後に、魔力循環だ」
ルークはカイの背中に手を当てた。
「目を閉じろ。体の中心に意識を向けろ」
「......はい」
「魔力の流れを感じるか」
「......はい、何となく」
「それを、常に流し続けるイメージだ。止めるな、途切れさせるな」
「......」
「俺が魔力を送る。それを追いかけろ」
暖かな光が、カイの体を巡った。
「あ......」
「感じるか」
「はい......これが、正しい流れ......」
「そうだ。この感覚を覚えろ。戦闘中でも、この流れを維持しろ」
「......分かりました」
* * *
「では、もう一度組み手をする」
ルークが離れた。
「カイ、今教えた三つを意識しろ。呼吸、姿勢、魔力循環」
「はい」
「サラ、同じ強さで来い」
「分かったわ」
二人が構えた。
カイは、深く息を吸った。
腹に空気を溜める。三秒止める。ゆっくり吐く。
姿勢を整える。膝を曲げ、腰を落とし、重心を安定させる。
魔力を循環させる。体の中心から、全身に流れを作る。
「始め」
* * *
サラが斬りかかった。
同じ速度。同じ角度。
だが──
「っ!」
カイは、今度は崩れなかった。
「やるじゃない」
サラは連撃を繰り出した。
上段、中段、下段。
カイは一つ一つを丁寧に受けた。
「まだまだ!」
サラの剣が加速する。
だが、カイは食らいついた。
「はあっ!」
カイが反撃に転じた。
「!」
サラは驚きながらも、軽々と躱した。
「そこまで」
ルークの声。
二人は剣を下ろした。
* * *
「どうだった、カイ」
「......全然違います」
カイは興奮した様子だった。
「さっきより、体が軽い。動きやすい」
「それが、基礎の効果だ」
ルークは頷いた。
「呼吸が整えば、酸素が十分に回る。姿勢が正しければ、力が逃げない。魔力が循環すれば、反応が速くなる」
「すごい......」
「基礎は、全ての土台だ。これがなければ、どんな技術も宝の持ち腐れになる」
カイは、自分の手を見つめた。
「今まで、こんなこと教わったことありませんでした」
「辺境の村では、教えられる人がいなかったんだろう」
「はい......」
「だが、今は違う。俺とサラがいる」
ルークはカイの肩を叩いた。
「強くなれ、カイ」
「......はい!」
* * *
それから、毎日の稽古が始まった。
朝は呼吸法の訓練。昼は姿勢の維持。夜は魔力循環の練習。
そして放課後は、三人での組み手。
一週間が過ぎた。
「カイ、また上達したわね」
サラは感心したように言った。
「本当ですか?」
「ええ。一週間前とは別人よ」
「サラの言う通りだ」
ルークも頷いた。
「お前の成長速度は、俺の予想を超えている」
「......」
「才能だけじゃない。努力の仕方が正しい」
カイは、照れくさそうに頭を掻いた。
「ルークとサラさんのおかげですよ」
* * *
だが、その成長は──周囲の目にも留まり始めていた。
授業中。
「レイナー君、素晴らしい動きだ」
剣術の教官が、感嘆の声を上げた。
「入学時とは見違えるようだな」
「あ、ありがとうございます」
「どんな練習をしているんだ?」
「えっと......グループ練習と、自主練習を......」
「そうか。努力が実を結んでいるな。この調子で頑張れ」
「はい」
教官が去った後、カイはほっと胸を撫で下ろした。
「危なかった......」
周囲の生徒たちが、ひそひそと囁き合っている。
「あの平民、どんどん強くなってないか?」
「おかしいよな。入学時はド素人だったのに」
「誰かに教わってるんじゃ......」
* * *
噂は、日に日に広がっていった。
「カイ・レイナーという平民が、異常な速度で成長している」
「独学ではあり得ない上達だ」
「誰かが裏で糸を引いているに違いない」
そして、その噂は──教会の耳にも届いた。
「白燐教」
王国で最も権威のある宗教組織。
彼らは、ある伝説を信じていた。
「勇者」の伝説を。
「カイ・レイナー......」
教会の神官が、その名を呟いた。
「この少年、もしかすると......」
* * *
ある日の夕方。
カイは、寮に戻ろうとしていた。
「カイ・レイナー君」
呼び止められた。
振り向くと、見慣れない人物が立っていた。
白い法衣。胸には、白燐教の紋章。
神官だ。
「......何か、ご用ですか」
「少し、話を聞かせてもらえないかな」
神官は穏やかに微笑んだ。
「私は白燐教の司祭、ベルナール。君のことを調べさせてもらっているんだ」
「調べて......?」
「そう。君の成長が、とても興味深くてね」
カイは警戒した。
「何のためにですか」
「君が、特別な存在かどうかを確かめるため、さ」
* * *
「特別な存在......?」
「そう。我々は、ある人物を探している」
ベルナールは語り始めた。
「伝説に語られる、世界を救う者。勇者と呼ばれる存在だ」
「勇者......」
「勇者は、常人では考えられない速度で成長する。才能と、神の加護を併せ持つ」
「......」
「君は、その条件に当てはまる可能性がある」
カイは言葉を失った。
勇者?
自分が?
「もちろん、まだ確定ではない」
ベルナールは言った。
「だから、確認させてほしいんだ。君の魔力を測定し、加護の有無を調べさせてくれ」
* * *
「お断りします」
カイは即座に答えた。
「おや、なぜだい?」
「僕は、ただの平民です。勇者なんかじゃありません」
「それは、調べてみないと分からないだろう?」
「調べる必要はありません」
カイの声は、硬かった。
「僕は、自分の力で強くなりたいだけです。神の加護とか、勇者とか、そういうのは関係ありません」
ベルナールは、しばらくカイを見つめていた。
「......そうか。残念だ」
「失礼します」
カイは足早に去っていった。
ベルナールは、その背中を見送りながら呟いた。
「興味深い少年だ......」
* * *
その夜、カイはルークに報告した。
「教会の人に声をかけられました」
『何だと?』
魔力通信越しでも、ルークの緊張が伝わってきた。
「勇者がどうとか、測定させてほしいとか......」
『断ったのか?』
「はい。きっぱり」
『......よくやった』
「でも、あの人......諦めた感じじゃなかったです」
『当然だ。教会は、勇者を手に入れるためなら何でもする連中だ』
「そんな......」
『カイ、気をつけろ。これから、教会の監視が強まる可能性がある』
「分かりました......」
* * *
翌日。
ルーク、カイ、サラの三人は、秘密の稽古場所で会合を開いた。
「教会が動き出したか......」
ルークは腕を組んだ。
「予想より早いな」
「教会って、そんなに厄介なの?」
サラが尋ねた。
「ああ。王国で最も影響力のある組織の一つだ」
「......」
「彼らは『勇者』を管理したがっている。勇者を見つけ、教育し、自分たちの駒にする」
「駒に......」
「そうだ。純粋な信仰心もあるだろうが、政治的な思惑も大きい」
カイは眉をひそめた。
「僕、勇者なんかじゃないのに......」
「お前が勇者かどうかは問題じゃない」
ルークは言った。
「問題は、教会がお前を『勇者候補』として目をつけたことだ」
* * *
「どうすればいいの?」
サラが聞いた。
「今のところ、静観するしかない」
ルークは答えた。
「教会は、まだ正式に動いていない。あくまで打診の段階だ」
「でも、これからもっと積極的になるんじゃ......」
「その可能性は高い」
「じゃあ......」
「だからこそ、カイを早く強くする必要がある」
ルークはカイを見た。
「決闘の日程が近づいている。それまでに、お前を俺と互角のレベルに引き上げる」
「......はい」
「決闘が終われば、状況が変わる。教会への対策も、その後で考える」
「分かりました」
カイは頷いた。
「今は、稽古に集中します」
* * *
「それでいい」
ルークは立ち上がった。
「では、今日の稽古を始める」
「今日は何をやるんですか?」
「応用技術だ」
「応用?」
「基礎は十分に固まった。次は、それを実戦で活かす方法を教える」
カイの目が輝いた。
「楽しみです」
「楽しめるうちはいい。だが、今日は相当きついぞ」
「覚悟してます」
「よし。サラ、お前も準備しろ」
「言われなくても」
サラは剣を抜いた。
「私も、本気で行かせてもらうわ」
* * *
「今日教えるのは、『読み』の技術だ」
ルークは説明した。
「相手の動きを予測し、先に対応する能力」
「読み......」
「強い剣士は、相手が動く前にその動きを読んでいる。だから、反応が速い」
「そんなことできるんですか?」
「できる。訓練すれば」
ルークは剣を構えた。
「まず、見本を見せる。サラ、攻撃してくれ」
「分かったわ」
サラがルークに斬りかかった。
上段。
だが、ルークはその前に動いていた。
「!」
サラの剣が空を切る。
ルークは既に、彼女の横に回り込んでいた。
「......速い」
「速くない。読んでいるだけだ」
* * *
「どうやって読んでるんですか?」
カイが尋ねた。
「目線、肩の動き、足の位置──全てが、次の動きを示している」
ルークは解説した。
「サラは上段を打つ前に、肩が上がった。だから、上段が来ると分かった」
「そんな細かいこと......」
「最初は見えない。だが、訓練すれば見えるようになる」
「......」
「今日から、この訓練を始める。相手の動きを観察し、予測する」
カイは唾を飲み込んだ。
「分かりました」
「最初は難しい。だが、諦めるな」
「はい」
* * *
訓練が始まった。
「カイ、サラの動きをよく見ろ」
「はい......」
「サラ、ゆっくり動いてくれ」
「分かったわ」
サラがゆっくりと剣を振り上げた。
「今、サラの肩が動いた」
「......あ、本当だ」
「そして、足が踏み込む準備をしている」
「......」
「これが、次の動きを示すサインだ」
カイは必死に観察した。
サラの動き、一つ一つを。
「もう一度、お願いします」
「いいわよ」
サラが再び動いた。
「......肩が動いた。足が......」
「そうだ。それを見逃すな」
* * *
何度も、何度も繰り返した。
「今の、分かりましたか?」
「少しだけ......」
「もう一度」
「はい」
サラが動く。
カイが観察する。
「......ここだ」
「正解。次」
徐々に、カイの目が慣れていった。
「見える......少しずつ、見えてきた......」
「いい調子だ」
ルークは満足げに頷いた。
「では、次のステップに進む」
「次?」
「実際に動いてみろ。読んだ動きに対して、対応しろ」
「......分かりました」
* * *
カイは剣を構えた。
サラがゆっくり攻撃してくる。
「肩が動いた......上段だ」
カイは上段を防ぐ位置に剣を構えた。
サラの剣が、そこに吸い込まれるように当たった。
「......できた」
「よし。次」
サラが再び攻撃。
「足が......横に動いた。横斬りだ」
カイは横を防いだ。
「正解」
「......!」
「いい感じね」
サラは微笑んだ。
「飲み込みが早いわ」
* * *
「では、速度を上げる」
ルークが言った。
「サラ、普通の速度で」
「分かったわ」
サラの動きが、一気に加速した。
「っ!」
カイは反応が遅れた。
サラの剣が、カイの胴を捉えた。
「一本」
「......くっ」
「まだまだね」
「もう一回、お願いします」
「いいわよ」
再び、サラが攻撃。
カイは必死に観察した。
「肩......!」
間に合わない。
また、胴を捉えられた。
* * *
「焦るな」
ルークが言った。
「速い動きを読むのは、一朝一夕ではできない」
「でも......」
「大事なのは、継続だ。毎日続ければ、必ずできるようになる」
「......はい」
「今日はここまでにしておく。明日も同じ訓練をする」
「分かりました」
カイは肩を落とした。
「落ち込むことはないわよ」
サラがカイに近づいた。
「初日でここまでできれば、上出来よ」
「そうですか......?」
「ええ。私だって、最初はもっと下手だったわ」
「......」
「焦らず、一歩一歩進めばいいのよ」
* * *
その夜、カイは寮の自室で考えていた。
「読みの技術......」
難しい。
でも、できるようになりたい。
「強くなりたい」
その想いは、日に日に強くなっていた。
入学した頃は、ただ生き残りたいだけだった。
辺境の村から出てきて、貴族だらけの学院で居場所を見つけたかった。
でも今は、違う。
「ルークやサラさんと、対等になりたい」
彼らは、自分を認めてくれている。
その期待に応えたい。
「頑張ろう」
カイは拳を握りしめた。
* * *
一方、教会では──
「カイ・レイナーについて、追加の報告があります」
若い神官が、ベルナールに報告していた。
「学院内での成績が、急上昇しています」
「ほう」
「特に剣術と魔法基礎で、顕著な伸びが見られます」
「興味深いな」
ベルナールは顎を撫でた。
「やはり、ただの平民ではないようだ」
「どうされますか?」
「もう少し観察を続けよう」
「本人は協力を拒否しましたが......」
「焦る必要はない」
ベルナールは微笑んだ。
「いずれ、彼から来ることになる」
* * *
「どういう意味ですか?」
「勇者の加護は、持ち主の意志に関係なく顕現する」
ベルナールは説明した。
「彼が強くなればなるほど、加護は目覚めていく」
「......」
「そして、加護が目覚めれば、彼は我々を必要とするようになる」
「なぜです?」
「加護は、制御が難しいからだ。暴走すれば、周囲を巻き込む災厄となる」
「......」
「我々だけが、加護を制御する方法を知っている。彼は、いずれ我々に助けを求める」
若い神官は、ぞっとした。
「それは......」
「心配するな。我々は、彼を助けるために存在している」
ベルナールは立ち上がった。
「それが、白燐教の使命だ」
* * *
翌日。
カイは、いつものように授業を受けていた。
「今日の実技は、模擬戦だ」
教官が発表した。
「二人一組で対戦してもらう」
生徒たちがざわめく。
「組み合わせは──」
教官がリストを読み上げていく。
「カイ・レイナーと......」
カイは緊張した。
「アルベルト・ランカスター」
「......!」
アルベルト・ランカスター。
伯爵家の次男で、剣術の腕は新入生の中でもトップクラス。
そして──マルクスの派閥に属する男だ。
* * *
「よろしく、平民くん」
アルベルトが近づいてきた。
嘲笑を含んだ笑顔。
「楽しみだよ。君がどれだけ成長したか、見せてもらおうか」
「......よろしくお願いします」
カイは冷静を保った。
「おや、怯えないのか。度胸はあるようだ」
「......」
「だが、度胸だけでは勝てないぞ」
アルベルトは剣を抜いた。
「せいぜい、恥をかかないようにな」
* * *
模擬戦が始まった。
「始め!」
アルベルトが突進してきた。
「はっ!」
鋭い突き。
カイは咄嵯に躱した。
「おっと、避けたか」
「......」
「だが、これはどうだ!」
連続攻撃。
上段、下段、横薙ぎ。
カイは全てを防いだ。
「......ほう」
アルベルトの目が、わずかに細くなった。
「思ったより、やるじゃないか」
* * *
「今度は、僕から行きます」
カイが攻撃に転じた。
「肩の動き......」
ルークから教わった『読み』を思い出す。
アルベルトの肩が、わずかに動いた。
「左だ」
カイは右に斬り込んだ。
「っ!」
アルベルトは辛うじて防いだ。
「貴様......」
「まだです」
カイは攻撃を続けた。
読んで、動く。読んで、動く。
「くっ......!」
アルベルトが後退する。
「やるな、平民......!」
* * *
周囲の生徒たちが、どよめいた。
「嘘だろ......」
「あの平民、アルベルトと互角に戦ってる......」
「入学時とは別人だ......」
教官も、目を見開いていた。
「レイナーの成長、凄まじいな......」
カイとアルベルトの戦いは、一進一退だった。
どちらも決定打を与えられない。
そして──
「そこまで!」
教官が止めに入った。
「時間切れだ。引き分けとする」
* * *
「引き分け......だと......」
アルベルトは信じられない様子だった。
「この俺が、平民と引き分け......」
「よくやったぞ、二人とも」
教官が褒めた。
「レイナー、素晴らしい成長だ。この調子で頑張れ」
「ありがとうございます」
「ランカスター、油断は禁物だぞ」
「......はい」
アルベルトは悔しそうに唇を噛んだ。
そして、カイを睨みつけた。
「覚えてろ、平民......」
「......」
「次は、こうはいかない」
アルベルトは足早に去っていった。
* * *
放課後。
カイは、サラに出会った。
「見てたわよ、模擬戦」
「あ、サラさん......」
「よくやったわね。アルベルトと引き分けるなんて」
「ありがとうございます。でも、勝てませんでした......」
「贅沢言わないの」
サラは笑った。
「あの男、新入生の中ではトップクラスよ。それと引き分けただけでも、大したものよ」
「そうですか......」
「ルークの訓練の成果ね」
「はい。読みの技術、少し使えました」
「そう。よかったわね」
サラはカイの肩を叩いた。
「この調子で、頑張りなさい」
* * *
その夜、ルークからの通信があった。
『今日の模擬戦、聞いたぞ』
「はい。引き分けでした」
『十分だ。アルベルトは強い。それと互角に戦えるなら、順調に成長している』
「ありがとうございます」
『だが、油断するな』
「はい」
『アルベルトは、マルクスの派閥だ。今日の敗北を、黙って受け入れるとは思えない』
「......確かに、睨まれました」
『報復が来る可能性がある。気をつけろ』
「分かりました」
『それと、教会の動きにも注意しろ』
「はい」
カイは、ベルナールの顔を思い出した。
あの穏やかな笑顔の裏に、何が隠れているのか。
「......気をつけます」
* * *
決闘まで、あと三週間。
カイの成長は続いていた。
だが、その成長は──周囲の注目を集め、新たな火種を生んでいた。
派閥の貴族たち。
教会の神官たち。
そして──学院の地下深くで、何かが脈動していた。
「均衡が......崩れ始めている......」
深い闘の中で、声が響いた。
「この少年......面白い......」
物語の歯車が、加速し始めていた。
* * *
次回予告
* * *
カイの成長を快く思わない者たちが動き出す。
ルークの取り巻きが、「台本通りの悪役」を演じろと迫る。
派閥の圧力が、三人を追い詰める。
第5話「派閥の圧」
「お前は、傲慢な貴族のはずだろう」
「平民を鍛えるなど、家名の恥だ」
ルークの決断が、試される──




