第3話「口止め契約」
翌日の早朝。
ルークは、人気のない訓練場の片隅でカイと会っていた。
「それで、何があった?」
「はい。昨日の放課後、貴族の人たちに囲まれて......」
カイは、昨日の出来事を詳しく説明した。
マルクスの部下に絡まれたこと。誰に剣を習っているか問い詰められたこと。そして、サラに助けられたこと。
「......そうか」
ルークは腕を組んだ。
「サラが介入してきたか」
「はい。あの人、僕のことも聞いてきました。誰かに習ってるのか、って」
「何と答えた?」
「グループ練習だけだ、って。でも、嘘だって見抜かれました」
「......そうか」
ルークは考え込んだ。
「サラは、追及してきたか?」
「いえ。言いたくないなら聞かない、って」
「......」
「でも、気をつけろって言われました。強くなればなるほど、狙われるって」
* * *
「サラさんは敵ってことですか?」
「分からない」
ルークは首を振った。
「監視役だからといって、必ずしも敵とは限らない」
「どういう意味ですか?」
「彼女には彼女の事情がある。王家に従っているのは、何か理由があるはずだ」
「......」
「それに、昨日お前を助けたのは事実だ。完全な敵なら、そんなことはしない」
「じゃあ、味方......?」
「それも分からない。今の段階では、判断できない」
ルークはカイを見た。
「だから、彼女には警戒しつつも、敵視しないようにしろ」
「......分かりました」
* * *
「それより、問題はマルクスの方だ」
ルークは話題を変えた。
「あいつらは、明確に俺たちを探っている」
「はい。あの人たち、すごく執拗でした」
「このまま放っておくと、いつか尻尾を掴まれる」
「どうしたらいいですか?」
ルークは考えた。
「......対策を講じる必要がある」
「対策?」
「ああ。まず、稽古の方法を変える」
「変える?」
「今までは廃倉庫で直接会っていた。だが、それはリスクが高い」
「......」
「これからは、もっと慎重に動く」
* * *
「具体的には、どうするんですか?」
「まず、稽古の時間と場所を不定期にする」
ルークは説明した。
「パターンがあると、読まれやすい。毎回違う時間、違う場所で会う」
「なるほど......」
「次に、連絡方法を改良する。今まで手紙を使っていたが、これも危険だ」
「危険?」
「手紙は、誰かに見られる可能性がある。筆跡を変えていても、何度も受け取っていればバレる」
「じゃあ、どうすれば......」
「魔法を使う」
ルークは手のひらに小さな光を灯した。
「これは、魔力を使った通信術だ。一定距離内なら、念話のように意思を伝えられる」
カイは目を輝かせた。
「そんなことができるんですか!」
「高度な技術だが、俺なら使える。問題は......」
「問題?」
「受信側にも、ある程度の魔力制御能力が必要だ」
「......あ」
「だから、今日からこの訓練もする」
* * *
「え、でも僕、魔法はあんまり得意じゃ......」
「問題ない」
ルークは言った。
「この通信術は、複雑な魔法を使うわけじゃない。魔力を感知し、解読するだけだ」
「解読......」
「お前は魔力循環の訓練をしている。その延長だと思え」
「はい......」
「俺が魔力を送る。お前はそれを感じ取り、意味を読み取れ」
ルークはカイの額に手を当てた。
「集中しろ」
「......」
微かな暖かさが、カイの頭に流れ込んできた。
そして──
『聞こえるか』
「......!」
カイは目を見開いた。
「今、声が......!」
「成功だ」
ルークは手を離した。
「最初は俺が発信して、お前が受信する形で使う。慣れてきたら、お前から発信する訓練もする」
「すごい......こんなことができるんですね」
「これで、直接会わなくても連絡が取れる。リスクは大幅に減る」
* * *
「でも」
カイが言った。
「距離に制限があるんですよね?」
「ああ。俺の魔力量だと、せいぜい学院内が限界だ」
「じゃあ、学院の外に出たら......」
「使えない。だが、今はそれで十分だ」
「そうですね......」
カイは頷いた。
「とりあえず、これで連絡は安全になりますね」
「ああ。だが、もう一つ問題がある」
「何ですか?」
「契約の強化だ」
* * *
「契約の強化?」
「ああ。以前交わした契約は、基本的な秘密保持だけだった」
ルークは説明した。
「だが、状況が変わった。マルクスたちが積極的に動いている以上、契約の内容を厳密にする必要がある」
「厳密に、って?」
「まず、秘密の範囲を明確にする」
ルークは羊皮紙を取り出した。
「稽古の内容、場所、時間、連絡方法──これら全てを契約に含める」
「はい......」
「次に、違反時のペナルティを強化する」
「ペナルティ......」
「今の契約では、秘密を漏らすと苦痛を受ける。だが、それだけでは抑止力が弱い」
カイは少し怯えた表情を見せた。
「どんな風に強化するんですか......?」
「安心しろ。お前を傷つける気はない」
* * *
ルークは羊皮紙に文字を書いていった。
「新しい契約は、こうだ。『秘密を漏らした場合、漏らした相手の記憶からその情報を消去する』」
「記憶を消去......?」
「そうだ。相手が情報を得ても、すぐに忘れてしまう。つまり、秘密を漏らしても意味がなくなる」
カイは目を丸くした。
「そんな魔法があるんですか......」
「ある。ただし、発動条件がある」
「条件?」
「契約者本人が『漏らそうとした』場合にのみ発動する。拷問などで無理やり吐かされた場合は、発動しない」
「なるほど......」
「つまり、お前が自分の意志で裏切らない限り、ペナルティは発動しない」
カイはほっとしたような表情を見せた。
「じゃあ、僕が気をつけていれば大丈夫ってことですね」
「そういうことだ」
* * *
「でも、待ってください」
カイが言った。
「記憶を消去するって......それ、相手にとっては怖くないですか?」
「怖い?」
「だって、知らない間に記憶を消されるんですよ。そんなこと、普通は許されないと思うんですけど......」
ルークは少し考えた。
「確かに、倫理的には問題がある」
「ですよね」
「だが、俺たちの秘密が漏れれば、もっと大きな問題になる」
「......」
「お前が危険に晒される。俺も政治的に追い詰められる。最悪、二人とも学院を追われる」
カイは黙った。
「それを防ぐためなら、多少の手段は正当化される──というのが、俺の考えだ」
「......」
「納得できないか?」
* * *
カイは、しばらく考えていた。
そして──
「......分かりました」
「いいのか?」
「はい。ルークの言うことは、理解できます」
カイは顔を上げた。
「僕も、秘密が漏れるのは困ります。それに、ルークを危険に晒したくない」
「......」
「だから、契約を結びます」
ルークは、カイの目を見つめた。
「お前は......本当に、人を信じるのが得意だな」
「そうですか?」
「ああ。普通なら、もっと警戒する」
「でも、ルークは悪い人じゃないですから」
「俺が悪い人間じゃないと、なぜ分かる」
「分かります」
カイは微笑んだ。
「だって、ルークは僕を強くしてくれてるじゃないですか。本当に悪い人なら、そんなことしないです」
* * *
契約は、すぐに結ばれた。
「これで、俺たちの契約はより強固になった」
ルークは羊皮紙を畳んだ。
「今後は、この契約に従って動け」
「はい」
「稽古の予定は、魔力通信で伝える。不用意に行動するな」
「分かりました」
「それから──」
ルークは言いかけて、止まった。
「......何ですか?」
「いや、何でもない」
「?」
「帰れ。授業が始まる」
「あ、はい。じゃあ、また」
カイは走っていった。
* * *
一人残されたルークは、空を見上げた。
「あいつは......」
カイの言葉が、頭に残っていた。
『ルークは悪い人じゃない』
「......甘いな」
俺は、あいつを利用している。
自分の生存のために、あいつを駒として使っている。
それを知らない──いや、知っていても、あいつは俺を信じている。
「......変な気分だ」
前世では、こんな経験はなかった。
誰かに無条件で信じられること。
誰かのために、何かをしてあげたいと思うこと。
「俺は......変わりつつあるのか」
分からない。
だが、今はそれを考えている場合ではない。
「やるべきことを、やるだけだ」
ルークは、教室へ向かった。
* * *
その日の授業中。
サラは、教室の後ろからルークを観察していた。
「......やはり、おかしい」
ルークの様子が、普通ではない。
入学前の評判では、傲慢で自尊心が高い人物のはずだった。
だが、実際のルークは違う。
貴族の交流を避け、一人で行動している。派閥にも入らない。
そして──
「あの平民の少年と、何か関係がある」
カイ・レイナー。辺境出身の平民。
入学時は基礎ができていなかったが、最近急激に成長している。
「偶然じゃない」
サラは確信していた。
二人の間には、何かある。
* * *
「サラ様」
隣の席の生徒が声をかけてきた。
「どうかなさいましたか? 難しい顔をされていますが」
「いいえ、何でもないわ」
サラは表情を整えた。
「少し、考え事をしていただけ」
「そうですか。授業、面白くないですものね」
「そういうわけでは......」
サラは視線をルークに戻した。
彼は、相変わらず完璧に授業を受けている。
教官の質問には的確に答え、実技では他の生徒を圧倒する。
「天才......」
それは間違いない。
だが、その天才が、なぜ平民の少年と接触しているのか。
「......調べる必要があるわね」
サラは決意した。
* * *
放課後。
サラは、カイを探していた。
「あの子、確か翠風寮の......」
訓練場を見回す。
カイは、仲間たちとグループ練習をしていた。
「やっぱり、上達してるわね......」
入学時とは別人だ。
姿勢、呼吸、動きの滑らかさ。全てが違う。
「誰かに教わってる。それも、相当な腕の人に」
サラは確信を深めた。
「問題は、それが誰か、ということね」
ギルバートなのか?
状況から考えれば、可能性が高い。
だが、証拠がない。
「直接聞いても、答えてくれないでしょうね......」
どうすれば、真実を掴めるか。
サラは考えた。
* * *
グループ練習が終わった。
カイは仲間たちと別れ、一人で寮に向かっていた。
「今日も疲れたな......」
でも、充実感がある。
仲間と練習するのは楽しい。それに、ルークとの秘密の稽古で学んだことを、少しずつ活かせている。
「もっと強くなりたい」
そう思いながら歩いていると──
「カイ・レイナー君」
呼び止められた。
振り向くと、サラが立っていた。
「サラさん......」
「少し、時間いいかしら」
「え? あ、はい......」
カイは少し緊張した。
昨日助けてもらったばかりだが、ルークの言葉が頭にある。
『彼女には警戒しつつも、敵視しないようにしろ』
* * *
サラは、カイを人気のないベンチに案内した。
「座って」
「はい......」
二人は、並んで座った。
「昨日は大丈夫だった?」
「はい。おかげさまで」
「マルクスの手下たち、まだ何か言ってこない?」
「今日は、特に......」
「そう。よかった」
サラは、少し安堵したような表情を見せた。
「あの連中、しばらくは大人しくするはずよ。私が睨みを利かせておいたから」
「ありがとうございます」
「礼はいいわ」
サラは、カイの顔を見た。
「それより、聞きたいことがあるの」
* * *
カイは身構えた。
「何ですか......?」
「あなた、本当は誰に剣を習ってるの?」
「......」
やはり、聞いてきた。
「昨日も言ったけど、グループ練習だけです」
「嘘でしょう」
サラは断言した。
「あなたの動き、素人が教えて出来るレベルじゃないわ」
「......」
「私は剣術科の首席よ。見れば分かる」
カイは黙った。
何と答えればいいか、分からない。
「答えたくない?」
「......はい」
「そう」
サラは、意外にも追及をやめた。
「じゃあ、質問を変えるわ」
「......?」
「あなたの師匠は、ルーク・ウィザリア・ギルバート?」
* * *
カイは息を呑んだ。
心臓が、跳ね上がる。
「なぜ......」
「図星ね」
サラは、冷静な目でカイを見ていた。
「やっぱり、そうだったのね」
「い、いえ、違います......」
「隠さなくていいわ。あなたの反応が、全てを物語ってる」
「......」
カイは俯いた。
嘘がつけない。
自分の表情が、全てをバラしてしまった。
「どうして......分かったんですか」
「簡単よ」
サラは肩をすくめた。
「あなたの成長が、異常だから」
* * *
「ギルバートは、学院随一の天才よ」
サラは続けた。
「剣も魔法も、入学時点で上級生を凌駕してる。そんな人間が、あなたに剣を教えたら──」
「......」
「あなたが急成長するのは、当然の結果ね」
カイは、何も言えなかった。
サラの推理は、正しい。
「でも、不思議なのよ」
「......何が、ですか」
「なぜ、ギルバートがあなたを教えているのか」
サラは首を傾げた。
「彼は侯爵家の嫡男。あなたは平民。普通なら、接点なんてないはず」
「......」
「それに、彼は貴族との交流すら避けてる。なのに、なぜ平民のあなたに関わるの?」
カイは答えられなかった。
ルークの本当の目的──決闘での引き分け──を言うわけにはいかない。
* * *
「答えられない?」
「......はい」
「そう」
サラは立ち上がった。
「私は、あなたたちを敵に回すつもりはないわ」
「え......?」
「驚いた?」
「だって、サラさんは監視役なんですよね......?」
「......知ってたの」
サラは少し驚いたような顔をした。
「ギルバートに聞いた?」
「......」
「まあ、いいわ」
サラは溜息をついた。
「確かに、私は王家から命じられて、貴族子弟を監視してる。でも──」
「でも?」
「私にも、自分の意志があるわ」
* * *
「自分の意志......」
「そう」
サラは、空を見上げた。
「私は、ただ命令に従っているだけの人形じゃない。自分で考えて、自分で判断する」
「......」
「あなたとギルバートの関係、今のところ問題は見当たらない」
「......本当ですか?」
「ええ。平民を鍛えることが、何か悪いことに繋がるとは思えない」
カイは、少し安堵した。
だが、サラの次の言葉で、その安堵は消えた。
「ただし──」
「ただし?」
「あなたたちが何か問題を起こしたら、その時は容赦しないわ」
サラの目が、鋭く光った。
「私の仕事は、問題を未然に防ぐこと。そのためなら、誰が相手でも──」
「......」
「覚えておいて」
* * *
サラは、そのまま去っていった。
カイは、一人でベンチに座っていた。
「......どうしよう」
サラに、バレてしまった。
ルークとの関係が、知られてしまった。
「ルークに......報告しなきゃ......」
だが、どう報告すればいいのか。
『バラしました』?
いや、自分から漏らしたわけじゃない。
サラが勝手に推理して、自分の反応で確信しただけだ。
「でも......結果は同じだ......」
カイは頭を抱えた。
* * *
その夜。
カイは、ルークからの魔力通信を受け取った。
『明日の早朝、訓練場裏で会う』
カイは返事をした。
『分かりました。それと......報告があります』
『何だ』
『サラさんに、バレました』
しばらく、沈黙があった。
そして──
『......詳しく聞かせろ』
* * *
翌朝。
ルークとカイは、訓練場の裏で会った。
「説明しろ」
「はい......」
カイは、昨日の出来事を全て話した。
サラに呼び止められたこと。質問されたこと。そして、自分の反応でバレたこと。
「......そうか」
ルークは、意外にも冷静だった。
「怒らないんですか......?」
「怒っても仕方ない」
「でも、僕のせいで......」
「お前のせいじゃない」
ルークは首を振った。
「サラの推理力が上だっただけだ」
* * *
「それに」
ルークは続けた。
「契約は発動していない」
「え?」
「お前が『漏らそうとした』わけじゃない。勝手に推理されて、反応を読まれただけだ」
「......」
「契約違反じゃない。ペナルティも発生しない」
カイは、少しほっとした。
「でも、サラさんに知られたのは......まずいですよね」
「状況による」
「状況?」
「サラが敵なら、まずい。だが、味方になってくれるなら──」
「味方......」
「そうだ。逆に考えろ。監視役が俺たちの味方になれば、これ以上の援軍はない」
* * *
カイは目を見開いた。
「でも、サラさんが味方になってくれるなんて......」
「可能性はある」
ルークは言った。
「サラは、昨日お前に何と言った?」
「えっと......『あなたたちを敵に回すつもりはない』って」
「他には?」
「『自分の意志がある』とか、『ただ命令に従う人形じゃない』とか......」
「......なるほど」
ルークは考え込んだ。
「サラは、王家に完全に従っているわけじゃない」
「そうみたいです」
「彼女には、彼女の考えがある。それを利用できるかもしれない」
「利用......?」
「協力関係を築く、という意味だ」
* * *
「でも、どうやって?」
「サラに、俺たちの事情を話す」
「え?」
カイは驚いた。
「話すって......秘密にしてたことを?」
「一部をな」
ルークは言った。
「決闘のこと。引き分けを狙っていること。それくらいなら、話しても問題ない」
「......」
「サラは頭がいい。中途半端に隠すより、ある程度明かした方が信頼を得られる」
「でも、全部話すわけには......」
「当然だ。全部は話さない」
ルークはカイを見た。
「転生者であること。原作の知識があること。それは絶対に言わない」
「......分かりました」
「だが、表向きの理由──俺とカイが決闘で引き分けを狙っている──これは話してもいい」
* * *
「表向きの理由、ですか」
「そうだ」
ルークは説明した。
「俺は侯爵家の嫡男。お前は平民。この構図で決闘が行われれば、どちらかが破滅する」
「......」
「俺が勝てば、お前は屈辱を受ける。お前が勝てば、俺の面目が潰れる」
「確かに......」
「だから、引き分けを狙う。それなら、誰も傷つかない」
「......なるほど」
「これが、表向きの理由だ。サラにはこう説明する」
カイは頷いた。
「分かりました。でも、サラさんが信じてくれるでしょうか......」
「信じさせる」
ルークは自信を持って言った。
「俺に任せろ」
* * *
その日の放課後。
ルークは、サラに接触した。
「ヴァレンシュタイン」
「......ギルバート」
二人は、人気のない廊下で向かい合った。
「話がある」
「奇遇ね。私も、あなたに聞きたいことがあったの」
「知ってる。カイから聞いた」
「......そう」
サラは警戒するような目でルークを見た。
「認めるの? あの子を教えていることを」
「ああ、認める」
「......意外ね。隠し通すと思っていたわ」
「隠しても、お前には通用しないだろう」
「買いかぶりね」
「事実だ」
ルークは、サラの目を真っ直ぐ見た。
「お前は、学院で一番鋭い人間だ」
* * *
「......急に褒めて、何のつもり?」
「褒めてるわけじゃない。事実を述べているだけだ」
「どっちでもいいわ。それより、本題は?」
「俺がカイを教えている理由を、話す」
サラの目が、わずかに細くなった。
「......聞かせて」
「決闘だ」
「決闘?」
「近いうちに、俺とカイは決闘することになる」
「......どういう意味?」
ルークは淡々と説明した。
「入学当初から、派閥の連中が俺を取り込もうとしている。だが、俺は拒否した」
「知ってるわ」
「あいつらは、俺を孤立させようとしている。そのために、カイを利用するだろう」
「カイを?」
「ああ。平民の少年が、侯爵家の嫡男に因縁をつける──そんな構図を作り出そうとしている」
* * *
サラは腕を組んだ。
「なるほど。マルクスたちがカイに絡んでいたのは、そういうことね」
「そうだ。あいつらは、カイを使って俺を追い詰めようとしている」
「でも、それなら──」
「俺がカイに因縁をつける形にならないよう、先手を打つ必要がある」
「先手?」
「カイを鍛えている」
ルークは言った。
「カイが強くなれば、決闘は俺の一方的な勝利にならない。引き分けに持ち込める」
「引き分け......」
「そうすれば、誰も傷つかない。俺も破滅せず、カイも屈辱を受けない」
サラは、しばらく黙っていた。
そして──
「......なるほどね」
彼女は、小さく息を吐いた。
「あなたの考えは分かったわ」
* * *
「信じてくれるか?」
「信じるかどうかは別として、筋は通ってる」
サラは言った。
「確かに、マルクスたちは野心家よ。あなたを利用しようとしてもおかしくない」
「ああ」
「でも、一つ疑問があるわ」
「何だ」
「なぜ、私に話したの?」
ルークは、サラの目を見た。
「お前を、味方にしたいからだ」
「......」
「俺一人では、派閥の連中と戦い切れない。カイもまだ弱い。援軍が必要だ」
「援軍として、私を?」
「ああ」
「監視役の私を?」
「監視役だからこそ、だ」
* * *
サラは、困惑したような表情を見せた。
「私は、王家に仕えているのよ」
「知ってる」
「あなたに協力すれば、王家に逆らうことになるかもしれない」
「ならない」
ルークは断言した。
「なぜ言い切れるの」
「俺がやろうとしていることは、学院の秩序を守ることだ。派閥争いを収め、平和を維持する」
「......」
「それは、王家の利益にも適う。お前が俺に協力しても、王家に逆らったことにはならない」
サラは黙って聞いていた。
「むしろ、派閥の連中が問題を起こす前に抑え込めば、お前の評価も上がるはずだ」
「......」
「どうだ。悪い話じゃないだろう」
* * *
サラは、長い沈黙の後、答えた。
「......分かったわ」
「協力してくれるか?」
「条件がある」
「言え」
「私も、あなたたちの稽古に参加させて」
ルークは目を見開いた。
「......何?」
「剣術科の首席として、カイの成長に興味があるの」
「それだけか?」
「それと──」
サラは、少し照れたような表情を見せた。
「私も、強くなりたいのよ」
「......」
「ギルバート、あなたの剣術は私より上。それは認めるわ」
「......」
「だから、あなたから学びたい。それが、条件」
* * *
ルークは考えた。
サラを稽古に参加させれば、メリットは大きい。
監視役が味方になる。派閥の牽制になる。そして──
「......分かった」
「いいの?」
「ああ。条件を飲む」
「本当に?」
「ただし、契約を結んでもらう」
「契約?」
「カイと同じ、秘密保持の契約だ」
サラは少し警戒した。
「どんな内容?」
「稽古のことを第三者に漏らさない。それだけだ」
「......それなら、構わないわ」
「よし。なら、後で契約書を渡す」
* * *
こうして、サラは三人目の共犯者となった。
その夜、ルークは自室で考えていた。
「予想外の展開だったが......悪くない」
サラが味方につけば、心強い。
彼女の情報網と、剣の腕は、きっと役に立つ。
「問題は──」
彼女を完全に信用していいのか、ということだ。
「王家の命令と、俺たちの関係。どちらを優先するか......」
それは、まだ分からない。
だが、今は協力関係にある。
それで十分だ。
「決闘まで、あと四週間」
カイの訓練は順調だ。サラという援軍も得た。
「このまま行けば......」
計画は、軌道に乗り始めていた。
* * *
だが、ルークはまだ知らなかった。
学院の地下で、何かが目覚め始めていることを。
そして──
「均衡が......崩れ始めている......」
深い闇の中で、何者かが呟いた。
「面白い。実に、面白い」
物語の歯車が、軋み始めていた。
* * *
次回予告
* * *
ルークの指導の下、カイの成長が加速する。
呼吸、姿勢、魔力循環──基礎の再構築が始まる。
だが、その急成長は周囲の注目を集め、教会が動き出す。
第4話「基礎の再構築」
「お前の才能は、想像以上だ」
「でも、それって......僕だけの力じゃないですよね」
師弟の絆が、深まっていく──




