第7話「模擬戦開幕」
学院祭当日。
闘技場には、大勢の観客が詰めかけていた。
「すごい人ですね......」
カイは、その光景に圧倒された。
「学院祭の模擬戦は、毎年大きな注目を集める」
ルークが言った。
「今年は特に、だがな」
「特に......」
「お前が出場するからだ」
* * *
「平民の出場者だって」
「ギルバートの弟子らしい」
「本当に、平民が貴族と戦うのか」
観客席からも、ざわめきが聞こえてくる。
「注目されてるわね」
サラが言った。
「プレッシャー、大丈夫?」
「......はい。大丈夫です」
カイは深呼吸した。
「ルークが、信じてくれていますから」
* * *
「出場者は、控室へ」
係員の声が響いた。
「カイ、行ってこい」
「はい」
「今まで教えたこと、全部出し切れ」
「分かりました」
「俺は、観客席から見ている」
「......ありがとうございます」
* * *
カイは控室に向かった。
「あ......」
控室には、既にマルクスがいた。
「来たか、平民」
マルクスは、冷たい目でカイを見た。
「今日で、お前の茶番は終わりだ」
「......」
「ギルバートに教わったところで、所詮は平民。貴族には勝てない」
* * *
「そうでしょうか」
カイは静かに答えた。
「何だと」
「僕は、平民です。でも、だからといって弱いわけじゃない」
「......」
「ルークが教えてくれたことを、証明します」
「ふん。生意気な」
「負けません」
「言葉だけは一人前だな」
* * *
「試合前の罵り合いは、そこまでにしろ」
審判が入ってきた。
「間もなく、試合が始まる。準備をしておけ」
「分かりました」
「ふん」
マルクスは鼻を鳴らして、出て行った。
* * *
一人になったカイは、目を閉じた。
「大丈夫......大丈夫......」
ルークの言葉を思い出す。
『勝っても負けても、お前は俺の弟子だ』
『俺は、お前を誇りに思っている』
「......よし」
カイは目を開けた。
「行こう」
* * *
闘技場に、二人が入場した。
「マルクス・フォン・ヴェルナー!」
「おおおお!」
マルクスの登場に、歓声が上がる。
「カイ・レイナー!」
「......」
カイの登場には、戸惑いのざわめきが広がった。
「あれが、平民か」
「小柄だな......」
「マルクスに勝てるのか」
* * *
「静粛に!」
審判が声を張り上げた。
「これより、模擬戦を開始する!」
観客席が静まり返った。
「ルール説明。これは模擬戦である。致命傷を与えることは禁止。相手が戦闘不能になるか、降参した時点で勝敗が決する」
「......」
「両者、準備はいいか」
「もちろんだ」
「......はい」
* * *
「それでは──」
審判が手を上げた。
「始め!」
* * *
試合開始と同時に、マルクスが動いた。
「終わりだ!」
重い一撃が、カイに襲いかかる。
「っ!」
カイは横に飛び退いた。
ギリギリで避ける。
「速いな。だが──」
マルクスは追撃した。
「逃げてばかりでは、勝てないぞ!」
* * *
「くっ......!」
カイは防御に徹した。
マルクスの攻撃は重い。まともに受けたら、一撃で終わる。
「どうした! 攻撃してこないのか!」
「......」
カイは動きを見ていた。
サラの情報通り、マルクスは速くない。
だが、パワーは圧倒的だ。
「隙を......見つける......」
* * *
「逃げるだけか。つまらん」
マルクスの攻撃が激しくなる。
「これで終わりだ!」
横薙ぎの一撃。
「っ!」
カイは後ろに跳んだ。
だが、遅かった。
「ぐあっ......!」
剣の先端が、カイの腕をかすめた。
* * *
「カイ!」
観客席で、サラが叫んだ。
「大丈夫なのか......」
ルークは、じっと試合を見つめていた。
「......まだだ」
「え?」
「カイは、まだ本気を出していない」
「本気を......」
「あいつは、相手を観察しているんだ」
* * *
闘技場では、カイが立ち上がった。
「まだ動けるのか。しぶといな」
「......」
「だが、もう限界だろう」
「......いいえ」
「何?」
「ようやく、見えてきました」
「何が見えたというのだ」
「あなたの隙です」
* * *
「隙だと? 馬鹿な」
マルクスは笑った。
「お前如きに、私の隙が見えるわけがない」
「見えます」
「......」
「あなたの攻撃は重い。でも、大振りの後には、必ず一瞬の停止がある」
「......!」
「そこを、突きます」
* * *
「やってみろ!」
マルクスが突進した。
大きく振りかぶった横薙ぎ。
カイは、その瞬間を待っていた。
「今だ!」
攻撃の後の一瞬。
カイは飛び込んだ。
* * *
「疾風──」
カイの剣が光る。
「──連撃!」
高速の連続攻撃が、マルクスを襲った。
「なっ......!」
マルクスは対応できなかった。
一撃、二撃、三撃──
「ぐっ......!」
マルクスの体が後ろによろめいた。
* * *
「何だと......」
マルクスは驚愕した。
「この私が、押されている......?」
「まだです!」
カイは攻撃を続けた。
ルークから教わった技を、全て出し切る。
「くっ......!」
マルクスは防戦一方だった。
* * *
「すごい......」
観客席がどよめいた。
「平民が、マルクスを押している」
「あの速さ、尋常じゃない」
「どこでこんな技を......」
「ギルバートの弟子だからか......」
* * *
「ルーク、あれは......」
サラが言った。
「ああ。疾風連撃だ」
「完成してたの......」
「昨日の最後の訓練で、ようやく形になった」
「......」
「あいつは、本番に強い」
「そうみたいね......」
* * *
「このっ......!」
マルクスは歯を食いしばった。
「舐めるな!」
渾身の力で、カイを弾き飛ばした。
「ぐっ......!」
カイは後ろに吹っ飛んだ。
「調子に乗るなよ、平民」
「......」
「確かに、速い。だが──」
マルクスの目が、鋭くなった。
「それだけでは、私は倒せない」
* * *
「......」
カイは立ち上がった。
「分かっています」
「何?」
「あなたは、強い」
「......」
「でも、僕も強くなりました」
「......」
「ここで、負けるわけにはいかないんです」
* * *
「なぜだ」
マルクスが聞いた。
「なぜ、そこまで意地を張る」
「意地じゃありません」
「では、何だ」
「信頼です」
「信頼?」
「ルークが、僕を信じてくれている。その信頼に、応えたいんです」
* * *
「くだらん」
マルクスは吐き捨てた。
「信頼など、戦場では何の役にも立たない」
「そうでしょうか」
「力だけが、全てだ」
「違います」
「何?」
「一人の力には、限界があります。でも、信頼で繋がった力は──」
「......」
「限界を超えられる」
* * *
「綺麗事だ」
「綺麗事でも、僕は信じています」
「......」
「だから、負けません」
カイは、再び構えた。
「行きます」
* * *
「来い」
マルクスも構えた。
「お前の信頼とやらが、私の力を超えられるか──」
「......」
「見せてみろ!」
二人が同時に動いた。
* * *
激しい打ち合いが続く。
「はあっ!」
「くっ......!」
互いの剣が、火花を散らす。
「速い......!」
マルクスの攻撃を、カイはギリギリで捌く。
「まだだ......!」
カイの連撃を、マルクスが力で弾く。
一進一退の攻防。
* * *
「あの二人、互角だ......」
観客席が息を呑んだ。
「平民が、マルクスと......」
「信じられない......」
「どちらが勝つんだ......」
* * *
「持久戦になってきたな」
ルークが言った。
「どちらが先に崩れるか......」
「カイは、大丈夫かしら」
「分からない。だが......」
「だが?」
「あいつの目は、まだ死んでいない」
* * *
「くそっ......!」
マルクスは焦りを感じ始めていた。
「なぜ倒れない......!」
「......」
「平民如きが、なぜ私と互角に......!」
「......」
カイは、ただ戦い続けた。
考えるのは、一つだけ。
「勝つ。ルークのために」
* * *
「終わりだ!」
マルクスが、渾身の一撃を放った。
「これで──」
だが、カイは避けなかった。
「何?」
代わりに、前に踏み込んだ。
「馬鹿な......!」
* * *
「これで......終わりです」
カイの剣が、マルクスの胴を捉えた。
「ぐはっ......!」
マルクスが膝をついた。
「......」
「......」
会場が、静まり返った。
* * *
「勝者──」
審判の声が響いた。
「カイ・レイナー!」
* * *
「「「おおおおおお!!!」」」
歓声が爆発した。
「平民が勝った!」
「マルクスに勝った!」
「すごい......信じられない......」
* * *
「カイ!」
サラが駆け寄った。
「やったわね!」
「サラさん......」
「勝ったのよ!」
「......はい」
カイは、自分でも信じられないようだった。
「勝った......んですね」
* * *
「よくやった」
ルークも来た。
「ルーク......」
「お前は、俺の期待を超えた」
「......」
「誇りに思う」
「......ルーク......」
カイの目から、涙が溢れた。
「ありがとうございます......」
* * *
「......くそっ」
マルクスは、悔しそうに立ち上がった。
「平民に、負けるとは......」
「......」
「ギルバート」
「何だ」
「これで終わったと思うなよ」
「......」
「必ず、この屈辱を晴らす」
マルクスは、そう言い残して去っていった。
* * *
「敵を作ったわね」
サラが言った。
「元からだ」
「でも、これで──」
「ああ。カイの実力は、証明された」
「みんなに、認めさせたわ」
「それが、今日の目的だった」
* * *
「でも」
カイが言った。
「これで終わりじゃないんですよね」
「ああ」
「マルクスさん、怒ってました」
「当然だ。プライドを傷つけられた」
「......」
「これから、もっと激しい反撃が来るだろう」
「覚悟しています」
「よし」
* * *
「でも、今日は祝いましょう」
サラが言った。
「カイの勝利を」
「賛成」
「え、いいんですか」
「いいに決まってるじゃない。あなた、すごいことをしたのよ」
「......」
「平民が貴族を破った。歴史的な勝利よ」
「そんな大げさな......」
* * *
「大げさじゃない」
ルークが言った。
「お前は、歴史を変えたんだ」
「歴史を......」
「今日から、学院の見方が変わる」
「......」
「平民でも、強ければ認められる。お前が、それを証明した」
「ルーク......」
「胸を張れ、カイ」
* * *
その夜。
三人は、祝勝会を開いた。
「カイ、おめでとう!」
「ありがとうございます」
「今日の戦い、見事だったわ」
「サラさんの情報のおかげです」
「いえいえ。あなたの実力よ」
* * *
「ルーク」
「何だ」
「本当に、ありがとうございました」
「何のことだ」
「僕を、信じてくれたこと」
「......」
「諦めずに、教えてくれたこと」
「......」
「僕は、ルークの弟子で本当に良かったです」
* * *
「......」
ルークは、少し照れくさそうだった。
「俺も、お前を弟子に持てて良かった」
「え......」
「お前は、俺の誇りだ」
「......ルーク......」
「これからも、一緒に戦おう」
「はい!」
* * *
「私も入れてよね」
サラが言った。
「もちろんです」
「三人の同盟、いよいよ本格始動ね」
「ああ」
「これからが、大変だけど......」
「大丈夫。俺たちなら、やれる」
「そうね」
* * *
祝勝会の夜は、穏やかに更けていった。
だが、敵の影は、静かに忍び寄っていた──
* * *
次回予告
* * *
カイの勝利が、波紋を呼ぶ。
貴族派閥の反撃が始まる。
そして、教会も動き出す──
第8話「勝利の代償」
「平民が貴族に勝つなど、あってはならない」
「彼を、我々の手で......」
新たな陰謀が、動き出す──




