第3話「ルークの条件」
馬車は、ギルバート侯爵領に到着した。
「ここが......」
カイは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
巨大な城館。広大な庭園。整列する使用人たち。
「侯爵家の屋敷だ」
「すごい......」
「緊張するのは分かるが、落ち着け」
「は、はい......」
* * *
「若様、お帰りなさいませ」
執事長が出迎えた。
「旦那様がお待ちです」
「分かった。すぐに行く」
「そちらの方は......」
「俺の客人だ。粗末に扱うな」
「畏まりました」
* * *
ルークとカイは、謁見の間に通された。
「父上」
ルークは頭を下げた。
「来たか」
玉座に座る男──ギルバート侯爵が、二人を見下ろしていた。
厳格な表情。鋭い眼光。威厳に満ちた佇まい。
「その平民が、例の者か」
「はい。カイ・レイナーです」
* * *
「顔を上げろ、平民」
カイは恐る恐る顔を上げた。
侯爵の視線が、カイを射抜く。
「......ふむ」
「お、お目にかかれて光栄です......」
「光栄か。お前は、何者だ」
「僕は......王立アストラ戦技学院の生徒です」
「それは知っている。それ以外は何だ」
「えっと......ルーク様の、弟子です」
「......」
* * *
「ルーク」
侯爵がルークを見た。
「説明しろ」
「何を、でしょうか」
「なぜ、平民を弟子にした」
「彼に、才能があったからです」
「才能?」
「はい。稀有な剣の才能です。磨けば、王国随一の剣士になる」
「だから教えた、と」
「そうです」
* * *
「それだけか」
侯爵の目が、鋭くなった。
「本当の理由を言え」
「......」
「お前は、単なる善意で動く人間ではない。何か、目的があるはずだ」
「......」
「言え」
ルークは観念した。
「生存のためです」
* * *
「生存?」
「はい。僕は、カイと決闘する運命でした」
「決闘?」
「彼が成長すれば、いずれ僕に挑んでくる。その時、一方的に負けることは避けたかった」
「......」
「だから、彼を鍛えました。互角の実力になれば、引き分けに持ち込める」
「引き分けを狙った、と」
「そうです」
「......」
侯爵は、しばらく黙っていた。
* * *
「面白い」
侯爵が、低く笑った。
「お前は、そこまで計算していたのか」
「はい」
「だが、その計算には穴がある」
「穴?」
「平民を教えれば、貴族社会で孤立する。そのリスクは計算したのか」
「......しました」
「それでも、やった」
「はい。生存のためなら、孤立も覚悟の上です」
* * *
「なるほど」
侯爵は立ち上がった。
「ルーク、お前の判断は理解した」
「では......」
「だが、認めるわけにはいかない」
「......」
「ギルバート家の嫡男が、平民を教える。これは、家名に関わる問題だ」
「父上......」
「平民との関係を断て。それが、条件だ」
* * *
「断れません」
ルークは即答した。
「何だと」
「カイとの関係は、断てません」
「理由を言え」
「彼は、もう単なる生徒ではありません」
「どういう意味だ」
「仲間です。友人です。守るべき存在です」
「......」
「たとえ家名を失っても、彼を見捨てることはできません」
* * *
「狂ったか、ルーク」
侯爵の声が、冷たくなった。
「平民一人のために、家を捨てると」
「必要なら、そうします」
「......」
「父上、お願いします。カイを認めてください」
「認めろ、だと」
「はい。彼の実力を見れば、きっと──」
「実力など関係ない」
* * *
「関係あります」
ルークは言い返した。
「貴族の本質は、実力です。血統だけでは、何の意味もない」
「......」
「カイには、実力があります。それを認めてください」
「......」
「彼を認めれば、ギルバート家の利益にもなります」
「利益?」
「カイは、いずれ勇者になる可能性があります」
侯爵の目が、わずかに動いた。
* * *
「勇者、だと」
「はい。教会も、そう見ています」
「......」
「そんな人材を、ギルバート家で育てれば──」
「家の名声が上がる、と」
「そうです」
「......」
侯爵は、再び沈黙した。
* * *
「カイ・レイナー」
「は、はい」
「お前の実力を見せてみろ」
「え......」
「ルークと立ち合え。本気でだ」
「本気で......」
「お前が本当に才能があるなら、証明してみろ」
カイはルークを見た。
ルークは、静かに頷いた。
「やれ、カイ」
「......分かりました」
* * *
中庭で、立ち合いが行われた。
「始め」
侯爵の合図で、二人が動いた。
「行きます!」
カイが突進する。
「来い」
ルークが迎え撃つ。
* * *
剣と剣がぶつかり合う。
火花が散る。
「っ!」
カイの攻撃を、ルークが受け止める。
「まだだ!」
カイは連続攻撃を繰り出した。
だが、ルークは全て防いだ。
「いい動きだ。だが──」
ルークが反撃に転じた。
「まだ甘い」
* * *
「くっ......!」
カイは必死に防いだ。
「負けない......!」
「負けない剣」を思い出す。
呼吸を整え、姿勢を正し、魔力を循環させる。
「......!」
カイの動きが変わった。
「おや」
ルークは感心した。
「成長したな」
* * *
戦いは、数分間続いた。
どちらも決定打を与えられない。
「そこまで」
侯爵が止めた。
「......」
二人は剣を下ろした。
「どうでしたか、父上」
* * *
「......認めよう」
侯爵が言った。
「この平民には、確かに才能がある」
「ありがとうございます」
「だが」
「......」
「条件がある」
「何でしょうか」
「この平民の訓練は、お前が全責任を負え」
「......はい」
「そして、その成果を、毎月報告しろ」
「分かりました」
「さらに──」
* * *
「さらに?」
「この平民との関係を、正式な契約にせよ」
「契約?」
「ギルバート家公認の師弟契約だ。これで、他の貴族も文句を言えなくなる」
「......ありがとうございます」
「礼はいい。お前の責任が、重くなるだけだ」
「覚悟しています」
「ふん」
侯爵は踵を返した。
「好きにしろ。だが、失敗したら許さん」
* * *
侯爵が去った後。
「よかった......」
カイは、へたり込んだ。
「認めてもらえたんですね」
「ああ。条件付きだが」
「条件......」
「毎月の報告と、正式な契約だ」
「大変そうですね......」
「だが、お前を守れる」
「ルーク......」
「これで、公式にお前は俺の弟子だ。誰にも文句は言わせない」
* * *
帰路の馬車の中。
「正式な契約を結ぼう」
ルークが言った。
「内容は?」
「稽古の独占権だ」
「独占権?」
「俺以外の者が、お前を指導することを禁じる」
「それって......」
「勇者管理局も、教会も、手出しできなくなる」
「なるほど......」
「これで、お前の自由を守れる」
* * *
「でも」
カイは言った。
「敵を増やしませんか?」
「増やすだろうな」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。だが、やるしかない」
「......」
「俺は、お前を守ると決めた。そのためなら、何でもする」
「ルーク......」
「信じてくれ」
「......はい。信じます」
* * *
学院に戻ると、サラが待っていた。
「どうだった?」
「うまくいった」
「本当?」
「ああ。父上が認めてくれた」
「よかった......」
「だが、条件がある」
「条件?」
「毎月の報告と、正式な契約だ」
「正式な契約?」
「ギルバート家公認の師弟契約。稽古の独占権を確保した」
* * *
「それは......すごいわね」
「だが、敵を増やした」
「どういうこと?」
「独占権を主張すれば、管理局も教会も反発する」
「......」
「これから、もっと激しい攻撃が来るだろう」
「覚悟はできてるの?」
「ああ。三人で乗り越える」
「......そうね。三人なら、きっと」
* * *
正式な契約が、学院に提出された。
「ギルバート家公認の師弟契約......」
教務課の職員は、書類を確認した。
「これは、前例がありませんね」
「だから、どうした」
「いえ、受理はします。ただ、波紋を呼ぶでしょう」
「覚悟の上だ」
「分かりました」
* * *
案の定、波紋は大きかった。
「ギルバートが、平民との契約を......」
「独占権まで確保した、だと」
「管理局も、教会も、手出しできないのか」
「なんて傲慢な......」
噂は学院中に広まり、やがて王都にも届いた。
* * *
「ギルバートめ......」
マルクスは、怒りに震えていた。
「あいつは、どこまで俺たちを愚弄するつもりだ」
「どうされますか」
「......別の方法を考える」
「別の方法?」
「直接攻撃が無理なら、周囲から崩していく」
「周囲......」
「あいつの仲間を、一人ずつ潰す」
* * *
「サラ・ヴァレンシュタイン」
マルクスは名前を挙げた。
「彼女が、ギルバートに協力している」
「監視役なのに......」
「王家への背信だ。これを利用する」
「どうやって」
「王家に、報告する」
* * *
敵の動きは、静かに始まっていた。
ルークたちは、まだそれを知らない。
だが、戦いは──これからが本番だった。
* * *
次回予告
* * *
教会がカイの加護を測定する。
数値が異常上昇し、均衡崩壊が加速する。
そして、ルークは新たな決断を迫られる──
第4話「恩寵の試験」
「この数値は......前例がない」
「カイの加護が、覚醒し始めている」
運命の歯車が、加速する──




