第2話「勇者管理局」
師弟関係の公表から数日後。
王都から、正式な通達が届いた。
「勇者管理局、設立......?」
学院長は、書類を読み上げた。
「教会と王国が共同で、勇者候補の管理機関を作ったそうだ」
「勇者候補の管理......」
「そして、カイ・レイナーは──」
学院長の表情が曇った。
「その管理対象の筆頭に挙げられている」
* * *
「管理対象?」
カイは、自分の耳を疑った。
「僕が、管理される......?」
「そうらしい」
サラが説明した。
「勇者管理局は、勇者候補を『保護』する名目で、その行動を監視・制限する権限を持つ」
「そんな......」
「教会と王国が手を組んだのよ。かなり強い権限があるわ」
* * *
「具体的には、どんな制限が?」
ルークが尋ねた。
「まず、居住地の指定。勇者候補は、指定された場所に住まなければならない」
「......」
「次に、行動の報告義務。日々の活動を、管理局に報告する」
「監視じゃないか」
「事実上、そうね」
「さらに、訓練内容の管理。勇者の力をどう育てるか、管理局が決定する」
* * *
「俺との師弟関係は?」
「それについても、書いてあるわ」
サラは書類を確認した。
「『勇者候補の訓練は、管理局認定の指導者が行う』......」
「つまり、俺は認定されていないから、指導できない」
「そういうことね」
「ふざけるな」
ルークは拳を握りしめた。
「これは、俺たちを引き離すための策略だ」
* * *
「異議を申し立てられないの?」
「できるわ。でも、時間がかかる」
「その間に、カイは管理下に置かれる」
「そうなるわね」
「......」
「ルーク、どうする?」
「考える時間が必要だ」
* * *
その夜。
三人は、対策を協議した。
「まず、管理局の権限を詳しく調べよう」
「はい」
「抜け穴があるかもしれない」
「抜け穴?」
「法律には、必ず例外規定がある。それを見つける」
* * *
サラが資料を広げた。
「勇者管理局の設立根拠法......」
「何か見つかったか」
「一つ、気になる条項があるわ」
「何だ」
「『勇者候補が、既存の法的保護関係にある場合、その関係は尊重される』」
「既存の法的保護関係......」
「後見契約のことじゃないかしら」
* * *
「そうか」
ルークは目を見開いた。
「俺とカイの間には、後見契約がある」
「ええ」
「これが『既存の法的保護関係』に該当するなら──」
「管理局の権限よりも、後見契約が優先される可能性がある」
「確認する必要があるな」
「明日、法律の専門家に相談しましょう」
* * *
翌日。
ルークは、学院の法務顧問を訪ねた。
「後見契約と、勇者管理局の関係について聞きたい」
「ほう。難しい問題だな」
「どういうことですか」
「後見契約は、確かに法的効力がある。だが、勇者管理局は国家機関だ」
「国家機関の権限が、個人間の契約より優先される?」
「通常は、そうだ」
「......」
* * *
「ただし」
法務顧問は続けた。
「例外がある」
「例外?」
「後見契約が、勇者管理局の設立前に結ばれていた場合だ」
「俺たちの契約は、確かに設立前だ」
「ならば、遡及適用の禁止原則が働く可能性がある」
「遡及適用の禁止......」
「新しい法律は、過去の法的関係に遡って適用できない、という原則だ」
* * *
「つまり、俺たちの後見契約は、管理局の権限外?」
「断言はできない。だが、主張できる余地はある」
「やってみる価値はあるな」
「ただし、相手は国家だ。簡単ではないぞ」
「分かっている」
「覚悟があるなら、支援しよう」
「ありがとうございます」
* * *
法務顧問の助言を得て、ルークは異議申立書を作成した。
「これを、管理局に提出する」
「大丈夫かしら」
「やるしかない」
「もし、却下されたら......」
「その時は、別の手を考える」
* * *
数日後。
管理局から返答が来た。
「異議申立を受理した。審査の上、回答する」
「審査......」
「時間稼ぎにはなったわね」
「ああ。だが、これで安心はできない」
「どういうこと?」
「管理局は、審査中でも『暫定措置』を取る権限がある」
「暫定措置?」
「カイを、一時的に保護施設に収容する、とかな」
* * *
「そんな......」
カイは青ざめた。
「僕、施設に入れられるんですか」
「させない」
ルークは断言した。
「暫定措置を取らせない方法を考える」
「どうやって」
「サラ、王家のコネを使えないか」
「やってみるわ。でも、保証はできない」
「頼む」
* * *
サラは、王家への働きかけを始めた。
「殿下、お話があります」
「何だ、サラ」
「勇者管理局の件です」
「ああ、あれか」
「カイ・レイナーへの暫定措置を、止めていただけませんか」
「なぜ、お前がそんなことを」
「......彼は、私の友人です」
* * *
「友人? 平民の?」
「はい」
「サラ、お前は監視役だろう」
「はい。ですが......」
「私情を持ち込むな」
「......」
「管理局の決定は、国家の意思だ。私が口を出すわけにはいかない」
「殿下......」
「下がれ」
* * *
「駄目だったわ」
サラは、がっくりと肩を落とした。
「王家は、動いてくれない」
「そうか......」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「お前のせいじゃない」
「でも......」
「他の方法を考えよう」
* * *
「他の方法って......」
「教会だ」
「教会?」
「管理局は、教会と王国の共同設立だ」
「ええ」
「教会側を味方につければ、状況が変わるかもしれない」
「でも、教会はカイを欲しがってるんじゃ......」
「だからこそ、だ」
* * *
「どういうこと?」
「教会は、カイを自分たちの管理下に置きたい」
「ええ」
「だが、管理局は『共同管理』だ。教会単独では動けない」
「......」
「もし、俺たちが教会に有利な条件を提示すれば......」
「教会が、王国と対立する可能性がある」
「そうだ。管理局内部で、対立を煽る」
* * *
「危険な賭けね」
「だが、やる価値はある」
「カイは?」
「......分からないです」
カイは困惑していた。
「教会も、僕を道具にしたいんですよね」
「ああ」
「それなら、どっちも同じじゃ......」
「違う。使い方次第だ」
* * *
「俺たちの目的は、カイの自由を守ることだ」
ルークは言った。
「そのためなら、教会でも利用する」
「利用......」
「敵の敵は味方、というやつだ」
「......」
「信じろ。俺は、絶対にお前を道具にしない」
「......分かりました」
カイは、ルークの目を見て頷いた。
「ルークを信じます」
* * *
翌日。
ルークは、教会のベルナールに接触した。
「話がある」
「おや、ギルバート様。珍しいですね」
「勇者管理局について」
「ああ、あれですか」
「教会は、満足しているのか」
「......どういう意味ですか」
「王国との共同管理。教会にとって、不利ではないか」
* * *
「不利、とは」
「カイ・レイナーの扱いだ」
「......」
「教会は、彼を単独で管理したかったはずだ」
「......」
「だが、共同管理では、王国の意向に左右される」
ベルナールの表情が、わずかに動いた。
「何が言いたいのですか」
「取引をしよう」
* * *
「取引?」
「俺がカイの後見人を続ける。その代わり、教会はカイへの管理を緩める」
「なぜ、そんな取引が成り立つと?」
「教会にとって、メリットがあるからだ」
「どんなメリットです」
「俺が後見人なら、王国はカイに直接手出しできない」
「......」
「つまり、王国の影響力を排除できる」
* * *
「なるほど」
ベルナールは、考え込んだ。
「あなたの提案は、興味深い」
「取引に応じるか」
「......検討させてください」
「時間はない。早く決めてくれ」
「分かりました。明日までに、回答します」
「頼んだ」
* * *
翌日。
ベルナールから連絡があった。
「取引に応じましょう」
「条件は」
「教会は、カイへの暫定措置を阻止します」
「続けて」
「代わりに、あなたはカイの訓練内容を、定期的に教会に報告してください」
「報告だけか」
「はい。干渉はしません。報告のみです」
「......いいだろう」
* * *
こうして、教会との取引が成立した。
「暫定措置は、止められたわ」
サラが報告した。
「管理局内部で、教会が反対したらしい」
「計画通りだ」
「でも、これで教会に借りができたわね」
「ああ。だが、今は仕方ない」
「これからどうするの」
「帰省の準備を進める。父上との話し合いが残っている」
* * *
「カイも一緒に行くのよね」
「ああ」
「大丈夫かしら」
「分からない。だが、やるしかない」
「私は?」
「学院に残ってくれ。こっちの状況を見守ってほしい」
「分かったわ。任せて」
「頼んだ」
* * *
帰省の日が近づいていた。
「カイ、準備はできたか」
「はい」
「緊張するな。俺がついている」
「......はい」
「父上は厳しい人だが、話は聞いてくれるはずだ」
「ルークのお父様......どんな人ですか」
「貴族の中の貴族、というやつだ」
「怖そうですね......」
「怖いが、不当なことはしない。それだけは信じろ」
* * *
出発の朝。
「行ってくるわ」
サラが見送りに来た。
「気をつけてね」
「ああ」
「カイも」
「はい。ありがとうございます」
「うまくいくことを祈ってるわ」
「ありがとう」
馬車が、王都へ向けて出発した。
* * *
次回予告
* * *
ルークは父と対面し、カイを紹介する。
契約書で「稽古の独占権」を確保しようとするが、敵を増やす結果に。
そして、新たな試練が待ち受ける──
第3話「ルークの条件」
「俺は、この生徒を手放さない」
「代償は、覚悟しているのか」
父子の対決が、始まる──




