第2部「師弟契約公表篇:貴族政治と管理」第1話「公表の代償」
辺境任務から帰還して、一週間が経った。
学院は、表面上は平穏を取り戻していた。
だが、水面下では──
「ルーク、まずいことになったわ」
サラが、緊急の連絡を入れてきた。
「何があった」
「師弟関係が、バレたの」
「......何だと」
* * *
「詳しく聞かせろ」
「任務中の記録が、流出したらしいの」
「記録?」
「あなたとカイの連携。あれを見れば、ただの関係じゃないって分かる」
「......誰が流出させた」
「分からない。でも、噂はもう学院中に広まってる」
「くそっ......」
* * *
学院の廊下を歩くと、視線を感じた。
「見ろよ、ギルバートだ」
「例の噂、本当だったんだな」
「平民を個人指導してたって......」
「侯爵家の嫡男が、よくやるよ」
ひそひそと囁かれる。
「......面倒なことになった」
* * *
カイも、同様の状況だった。
「カイ、お前ギルバートに教わってたってマジ?」
「どうやって知り合ったんだ?」
「やっぱり、何かコネがあったのか?」
質問攻めに遭う。
「あ、えっと......」
カイは、どう答えていいか分からなかった。
* * *
放課後。
三人は秘密の場所で集まった。
「状況を整理しよう」
ルークが言った。
「俺とカイの師弟関係が、公になった」
「はい......」
「今更、否定しても無駄だ」
「どうしますか」
「逆に、公表する」
* * *
「公表?」
「ああ。隠すから、余計な噂が立つ」
「でも、公表したら......」
「リスクはある。だが、隠し続けるリスクの方が大きい」
「......」
「堂々と認めれば、少なくとも『何か後ろめたいことがある』という噂は消える」
サラが頷いた。
「一理あるわね」
* * *
「問題は、貴族派閥の反応だ」
ルークは続けた。
「俺が平民を教えていると公になれば、彼らは黙っていない」
「どんな反応が予想されますか」
「まず、俺への圧力。『貴族の恥だ』と攻撃してくる」
「......」
「次に、カイへの攻撃。『平民の分際で』と」
「ひどい......」
「覚悟しておけ。これから、激しい戦いになる」
* * *
翌日。
ルークは、学院の掲示板に声明を貼り出した。
「何だ、これは」
生徒たちが集まってきた。
* * *
声明の内容は、こうだった。
『カイ・レイナーの師匠について
私、ルーク・ウィザリア・ギルバートは、カイ・レイナーの剣術指導を行っていることを、ここに公表する。
指導の理由は、彼の才能を見出したからである。身分は関係ない。才能ある者を育てるのは、強者の義務である。
これに異議のある者は、直接私に申し出よ。
以上。
ルーク・ウィザリア・ギルバート』
* * *
学院中が、騒然となった。
「ギルバートが、公式に認めた......」
「マジかよ」
「侯爵家の嫡男が、平民を弟子に......」
「前代未聞だ」
* * *
貴族派閥は、すぐに反応した。
「ギルバートは、気が狂ったのか」
マルクスが吐き捨てた。
「平民を教えるなど、貴族の恥だ」
「どうされますか」
「徹底的に攻撃する。あいつを、追い込んでやる」
* * *
その日の午後。
ルークは、貴族の生徒たちに取り囲まれた。
「ギルバート、説明してもらおうか」
「何の説明だ」
「平民を教えているとは、どういうことだ」
「声明の通りだ。才能を見出したから、指導している」
「才能? 平民に才能など」
「ある。お前たちより、遥かにな」
* * *
「何だと......」
貴族たちの顔が、怒りに染まった。
「ギルバート、お前は貴族の誇りを忘れたのか」
「忘れていない。むしろ、お前たちこそ誇りを履き違えている」
「どういう意味だ」
「貴族の誇りとは、弱者を虐げることではない。強者として、弱者を導くことだ」
「......」
「俺は、自分の信念に従っている。文句があるなら、実力で示せ」
* * *
ルークは、貴族たちを睨みつけた。
「決闘でも何でも受けてやる。ただし、覚悟しろ。俺に負けたら、二度と俺に逆らうな」
「......」
貴族たちは、ルークの気迫に押された。
「今日のところは、引いてやる」
「次会った時は、覚悟しておけ」
彼らは、悔しそうに去っていった。
* * *
「大丈夫でしたか」
カイが駆けつけてきた。
「問題ない」
「でも、あんなに大勢に......」
「あの程度、脅威ではない」
「......」
「それより、お前はどうだった」
「僕は......大丈夫です。みんな、質問してくるだけで」
「そうか」
* * *
「ルーク」
サラも来た。
「声明、見たわ。大胆ね」
「隠し続けても仕方ない」
「でも、これで敵を増やしたわ」
「承知の上だ」
「どうするつもり?」
「正面から戦う。それしかない」
* * *
その夜。
ルークの元に、手紙が届いた。
「......何だ、これは」
差出人は──ギルバート侯爵家。
ルークの父からの手紙だった。
* * *
『ルークへ
平民を弟子にしたという噂を聞いた。
事実ならば、説明を求める。
家名に泥を塗るつもりか。
速やかに、この愚行を止めよ。
ギルバート侯爵』
* * *
「......父上か」
ルークは、手紙を握りしめた。
予想はしていた。家からの圧力が来ることは。
「だが、止めるわけにはいかない」
カイを守ること。自分の信念を貫くこと。
それは、何よりも大切なことだ。
* * *
翌日。
ルークは返事を書いた。
『父上へ
カイ・レイナーを教えているのは事実です。
しかし、これは愚行ではありません。
彼には、稀有な才能があります。
その才能を育てることは、貴族としての義務と考えます。
ルーク』
* * *
「送ったわね」
サラが言った。
「ああ」
「お父様、怒るでしょうね」
「怒るだろうな」
「大丈夫なの?」
「分からない。だが、やるしかない」
「......」
「俺は、自分の道を行く。誰に反対されても」
* * *
数日後。
父からの返事が来た。
『ルークへ
お前の言い分は理解した。
だが、家名を守る義務も忘れるな。
来月、帰省せよ。直接話をする。
ギルバート侯爵』
* * *
「帰省命令か......」
ルークは溜息をついた。
「どうするの?」
「従うしかない。無視すれば、もっと面倒なことになる」
「カイは」
「連れて行く」
「え?」
「父上に、カイを紹介する」
* * *
「紹介?」
「ああ。カイの実力を見せれば、父上も納得するかもしれない」
「でも、危険じゃ......」
「危険だ。だが、やるしかない」
「......」
「カイ、覚悟はあるか」
カイは頷いた。
「はい。ルークと一緒なら、どこへでも行きます」
「よし。では、準備を始めよう」
* * *
帰省の準備を進める中──
新たな動きがあった。
「ルーク、大変よ」
サラが駆けつけてきた。
「何があった」
「貴族派閥が、カイに対する『所有権』を主張し始めたの」
「所有権?」
「あなたが彼の師匠なら、彼はギルバート家の『資産』だと」
「......馬鹿な」
「でも、法的には微妙なところがあるみたい」
* * *
「どういうことだ」
「貴族が平民を指導する場合、その平民は貴族家の『庇護下』に入る慣習があるの」
「庇護下......」
「そうなると、カイの身柄に関する決定権が、ギルバート家に移る可能性がある」
「......」
「つまり、あなたの父上が、カイを自由にできるかもしれない」
* * *
「させるか」
ルークは拳を握りしめた。
「カイは、俺の生徒だ。道具じゃない」
「分かってる。でも、法的な対策が必要よ」
「......」
「後見契約は結んでいるけど、それだけでは足りないかもしれない」
「何が必要だ」
「もっと強固な契約。カイの自由を保障するような」
* * *
「考えなければならないな」
ルークは言った。
「帰省までに、対策を講じる」
「手伝うわ」
「頼んだ」
「カイにも、説明しておかないとね」
「ああ」
* * *
カイに状況を説明した。
「所有権......僕が、物みたいに扱われるってことですか」
「法的には、そういう解釈もあり得る」
「......」
「だが、俺は絶対にそうはさせない」
「ルーク......」
「お前は、俺の生徒だ。仲間だ。道具じゃない」
「......はい」
「安心しろ。必ず、守ってみせる」
* * *
公表の代償は、大きかった。
貴族派閥からの攻撃。家からの圧力。そして、法的な問題。
だが、ルークは屈しなかった。
「俺は、自分の道を行く」
カイを守り、自分の信念を貫く。
そのためなら、どんな困難とも戦う。
「これが、俺の『改稿』だ」
物語を、自分の手で書き換えていく。
* * *
次回予告
* * *
教会と王国が、カイの管理を巡って動き出す。
勇者管理局の設立。カイの自由が、奪われようとしている。
ルークは、どう対抗するのか──
第2話「勇者管理局」
「カイ・レイナーを、国の管理下に置く」
「それは、許さない」
政治の渦が、三人を巻き込む──




