第15話「境界の裂け目」
任務の目的地である辺境の村に、ようやく到着した。
「ここが、問題の村か......」
村は、荒廃していた。
家々は破壊され、畑は踏み荒らされている。
「ひどい......」
カイは、言葉を失った。
「魔物に襲われたのね」
「ああ。相当な被害だ」
* * *
村人たちが、生徒たちを出迎えた。
「王国から来てくださったのですか」
「ああ。学院の調査隊だ」
「ありがたい......助けてください」
村長が頭を下げた。
「最近、魔物の襲撃が激しくなって......」
「詳しく聞かせてくれ」
* * *
村長の話によると──
「一ヶ月ほど前から、魔物が現れ始めました」
「一ヶ月前......」
「最初は小さな獣だけでした。でも、日が経つにつれて、大きな魔物が出るように......」
「数はどのくらいだ」
「数えきれません。毎晩のように襲ってきます」
「被害は」
「死者も出ています。村を離れた者もいます」
* * *
「原因に心当たりは」
「分かりません。ただ......」
「ただ?」
「村の北にある森で、奇妙な光を見たという者がいます」
「奇妙な光?」
「紫色の、不気味な光です」
ルークの表情が、険しくなった。
「紫色の光......」
* * *
「その光を見た場所に、案内してもらえるか」
「危険です。あの辺りは、特に魔物が多い」
「それでも、調査する必要がある」
「......分かりました。ただ、私たちは同行できません」
「構わない。場所を教えてくれれば十分だ」
「はい」
* * *
任務班は、二手に分かれることになった。
「本隊は、村の防衛に当たる」
指揮官が言った。
「調査班は、森の奥へ向かえ」
「誰が調査に行く」
「ギルバート、ヴァレンシュタイン、レイナー。お前たちだ」
「分かった」
「それと、ランカスターも付ける」
「......」
アルベルトが、不満そうな顔をした。
* * *
四人は、森へと向かった。
「ギルバート」
アルベルトが声をかけてきた。
「何だ」
「俺が先頭を行く。お前は後方で指揮を執れ」
「......分かった」
「平民は、俺の後ろについて来い。足手まといになるな」
「......はい」
カイは、黙って従った。
* * *
森の中は、不気味な静けさに包まれていた。
「気配がない......」
「魔物も、動物もいない」
「まるで、何かを恐れているみたいだ」
一行は、慎重に進んだ。
* * *
しばらく歩くと──
「あれは......」
前方に、光が見えた。
紫色の、脈動する光。
「村長が言っていた光だ」
「近づいてみよう」
* * *
光の源は、森の中央にある空き地だった。
「何だ、これは......」
そこには、巨大な裂け目があった。
空間そのものが、割れている。
その裂け目から、紫色の光が漏れ出している。
* * *
「これは......」
ルークは、背筋が凍る思いだった。
「深淵の裂け目だ」
「深淵?」
「ああ。学院の地下にある封印と、同じ気配がする」
「まさか......」
「封印が弱まったせいで、別の場所にも裂け目が開いたのかもしれない」
* * *
「どうする」
サラが尋ねた。
「調査を続けるか、それとも撤退するか」
「......もう少し近づいてみる」
「危険じゃないか」
「危険だ。だが、情報が必要だ」
ルークは、慎重に裂け目に近づいた。
* * *
「......!」
裂け目の近くに来ると、声が聞こえた。
『......また会ったな......改稿者......』
「アザル......」
『この裂け目は、お前たちの行動の結果だ......』
「俺たちの?」
『均衡が崩れれば、封印も崩れる......そして、裂け目が生まれる......』
「......」
『世界中で、同じことが起きている......これは、まだ始まりに過ぎない......』
* * *
「どうすれば止められる」
『止められない......もう、後戻りはできない......』
「嘘だ」
『信じなくてもいい......だが、やがて分かる......』
アザルの声が、笑った。
『お前が物語を変えるほど、世界は傾く......傾いた世界は、やがて崩壊する......』
「......」
『楽しみだな......お前たちの足掻きを、見届けてやろう......』
声が消えた。
* * *
「ルーク、大丈夫......?」
カイが心配そうに近づいてきた。
「ああ......」
「誰と話していたの?」
「......後で説明する」
「ルーク......」
「今は、ここから離れよう」
* * *
その時。
裂け目から、何かが這い出てきた。
「......!」
「魔物だ!」
黒い、人型の影。
普通の魔物とは、明らかに違う。
「深淵魔......」
ルークは呟いた。
「裂け目から、出てきた......」
* * *
「迎え撃つぞ!」
アルベルトが剣を構えた。
「待て! 普通の攻撃では......」
「うるさい!」
アルベルトは、深淵魔に斬りかかった。
だが──
「なっ......!?」
剣が、すり抜けた。
「効かない......!」
深淵魔の反撃が、アルベルトを吹き飛ばした。
* * *
「アルベルト!」
「くっ......」
アルベルトは、木に叩きつけられた。
「大丈夫か!」
「離れろ......! あいつ、俺の剣が通じない......!」
「分かってる」
ルークは、深淵魔を見つめた。
「普通の攻撃では倒せない。魔力を込めた攻撃が必要だ」
* * *
「魔力を込める?」
「ああ。剣に魔力を乗せて斬る」
「そんなこと、できるのか」
「俺ならできる。サラ、カイ、援護してくれ」
「分かった!」
「はい!」
ルークは、剣に魔力を集中させた。
刃が、淡い光を帯びる。
* * *
「行くぞ!」
ルークが突進した。
深淵魔が反撃してくる。
「させないわ!」
サラが横から斬りつけ、注意を引く。
「こっちだ!」
カイも援護攻撃を加えた。
深淵魔の動きが、一瞬止まる。
「今だ!」
ルークの剣が、深淵魔を貫いた。
* * *
「ギャアアアッ......!」
深淵魔が、悲鳴を上げた。
そして、黒い霧となって消えていった。
「......倒した」
「やったか」
「ああ。だが──」
ルークは裂け目を見た。
「裂け目は、まだ開いている」
「閉じることはできないの?」
「今の俺には、無理だ」
* * *
「とにかく、報告しよう」
サラが言った。
「この状況を、学院と王国に伝える必要があるわ」
「ああ」
「アルベルトは」
「俺は......大丈夫だ......」
アルベルトは、よろめきながら立ち上がった。
「......借りができたな、ギルバート」
「気にするな」
「......次は、俺が助ける番だ」
「......ああ」
* * *
四人は、村へ戻った。
「状況を報告する」
指揮官に、裂け目のことを伝えた。
「紫色の裂け目......深淵魔......」
「信じられないかもしれないが、事実だ」
「いや、信じる。最近の魔物の活動が異常なのは、これが原因か」
「おそらく」
「すぐに、王国に報告しなければ」
* * *
報告書が、王国へ送られた。
そして数日後──
「撤退命令が来た」
「撤退?」
「ああ。状況が深刻すぎる。学院の生徒では対処できない」
「......そうか」
「王国は、正規軍を派遣するらしい。俺たちは帰還する」
* * *
帰還の途中。
ルークは、考え込んでいた。
「裂け目が開いた......」
これは、原作にはなかった展開だ。
「俺の行動が、世界を変えている」
カイを鍛えたこと。決闘で引き分けに持ち込んだこと。
全てが、均衡を乱している。
「物語の難易度が、上がり始めている......」
* * *
「ルーク」
カイが近づいてきた。
「大丈夫ですか? ずっと、難しい顔をしてますけど」
「ああ。考え事をしていた」
「......何を考えてたんですか」
「これからのことだ」
「これから?」
「ああ。世界が、変わり始めている。俺たちも、変わらなければならない」
* * *
「変わる......」
「今までは、学院の中だけで戦っていた。だが、これからは違う」
「どういう意味ですか」
「敵は、学院の外にもいる。派閥や教会だけじゃない」
「......」
「深淵王アザル。そして、その配下たち」
「深淵王......」
「やつらが目覚めれば、世界は滅びる」
カイは息を呑んだ。
「そんな......」
* * *
「だから、俺たちはもっと強くならなければならない」
「強く......」
「お前の加護を、完全に制御できるようにする」
「加護......」
「そうすれば、深淵魔にも対抗できる」
「......分かりました」
カイは、拳を握りしめた。
「僕、もっと強くなります。ルークと一緒に、世界を守れるように」
「ああ。頼んだ」
* * *
学院に帰還した。
「お帰りなさい」
学院長が出迎えた。
「報告は、読ませてもらった」
「はい」
「深刻な事態だ。王国も、対策を急いでいる」
「......」
「君たちは、よくやった。しばらく休んでくれ」
「分かりました」
* * *
三人は、秘密の場所で落ち合った。
「任務、大変だったわね」
「ああ。予想以上だった」
「でも、貴重な情報を得られた」
「裂け目のこと、深淵魔のこと......」
「これを、どう活かすか」
「考える時間が必要だ」
* * *
「一つ、確かなことがある」
ルークは言った。
「何?」
「俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ」
「......」
「決闘で引き分けに持ち込んだのは、最初の一歩に過ぎない」
「これからが、本番ね」
「ああ。世界の命運が、かかっている」
* * *
「でも」
カイが言った。
「僕たちなら、やれますよね」
「当然だ」
「だって、三人いるんですから」
「ああ」
「一人じゃ無理でも、三人なら」
「その通りだ」
サラが微笑んだ。
「私たちは、仲間よ。何があっても、一緒に戦う」
「ああ。約束する」
* * *
三人は、拳を合わせた。
「これからも、よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
「はい!」
夕陽が、三人を照らしていた。
* * *
ルークは、空を見上げた。
「物語は、変わり始めている」
「ざまぁ役」は、「ざまぁ」されなかった。
主人公を鍛え、決闘を引き分けに持ち込んだ。
だが、その代償として──
「世界難易度が、上がり始めた」
封印が揺らぎ、裂け目が開いた。
深淵王アザルが、目覚めようとしている。
* * *
「普通に生きたかっただけなのに」
ルークは苦笑した。
「いつの間にか、世界を救う戦いに巻き込まれている」
だが、後悔はない。
「俺には、守るべきものがある」
カイ。サラ。そして──
「この世界そのものだ」
* * *
物語は、新たな段階へ。
「ざまぁ役」の戦いは、まだまだ続く。
決闘で引き分けに持ち込んだのは、始まりに過ぎない。
これから、本当の戦いが始まる。
* * *
「さあ、行こう」
ルークは歩き出した。
「俺たちの物語を、続けよう」
三人の影が、夕陽の中へ消えていく。
* * *
次部予告
師弟関係が公表され、貴族派閥が動き出す。
教会と王国が、カイを巡って争い始める。
そしてルークは、より大きな陰謀に立ち向かう──
第2部「師弟契約公表篇:貴族政治と管理」
「俺たちの関係を、隠し通すことはできなくなった」
「ならば、堂々と公表しよう」
新たな戦いの幕が、上がる──
* * *
あとがき
第1部では、転生した「ざまぁ役」ルークが、原作主人公カイを鍛え、決闘で引き分けに持ち込むまでを描きました。
彼の行動は世界の均衡を乱し、深淵王の封印を弱めてしまいました。
第2部では、師弟関係が公になり、貴族社会と教会の政治的な戦いに巻き込まれていきます。
そして、カイの加護はさらに覚醒し、世界の運命を左右する存在へと成長していきます。
三人の旅は、まだ始まったばかりです。




