第12話「二人だけの稽古場」
ある日の放課後。
カイとルークは、いつものように秘密の稽古場所で訓練をしていた。
「よし、今日はここまでだ」
「はい......」
カイは、疲れた体を床に投げ出した。
「最近、訓練の強度が落ちましたね」
「均衡を保つためだ」
「分かってます。でも......」
「不満か?」
「いえ。ただ、もっと強くなりたいって気持ちが......」
「焦るな。ゆっくりでいい」
* * *
その時。
廃倉庫の外から、足音が聞こえた。
「......!」
二人は、同時に身構えた。
「誰か来る」
「隠れろ」
カイは物陰に身を潜めた。
ルークは、扉の近くで待ち構えた。
* * *
扉が開いた。
「やはり、ここにいたか」
入ってきたのは──マルクスと、数人の貴族子弟だった。
「マルクス......」
「ギルバート様、お久しぶりです」
「何の用だ」
「いえ、最近お姿を見かけないので、心配していたのです」
マルクスは、周囲を見回した。
「こんな廃倉庫で、何をなさっていたのですか?」
* * *
「......散歩だ」
「散歩? この埃っぽい場所で?」
「俺の趣味に口を出すな」
「失礼しました」
マルクスは、しかし引き下がらなかった。
「ところで、あの平民──カイ・レイナーは、最近どうしていますか?」
「知らん。俺に聞くな」
「おや、ご存知ないのですか?」
「何が言いたい」
「いえ、ただ......あの平民も、よくこの辺りをうろついていると聞きまして」
* * *
ルークの表情が、わずかに強張った。
「偶然だろう」
「本当に?」
「しつこいぞ、マルクス」
「申し訳ありません。でも、気になることがありまして」
「気になること?」
「ギルバート様と、あの平民の関係です」
「関係? ないぞ」
「本当ですか?」
マルクスの目が、鋭く光った。
「実は、目撃情報があるのです」
* * *
「目撃情報?」
「ええ。ギルバート様と平民が、一緒にいるところを見た者がいると」
「嘘だ」
「嘘かどうかは、調べれば分かります」
マルクスは、廃倉庫の奥を見た。
「この倉庫も、調べさせていただきますよ」
「勝手なことをするな」
「ギルバート様が何も隠していないなら、問題ないでしょう?」
* * *
「くっ......」
ルークは、追い詰められていた。
このまま調べられれば、カイが見つかる。
「どうする......」
考えろ。何か、方法は──
* * *
その時、ルークは決断した。
「......分かった」
「おや?」
「見せてやろう」
ルークは、奥へ歩いていった。
「お前たちの言う通り、俺はここで誰かと会っていた」
「やはり......!」
「だが、相手は平民ではない」
「では、誰と?」
ルークは、物陰に声をかけた。
「出てこい」
* * *
物陰から、人影が現れた。
「......え?」
マルクスたちは、目を見開いた。
「サラ・ヴァレンシュタイン......!?」
そこに立っていたのは──サラだった。
「何故、ヴァレンシュタイン嬢が......」
「分からんか」
ルークは、冷たく笑った。
「俺と彼女の関係を、知りたいか」
* * *
「関係......?」
「そうだ。俺たちは、密かに会っていた」
「密かに......」
「理由は、お前たちには関係ない」
ルークはサラの肩を抱いた。
「プライベートなことだ。詮索するな」
マルクスは、困惑した。
「しかし......」
「これ以上は、俺とヴァレンシュタイン家への侮辱だぞ」
「......」
「帰れ。二度と俺を嗅ぎ回るな」
* * *
マルクスたちは、渋々引き下がった。
「......失礼しました」
彼らが去った後、ルークは大きく息を吐いた。
「危なかった......」
「ルーク」
サラが近づいてきた。
「説明して。何が起きたの」
「すまない。咄嗟に、お前を巻き込んだ」
「私が来たのは偶然よ。ちょうど、話があって」
「そうか。助かった」
* * *
「でも、これで......」
サラは眉をひそめた。
「私とあなたが付き合っている、という噂が立つわね」
「ああ。悪いことをした」
「......まあ、いいわ」
「いいのか?」
「あなたを助けるためだもの。仕方ないわ」
「......すまない」
「謝らなくていいわ。でも、カイは?」
「まだ隠れている」
* * *
物陰から、カイが出てきた。
「ルーク......」
その表情は、複雑だった。
「カイ、大丈夫か」
「はい......でも」
「でも?」
「ルークとサラさんが、付き合ってるって......」
「違う。演技だ」
「演技......」
「マルクスたちを騙すためだ」
「そう、ですか......」
カイの声は、どこか寂しげだった。
* * *
「カイ?」
「何でもないです」
カイは首を振った。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「......ああ」
「僕、先に帰りますね」
「カイ」
「大丈夫です。本当に」
カイは、足早に廃倉庫を出ていった。
* * *
「......何かあったの?」
サラが尋ねた。
「分からない。だが、様子がおかしかった」
「私たちの演技が、気になったのかしら」
「かもしれない」
「......複雑ね」
「ああ」
ルークは、カイが去った方向を見つめた。
「後で、話を聞いてみる」
* * *
その夜。
ルークはカイに連絡を取った。
『カイ、大丈夫か』
「......はい」
『嘘だな』
「......」
『何か、気になることがあるのか』
「......少しだけ」
『言ってみろ』
「......」
カイは、しばらく黙っていた。
* * *
「ルークは......僕のこと、どう思ってますか」
『どう思う、とは』
「本当に、仲間だと思ってくれてますか」
『当然だ』
「でも、さっき......」
『さっき?』
「サラさんと一緒にいて......僕を隠して......」
『それは、お前を守るためだ』
「分かってます。でも......」
* * *
『でも?』
「僕、邪魔なのかなって......」
『邪魔?』
「ルークとサラさんは、貴族同士で......僕は平民で......」
『カイ』
「二人の方がお似合いだし......僕なんかいない方が......」
『カイ』
ルークの声が、鋭くなった。
「は、はい」
『馬鹿なことを言うな』
* * *
「でも......」
『俺とサラは、付き合っていない。あれは演技だ』
「分かってます。でも......」
『でも、何だ』
「僕がいなければ、あんな嘘をつく必要もなかったのに......」
『......』
「僕のせいで、ルークに迷惑をかけてる」
『迷惑ではない』
「嘘です。僕は、ルークの負担になってます」
* * *
『カイ』
ルークは、深く息を吐いた。
『聞け。俺は、お前を負担だと思ったことは一度もない』
「......」
『確かに、お前を守るために色々やっている。だが、それは俺が選んでやっていることだ』
「でも......」
『お前は、俺の生徒だ。生徒を守るのは、師匠の義務だ』
「義務......」
『それだけじゃない』
「......?」
『お前は......俺にとって、大切な存在だ』
* * *
「大切......」
『ああ。認めたくなかったが、そうなってしまった』
「......」
『だから、お前が邪魔だなんて思うな。自分を卑下するな』
「ルーク......」
『お前は、俺の生徒であり、仲間であり......』
ルークは言いかけて、止まった。
『......まあ、いい。分かってくれればそれでいい』
「......はい」
カイの声が、少し明るくなった。
* * *
「ありがとうございます、ルーク」
『礼はいい』
「でも、嬉しかったです。ルークが、そう言ってくれて」
『......』
「僕も、ルークのこと大切に思ってます」
『......そうか』
「これからも、よろしくお願いします」
『ああ。よろしく頼む』
通信が切れた後、ルークは天井を見上げた。
「......俺も、変わったな」
* * *
翌日。
学院では、新たな噂が広まっていた。
「ギルバートと、ヴァレンシュタインが付き合ってるらしい」
「嘘だろ!?」
「本当だって。二人きりでいるところを、見た人がいるとか」
「マジか......」
「お似合いじゃね?」
「貴族同士だしな」
* * *
「この噂、どうしよう」
サラがルークに相談した。
「放っておけ」
「放っておく?」
「ああ。否定しても、疑われるだけだ」
「でも、私の評判が......」
「すまない。だが、今は耐えてくれ」
「......分かったわ」
「いつか、必ず埋め合わせする」
「期待してるわよ」
サラは苦笑した。
* * *
一方、カイは──
「カイ、聞いたか?」
「何を?」
「ギルバートとヴァレンシュタインの噂」
「......ああ、あれね」
「お前、何か知ってるのか?」
「いや、何も」
「そうか。でも、ショックだよな」
「ショック?」
「だって、お前、ギルバートに指導してもらってたんだろ?」
「......」
「彼女いるなら、もう指導してもらえないんじゃ......」
「大丈夫だよ。関係ないから」
* * *
カイは、内心で複雑な思いを抱えていた。
「ルークとサラさんの噂か......」
嘘だと分かっている。演技だと分かっている。
でも──
「少しだけ、寂しかったな」
認めたくないけど。
* * *
放課後。
カイは、いつもの稽古場所に向かった。
「ルーク」
「来たか」
「今日も、訓練ですか」
「ああ。だが、その前に」
「はい?」
「昨日のこと、もう気にしていないか」
「......」
「正直に言え」
「......少しだけ、まだ」
「そうか」
* * *
「でも、大丈夫です」
カイは微笑んだ。
「ルークが、ちゃんと説明してくれたから」
「......」
「僕のこと、大切だって言ってくれたから」
「......照れ臭いな」
「えへへ」
「笑うな」
「すみません」
「まったく......」
ルークは、ため息をついた。
「では、訓練を始めるぞ」
「はい!」
* * *
訓練中。
カイは、いつも以上に集中していた。
「今日は、調子がいいな」
「そうですか?」
「ああ。動きが鋭い」
「ルークのおかげです」
「俺のおかげ?」
「昨日、励ましてもらったから。やる気が出ました」
「......」
「ルークの期待に応えたいんです」
「......そうか」
* * *
訓練後。
二人は、並んで座っていた。
「ルーク」
「何だ」
「僕、ルークに出会えて良かったです」
「......急にどうした」
「いえ、なんとなく」
「......」
「入学した頃は、不安だらけでした。貴族ばかりの学院で、やっていけるか分からなくて」
「そうだったな」
「でも、ルークが声をかけてくれて、鍛えてくれて......」
「......」
「今は、自信を持てるようになりました」
* * *
「それは、お前自身の努力の結果だ」
「いいえ。ルークのおかげです」
「......」
「だから、感謝してます。本当に」
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「......俺も、お前に出会えて良かったと思っている」
「本当ですか?」
「ああ。お前がいなければ、俺は孤独なままだった」
「孤独......」
「今は、仲間がいる。お前と、サラと」
「はい」
「だから、ありがとう」
* * *
カイは、目を潤ませた。
「ルーク......」
「泣くな」
「泣いてないです」
「嘘つけ」
「......えへへ」
「まったく......」
ルークは、小さく笑った。
「これからも、一緒に頑張ろう」
「はい!」
* * *
師弟の絆は、より深まっていた。
困難を乗り越えるたびに、信頼は強くなる。
「俺たちなら、きっと乗り越えられる」
ルークは、そう信じていた。
どんな困難が待ち受けていても──
「三人で、協力すれば」
* * *
次回予告
* * *
派閥が、カイを試験で潰しにかかる。
だがルークは、制度の穴を逆利用して反撃する。
そしてサラは、ついに協力を決意する──
第13話「不正試験」
「こんな不正、許せない」
「なら、一緒に戦ってくれるか」
三人の絆が、試される──




