第11話「監視役サラ」
封印の異変から数日が経った。
学院は、表面上は落ち着きを取り戻していた。
だが、水面下では──
「ルーク」
サラが、ルークを呼び止めた。
「話がある」
「......何だ」
「二人きりで、話したいの」
ルークは、サラの表情を見た。
真剣な目。いつもの余裕が、ない。
「分かった」
* * *
人気のない中庭のベンチで、二人は向かい合った。
「それで、話とは」
「単刀直入に聞くわ」
サラは、ルークの目を真っ直ぐ見た。
「あなた、何を隠しているの」
「......」
「最近のあなた、おかしい」
「おかしい?」
「地下の封印のこと、何か知っているでしょう」
* * *
「何のことだ」
「とぼけないで」
サラの声が、鋭くなった。
「あの夜、地下に行ったの、知ってるのよ」
ルークの目が、わずかに細くなった。
「......見ていたのか」
「私は監視役よ。あなたの動きは把握してる」
「......」
「で、何を見たの? 何を聞いたの?」
* * *
ルークは、しばらく黙っていた。
そして──
「......知らない方がいい」
「何故」
「危険だからだ」
「危険?」
「ああ。知れば、お前も巻き込まれる」
「もう十分巻き込まれてるわ」
サラは苛立った。
「今更、何を隠す必要があるの」
* * *
「俺は......」
ルークは言いかけて、止まった。
転生者であること。原作の知識があること。
それを話すべきか。
「......」
話せば、信じてもらえるか分からない。
下手をすれば、狂人扱いされる。
「俺には、話せないことがある」
「話せない?」
「ああ。今は、まだ」
「いつなら話せるの」
「......分からない」
* * *
サラは、深く溜息をついた。
「......分かったわ」
「え?」
「今は聞かない。でも、いつか話してね」
「......」
「私たち、仲間でしょう?」
「ああ」
「仲間なら、いつかは全てを共有すべきだと思う」
「......」
「私は待つわ。あなたが話してくれる時を」
サラは立ち上がった。
「でも、一つだけ言わせて」
* * *
「何だ」
「私は、あなたを信じてる」
「......」
「何を隠していても、あなたが悪い人じゃないことは分かる」
「どうして分かる」
「カイを見れば分かるわ」
サラは微笑んだ。
「あなたがカイを大切にしてること。それは、本物よ」
「......」
「だから、信じる。あなたの秘密にも、きっと理由があると」
* * *
ルークは、サラの背中を見送った。
「......」
信じている、と言ってくれた。
その言葉が、心に染みた。
「俺は......」
信頼されるに値する人間なのだろうか。
利己的な目的で動いている。カイを利用している。
それでも──
「いつか、話せる日が来るのだろうか」
答えは、まだ分からなかった。
* * *
翌日。
サラは、独自に調査を始めていた。
「学院の地下の封印について、もっと調べる必要があるわ」
王家の文書だけでは、情報が足りない。
他の資料を探す必要がある。
「学院の図書館に、何かあるかもしれない」
サラは、図書館の禁書庫に向かった。
* * *
禁書庫には、一般生徒の立ち入りは禁止されている。
だが、サラには王家の許可証があった。
「ヴァレンシュタイン嬢、こんな所に何の用だね」
司書が尋ねた。
「学院の歴史について、調べたいことがあるの」
「学院の歴史?」
「ええ。特に、創設期の資料を見せてほしいわ」
「......分かりました。こちらへ」
* * *
古い文書が、積み上げられていた。
「学院創設期の資料は、ここにあります」
「ありがとう」
サラは、一つ一つ資料を調べ始めた。
「学院の創設は、千年前......」
ちょうど、封印が施された時期と一致する。
「偶然じゃないわね」
* * *
「あった......」
一冊の古い日誌を見つけた。
『学院創設の真の目的について』
「真の目的......?」
サラは、日誌を読み始めた。
『学院は、表向きは剣と魔法を教える教育機関である。しかし、その真の目的は別にある』
「別の目的......」
『地下に封じられた「深淵王」を監視し、封印を維持することである』
* * *
「やっぱり......」
サラは確信した。
学院は、封印のために作られた。
『深淵王アザルは、かつて世界を滅ぼしかけた存在である。千年前、当時の勇者たちによって封印された』
「勇者たち......」
『しかし、封印は永遠ではない。世界の均衡が崩れれば、封印もまた崩れる』
「均衡が崩れれば......」
『均衡を保つために、学院は優れた人材を育成し、世界のバランスを維持する使命を帯びている』
* * *
「そういうことだったのね......」
サラは、ようやく全体像が見えてきた。
学院は、ただの学校ではない。
世界を守るための機関。
そして今、その均衡が崩れ始めている。
「ルークは、これを知っているのかしら......」
いや、きっと知っている。
だからこそ、隠そうとしているのだ。
* * *
その夜。
サラは、ルークに連絡した。
「少し、話せる?」
『何だ』
「図書館で、調べ物をしたの」
『......』
「学院の創設について。封印について」
『......どこまで知った』
「大体のことは。学院が封印を守るために作られたこと。均衡が崩れれば封印も崩れること」
『そうか』
「ルーク、あなたはこれを知っていたのね」
* * *
『......ああ』
「なぜ教えてくれなかったの」
『危険だと思ったからだ』
「私は監視役よ。危険な情報を扱うのは仕事のうちだわ」
『それでも......』
「もう遅いわ。私は知ってしまった」
『......』
「だから、これからは一緒に考えましょう」
「一緒に?」
「そう。封印を守る方法を」
* * *
『......分かった』
ルークは、観念したように言った。
『お前には、もう隠しても無駄だな』
「当然よ」
『では、明日話し合おう。三人で』
「分かったわ」
『それと、サラ』
「何?」
『ありがとう』
「え?」
『俺を信じてくれて』
サラは、少し微笑んだ。
「どういたしまして」
* * *
翌日。
三人は秘密の場所で会合を開いた。
「サラが、封印について調べてくれた」
ルークが説明した。
「学院の地下には、深淵王アザルという存在が封じられている」
「深淵王......」
カイは息を呑んだ。
「世界を滅ぼしかけた存在らしいわ」
「そんなものが、学院の下に......」
「千年前に封印されたが、最近になって不安定になっている」
* * *
「不安定になった原因は?」
「......俺たちだ」
ルークは、重い口を開いた。
「俺たち?」
「ああ。俺がカイを鍛えたこと。カイの加護が目覚め始めたこと。全てが、均衡を乱している」
「そんな......」
「世界には、一定のバランスがある。そのバランスが崩れると、封印も弱まる」
「じゃあ、僕が強くなったのが......」
「お前のせいじゃない」
ルークは言った。
「俺が、計画を立てた。責任は俺にある」
* * *
「どうすればいいんですか」
カイは困惑した。
「強くなるのをやめた方がいいんですか」
「いや、それは駄目だ」
「でも......」
「お前が強くならなければ、別の問題が起きる」
「別の問題?」
「深淵王が目覚めた時、戦える者が必要だ」
「......」
「お前の加護は、深淵王に対抗できる数少ない力だ」
「じゃあ......」
「強くなれ。ただし、急ぎすぎるな」
* * *
「急ぎすぎるな......」
「そうだ。ゆっくりと、着実に強くなれ」
「バランスを保ちながら、ってことね」
サラが言った。
「ああ。極端な成長は、均衡を乱す。だが、適度な成長は問題ない」
「適度な成長......」
「これからは、俺が成長速度を管理する」
「管理?」
「お前の訓練の強度を調整する。急激に強くなりすぎないように」
「分かりました」
* * *
「それから、もう一つ」
ルークは言った。
「封印を監視する必要がある」
「監視?」
「封印の状態を、定期的にチェックする」
「どうやって?」
「地下に潜入して、確認する」
「危険じゃないですか?」
「危険だ。だが、知らないよりはマシだ」
「......」
「俺がやる。お前たちは、表で警戒していてくれ」
* * *
「一人で行くつもり?」
サラが眉をひそめた。
「ああ」
「危険よ」
「分かっている」
「私も行くわ」
「駄目だ」
「なぜ」
「お前には、別の役割がある」
「別の役割?」
「王家との連絡係だ。何かあった時、すぐに報告できる立場が必要だ」
「......」
「頼むサラ」
* * *
サラは、しばらく考えた。
「......分かったわ」
「ありがとう」
「でも、無茶はしないで」
「分かっている」
「約束して」
「約束する」
サラは、ルークの目を見つめた。
「......信じるわ」
「ああ」
* * *
その夜。
ルークは、密かに地下へ向かった。
「封印の状態を確認する......」
警備をすり抜け、封印の間へ。
「......」
紫色の光は、以前より弱くなっていた。
「少し、安定したか......」
だが、まだ不安定だ。
いつ崩れてもおかしくない。
* * *
『......また来たか』
声が聞こえた。
「アザル」
『監視か......無駄なことを』
「無駄ではない」
『封印は、いずれ崩れる......それは、変えられない運命だ』
「運命は、変えられる」
『ほう......面白いことを言う』
「俺は、運命を変えるために動いている」
『だから、面白いのだ......お前は』
* * *
『しかし......』
アザルの声が、低くなった。
『運命を変えることには、代償がある』
「代償?」
『お前が物語を変えるたびに、世界は傾く』
「......」
『傾いた世界は、やがて崩壊する......そうなれば、我も自由になる』
「させない」
『どうやって防ぐ?』
「方法を見つける」
『......楽しみだな』
アザルは笑った。
『どこまで足掻けるか......見届けてやろう』
* * *
ルークは、地下を後にした。
「......厄介だな」
アザルの言葉が、頭から離れない。
運命を変えることには、代償がある。
それは、分かっていた。
だが、それでも──
「諦めるわけにはいかない」
カイを守ること。自分の生存を確保すること。
そのためには、戦い続けるしかない。
「方法を、見つけてみせる」
* * *
翌日。
サラは、ルークに報告を求めた。
「地下は、どうだった?」
「少し安定していた。だが、まだ危険だ」
「そう......」
「定期的に監視を続ける」
「分かったわ」
「それと、一つ頼みがある」
「何?」
「王家に、報告してくれ」
「報告?」
「封印が不安定になっていること。いずれ、対策が必要になると」
* * *
「王家に......」
サラは躊躇した。
「私の立場で、そんな報告ができるかしら」
「お前なら、できる」
「でも......」
「お前は監視役だ。重要な情報を報告する義務がある」
「......」
「俺たちだけでは、限界がある。王家の力が必要だ」
サラは、しばらく考えた。
「......分かったわ」
「頼んだ」
「任せて」
* * *
こうして、三人の協力体制は、さらに強化された。
ルークは封印の監視を。
サラは王家への報告を。
カイは適度な成長を。
それぞれが、役割を果たしていく。
「これで、何とか均衡を保てるはずだ」
ルークは、そう信じていた。
だが、運命は──まだ、動き出したばかりだった。
* * *
次回予告
* * *
秘密の稽古が露見しそうになる。
ルークは「悪役ムーブ」で煙幕を張るが、カイが傷つく。
師弟の絆に、亀裂が入り始める──
第12話「二人だけの稽古場」
「俺はお前を利用しているだけだ」
「嘘だ......嘘だと言ってくれ、ルーク」
真実と虚構の、狭間で──




