第10話「地下の脈動」
教会からの召喚状を前に、三人は対策を協議していた。
「召喚状の内容を確認しよう」
ルークが書類を広げた。
「『カイ・レイナーに対し、白燐教本部への出頭を命ずる』......」
「出頭を命ずる、って......」
カイは青ざめた。
「強制ですか」
「いや、強制力はない」
「えっ?」
「召喚状は、あくまで『要請』だ。無視しても、罰則はない」
* * *
「じゃあ、無視すればいいんですか?」
「単純にそうとも言えない」
サラが首を振った。
「召喚を無視すれば、教会との関係が悪化する」
「......」
「学院は教会との関係が深い。あまり逆らうと、学院側に迷惑がかかるかもしれない」
「そんな......」
「だから、別の方法を考える」
ルークは言った。
* * *
「別の方法?」
「召喚に応じるが、俺も同行する」
「同行......?」
「後見人として、被後見人の活動に立ち会う権利がある」
「......」
「俺がいれば、教会も無茶はできない」
「でも、危険じゃないですか」
「俺一人ではな。だから──」
ルークはサラを見た。
「お前も来てくれ」
* * *
「私も?」
「ああ。お前がいれば、証人になれる」
「証人......」
「教会が何か不正をしたら、報告できる立場が必要だ」
「......なるほど」
「それに、お前は王家に仕えている。教会も、王家の目があれば慎重になる」
「確かに......」
サラは頷いた。
「分かったわ。一緒に行く」
「ありがとう」
* * *
「いつ行くんですか?」
カイが尋ねた。
「召喚状の日付は、三日後だ」
「三日後......」
「それまでに、準備をする」
「準備?」
「教会の本部に行くなら、いくつか対策が必要だ」
「どんな対策ですか」
「まず、通信手段を確保する」
「通信?」
「俺たちがどこにいても、連絡が取れるようにしておく」
* * *
「それから」
ルークは続けた。
「緊急時の脱出経路を調べておく」
「脱出?」
「最悪の場合、逃げる必要があるかもしれない」
「そんな大げさな......」
「大げさではない」
ルークの表情は真剣だった。
「教会は、手段を選ばない可能性がある。準備しすぎるということはない」
「......分かりました」
* * *
三日後。
ルーク、カイ、サラの三人は、教会本部に向かった。
「ここが、白燐教の本部か......」
カイは、巨大な建物を見上げた。
白い石造りの大聖堂。荘厳な雰囲気が漂っている。
「緊張するな......」
「落ち着け」
ルークが言った。
「俺たちは、何も悪いことはしていない」
「そうですね......」
「堂々としていろ。卑屈になるな」
「はい」
* * *
受付で名前を告げると、奥の部屋に案内された。
「お待ちしておりました」
ベルナールが、にこやかに出迎えた。
「カイ君、ギルバート様、そしてヴァレンシュタイン嬢」
「三人で来たことに、文句はないだろうな」
「いいえ、もちろんです」
「それでは、用件を聞こう」
「ええ。カイ君の加護について、お話があるのです」
* * *
「加護について?」
「先日、カイ君の体が光る現象がありましたね」
「......」
「あれは、加護が目覚め始めた証です」
「それは、以前も聞いた」
「今日は、もう少し詳しくお話しします」
ベルナールは、古い書物を取り出した。
「これは、聖典に記された勇者の加護についての記録です」
* * *
「勇者の加護は、持ち主の成長とともに強くなる」
ベルナールは読み上げた。
「しかし、制御できなければ暴走し、周囲に甚大な被害をもたらす」
「......」
「過去にも、加護を制御できずに暴走した者がいました」
「暴走?」
「はい。周囲を焼き尽くし、本人も命を落としました」
カイは息を呑んだ。
「そんな......」
「だからこそ、教会の指導が必要なのです」
* * *
「脅しか」
ルークが言った。
「脅しではありません。事実を述べているだけです」
「加護が暴走するというなら、その対処法を教えろ」
「それは、教会の秘伝です」
「秘伝?」
「はい。一般には公開できません」
「ならば、カイを渡すことはできない」
「ギルバート様......」
「俺は、カイの後見人だ。彼を危険に晒すわけにはいかない」
* * *
「危険に晒す、とは心外ですね」
「教会が信用できるとは限らない」
「我々は、彼を守りたいだけです」
「守りたいなら、対処法を教えろ」
「それは......」
「教えられないなら、俺たちで対処する」
「しかし、素人に加護の制御は......」
「素人かどうかは、俺が判断する」
ルークは立ち上がった。
「今日のところは、帰らせてもらう」
* * *
「お待ちください」
ベルナールが制止した。
「せめて、カイ君の加護の状態だけでも調べさせてください」
「調べる?」
「はい。簡単な検査です。危険はありません」
「......」
「加護がどの程度目覚めているか、知っておいた方がいいでしょう」
ルークは考えた。
「......カイ、どうする」
「僕は......」
カイは迷っていた。
* * *
「怖くはあります」
カイは正直に言った。
「でも、自分の状態を知っておきたい気持ちもあります」
「......」
「ルーク、検査だけ受けてもいいですか」
「......本当にいいのか」
「はい。ルークがいてくれるなら、大丈夫です」
ルークはしばらく考えた。
そして──
「分かった。だが、俺も立ち会う」
「もちろんです」
* * *
カイは、検査室に案内された。
部屋の中央に、魔法陣が描かれている。
「この上に立ってください」
「......はい」
カイは、魔法陣の中央に立った。
「では、始めます」
ベルナールが詠唱を始めた。
魔法陣が、淡い光を放ち始める。
* * *
「......!」
カイの体が、再び光り始めた。
「おお......」
「これは......」
教会の神官たちが、驚きの声を上げた。
「すごい魔力量だ......」
「これほどの加護は、見たことがない......」
光はどんどん強くなっていく。
* * *
「ベルナール、もういいだろう」
ルークが言った。
「はい、十分です」
ベルナールが詠唱を止めた。
光は徐々に収まり、カイは元に戻った。
「はあ......はあ......」
「大丈夫か」
「は、はい......少し、疲れました」
「結果はどうだった」
ルークがベルナールに尋ねた。
* * *
「予想以上です」
ベルナールは、興奮を隠せない様子だった。
「これほどの加護を持つ者は、歴代の聖典にも記録がありません」
「......」
「カイ君、あなたは本当に特別な存在です」
「特別......」
「教会として、ぜひあなたをお守りしたい」
「しかし──」
「今すぐ決断を求めはしません」
ベルナールは一歩引いた。
「じっくり考えてください。我々は、いつでもお待ちしています」
* * *
教会を出た三人は、学院への帰路についた。
「......疲れた」
カイがぽつりと言った。
「大丈夫か」
「はい。でも、色々考えちゃって......」
「......」
「僕、本当に特別なんでしょうか」
「加護があることは、事実だろう」
「でも、勇者とか......そんな大それたもの、僕には......」
「今は考えるな」
ルークは言った。
「まずは、学院に戻ろう」
* * *
学院に戻ると、異変が起きていた。
「何だ、この騒ぎは......」
生徒たちが、騒然としていた。
「地下から、変な音がするらしい」
「封印が揺らいでいるって」
「怖いな......」
サラの顔色が変わった。
「まさか......」
* * *
三人は、学院の地下へ向かった。
「立入禁止だ。戻りなさい」
教官が立ちはだかった。
「何が起きているんですか」
「それは......」
「教えてください」
サラが詰め寄った。
「......封印が、不安定になっている」
「封印?」
「学院の地下には、古代の封印がある。それが、揺らぎ始めているんだ」
* * *
「古代の封印......」
ルークは、嫌な予感を覚えた。
「何が封じられているんですか」
「それは......答えられない」
「答えられない?」
「学院の機密だ。生徒には教えられない」
「......」
「とにかく、地下には近づくな。危険だ」
教官は、三人を追い返した。
* * *
「封印......」
ルークは、自室で考え込んでいた。
「やはり、深淵の封印か」
原作の記憶が、徐々に蘇ってきた。
学院の地下には、深淵王アザルを封じた封印がある。
それが、揺らぎ始めている。
「俺たちの行動が、原因なのか......」
カイの成長。加護の覚醒。そして、決闘での引き分け。
全てが、世界の均衡を乱している。
「物語の補正が、封印に影響を与えている......」
* * *
その夜。
サラからの連絡があった。
『ルーク、少し調べたことがあるの』
「何を調べた」
『学院の地下の封印について』
「......どうやって」
『王家の文書を、少し覗かせてもらったわ』
「危険じゃないのか」
『大丈夫。ばれてないわ』
「それで、何が分かった」
* * *
『学院の地下には、千年前の封印がある』
「千年前......」
『「深淵王アザル」という存在を封じているらしい』
「......」
『知ってるの?』
「......少しだけ」
『アザルは、かつて世界を滅ぼしかけた存在らしいわ』
「ああ」
『それが、最近になって封印が不安定になっている』
「原因は」
『分からない。でも、学院側はかなり警戒しているみたい』
* * *
「......やはりか」
ルークは呟いた。
「やはり、って......何か知ってるの?」
「詳しくは言えない。だが、警戒は必要だ」
「どういうこと?」
「俺たちの行動が、封印に影響を与えている可能性がある」
「私たちの行動?」
「カイを鍛えたこと。加護が目覚め始めたこと。全てが繋がっている」
「......どうすればいいの」
「今は、様子を見るしかない」
* * *
翌日。
学院では、地下への立入禁止が厳重になっていた。
「何があったんだろう......」
生徒たちの間で、不安が広がっていた。
「封印がどうとか......」
「怖いな......」
「大丈夫だろ。教官たちが何とかしてくれるさ」
* * *
その夜。
再び、異変が起きた。
「......!」
大きな地鳴りが、学院全体を揺らした。
「な、何だ!?」
生徒たちがパニックになる。
「地震か!?」
「違う、地下からだ!」
* * *
ルークは窓から外を見た。
「......」
学院の中庭に、紫色の光が漏れ出していた。
「封印が......」
さらに不安定になっている。
「このままでは......」
ルークは決断した。
「確かめに行く」
* * *
ルークは、密かに地下へ向かった。
警備をすり抜け、封印のある場所へ。
「......これは」
地下の広間に、巨大な魔法陣があった。
その中央で、紫色の光が脈動している。
「封印が、弱まっている......」
近づくと、声が聞こえた。
* * *
『......面白い......』
「誰だ」
『強くなる者がいる......均衡が崩れる......』
「......」
『お前か......物語を乱す者は......』
声は、封印の奥から聞こえてくる。
「アザル......」
『そう呼ばれていた......かつては......』
「何が目的だ」
『目的?......自由だ......ただの、自由......』
* * *
「封印は、破らせない」
『破る必要はない......お前たちが、勝手に崩してくれる......』
「何?」
『物語を変える者よ......お前が強くなるほど、世界は傾く......』
「......」
『そして、傾いた世界は......我を呼び戻す......』
声が笑った。
『感謝するぞ......改稿者よ......』
* * *
ルークは、その場を後にした。
「......まずい」
俺がカイを鍛えたこと。
物語を変えようとしたこと。
それが、深淵王の覚醒を早めている。
「世界難易度が、上がり始めている......」
ルークは、自分の行動の影響を、改めて思い知らされた。
* * *
次回予告
* * *
封印の異変を知ったサラは、真相を追求し始める。
ルークに接触し、敵か味方か曖昧な監視を開始。
三者の関係に、新たな緊張が生まれる──
第11話「監視役サラ」
「あなた、何を隠しているの」
「知らない方がいいこともある」
信頼と疑惑の、狭間で──




