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フロガ

フロガが天狐と会う前の話です。


 フロガの前に、黒煙と炎が立ち上がる。

 その黒煙の中には、つい一月前まで自分がよく行っていた村があった。

 優しい村人たちと、豊かな土地で育った作物、のどかな風景。 それらが今、爆発に呑まれて炎に包まれているのだ。

 どうにか助けようと手を伸ばして掠めたのは、飛んできた腕であった。

 その手首には、一月前にフロガが友達へプレゼントしたブレスレットがつけられていた。

 

「フロガ様、お気を確かに」


 執事のリカルドが、膝をつくフロガを支える。

 何かを言っていたが、その言葉はフロガには届かない。

 やがて村が炎で焼き尽くされるように、フロガの心も全て燃えて消し炭になっていった。





*****




「大変だったな、フロガ。村で起こった爆発に巻き込まれたんだって? 心配したんだぞ」


 屋敷に連れ戻されると、同じ顔をした双子の兄が朗らかに話しかけて来た。

 どうやらフロガは、爆発に巻き込まれたことになっているらしい。

 実際は、旅行の帰り道で村へ立ち寄っただけなのに。


「リカルド、フロガは俺が部屋まで連れて行くよ」

「承知致しました。 フロガ様、何かあればこのリカルドをお呼びください」


 エルフの執事が深々と頭を下げる。

 虚ろな目をしてふらつくフロガを、兄のクレヴォが支えて、部屋まで歩いた。


「まったく、無茶するなよ」

「……違うんだ、クレヴォ」


 力なく呟くフロガに、クレヴォは軽くため息をついて肩を叩く。

 何か気の利いたことを言えないか思考したあと、クレヴォは思いついたように「そういえば」と言って声のトーンを上げた。

 

「あの村に出来た橋、お前が頼んだんだってな」

「……あの村、隣村に行くのも大変だっただろ。お年寄りも多かったし、役に立てればと思って」


 へえ、とクレヴォが驚いた顔をする。


「親父がよく許したな。 ケチなのに」

「いや、 断られた。だからお小遣いで……そんなに高いものでもなかったし……」

「ふーん。 でもお前凄いじゃん」


 フロガが首を傾げる。

 クレヴォは同じ顔で笑ってみせると、フロガの部屋の扉を開けた。


「あの村の土地が次の商売に使えるってわかってたんだろ。 だからあの橋作って、村を消しやすくした……って、違うの?」

「は……?土地って?……消すって何?」

「え? ほら、親父が新しい耕地が欲しいって言ってただろ。 品種改良した桃が特殊で、合う土地がないって。 村人が邪魔だったから手っ取り早く爆破したんだろ?」


 今度はクレヴォが首を傾げた。

 顔色が変わっていくフロガを不思議そうに眺め、先に部屋へ入って椅子に座る。


「別に良いじゃん、村の一つや二つ。 年寄りばっかで大した税金も納めてなかったんだろ。 新しく移民を入れるって言ってるし、気にするなよ」

「気にするな……? 気にするなって、ヒトが大勢亡くなってるんだぞ!?」

「精々三十人程度の村だろ。 無いのと同じじゃん」


 クレヴォの胸ぐらを掴む。

 驚いたように目を丸くしていたが、フロガの震える手を見てにやりと笑った。


「甘っちょろいな。 三十人いなくなるだけで、うちの領地に住む何万って民が豊かになるんだぜ。 お前よく言ってただろ、領地を良くして困っているヒトたちを助けたいって。 金儲けのチャンス……」


 我慢しきれなくなったフロガが、クレヴォの顔面を殴る。

 その拍子に、クレヴォは床へ転がり驚きのまま身を起こした。

 

「クレヴォ、お前……!!」

「いってーな!! 何怒ってるんだよ!?」

「……もう出て行ってくれ。 俺は今から父さんの部屋に行く」

「は? 自分がやったことの報告か? そんな甘い考え方してるくせに、褒められようとでも思ってんのか!」

「うるさい」


 舌打ちをすると、クレヴォは自分の部屋へ向かって行った。

 反対側にある、父の部屋をフロガは目指して歩く。

 歩きながら、クレヴォの言っていたことや状況を整理した。


 まずわかったのは、あの村の土地が父の望む理想の土地であったこと。

 それに勘付いたのは、恐らくフロガが村から貰ってきたフルーツを父に渡したときだ。

 橋が出来てから一度だけ、フロガがいないときに父が村へ従者と共に訪れている。

 村人が大層喜んで話していたので、フロガもよく覚えていた。

 そこで父はあの土地の良さを確信したのだろう。


 あの爆発を起こしたのは、父だ。

 しかし、何故村人を一掃しようなどと思ったのかがわからなかった。

 新しい耕地を作るのなら、村人たちに手伝って貰えば良い。 給付金を渡せば、村も豊かになる。

 何故、そうしようとしなかったのか。

 そこまで考えたところで、ようやく父の部屋に着いた。


 大きな扉をノックする。

 父からの返事はなかったが、変わりにリカルドが扉を開けた。


「フロガ様……如何なさいましたか」

「父に会いに。 いるんだろ?」

「少々お待ち下さいませ」


 言われてから五分後、ようやく部屋に通される。

 大きな机の前でくつろぐ父は、少し酔っているようだった。


「どうした? あの村のことか?」

「はい」

「ああ、心配するな。 お前は土地を見つけた英雄にしておくつもりだ」

「はい?」


 父がワインを飲み干す。

 それからご機嫌な顔で椅子にもたれかかった。


「あれは良い土地だ。 きっと我が家にとって影の柱となる」

「……貴方が爆発を仕向けたんですか? 何故そんなことを……」

「ん? ああ、大丈夫だ。 その件なら、村に滞在していた錬金術師が勝手に失敗したことにしてある。 口封じとして金も渡したし、領地からも出ていったから心配するな」

「リンドール先生のせいにしたんですか!? あのヒトはそんな事をするようなヒトではありません!」


 父が面倒臭そうに顔を顰める。

 ワイングラスへ注がれたワインを一気に飲み干し、ため息をついた。


「クリフ・リンドールは金を受け取った。 まあ、何やらゴネていたがね、脅したらすんなり引いていったよ。 フロガ、お前は何が不満なんだ」

「不満って……村人を殺す必要なんて無かったはずです。 どうして、あんな酷いことを……」

「それはお前、あいつらが邪魔だったからに決まっているだろう」


 フロガは言葉に詰まった。

 何の悪気もなく、当然のように言うものだから、思わず父の後ろにいるリカルドの顔を見る。

 眉を少し下げ、優しい表情でフロガを見つめていた。

 

「邪魔……? 新しい耕地を作るのに、協力してもらおうとは思わなかったのですか?」

「老い先短い年寄りばかりじゃないか」

「なら、別の土地に移動してもらえばよかったのでは? 支援金を渡して、より良いところに……」

「金の無駄だろう。 村を一掃して土壌回復を魔法使いに頼んだ方が安く済む」


 フロガは絶望した。

 何を言っても意味が無い。

 そもそも、思考からして違う。

 話が通じないのだ。


「……わかりました」

「ああ、ようやくか。 明日はベルトラン伯爵家のフォリエンヌ嬢とクレヴォの顔合わせがある。 お前も顔を出せ」

「はい」

「お前の相手だがな、この前の夜会で会ったアルベール公爵の令嬢がお前を気に入ったらしい。 次の夜会でエスコートしなさい」

「はい」

「他に何かあるか?」

「いいえ」


 喋っている父の言葉のひとつひとつが耳から抜けていく。

 自分が何を言っているかもわからなかったが、フロガは部屋をあとにした。

 

 自室に戻る途中、トリアが走ってきた。

 フロガの足に抱きつき、満面の笑みで見上げている。


「おかえりなさい、フロガおにいさま!」

「……ただいま、トリア」

「ねえ、おにいさまはノイトゥータに行ってらしたんでしょう? どんなところだったか、お話してほしいわ!」


 そうだ、そういえばノイトゥータへ母と一緒に旅行へ行っていたのだ。

 帰りに村の前で降ろしてもらって、それで、橋を渡っているときに爆音が響いて、何故かそこにリカルドがいて……。

 そこからは、馬車に乗って家につくまでは何を話していたかあまり覚えていない。


「ごめんね、トリア。 もう寝る時間だ」

「えー……あ、それじゃあ、ご本を読んで!」

 

 きらきらと目を輝かせているトリアは、何も知らないのだろう。

 そんなトリアに冷たくすることもできず、フロガはトリアの部屋で一冊の絵本を読んだ。

 世界中を魔法で幸せにする、少女のお話。

 トリアはこの絵本が大好きだった。

 

「女の子は言いました。 わたしの魔法で、この村に美味しい野菜や果物を沢山採れるようにしましょう……」


 トリアがにこにことフロガを見上げている。

 それに笑い返して、本を読み進めた。

 結局、この本の少女はヒトに利用されて永遠の眠りに落ちるが、最後に現れた王子様に救われてハッピーエンドとなる。

 よくあるおとぎ話だ。

 

「そして女の子は幸せに暮らしました。 おわり。 さあトリア、もう寝る時間だよ」

「はーい。 ねえおにいさま、また明日も読んでくれる?」

「トリアはもう五歳なんだから、本ぐらい一人で読めるだろ」

「おにいさまに読んでもらうから楽しいの!」


 ぷう、と頬を膨らませるトリアの頭を撫でてやると、またにっこりと笑った。


「おにいさま、ずっとトリアのそばにいてね」

「ああ」

「約束よ?」

「わかったよ。 ほら、もう寝なさい」


 フロガの空返事にトリアは満足そうに笑うと、瞳を閉じた。


「約束よ、おにいさま……」


 そう呟くトリアの頭を撫で、フロガは部屋を出た。



*****



 宵2つが過ぎた深夜。

 フロガは家の門をくぐっていた。

 何も持たず、ふらふらと歩くフロガの目はどこか遠くを眺めている。

 

「フロガ様」


 呼び止められて、足を止めた。

 振り返れば、執事のリカルドがいつもと変わらない優しい表情で立っていた。


「リカルド……」

「フロガ様、これをお持ちください」


 差し出されたのは、外套と片手剣と少しの荷物。

 リカルドを見上げれば、何も言わずにフロガへそれを握らせた。


「これは?」

「フロガ様のことですから、きっと安易に自殺などはすることはないのでしょう。 ですが、生きる事もしないと、私は思っております」

「どうして……」

「これらはきっと、フロガ様の役に立ちます。 この片手剣は、エリュプティオ家を築いたフランマ様が使っていたものですから、フロガ様をお助けくださるはず」


 それを聞いて、フロガは剣を返した。

 フランマといえば、エリュプティオ家の初代当主だ。

 家宝とも言えるそれを持って行くことなんてできない。


「こんなもの持っていけないよ」

「倉庫で眠っていたものですから、無くなっても誰も気付きませんよ。 どうか、お持ちください」


 ぎゅっと片手剣を押し付けられる。

 なんだか妙な圧があって、押し返すことができなかった。


「……リカルド、最後に聞きたいことがあるんだ」

「はい」


 リカルドの銀目がキラキラと輝いている。

 老夫と言えど、やはりエルフは美しいと思った。


「リカルドは、どうしてあんな事をする父さんの側にいるの?」


 リカルドが優しく微笑む。

 彼もあちら側で、話が通じない相手なのだろうか。

 フロガは落胆の意味をこめて、目を伏せた。


「私は、エリュプティオ家の執事でございます。 御主人様が如何なる人物であろうとも、如何に選択を間違えようとも、最期までお側にお仕えするのが執事です」

「……あんなに酷いことをするのに?」

「はい。 私は、何処までも付いて行く所存にございます。 ……次の御主人様にお仕えするので、あの世まではお供できませんが」


 少し、笑ってしまった。

 そんなフロガの手を、リカルドはそっと取った。


「フロガ様。 私は、このエリュプティオ家の血に惚れ込んでいるのです。 フランマ様に忠誠をお誓いしたときから、ずっと」


 そう言って、リカルドが片膝をつき、頭を垂れる。

 

「この度はフロガ様の心を傷付けてしまったこと、リカルドは一生後悔して参ります。 どうか、自暴自棄にはならぬよう……」

「リカルドが悪いわけじゃないよ」


 顔を上げたリカルドは、いつもの優しい笑みではなく、珍しく眉を下げていた。

 そんなリカルドを立ち上がらせて、フロガは最後のさよならをする。


「さようなら、リカルド。 今までありがとう」

「勿体無いお言葉でございます」

  

 リカルドが深く礼をする。

 それに背を向けて、フロガは歩き出した。

 その姿が見えなくなるまで見送ってから、リカルドは屋敷へと戻る。

 が、ふと足を止めて顔を上げた。


「ああ、私としたことが。 ヘオース村のことを言うのをすっかり忘れていた……」


 そんな呟きが、夜の暗闇へと消えていった。




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