プレッツェル
「このプレッツェルを折らずに食ったら何でも言うこと聞いてやる」
今日のおやつは棒状のプレッツェル。
細くてサクサクしたプレッツェルにチョコをコーティングした、手軽なお菓子である。
つい今まで大人しくプレッツェルを齧っていた天狐が、プレッツェルを咥えたまま突然そんな事を言い始めたので、フロガは首を傾げた。
「なんだよ、急に」
どうせ、お前が負けたらおやつを追加しろ、とでも言いたいのだろう。
わかってはいるが、一応聞いてみたのだ。
フロガの問いに、天狐はニンマリと笑ってみせて、手に持っているプレッツェルでフロガを指した。
「お前が負けたらおやつを追加しろ」
やはりそうだった。
予想通りだ。
……しかし、恐らく、いや、もしかしたらフロガの妄想かもしれないが、天狐はキスをしたいだけなのではないだろうか。
九割九分違う。が、昼の営業が終わって疲れたフロガの脳は勝手に良い方向へと考えを巡らせた。
ゆらゆらと尻尾を揺らして狡猾な笑みを浮かべている天狐の隣に座り、向かい合う。
そしてフロガも穏やかに笑ってみせた。
「いいよ。俺が反対側から食べればいいんだろ?」
「は? ちがっ」
天狐は素直じゃないな。
そんな事を思いながら、天狐の咥えているプレッツェルを煙草のように指ではさんで持ち上げ、サクサクと食べ進めていけば途中でプレッツェルが折られてしまった。
ついでに肩を思いきり押されて拒絶された。
椅子からひっくり返りそうになったのを踏ん張って天狐を見れば、頬をほんのりと赤く染めて睨んでいる。
「何してんだお前!!」
天狐の大きな狐耳がぴくぴくと震えて横に倒れる。
九つの尻尾はやや膨れ上がっていた。
この反応は、怒っているのと恥ずかしがっているのと、両方だろう。
その反応を見て笑いそうになるのを堪えつつ、フロガは自分の口元を手で覆った。
「何って、お前から言ってきたくせに……」
「それはそうだが……私は手に持ってるプレッツェルの話をしていたんだ」
そういえば、口に咥えているのと、手に持っているのと二本あった事に今更ながらに気付く。
「俺がプレッツェルを咥えた瞬間に折るつもりだったってこと?」
「さあな」
「結局お前が負けちゃったけどね」
天狐が面白くなさそうに口をへの字に曲げて、頬杖をつく。
反論せずに負けを認めてくるあたり、大して本気ではなかったのだろう。
「で、なんでも言うこと聞いてくれるの?」
「そんなこと言ったか? こんなお遊びで本気になるな」
そう言うと、天狐は残りのプレッツェルを齧り始めた。
フロガは「ふぅん」とだけ呟くと、天狐と同じように頬杖をつく。
それから少しだけ間を置いて、口を開いた。
「ただ目を瞑ってくれるだけで良かったんだけどな」
「なんだそれ。何が目的だ?」
「顔を見ていたくてさ。目が合うとお互い恥ずかしいだろ」
「……わからなくもない」
「5分……いや、3分でいいよ」
「……仕方が無いな」
天狐が素直に目を閉じる。
長いまつ毛が影を落としているのを確認すると、フロガは天狐の顎に指を沿わせた。
唇には笑みを浮かべ、紫紺色の瞳はじっと天狐を見つめている。
天狐が酷く後悔するまで、あと3分。




