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プリン

 

 今日のおやつはプリン。

 スプーンで突けばふるりと揺れて、口に入れればなめらかな舌触りと卵のうまみが広がる、天狐の好きなおやつの一つだ。

 数あるプリンの中でも天狐は固いプリンが好きだ。

 だからプリンを作る時、フロガは全卵と牛乳を使い、低温でじっくりと焼き上げる。

 一方、フロガが好きなのは柔らかいプリンだ。

 卵黄のみを使い、生クリームを入れるのが柔らかく作るコツだ。

 作り方はどちらも非常に簡単。

 混ぜたプリン液を蒸し焼きにするだけ。


 朝食ついでに作ったそれを冷却魔具の中に入れ、フロガは食卓についた。


「今日のおやつは魔具の中に入ってるから、好きな時間に食べてよ」

「なんだ、出かけるのか?」

「冒険者ギルドから連絡が来てね。 指名で依頼があったんだって」


 ぴくりと天狐の耳が動く。

 琥珀色の瞳にはうっすらと不安の色が浮かんでいた。


「一人で大丈夫なのか」

「大丈夫だよ。 鳥型魔獣の討伐なんだけど、他にも冒険者がいるみたいだからさ」


 夕方には帰ってくるよ。

 そう言ってフロガは朝食を終えたあと、家を出て行った。

 随分と軽い物言いだったので、大した依頼ではないのだろう。

 そう思うことにして、天狐は朝食の片付けを始めた。


 ──おやつに手を出したのは、昼食を終えて少し経った頃だ。

 冷却魔具を開け、容器に入ったプリンを見つけた瞬間、尻尾が忙しなく動いてしまった。

 なんせ二つもあったのだから、テンションが上がってしまっても仕方が無い。


「留守にするから詫びのつもりか? まあ良い」


 スプーンを用意して、早速ひと掬いする。

 ぷりぷりの程良い弾力としっかり感じる卵の味。

 ほろ苦いカラメルソースが良いアクセントになって、スプーンか止まらない。

 どうせもう一個あるのだからと、一つ目のプリンは一分と経たずに無くなった。

 すぐに二つ目のプリンへ手を伸ばし、今度は贅沢に半量をスプーンに取る。

 先ほどのプリンと違ってとても柔らかく、スプーンからこぼれ落ちそうになったのを慌てて口へ入れた瞬間、天狐は大きな狐耳を後ろへ倒した。


 濃厚な卵のコク、生クリーム入りのとろりとした食感。

 口を動かさなくても溶ける程に柔らかいそれは、天狐がいつも食べるプリンとは違う。

 何より決定的な違いは、カラメルソースの味だ。

 芳醇な香りが口いっぱいに広がり、飲み込んだ瞬間に喉の奥から鼻にかけて灼熱感がツンと通る。

 これはアルコール。 おそらくウイスキーだろう。


「……ヤバイ」


 こいつはフロガのプリンだ。

 既に半分無くなってしまったプリンを眺めながら、天狐は呟いた。

 しかし食べてしまったものはどうしようもない。

 そもそも何も言わずに二つ並べて置いておく方が悪い。

 そうだ。 食べられたくなければ、わかるようにしておけば良いのだ。

 天狐は勝手に納得して、残りの半分を平らげた。


「ごちそうさまでした」


 頬が熱い気がするが、まさかこの程度で酔うことはないだろう。

 天狐は食べ終わったプリンの容器を持ち上げた瞬間、ピンと立っていた耳と尻尾が垂れ下がるのを感じた。


『俺の』


 とだけ書かれたラベルが容器に貼ってある。

 見なかったことにしてラベルを剥がし、シンクで容器とスプーンを洗った。 

 

 夕方になり、住居スペースの扉が開く。

 沢山のお土産を抱えたフロガが上機嫌に声を上げた。


「ただいまー。 天狐ー? 魔獣の肉と卵たくさん貰ってきたから、今日の晩御飯はオムライスだぞ!」


 返事がない。

 リビングのソファを覗き込むが、いないので寝室へ行ってみる。

 暗い部屋の中で毛布が盛り上がっているのを見て、フロガはそっと声をかけた。


「寝てるのか? ほら、もう夕方だから起きろ」


 毛布からはみ出した耳がピクピクと動き、尻尾が揺れる。

 そっと顔を出した天狐の顔はまだ眠そうであった。


「天狐。 オムライスの卵、固いのと柔らかいのどっちがいい?」


 大きな耳が後ろへ倒れる。

 フロガから目を逸らし、天狐は小声で呟いた。


「や、やわらかいの……」

「わかった。 今から作るから、早く起きろよ」


 それだけ言うと、にこりと笑ってフロガは寝室を出て行った。

 数分後、再びフロガが戻って来る。

 

 先ほどの微笑みとはかけ離れた、静かな怒りを含んだ顔。

 リビングの灯りを背に佇むフロガが、ゆっくり口を開いた。

 

「俺のプリン食べた?」


 答える代わりに頷く。

 大きなため息が吐かれたあと、恐ろしい台詞がフロガの口から出てきた。


「明日のおやつ無しだからな」


 大きな耳が倒れすぎて頭と同化する。

 九つの尻尾は丸まり、天狐の身体を包んだ。

 ここまで沈んでいる姿はあまり見たことがないせいか、怒りの表情を浮かべていたフロガも流石に眉を下げた。


「……しょうがないな。 お酒入ってただろ、大丈夫か?」

「ん……」

「ほら、オムライス食べよう。 すぐ出来るから」


 その言葉通り、すぐに出来上がったオムライスはプリンと同じくらい美味しかった。

 翌日のおやつは、当然だが無しだ。


 天狐は深く後悔し、次からおやつが二つあるときは疑おうと心に決めた。

 ちなみに反省はしていないようだ。

 

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