ミコト村の怪 後編
辛くて甘い、食欲を掻き立てる香りがヴァルムの店内に広がる。
今日のヴァルムは定休日。 作っているのは明日のランチに出す予定のヤキソバとオコノミヤキである。
「よし。 天狐ー、ご飯できたぞー」
出来上がったオコノミヤキには、ワジャイでソースと共に買ってきたカツオブシ、アオノリを振りかけた。
香りは更に強くなり、フロガの腹が鳴る。
「いい匂いだな」
「だろ? この間ワジャイで買ってきたソースと食材を使ってみたんだ」
天狐の前に皿を置き、横に座る。
熱々のオコノミヤキとヤキソバの上で踊るカツオブシ
を、天狐は面白そうに眺めた。
「いただきまーす」
フロガが箸を持つ。
瞬間、ヴァルムの窓を何かが突き破ってきた。
散らばるガラス片。
それを撒き散らしながら、何かは天狐の皿の上に突撃した。
「なんだ? こいつ……」
天狐が、それを箸で摘み上げる。
白い紙を折って作られた、鳥のような物体。
微弱だが、魔力を纏っている。
「ああ! これ、ルベルマーさんのオリジナル魔具だよ」
「……ルベルマー?」
「神都に来る前、クエストで一緒にパーティー組んだだろ。 ほら、回復術士のおじさん。 俺達に晩御飯奢ってくれたじゃん」
天狐が考えている中で、フロガがソースまみれの白い紙を広げる。
中にはミコト村で起こったこと、怪異のこと、自分では手が負えないこと……そして、この手紙が届く頃には自分は死んでしまっているかもしれない、ということが書かれていた。
「大変だ……早く助けに行かないと!」
「は?」
「ルベルマーさんと、このミコト村って所が魔獣に支配されているらしい。 天狐、準備しろ」
「面倒だ。 一回会っただけのおっさんと知らない村なんか放っておけ」
興味なさげに頬杖をつく天狐を、フロガは厳しい顔で睨んだ。
これはフロガが面倒事を言ってくる前触れである。
「あのな、天狐。 ルベルマーさんはわざわざ俺達を頼ってきてくれたんだぞ。 たった一回会っただけでも、お世話になったヒトなんだから困っているなら助けなきゃ」
「私は厄介事に首を突っ込むなと言っているんだ」
フロガがため息を吐く。
それから手に握っていたルベルマーの手紙を広げ、天狐に見えるようにカウンターの上へ置いた。
訝しげに見上げる天狐を、フロガはじっと睨んだ。
「なんだよ」
「ここ見て」
指を差された箇所を、天狐が流し見る。
ある一箇所を読んだ瞬間、面倒臭そうに伏せられていた瞳が、大きく見開かれた。
「報奨金1000万だと!?」
「お金なんかで動きたくはないんだけど……」
「確かに少しきな臭い気もするが……見に行くぞ」
意気揚々と天狐が立ち上がるのを、フロガは悲しそうな瞳で見つめた。
「お前のそういうところ、俺はあんまり好きじゃないよ……」
「黙れ。 私だってお前の馬鹿みたいなお人好し加減には迷惑してんだよ」
悪態をつきあう二人だが、お互いそこまで本気ではないという事はわかっている。
文句もそこそこに身支度を整えて店を出ると、天狐がぽつりと漏らした。
「ところで昼飯はどうするんだ」
「どっかで適当に買おう。 今は依頼が優先だ」
天狐が本気で嫌そうな顔をしたのを、フロガは見なかったことにした。
かくして、二人はミコト村へ向かう。
*****
一度ギルドに寄ったあと、馬車を乗り継ぎ、ミコト村周辺まで辿り着いたのが翌日の朝。
朝靄に包まれた森の中は、爽やかな空気と心地の良い風が吹き抜け、愛らしい鳥の囀りが聞こえる。
とても近くのミコト村が脅威にさらされているとは考えられないほど、道中は穏やかであった。
「空気の綺麗なところだなぁ。 東に来るのは久し振りだし、帰りは何か珍しいものでも食べて行こうか」
「ああ。 極東スープパスタとか……そうだ、オコノミヤキはこっちが本場だったか」
食べそこねたオコノミヤキに未練があるのか、天狐はジロリとフロガを睨んだ。
「……悪かったよ。 オコノミソースを多めに買って帰ろう」
まるで緊張感の無い会話をしつつ、早足で歩き進む。
穏やかな森の中に変わりは無いが、突然天狐が足を止めた。
「どうした?」
「イカ臭い」
「……流石に暴言すぎるだろ」
「馬鹿かお前は」
「冗談だよ。 で、結構危ないのか?」
天狐が首を捻る。 どうやら分かり辛いようだ。
「気配を隠すのが上手いようだが、臭いがダダ漏れだ。 食い過ぎたんだろうな」
「……犠牲者が多いってことか」
「とりあえず用心しておけ」
「ああ、わかった」
フロガの目が鋭くなる。
そのまま、音を立てずに森の中を進んだ。
やがて青い霧が辺りを包み始め、明るかった空が淀み始める。
ミコト村の入口まで来る頃には、夜かと見紛う程に周囲の光が無くなっていた。
爽やかだった空気は重くなり、じっとりとした不快な湿気が肌に纏わりつく。
古い血の臭いが漂う村の中にヒトの気配はなく、家々の窓からも明かりは見えない。
「酷いな……」
苦々しく呟いたフロガが、家を見て回る。
ドアを叩いても返事は無く、鍵の開いている扉を引いてみれば中は時が止まったかのように家財道具が残っていた。
食べかけの食事、干しっぱなしの洗濯物、水が溜まった洗い物などが全てそのままになっている。
しかし、不思議なことに何処の家にも靴が一つも見当たらない。
「おいフロガ」
呼ばれて振り返る。
顎でしゃくる天狐の視線を追うと、中央広場が見えた。
青い濃霧の中にあったのは、高く積まれた靴の山。
その異様な光景に、フロガは軽い吐き気を催した。
「なんだこれ……あ、あの靴は!」
靴の山の中に、知っているものを見つけた。
それは、助祭に支給されるというシンプルな黒い革靴。
ルベルマーは5年前もこんな靴を履いていたのを思い出す。
思わず、その山に近寄ろうとしたが天狐に腕を掴まれた。
「近寄らないほうがいい。 多分、中に隠れている」
「隠れてるって……魔獣?」
「魔獣に近いナニか、だろうなぁ」
天狐が靴の山を流し見る。
そんな天狐に釣られてフロガも靴の山を見上げていると、ふいに後ろから声がした。
「あの、すみません」
男の声だ。 全く気配が無かったので、突然聞こえてきた声にフロガは振り向いた。
すぐ後ろにいたのは、四十代くらいの男。
深緑色のケープに、茶色のバレット帽、そして腰には小袋を下げている。
装いを見るに、この村の商人だろうか。
「あなたは……?」
「私はこの村の商人でテッペイと申します。 もしかして、ルベルマーさんが呼んだという冒険者のかたですか?」
「テッペイさん!? あ、冒険者のフロガと申します。 ルベルマーさんの手紙で拝見しました。 無事だったんですね!」
胸を撫で下ろして喜ぶフロガに、テッペイは少し眉を下げて笑ってみせる。
何か言いたそうに口を開くが、テッペイの視線は突然上を向いて驚いた表情をした。
「フロガさん、あれは……」
「え?」
テッペイが上を指差す。
振り返って見上げてみると、吸盤のついた触手が天狐を絞め上げているのが見えた。
「天狐!! ……お前、そんなに触手が好きだったのか」
「うるさい!!! 好きで絡まれてるんじゃないんだよ、この馬鹿が!!」
じたじたと暴れている天狐だが、触手はびくともしない。
様子を見る限り、天狐に異変は無く、服が溶けたりという危険性もない。
天狐自身も悪態をつく余裕があるようなので、フロガは話を続けることにした。
「テッペイさん、この村で一体何が起こったんですか?」
「えっ、今それを聞くんですか? あの方をお助けないと……」
「ああ、大丈夫そうなんで遊ばせておきましょう」
テッペイが少し引いている。
それを察したのか、フロガは何かに気付いたようにハッとした。
「すみません、気になりますよね。 場所変えます?」
そういう事じゃない。
テッペイは言いかけたが、この場で話を続けることにした。
一方の天狐は苛立っていた。
炎の魔法で燃やしても良いが、加減できずに村全体を燃やしてしまうかもしれない。
そうなると、またフロガがうるさい。
天狐は触手に絞め上げられながら、下にいるフロガを睨みつけた。
その視線に気付いたフロガが手を振る。
「天狐! そいつ、地獄って名前なんだって!」
「知るか!!!」
天狐が叫ぶと、触手がまた絞め上げてきた。
その割に骨が折れるほどの力は無く、魔力を吸うといった気配もないし、身体に異常も出てこない。
この「地獄」とやらは何がしたいのだろう。
そう思っているうちに、突然脚を持ち上げられた。
「う……」
ギチ、ギチ、と脚が軋む。
引き千切ろうとしているのだろう。
しかし、簡単に脚をやるほど、天狐は優しくはなかった。
脚を絞め上げている触手目掛けて指を曲げる。
すると、小さな炎の矢が飛び、脚に絡まる触手に刺さった。
瞬間、何かが捻れるような、ぎゅうという音が鳴る。
同時に脚に絡んだ触手の力が緩み、また探るような締め付けに戻った。
そして、天狐の頭の中に知らない声が響く。
「助けて……助けて……」
「痛いよおおお!! 脚がないの!!!」
「もう嫌ぁ!!……こんな糞みたいな田舎、さっさと出ていけば良かった!」
嘆願、悲鳴、恨みなど、様々な声が頭に流れてくる。
これは、地獄に取り込まれた村人や冒険者たちの声だ。
脚を喰われ、魂を喰われて、地獄の底に固まっているのだ。
「うるさい!!!黙って死んでろ!」
天狐が叫ぶと声が消えた。
同時にフロガから怒られる。 この声はフロガにも聞こえていたのだろう。
「天狐!! なんてこと言うんだ!」
「黙れ。 ……おい、まだうるさい奴が一人いる」
助けを求める声は消えた。
が、女の声が延々と恨み言を吐いているのだ。
「こんな、何も無い田舎……私には相応しくなかったの! 絵を描くだけで村を出られるんなら、もっと早く伯爵様に売り込んでおくんだった!」
「なんだぁ? お前……」
天狐が顔を顰めると、声はヒステリックに叫んだ。
「何よ、その態度!! 私は村長の娘よ!? あいつも幼馴染ってだけで馴れ馴れしくしてきて……迷惑してるのはこっちなの!!なんで振っただけでこんな目に遭わなきゃいけないのよ!! イッペイさんに会わせてよー!!!」
女の恨み言はヒートアップしていく。
芸術の街に行ったら、もうこの村には戻って来ないと思っていた。 生前、想い人がいた。 想い人とは両思いだったはず。 幼馴染は顔がタイプじゃない。
などなど、天狐にとってはどうでも良い事ばかりであった。
更にはもう一人混ざってきた。
「ひどいよ、コナツちゃん……」
「うるさいわね! あんたのせいで皆迷惑してるの! 消すなら私以外のヒトにしなさいよ!!」
「嘘だよね? コナツちゃんはそんな事言わないよね?」
「かーっ! これだからピュアな奴って嫌い!! 何が恋のおまじないよ!! 幻想見てんじゃねーーーよ!!」
痴話喧嘩が始まった。
天狐の苛立ちもピークに近づいているが、決定的なのはこの一言だった。
『タマシイ……ナイ……マズイ……』
男とも女ともとれない、掠れた声。
これは「地獄」の呟きだったのだろう。
それがいけなかった。
呟きを聞いた瞬間、天狐の中で何かが切れた気がした。
「おいフロガぁ!! この村焼き尽くすぞ!!!」
ぽぽぽ、と小さな炎が「地獄」の触手に灯っていく。
その炎は一瞬で燃え上がり、靴の山と地獄を一気に飲み込んで更に勢いを増した。
ギラギラと猛獣のように滾る天狐の瞳は、金色に赤い炎を映している。
その様子を見て、フロガは怯えるテッペイを後ろへ下がらせた。
「よせ、天狐。 燃やすのは地獄だけだ」
「知るか!! この糞ども全員燃やし尽くしてやる!」
「そっか、残念だなぁ。 地獄を連れて行けばギルドから追加の報奨金が出るのに」
ぴた、と炎の勢いが止まる。
金色に輝いていた天狐の瞳は落ち着いた琥珀色に変わり、「地獄」を包んでいた炎はゆっくりと消えていった。
靴の燃えカスが散り、悲痛な叫びは消え、穏やかな感謝の声が小さく聞こえてくる。
中にはルベルマーの声も聞こえたので、天狐は眉間に皺を寄せた。
「ルベルマー……思い出した。 だからフロガと私を呼んだのか」
「どういうこと?」
フロガが首を傾げる。
天狐は軽く舌打ちをして、まだ暗い空を見上げた。
「バケモンにはバケモンをぶつけるんだよ」
*****
5年前。
ルベルマーは天狐がヒトではない事をすぐに見破った。
キメラであることも、強い魔力があることも、作り物だから魂がないことも、全て。
それを口に出すほど野暮な男ではなかったし、優しいヒトではあったが、天狐はこの男が苦手であった。
「君はね、もう少しフロガ君に優しくしてあげると良いね。 未来は明るいんだよ」
別れ際そんな事を言われたのを思い出す。
まるで未来が見えているかのように言っていたくせに、自分が死んでしまっては信憑性がない。
或いは、死ぬとわかっていてここに来たのだろうか。
真意はわからないまま、ルベルマーは感謝の言葉を呟いて消えていった。
その呟きに、フロガが小さく答える。
「ルベルマーさん、ありがとうございました」
テッペイにも声が聞こえたのだろう。
涙ぐみながら呟いた言葉は、暗い空に消えた。
──ふと、天狐の頭の上に何かが落ちてきた。
頭に当たったあと、ぺたり、と音を立てて地面に落ちたそれは、青いイカ。
溜め込んでいた魂が抜けた「地獄」である。
ピクピクと痙攣しているそれを、フロガが指で拾い上げる。
「こいつが地獄……死んだのか?」
「微妙に魔力を感じるから、まだ生きてる」
「とりあえず袋に入れておこう」
持っていた適当な袋に地獄を詰め込む。
すると、後ろで怯えていたテッペイが深々と頭を下げた。
「フロガ様、天狐様。 本当にありがとうございました。 なんとお礼を言ったら良いものか……」
「大丈夫ですよ、テッペイさん。 そうだ、他に生きている人がいないか見て回りましょう」
「それなんですが、村のはずれにある図書館に私の家族が避難しておりまして……」
「わかりました。 天狐、行くぞ」
天狐はもう帰りたいようだが、渋々フロガの後ろについていく。
途中、民家を訪ねて生存者がいないか確認しながら図書館を目指す。
「ん? なんだ、これ」
訪ねた家の中に、不思議なことが書かれたメモと日記帳を見つけた。
メモには「恋のおまじない」と書かれている。
「ソウタ」という名前を見るに、主は恋をしている青年だろうか。
日記には片想いをしている事や、想い人と話した内容、想い人が遠くへ行ってしまう事、思いきって告白する事などが書かれている。
そんな淡い恋もあったのだと思うと、フロガは胸が苦しくなるのを感じて、ページを閉じた。
「おいフロガ。 何やってんだ」
「ああ、村のヒトの日記を見つけたんだ。 何か手掛かりがないかと思って読んでみたんだけど……」
悲しそうな顔をしているフロガから日記帳を奪い取る。
パラパラと流し見てから、天狐は鼻で笑った。
「なんだコイツ、振られてんのか」
「おい天狐……」
「あ? コナツ……?」
日記に書かれた想い人の名前は「コナツ」
天狐やフロガの脳内で痴話喧嘩をしていた女の名前だ。
「……まさか、この恋のおまじないが原因?」
フロガが呟き、天狐が顔を顰める。
あの痴話喧嘩の中にも「恋のおまじない」というワードが出てきていた。
メモの内容は、恋というものとはかけ離れた儀式的なもの。
日記を読み進めてみれば、彼は意図的にその儀式を行ったと取れることも書いてあった。
『イッペイは俺を邪魔して嘲笑っていた。 きっと村のみんなも応援するふりして嗤ってるんだ。 コナツちゃんと一緒になれないなら全員道連れにしてやろうか』
最後のページにはそう書かれていた。
「害悪すぎだろ」
天狐が呆れながらぼやく。
一緒に日記を覗き込んでいたテッペイは、複雑な表情を浮かべていた。
「こんな……こんな理由で、私達は殺されたのですか」
「殺される理由なんて、いつでもくだらないもんだ。 災難だったな、おっさん」
テッペイが泣き崩れる。
それを慰めるように背中を擦ったフロガが、天狐を厳しい目で見た。
「天狐。 もうちょっと言葉を選べ」
「事実だろ。 おっさん、お前自分が死んでいることにいつ気付いた? なんでさっきの奴らと同じように消えない」
はらはらと泣いているテッペイが、涙ながらに話を始めた。
死んだ場所は図書館で、魂が助かったのはルベルマーに呪術無効化魔法のおかげだということ。
しかし、テッペイはルベルマーが来るよりも早く、地獄のターゲットに選ばれていたから無効化の魔法が完全には効かなかったのだ。
そして、図書館で地獄に襲われた。
家族とはそこから離れ離れになっている。
「気の毒に……さあ、早く図書館に行きましょう」
「はい……ありがとうございます」
よろめくテッペイを支えてやり、村はずれの図書館へ向かう。
近隣の家にはルベルマーの結界が張られているようで、そこに住む者達の生存も確認した。
しかし、テッペイはこの結界の中に入る事ができないようだ。
「天狐」
「お前、私に言えば何でもできると思ってるだろ。 最近ヒト使いが荒いぞ」
「帰ったら好きな物何でも作ってあげる」
「ほら行くぞ、おっさん」
天狐がテッペイの肩を叩く。
すると、簡単に結界の中に入る事ができた。
図書館の前にはテッペイの靴が落ちている。
扉は壊れかけており、無数の手型がつけられていた。
「私はここで死にました。 地獄に脚を喰われて……気付いたら中央広場にいて、図書館にも入れなかったのです」
テッペイが呟く。
震えながら、そっと扉に触れる。 触れる事がわかると、テッペイは急いで中へ入った。
「みんな! 帰ってきたよ! 無事か!?」
叫びながら地下へ走るテッペイの後を追いかける。
声が聞こえたのか、地下室の扉が開き、テッペイと同年代と思われる女性が顔を出した。
疲れ切ったその表情は、とても痛々しい。
「あなた!? 良かった、突然居なくなったから皆心配してたのよ!」
「父さん! 皆、父さんが帰ってきたよ!」
騒ぎを聞いた子供たちも地下室から出てくる。
再会の抱擁を交わす家族を、フロガは微笑ましく眺めた。
そんなフロガの存在に気付いたアオイに、テッペイは地獄が討伐された事を話す。
そして、ルベルマーが死んでしまったことも。
「そんな……ルベルマー様が……」
アオイの目から涙が零れた。
テッペイがそっと肩を抱くと、彼女は泣きながらも話を続ける。
「あの方は本当に親切にしてくださって……私達がこうして生きているのも、ルベルマー様のお陰なんです。……ああ、ですが……フロガ様、天狐様、本当にありがとうございました」
涙を流しながらも、アオイを始めテッペイや子供たちが深々と頭を下げた。
その様子に、フロガは慌てて頭を上げるように促す。
「そんなに畏まらないでください! 皆さん大変でしたし、少し休みましょう」
「ですが……何かお礼をしたいわ。 ねえ、あなた?」
「そうだね。 まずはルベルマー様が遺してくれたお金を……」
そんなやりとりの中で、ぐうと誰かの腹が鳴った。
「……天狐」
「違う、私じゃない」
「あら、お腹が空いているの? では御飯にしましょうね」
「いや……」
まるで母親のように微笑むアオイが、魔具に保存してある食料を眺める。
流石に止めようとするフロガだったが、テッペイに腕を引かれ、息子のイッペイもフロガを引っ張った。
「フロガ様、是非召し上がってください。 ミコト村の郷土料理を振る舞いますよ」
「母は料理が得意なんです。 作っている間は僕がこの図書館を案内します」
結局二人に押されて、フロガと天狐は食事を御馳走になることになった。
「魔具の中に材料が揃っていて良かったわ」
そんな声を後ろで聞いたのを最後に、フロガはイッペイと共に地下室を出た。
*****
「イッペイ君、何か話があるのかな」
地下室から離れ、資料室へと案内されたフロガはそう切り出した。
イッペイは小さく頷くと、丸いメガネをくいと上げて意を決したように表情を硬くした。
「村がこんなことになったのは、僕のせいなんです」
「……というと?」
「僕が、この資料を早く処分しなかったから……」
イッペイは本棚から古い資料を取り出し、フロガと天狐の前に置く。
資料の題名は「恋のおまじない」と書かれている。
どこかで聞いた題名だ。
「この資料、最初は二冊だったんです。 ひとつはこの題名通りのものと、もう一つは危険だったので処分しようとしていたものです。 おそらく……後輩のソウタが、意図的に危険な儀式を行って村がこんなことに。 僕が処分を先延ばしにしたから……!」
悲痛な声でイッペイが机に突っ伏す。
資料の中を読んでみれば頁はバラバラで手順もおかしい。
これは、とある家で見たメモに書かれていたものと同じだ。
「……お前、イッペイと言ったか」
「はい」
「その後輩っていうのは、陰気臭い男か? 」
「……大人しいヒトではありますね」
フロガが苦々しく眉を顰め、天狐がため息を吐く。
さらに続けた。
「コナツとかいう性格の悪い女も知っているな」
「村長の娘ですね。 ……正直、図書館でのマナーが悪くて少し迷惑していました。 ソウタに相談されたこともありましが、僕はあまり……良いヒトとは思えなかったです」
濁してはいるが、つまりは嫌いだったのだ。
フロガはコナツがイッペイに想いを寄せていた事を言おうとして口を閉じた。 彼と家族はただ巻き込まれただけの被害者だ。
「ルベルマー様から、ソウタはコナツさんに告白して失敗したと聞いています。 仲が良さそうだったので不思議なのですが……」
「お前、鈍感だろ」
「え?」
流石の天狐も詳しく話すことを控えた。
それでもイッペイは悲しそうな顔をして、「早く本を処分しておけば」と嘆く。
「イッペイさんが気に病む必要はありません。 今は助かった事を喜びましょう」
「……はい」
図書館の外から何かを焼く匂いが漂ってくる。
近くの家で台所を借りているアオイが、郷土料理とやらを作っているのだろう。
「良い匂いだ」
「本当だ。 一体どんな料理なのかな」
「郷土料理といえば聞こえは良いですが、小麦粉や出汁や薬味を溶いて焼き丸めた、シンプルな料理ですよ。 でもバリエーションが沢山あって美味しいんです」
郷土料理に想いを馳せながら、三人は図書館を出た。
*****
アオイは久し振りのちゃんとした料理に心を躍らせていた。
料理を作るのは大好きだし、アレンジなんかも沢山している。
特にこのミコト村でよく食べられているこの料理は、アオイも家族も皆大好物であった。
「お母さん! わたし手伝うよー」
長女が隣に立つと、アオイはにこりと笑った。
「ありがとう。 じゃあ、食材を切ってくれる? あとはメインのタコだけなの」
「わかった。 まかせて!」
言いながら、長女は魔具の中からタコを取り出す。
少し大きめの角切りにしながら、容器に移して……と繰り返していると、ふいに部屋の隅に置かれた袋が目に入った。
「なんだろう、これ?」
袋の中身を見ると、青いイカが入っている。
今作っている料理はタコがメインだが、それ以外の物を入れる時もある。 母はアレンジが好きだし、きっとこのイカもそのつもりだったのだろう。
長女はイカをまな板の上に移し、包丁を振り上げた。
『ヨセ……! ヤメロ……!!』
何かが聞こえた気がしたが、長女は構わずにイカをぶつ切りにした。
*****
図書館を出た瞬間、暑い陽射しが三人を照らした。
不気味な青い霧は消え去り、代わりに透き通るような青空が広がっている。
その様子にフロガが首を傾げ、天狐の顔を見た。
天狐も同じように首を傾げている。
「……急に地獄の気配が消えた」
「変だな。 天狐、袋の中身はどうなってる?」
「あ? 気持ち悪いから部屋の隅置いてきたが」
言ってから天狐の表情が変わった。
まさか逃げ出したのか?
フロガがそう言いかけたところで、アオイの声が高らかに響く。
「みなさーん! 御飯ができましたよー!」
満面の笑みを浮かべるアオイと、料理を手にした長女。
テッペイも嬉しそうに二人を手招きした。
「さあ、二人共座ってください! 郷土料理……というには少々粗末かもしれませんが、タコヤキという料理です」
図書館の外に設置された簡易的なテーブルの上には、皿に盛られた沢山の茶色い一口サイズの丸。
上にはオコノミヤキと同じように、ソース、カツオブシ、アオノリがまぶしてあって、食欲が刺激される。
他にもチーズを乗せたものや、ダシ汁で食べるもの、牛すじの入ったものなど、色々な種類のタコヤキが所狭しと並べられていた。
ごくり、と天狐の喉が鳴る。
「……地獄の気配が消えたって事はもうここにはいないって事だ。 先に飯くらい良いだろ」
「……そうだな。 温かいうちにご馳走になろうか」
フロガもソースの良い香りには抗えない。
椅子に腰掛け、皆が揃ったところでタコヤキを頬張った。
外はカリカリ、中は柔らかくて熱々だ。
出汁の風味が残る甘辛いソース、カツオブシの旨味、アオノリの香りが広がったと思えば、中身の紅しょうがや生地、そしてプリプリのタコが踊って口の中が忙しい。
だが、いくつでも食べられる。 もっと食べたいと思えるほど、癖になる味であった。
「美味しい!! この形も食べやすいし……一体どうやって作っているんですか?」
「具材は大したものを使っていないんですよ。 器具はこれを」
アオイが見せてくれたのは、沢山の丸い窪みがついた鉄板。
初めて見る器具にフロガのテンションが上がる。
そんなフロガを横目に見ながら、天狐はもぐもぐと動かしていた口を止めた。
「……タコが入っているのか? 私のところには何も入ってなかった」
「あら、ごめんなさい! おかしいわね……そのお皿にはイカを入れたはずなのに」
天狐の手が止まる。
同時にフロガの表情が固まり、顔を見合わせた。
「天狐……イカってまさか……」
「おい冗談だろ……」
「あの、すみません。 そのイカって青くなかったですか?」
フロガの問いにアオイと長女は不思議そうに頷いた。
天狐が口を押さえる。
「これ食って大丈夫なやつなのか」
「いや、中身入ってなかったって事は熱にやられて消滅したんじゃない? だから気配が消えた……のか?」
天狐は顔を青くしてタコヤキ……もとい、イカ入りタコヤキを見つめた。
「ギルドに何て報告するんだよ。 物を持っていかなきゃいけないんだろ」
「あー……資料はここにあるから良いとして……このタコヤキ包んでもらおうか」
「……好きにしろ」
イカのことは一旦忘れて、二人はひたすらタコヤキを食べる事に専念した。
腹も膨れたところで、食休みをしているとテッペイが二人の前に立って、深く頭を下げた。
「改めまして、本当にありがとうございました。 家族の元気な姿を最期に見られて良かったです」
「テッペイさん……いつまでここに居られるんですか?」
「私にもわかりません。 ですが、妻や家族には先ほど話をしてきました」
「そうですか……」
フロガが表情を曇らせる。
それから、テッペイはフロガにルベルマーから預かった小切手を渡した。
「これはルベルマー様から預かった報奨金です。 どうぞ、お収めください」
「確認した。 きっちり1000万クルタだな」
フロガの横から天狐が小切手をかすめ取る。
それをフロガも確認すると、懐から似たような紙を取り出してテッペイに握らせた。
「確かに受け取りました。 あと、これは先ほど奥様から譲って頂いた調理器具と、ご馳走になった料理の代金です」
「え?……え、いや、これは……受け取れません!」
天狐が訝しげに首を傾げる。
テッペイの手に握られている紙を覗き込んでから、勢いよくフロガの胸ぐらを掴んだ。
「おい!!! これはどういうことだ!! こんなん、殆どタダ働きじゃないか!!」
紙切れの正体は、小切手。
金額は950万クルタ。
天狐は今にも血管が切れそうな顔をしているが、フロガは平然としてテッペイに笑いかけた。
「資料を持って行けばギルドから報奨金が出るかもしれませんし、何よりこれからアオイさんが大変でしょうから」
「フロガ様……! 何から何まで、ありがとうございます」
「おい!!「かも」ってなんだよ!! 報奨金が出るんじゃないのか!?」
「さて帰るぞ。 天狐、転移魔法」
「ふざけんな!!」
爽快な青空が広がるミコト村を後にして、二人は神都へと帰った。
怒れる天狐を宥めつつギルドへ向かい、報告と提出を済ませる。
後日、ギルドから送られてきた調査報告書には
「差し入れのタコヤキ?は職員全員で頂きました。 大変美味しゅうございました」
と、書かれていた。




