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ミコト村の怪 前編



遠くで蝉の鳴き声が聞こえる早朝。

 ミコト村の村長の娘であるコナツは、日課の散歩をしていた。

 村はずれの湖までゆっくりと歩き、吹き抜ける清々しい風に長い黒髪を遊ばせる。

 備え付けのベンチに腰掛け、ヒトのいない村の風景をじっくりと眺めた。

 コナツは朝の光と空気がとても好きだ。

 夜闇が朝日に呑まれ、真っ黒だった空が綺麗な青色に染まっていくさまは神秘的にも見えた。

 そしてこの小さな村を陽が照らすとき、夜露がきらきらと煌めいて今日という日が来たことを祝福する。

 きっといつもと何ら変わらない日常なのだろうが、コナツにはいつでも特別な日が来たように感じられるのだ。

 そんな気持ちの高揚と共に、コナツは筆を取ってスケッチを始める。

 趣味程度のなんてこと無い絵だが、幼馴染のソウタを始め、村のヒトたちはみんな褒めてくれた。

 村長の娘という立場だから、ただのお世辞なのかもしれないが、コナツは絵を見て微笑んでくれる皆の顔が好きだった。

 今日描いた絵は、最近夏風邪を引いてしまった祖母にあげよう。  

 そんなことを考えながら、コナツは自分の目から見えた早朝の村の絵を描いた。


「やあコナツちゃん。 今日も早いね」


 帰り際、そんなふうに声をかけてきたのは図書館に勤める幼馴染のソウタだ。


「おはよう、ソウタくん。 今日はお婆ちゃんに渡す絵を描いていたの。 ほら見て! いつもより一段と良く描けた気がする」

「わあ、本当だ! きっとお婆ちゃん喜ぶよ」

「ふふ……そうだといいなぁ」


 コナツがにっこりと笑う。

 こんなふうにコナツが絵を描き始めたのは、五歳くらいからだ。

 最初はペットの猫を描いてみたら、親が大層喜んだので皆の似顔絵を描くようになった。

 しかし、画家になろうという夢などは無く、本当にただぼんやりと気の向くまま描く、趣味程度のものだ。


「そうだ、今日は領主様が来るんだって? 図書館にも寄るかなあ」

「そうそう、村を見て回るって言っていたから図書館にも行くんじゃないかしら」

「なら、郷土資料を用意しておこうかな。古いやつは……とりあえずそのままにしておこう」


 書庫には大量の古い資料が眠っている。

 乱丁や落丁が激しい古いものは少しずつ片付けているが、ソウタは整理整頓が苦手であった。


「資料整理、たいへんだね」

「イッペイさんと一緒にやってるんだけど、量が多くてなかなか進まないんだ……でも案外面白いものもあったりしてね、古いおまじないの本とか」

「あら、イッペイさんも一緒なの?! おまじないの本ってなんだか面白そうね! 今度読みに行ってもいい?」

「うん、いつでもおいでよ。 じゃあ、俺はそろそろ行くね」

「ありがとう! お仕事頑張ってね」


 笑顔でソウタを見送ると、コナツは家へ戻ることにした。



*****


 領主であるジャンドゥ伯爵が村へ来たのは、その日の昼頃であった。

 村長の近況報告を聞いてから村を見て周り、村人へ声をかけ、図書館へ顔を出す。 そんな、いつもと変わらない光景だ。

 最後に村長の家で茶を飲みながら、少し談笑する。

 

「この村は平和で何よりだ。 これも君のおかげかな」

「いえ、村の皆が頑張ってくれているからですよ」

「まあまあ、そう謙遜するな」


 そう笑って、伯爵が出された茶を飲む。

 テーブルへティーカップを置いたかと思うと、伯爵は何やら驚いた顔をして突然立ち上がった。


「ほう……これは、なんと素晴らしい」


 立ち上がった伯爵が、部屋の暖炉の上に置かれている小さな絵の前へ歩いていった。

 じっとそれを眺めてから、村長に振り返る。


「この絵の作者は? 見たことのないタッチだが」

「ああ、この絵は私の娘が描いたものです。 妻が気に入ってしまって、こうやって飾っていたんですよ。 お褒めいただき、ありがとうございます」

「娘か。 たしか、まだ16歳だったな」

「はい。 絵を描くのが好きな子でして、朝に散歩へ出かけてはスケッチして帰ってくるんです」


 伯爵がまた、絵をまじまじと見つめた。

 そこには、コナツが散歩で見つけた花が描かれている。


「他にも見せてもらえるかね?」

「ええ、もちろんです。 今コナツに持ってこさせます」


 村長が使用人へ声をかけ、コナツを呼ぶ。

 呼ばれたコナツは使用人から話を聞いて、驚きつつも力作を5枚ほど見繕って客室へ向かった。


「お、お待たせしました! あの、どうして私なんかの絵を……?」

「やあ、コナツちゃん。 いや、君の絵は素晴らしいね! 持ってきてくれたこの絵も……うん……どれも良い絵だ」


 新しく持ってきた絵を見るなり、ジャンドゥ伯爵は声のトーンを落とし、じっと眺めた。

 一枚ずつ丁寧に、噛み締めるように、長い時間をかけて五枚の絵を見つめていた。


「……私は有名な画家から絵画を買い集めているんだがね」


 やがて、伯爵はゆっくりとした口調で話し始めた。

 視線はまだ絵に釘付けである。


「この力強さ、繊細さ、色選び、どれも天才のソレだ。 私にはわかる」

「え!? そんな、天才だなんて! いくら伯爵さまでも冗談が過ぎます」


 コナツが驚いて声を上げ、笑って誤魔化す。

 しかし、伯爵は真剣な目でコナツを見た。


「もし良ければなんだが、この五枚の絵を私に売ってくれないか?」

「え! あ、あの……それは……」


 コナツは伯爵の言葉に動揺した。

 絵を売るなんて、今まで考えたこともなかったからだ。 コナツは困り果てて俯いた。

 だが、伯爵の真剣な表情を見るととても冗談を言っているようには見えない。


「いいじゃないか、コナツ! 伯爵様が気に入ってくれたんだ。 きっと大事にしてくれるさ」

「ああ、勿論だとも。 そうだな、この湖の絵なんかは妻のサロンに飾りたい」


 どれをどこに、どうやって飾るか。

 そんな話をウキウキとしながら喋る伯爵を見ていると、コナツの動揺も落ち着いてきた。

 伯爵は、本当に絵が好きなヒトなのだろう。


「わかりました……私なんかの絵で良ければ」

「なんか、じゃないよ。 君は素晴らしい! もっと自信を持つと良い。そうすると、また違った絵のタッチが生まれるよ」


 ニコニコと笑う伯爵に釣られて、コナツも少しだけ笑ってみせた。



 それから、一ヶ月。

 ミコト村に、再び領主のジャンドゥ伯爵がやってきた。

 こんなに短い間隔で来るのは初めてである。


「伯爵! どうしたのですか?」

「君に……いや、コナツちゃんに是非知らせたいことがあってね! 今、呼べるかい?」

「は、はい。 では、こちらへどうぞ」


 伯爵を客室へと案内する。

 そわそわと落ち着かない様子の伯爵は、何かを喋りたくて仕方がなさそうだ。


「お待たせしました、伯爵!」

「やあ、コナツちゃん! 君の絵なんだがね、それはもう他の貴族達から評価が高くて、みんな君の絵を売ってくれってうるさいんだ。 いや、もちろん、私が君から買ったものだから、誰かに売ったりなんかはしていないよ? それでね、とある有名な画家が、君に弟子になってみないかと誘っているんだ! 遠くにある芸術の街でも人気も評価も高い画家でね、彼に肖像画を頼む貴族は後を絶たないといわれている。 君さえ良ければなんだが、是非芸術の街に行ってみないか!? なに、旅費や滞在費諸々は私が負担する! どうかね?」


 突然、弾丸のよう喋り始めたジャンドゥ伯爵は、息継ぎすらせずに全てを話しきった。

 コナツも村長も、まだ理解が追い付いていない。

 二人で顔を見合わせ、伯爵の言っていたことを一つずつ整理していく。


「私の絵を貴族の皆様に気に入っていただけたのですか……?」

「それはもう! 妻のサロンに来る御婦人たちは皆きみの絵を絶賛していたよ」


 村のヒト以外からこんなにも褒められたのは初めてであった。

 続けて、村長が口を開く。


「画家の先生がコナツを弟子にしたいというのは、一体どういう事ですか?」

「そのままの意味だよ。 アデラールという気難しい画家で、弟子なんて滅多に取らないんだ」


 アデラールは村長もコナツも知っている有名な画家だ。

 図書館で何度も画集を借りたし、街の書店まで買いに行ったこともある。

 そんな有名な画家の弟子になって技術を学べるというのは、とても名誉なことのように思えた。


「私が……でも、私みたいな素人が弟子だなんて、本当に良いのかしら……?」


 コナツが不安げに尋ねた。

 そんなコナツに、ジャンドゥ伯爵が笑ってみせる。


「君の才能は本物だ! 私が保証する。 辛かったら辞めればいい。 無理をしても良いものはできないからね」

「でも、それじゃあ旅費や滞在費が無駄になっちゃいます」

「そんなこと気にする必要は無い。 なんせ勧めたのは私なのだからね。 村長、きみも賛成だろう?」


 言われて村長が頷く。


「もちろん。 コナツ、私もお婆ちゃんもお母さんも、村のみんなだってお前とお前の絵が大好きなんだ。 こんなチャンス、二度とない。 やるだけやってみたらどうだ?」

「お父さん……」


 コナツは少しだけ考えた。

 考えて、そして決断した。

 遠くの街まで行って、有名な画家のもとで絵を学ぼう。

 旅費や滞在費の負担をジャンドゥ伯爵にしてもらう申し訳なさはあるが、有名になれば恩返しもできる。

 この村が有名になれば、両親や祖母や村のみんなが喜んでくれる。


「……私、頑張る!」


 コナツの決断に、伯爵と村長が手を上げて喜んだ。

 それから話はトントン拍子に進み、街へ行くのは一ヶ月ということになった。

 

「君が画家として活躍するのが今から楽しみだよ」


 コナツには輝かしい未来が約束されていた。

 はずだったのだ。


*****


 一ヶ月という時間はあっという間で、ついにコナツが旅立つ日が三日後となった。

 村ではコナツの門出を盛大に祝い、皆がコナツに応援の言葉を贈った。

 

「コナツちゃん、おめでとう。 アデラール先生の弟子だなんて凄いね」

「ソウタくん、ありがとう」


 ソウタはいつもコナツを応援してくれていた。

 今回も笑顔でコナツを送り出してくれる。 そう思っていたが、ソウタの表情は暗い。


「やっぱり、ちょっと寂しいな……」

「大丈夫! 年に一回は帰ってきて良いって言われてるし」

「そっか、そうだね。 ねえ、手紙を書いても良い?」

「もちろん!」

「 頑張ってね、コナツちゃん!」 

 

 そういうと、ソウタはようやくいつもの笑顔を浮かべてくれた。

 



 ──前日の夜、コナツは持って行く物の準備をしていた。

 着替えや日用品、伯爵からお祝いにもらった絵具セット。

 そして、描き上げたばかりの自画像。

 自己紹介代わりに持っていくと良い、と伯爵が勧めてくれたものだ。

 

「自画像なんて、ちょっと恥ずかしいなー」


 そうは言いつつも、この自画像をコナツは気に入っていた。

 絵を伯爵に褒められて以来、なんだか自分の絵に自信が持てるようになっていたのだ。

 カラフルな色で仕上げた、明るいタッチの自画像は見ているだけで元気になるような気がした。


「コナツ、まだ起きてるの? 早く寝なさい」

「うん。 お母さん、おやすみなさい」


 母に促されて、布団に入る。

 明日からのことを思うと、緊張や期待や不安やらで中々寝付けないが、それでもぎゅっと目を瞑った。

 そうしていると、ようやくウトウトと意識が遠のいてくる。


 心地よい眠りに入る瞬間、コナツはふと部屋の隅で誰かに見られているような気配を感じた。


 目を開けて、部屋を見回してみるが何もいない。

 しかし、ねっとりとした纏わりつくような湿り気を確かに感じるのだ。

 この気配は、なんだろう。

 もしかしたら、自画像が自分を見ていると錯覚しているだけかもしれない。

 少し気になるが、目を閉じてしばらくすると、再び眠気がやってきた。

 足の先から軽くなってきたような感覚は、まるでもう夢の中にいるようであった。

 また、意識がゆっくりと遠のいてくる。 


 ──夢なのか現実なのか、朦朧とした意識の中でコナツは窓を叩く音を聞いた。



*****


 翌朝。

 その日は太陽がキラキラと煌めいていて、旅立ちに相応しい朝であった。

 しかし、コナツがいつまでも起きてこないので、心配した母が部屋のドアを叩いた。


「コナツ、もう起きないと間に合わないわよ!」


 返事はない。

 しびれを切らしてドアを開ける。

 しかし、そこにコナツの姿は無かった。


 部屋を見回す。

 固く閉じられた窓、一切の乱れがないシーツと毛布、今日のために用意された旅道具と、自画像。

 その自画像を見た瞬間、母は膝から崩れ落ちた。

 

「こ、コナツ……!? コナツ!!」

 

 悲鳴に似た声で、娘の名を呼ぶ。

 当然のように返事はなく、キャンパスに描かれたコナツの顔がじっと母親を見つめていた。


 カラフルに描かれた、明るい笑顔を浮かべた自画像。

 昨夜までは、そんな絵だった。

 しかし今、母親を見つめているそれは、顔が真っ黒に塗り潰された、コナツとは似ても似つかない何か。

 カラフルに彩られた背景はそのままのはずなのに、妙におどろおどろしく見えて不気味である。

 真っ黒な顔は目が塗り潰されているのに、こちらを見つめているというのが不思議とわかった。


 母親が娘の名を呼ぶ声が響く、よく晴れた朝。

 その日を境に、村から少しずつヒトが消えていった。



 村の商人であるテッペイがコナツがいなくなったと知ったのは翌日のことだった。

 仕事を終えて帰ってきたとき、図書館に勤務する息子のイッペイから聞いたのだ。


「一度に二人も? もしかして、誘拐なんじゃ……」

「でも父さん、コナツちゃんはともかくソウタは僕と同じ、ただの職員だよ」


 そんな会話をした日の夜、村長一家とソウタの家族が村から消えた。

 村は騒然となり、翌朝には街から警備隊が呼ばれ、調査が行われている。

 イッペイはソウタの先輩ということで、警備隊が何度も家に訪れた。


「ソウタさんの行動でおかしいところは? 前日は何をしていましたか?」

「うーん……その日は僕と一緒に古い資料の整理をしていました。 いつも通りの仕事です」

「そうですか、わかりました。 ご協力ありがとうございます」


 村で調査をしていた警備隊は、いつの間にかいなくなっていた。

 

 それから徐々に村の住民が消えていった。

 村長の隣、ソウタ一家の隣、またその隣……と、範囲は広がっている。

 共通しているのは、家の前に靴が置かれているということ。

 「視線を感じる」と言っていたこと。

 同じ井戸を使っていたこと。


 警備隊が次々とやってくるが、原因がわからないまま靴を残して消えていく。


 コナツが消えてから五日。

 警備隊では埒が明かないと判断したのか、今度は冒険者が村にやってきた。

 そのたった五日間で、住民は半数以下になっていた。


「これはきっと誘拐なんかじゃない」

 

 テッペイが呟く。

 静かになった村には、たくさんの靴が散乱していた。

 夏の眩しい日差しも、心做しか薄暗い。

 とにかく外に出ないようにして、妻のアオイには井戸水を使わないようにと頼んだ。

 原因は井戸水ではないかと息子のイッペイが言っていたのだ。

 幸い、水釜に残っていたものを使っていたので、テッペイの家族は井戸の水を飲んでいない。

 

 妻のアオイ、長男のイッペイ、次男と長女、そしてまだ幼い次女と三男。

 村の者たちが消えていく中で、テッペイはせめて家族だけでも守りたかった。

 

「アオイ、食料はどれくらいある?」

「この前買い物をして、お野菜も収穫したばかりだから一ヶ月は大丈夫よ。 だけど、お水が……」

「水か……それなら、俺が別の隣町から買ってこよう。 イッペイ、手伝ってくれるか?」

「わかったよ、父さん」


 コナツが消えてから十日目。


 大容量のリュック型魔具を背負い、家を出る。

 外は前に見た時より、暗くなっていた気がした。

 周りにいる冒険者も、先日来ていた者と顔ぶれが違っていて人数も増えている。


「あの、原因は何かわかりましたか?」


 冒険者の一人に声をかける。

 若い男で、片手に本を抱えた魔法使いだ。

 しっかりと整えられた頭髪、シワ一つ無い服、新品のような綺麗な革靴。

 きっと、几帳面な男なのだろう。


 彼は家から出てきたテッペイとイッペイを見るなり、表情を暗くした。


「これは私の憶測なので断定できませんが、ヒトが消える元凶は夜になると活発になります」

「元凶……? そいつは魔獣ですか?」

「いいえ。 おそらく、魔獣よりも凶悪な異形のモノです。とりあえず、昼に動かないとは言い切れないので、なるべく家から出ないようにしてください。 必要なものがあれば、私がお届けしますよ」


 男は名をエーベルトといった。

 プラチナランクの冒険者で、このような怪奇現象にも何度か関わっては解決してきた男だ。

 ギルドからの信頼も厚く、今回の事件を解決するためにこのクエストを勧められて承知したのだと言う。


 エーベルトに礼を言い、テッペイは家へと引き返す。

 水や追加の食料は、すぐに転移魔法で家の前へと送られてきた。

 これで、しばらくは家の中で過ごせそうだ。

 名のある冒険者も来てくれたし、きっとすぐに解決する。


──そう思っていた。


 翌日の早朝、テッペイは愕然とした。

 なんとなく窓から外を見てみると、エーベルトをはじめとした数人の冒険者たちが脚を失った状態で横たわっているのが見えたのだ。

 思わず、家から飛び出してエーベルトに駆け寄る。

 まだ息があった。


「エーベルト様! いったい、何があったんですか!?」

「テッペイさん……決して、外には出ないで……」


 そう言い残すと、エーベルトは息絶えた。

 近くには、エーベルトの物と思われる靴が転がっていた。


 今日も消耗品のように冒険者たちが村へ訪れる。

 エーベルトの憶測を彼らに伝えるが、話を取り合わない者が多かった。

 なんせ、エーベルトや他の冒険者たちの死体が消えてしまったのだから、説得力がないのも仕方のないことなのだ。

 テッペイの話を信じなかった者はその日の夜にはいなくなり、同行していた冒険者はショックのあまり、精神が不安定になってしまって村を去る。

 そして村を去った冒険者の靴が、村の中心で見つかるのだ。


 ──コナツがいなくなって、二十日が経過していた。


「ねえ、あなた。 村を出ましょう」


 アオイがぽつり、と呟く。

 その言葉にテッペイは頷きかけたが、小さく首を振った。


「無理だ。 アオイも、薄々感じているだろ? 俺達は誰かに見られている。 今外に出れば、きっとやられる」


 もっと早く村を出るべきだった。

 警備隊や冒険者が何とかしてくれる。 そんな考えに甘えていた自分が憎らしい。

 もう、この家の中で死を待つしかないのだろうか。


 絶望的な状況に、テッペイは頭を抱えた。

 そんなとき、家のドアが叩かれた。


「テッペイさん、生きてますか」


 男の声だ。

 だが村の者ではない、知らない声だ。


「……どちら様ですか」


 警戒しつつ、ドアの前に立つ。

 もしかしたら、異形の者がヒトの声を真似ているのかもしれないと思ったのだ。


「回復術士のルベルマーと申します。 エーベルトから事情を聞いてやってきました」

「る、ルベルマーだって!? あの、オニキスランクの!?」


 商売柄、テッペイは活躍している冒険者の噂話をよく聞いていた。

 ルベルマーはオニキスランクの回復術士であり、地方の神殿で助祭も務めている、優秀な男だ。

 回復術はもちろん、呪術にも長けている。

 しかし、最近は助祭の仕事を優先しているため冒険者として活動している事は殆ど無いと聞いていた。


 そんなルベルマーが来たのであれば、今度こそ救われるのかもしれない。

 テッペイは、期待のあまりドアを勢い良く開けた。


「はじめまして、テッペイさん」


 無精髭を生やした、鋭い視線の男が立っていた。

 歳は五十そこそこ、といったところだろう。

 冒険者ではないテッペイでもわかるほど、威厳のあるオーラを感じる。

 この男は只者ではない。

 少なくとも、今まで来た冒険者たちとは全く違う。

 そう、思わされた。


「どうぞ、中へ入ってください」

「それでは、失礼します」


 家へ一歩入るなり、ルベルマーは眉間に皺を寄せた。

 それから素早く空中で手を動かしたかと思うと、ぐっと息を吸ってから「セイッ!」と短く声を上げた。


「なんです……?」

「この家を異形の者が見張っている。 安心してください、今結界を張りました」


 言われてみれば、ずっと感じていた視線が無くなった気がした。

 ルベルマーは、やはり噂通りの腕利きなのだ。

 テッペイは、ルベルマーをリビングにいる家族に合わせる。

 妻、息子たち、娘たちを一人ずつ紹介し終えたころで、ルベルマーはうんうんと頷いて息子のイッペイの肩へ触れた。


「きみ、つかれているね」

「え? ああ……確かにずっと引き籠もってたから少し疲れているかも」

「きみの後ろにいる者……うん、黒い髪の気弱そうな若い男だ。 きみの友達かな」

「気弱そうな……まさか、ソウタ?」


 イッペイはズレかけた眼鏡を押し上げ、後ろをじっと見つめた。 しかし、何も見えない。

 ルベルマーはイッペイの後ろに向かって何かを話し掛けている。

 それから少し黙って、残念そうに首を振った。


「彼の魂は喰われている……どうやら、視えたのは彼の思念だったようだ」

「思念?」

「彼……ソウタくんは、村の女の子に恋をしていたみたいだね」

「ああ、それはきっとコナツちゃんのことです」


 思わず、テッペイがコナツの名前を出す。

 ソウタがコナツに想いを寄せているのは、テッペイも、おそらく村のみんなも察していた。

 もちろん、誰もが彼の恋を応援していたので野暮なことは言わなかったし、何より二人は仲が良かったので遅かれ早かれ恋仲になるだろうと思われていたのだ。


 そんな話をすると、ルベルマーは悲しそうに眉を下げた。


「コナツという娘に告白したようだが、振られてしまったみたいだ。 それで、自暴自棄になって「アレ」を呼び出した。 どうやって呼びたしたのかはわからないが……」


 話を聞いているうちに、イッペイが下を向き、顔を青くした。

 そんなイッペイの肩を慰めるように叩いたルベルマーは、話を続ける。


「ここに来る前に軽く村を見て回りました。 図書館のほうが気の流れが良いので、陽が出ているうちに移動しましょう」


 荷物は、ルベルマーが転移魔法を使って図書館へ送る。

 家族一人ひとりに呪術無効化魔法をかけ、最後にテッペイにも魔法をかけた。

 一瞬だけ、ルベルマーが眉間に皺を寄せる。


「大丈夫ですか?」

「……ええ。 寝ずにここまで来たものですから、少し疲れが出てしまったようです」


 そういって、ルベルマーは回復薬を懐から出して一気に飲み干した。


「図書館には強力な結界を張りました。 私が良いというまで、絶対に出ないでください。 大丈夫! きっと助けます」


 不安そうな顔をするテッペイたちに、ルベルマーは頼もしい笑顔を浮かべだ。

 オニキスランクの、名のある冒険者。

 そんな彼なら、きっと、今度こそ、なんとかしてくれる。

 そう願いながら、テッペイは暗くなってきた外を眺めた。


 

*****



 ドアが激しく叩かれたのは、外が真っ暗になった頃だ。

 念の為、図書館の地下室で眠っていたテッペイとアオイが、音に気付いて起き上がった。


「何かしら?」

「俺が見てくる。 アオイは子供たちとここにいてくれ。 イッペイ、皆を頼んだぞ」


 妻のアオイが小さく頷き、イッペイも「わかった」と答える。

 照明魔具を取り、テッペイは図書館の入口へと向かった。

 入口のドアは、相変わらず激しく叩かれている。


「……誰だ?」

「私です、ルベルマーです。 いま、アレの討伐を終えました」


 その声と報告に、テッペイは一気に体の力が抜けた。


「本当ですか! 良かった……今開けますね!」


 安堵のため息とともに、ドアノブへ手を掛ける。

 が、テッペイはふと、じめついた嫌な視線を急に思い出して手を止めた。

 その一瞬の間に、再びルベルマーが声を上げる。


「テッペイさン、ドウしましタ?」

「テッペイさん!! 絶対に開けないでください!!」


 声が重なる。

 さらに強く叩かれる扉。

 混乱しながら、テッペイは震え始めた手をドアノブから離した。

 ぞわぞわと、背筋に悪寒が走る。


「テッペイさん、開けてください」

「テッペイさん、よく聞いて! 奴は私の手に負えない、恐ろしいバケモノだ!」

「テッペイさん、 奴の声を聞かないでクダサイ」

「信頼できる冒険者に連絡を入れました! 彼なら、いや、彼とその相方なら奴と張り合える、はず……っ!」


 扉の向こうから、押し殺したような叫び声が聞こえる。


「テッペイさアん! お願イ縺?縺!」

「あの女はっ、金さえ積めば動くはず……! 私の財産の一部を荷物と一緒にそちらへ転位しました! それを使って……依頼し……やつを……っ」


 言葉が途切れる。

 一瞬の静寂のあと、バキッという鈍い音を合図にルベルマーの悲鳴が響き渡った。

 合間に聞こえてくるのは、何かが滴る音と引き摺り回る音、そして悲鳴は徐々にか弱くなり、やがて扉の外から鈍い血の臭いが漂ってきた。

 

「……ルベルマー、さま……?」


 呟くと、鍵が掛かっているはずの扉が弱々しく開いた。


「テッペイざんッ?……あァ! ジがエえぇ?」

 

 暗い闇から聞こえたその声は、ルベルマーのものではなかった。



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